第三十一話 装備更新
いったん箱屋の外に出て、ギルド前の広場で待っていたエリーティアたち三人を呼びに行く。
「アリヒト、お疲れ様。引っ越しの手続きはしてきたわよ。次の区に上がってしばらくすると、宿舎はまた分散することになるけどね」
「あの設備の良さだと、ロイヤルスイートに居座りたくなる人もいそうだよな」
「ええ、でもあくまで借りものの住居だから。転生者は最初の一ヶ月だけは無料で泊まれるけど、その後は自分で稼いで部屋代を払う必要があるわ」
「へぇ~、そうだったんですねー。さすがに馬小屋はタダだよね?」
「え、ええ……でも、お勧めはしないわ。戸が閉じられないし、その……馬小屋だから、衛生面も問題が大きいし」
「親戚が牧場をやっているので、雰囲気は少しわかるんですが……凄いですよね。生きものですから、自然なことなんですが」
俺は一日も馬小屋を経験しなかったわけだが、文無しになっても屋根のないところで寝ることはないわけか――いや、資金の残量にはくれぐれも気をつけないとな。
「まあ、当面は路頭に迷うことは無さそうだけどな。資金は充実したと思うぞ」
「そうね……『あれ』を開けたんだものね。場合によっては、資金には困らなくなるでしょうね」
「そういうこと言うとお兄さんに養ってもらいたくなっちゃうので、私には内緒にした方がいいですよー」
「ミサキちゃん、本当に自立しようとしてるんだ……私もアリヒトさんに甘えすぎないようにしないといけないですね」
『本当に』というあたりでミサキは自分が信用されてないと感じたらしく、頬をかいていた。まあ、友達を真っ先に捨てて別のパーティに潜入してたわけだしな。
「私って今の状態だと、探索に役に立つ技能ってないんですよねー。ここぞというときに、私の幸運が必要になるかもとは思うんですけど」
「まあ危険だと感じるなら、普段は町で過ごしてもいいんじゃないか。レベルを上げるためには、個別に特訓する必要があるけどな」
「それなんですけど、私も私で仲間を探してみたいと思うんですよー。ゆくゆくは人数が増えて、私は出番が来るまでベンチウォーマーじゃないですか。そうなるよりは、はじめから2つのパーティが作れるように、私もメンバーを集めたいなって思うんです」
「なるほどな。それで、メンバーの候補は考えてるのか?」
「戦いが専門じゃないけど、たまに連れて行くと便利みたいな人たちで集まりたいですね。そうしたら役割もバッチリじゃないですかー。お金が稼げないときに養ってもらっても、おんぶにだっこって感じもしないですしね」
最初は迷宮攻略メンバーという感じで潜り、必要な技能が出てきたら、それを持っているメンバーと入れ替えて対応する。
複数パーティ構想はまだ曖昧だったが、それで大筋は良いんじゃないだろうか。レベルが近いメンバーが第二パーティに揃ってくれば、レベルに合った迷宮に行って、レベル上げをすることも可能になる。ミサキだけレベル1なので、今の状態では俺とパーティを組んでもレベルが上げにくい。
エリーティアも正式にパーティメンバーとなったが、やはりレベル差はネックとなる。
「私はアリヒトたちがレベル7か8になるまでは、普段はゲストで行動するわ。ジャガーノートにとどめを刺すときも、ゲストに戻した方が良かったんだけど……」
「いや、そうでもないな。ライセンスの経験値の表示がいっぱいになると、一回の冒険から戻ったときにレベルが上がると、表示がゼロに戻ってる。どれだけ強敵を倒しても、レベルは1しか上がらないってことなんだろうな」
つまり、経験を積みやすい魔物を見つけて、それを倒して経験値バブルがいっぱいになったら、すぐに迷宮を出る。レベル上げの観点からすると、それが最も効率が良い。
エリーティアの経験値は、ジャガーノートを倒してもバブル1個分しか増えなかった。それはジャガーノートのレベルが5で、エリーティアより低いからなのだろう。強敵だからといってレベルが上がりやすいわけではないというより、ジャガーノートはレベル8のパーティが揃っていれば、そこまで苦戦する相手ではないということだ。
(強くなるほどレベルが上がりにくくなる。レベルが同じで、安定して狩れる魔物を見つける……それがいいんだろうな。レベルが1上がると、強さが跳ね上がる可能性がある)
「すまないが、しばらくはゲストで、強敵と戦うときはパーティに入ってもらう。『あの技能』を何とかできれば、離れて行動しなくてもいいんだけどな……」
「……何とか、できると思う? この剣は捨てても、私の手に戻ってきてしまう。呪いの剣はどうやっても手放すことは……」
「呪いを解くか、克服するか。簡単に言うようで悪いが、方法はあると思う。そう思わないとやるせないってのもあるけどな」
「……そう言ってくれると救われるわ。私にも、自分がこの先どうなるのか、明るいことは考えられないから」
「エリーさん、きっと大丈夫です。アリヒトさんの言うとおり、呪いがあるのなら、それに対応する方法もあるはずです」
『巫女』が覚える技能で、呪いを解くことができないだろうか。そんなに簡単なら、誰も呪いで苦労などしていないか。
「スズナ、神社の手伝いをしてたときは、お祓いとかもしたことがあるのか?」
「はい、父の手伝いをしたことがあります。『巫女』という職の技能としては、少し違う形のものみたいですが」
「そうなのか……すまない、出来ればでいいんだが、技能を見せてもらっていいか?」
「いえ、こちらこそ、パーティに入れていただくのに、お見せするのが遅れてすみません。私の技能はこうなっています。もう、二つ取ってしまいましたが……あっ、ポイントが増えているんですね」
◆習得した技能◆
・お清め:パーティの精神状態を改善し、弱い霊を退ける。
・お祓い1:霊体を浄化する。成功率は対象のレベルが高いほど低くなる。
◆取得可能な技能◆
・破魔矢:弓を使用したとき、矢に神聖属性を付加する。
・皆中:レベルに応じて、弓が決まった数だけ必ず命中する。
・祈願:パーティ全体の行動成功率が少し上昇する。
・盛り塩:決まった範囲に盛り塩をして、魔物の接近を防ぐ。
・霊能感知1:通常は見ることのできない精神体の存在を感知する。
残りスキルポイント:2
(いかにも巫女ってスキルが揃ってるな……『皆中』は違うみたいだが、これは……)
「スズナ、弓道の経験があるのか?」
「は、はい……良くおわかりになりましたね。あっ、新しい技能が……」
「『皆中』なんて、普通はレベル2で覚えられる技能ではないよな。元から弓の腕前が高いから、そういう技能も覚えられるってことなのか」
「お役に立ちそうでしたら、ぜひ習得したいです」
「そうだな。これはずっと先まで役立ちそうだし、取ってもらっていいか」
スズナは『皆中』を選んで取得する。命中率が高くなるのではなく『必中』だから、回避力の高い敵に対しては絶大な効果を発揮するだろう。
『盛り塩』は迷宮で安全地帯を作るために役立ちそうだし、霊能感知は霊系の魔物が多い迷宮では必須になりそうだ。装備で補えるならいいが、そうでないと、見えない敵に襲われるというのは生きた心地がしない。
「『お清め』は常時働いてるのかな。スズナといると、気持ちが落ち着く気がする」
「そ、そうなんでしょうか……そうだといいんですが。私も、どのように働いているのか、はっきり分かっていなくて」
「スズちゃんは癒し系って言われてましたからねー」
「ミサキちゃん、それとこれとは関係なくて……」
関係ないということもないと思う。『職』によって得られる技能がほとんどだが、中には個人の適性によって出てくる技能もあるのだから、同じ巫女でも『お清め』のない人がいるかもしれない。
ポピュラーな技能は共通だと思うが、五十嵐さんとテレジアにも固有の技能があった。俺は全てが特殊すぎて、自分と同職の人とまず会わないので、全技能が固有と言えなくもない。
(……待てよ。他の人が『中衛』『前衛』って書いたらどうなるんだ? やっぱり簡単には受理されないのかな)
これまで転生した人数がどれだけになるのか分からないが、『後衛』と書いて受理されたのは俺だけだった。ライセンスの表示も正常じゃないし、同じようなことはそうそう起きないと考えられる。
「そ、それより……アリヒト。あなたの技能って、いつも働いているものはある?」
「俺が後ろにいると、定期的に体力が回復すると思うんだけど……もし落ち着かない感じだったらすまない。必要な時以外解除できるようになればいいんだが」
「そうなの……? あっ……ライセンスに『回復上限』って出てる」
「ん? いや、俺のライセンスには……」
『アリヒト』の『支援回復1』が発動、と表示されている。回復される側は、また表示が違うということなのか。
エリーティアのライセンスを見せてもらうと、表示はこのようになっていた。
◆現在の状況◆
・『エリーティア』の精神状態が回復 →平静状態
・『エリーティア』の体力が回復 →回復上限
(俺の技能名が出てない……いや、スズナの技能も名前が出てないな。使用者と受け手で表示が違うのか? 他の人の攻撃系技能とかは名前が出るから、回復はまた違うのか)
支援攻撃、支援防御はどう表示されるのだろう。みんな戦闘中にライセンスを見る余裕などないので気づかなかったようだが、はっきり表示されるのなら、そこは任意で隠蔽できた方が良い。俺たちが戦闘している時に第三者が立ち会うと、技能の内容を知られてしまうからだ。
「エリーティア、ライセンスに使った技能が表示されないように隠すことはできるか?」
「ええ、『隠蔽』の技能があれば、自分のしたことを相手に知られないようにできるわ。技能でなくても、一部の装飾品で代替できるけど」
「その装飾品って、かなり貴重だったりするか?」
「そうね……そこまで余るほど出回っているわけじゃないけど。『箱』を開けると、だいたい一つは出てくるわね」
「ありがとう、今回の箱から見つかってくれるといいんだが」
「それって、悪いことしたときにも隠蔽できるんですかー? お兄さんも悪いこと考えますねー」
「そ、そうなの……? アリヒト、残念だけど、隠蔽してもライセンスに出ないだけでカルマは上がるわよ。破廉恥なことはしないようにね」
それは残念だ、と冗談めかせて言っておくところか。エリーティアとスズナは潔癖そうなので、冗談でも言わない方がいいだろう。俺は保護者のような年齢だし、彼女たちの信頼を失うことは避けたいものだ。
◆◇◆
箱屋から転移した先の空間に戻ると、武器・防具・装飾品、それ以外のもの、貨幣がある程度選別されていた。
鑑定するまでもなく、広く流通している武器などは買い取ってもらうことにする。使えそうなものだけを残すと、選別しきれないほど多いということもない。
「この袋一つが金貨千枚で、全部で六千枚ちょっとあったわ。削れている貨幣を取り除いて、秤で重さを比べて、二袋目からは枚数を数える手間を減らしたのよ」
「さすが五十嵐さんですね。でも、千枚袋に入れるだけでも大変だったんじゃないですか」
「ええ、それはね……凄い重さよ。銀行に預けたら、大きな額が必要なときは、小切手を出して貰ったほうがいいわね」
紙幣がいかに便利かというのを痛感する瞬間だ。いや、金貨の価値に相当する額の紙幣というのも枚数が多くなって、煩わしいことに変わりないが。
(資金が潤沢に手に入りすぎて、感覚が麻痺しかけてるな……いかんいかん。必要な時は大胆に使うが、普段は常に倹約だ)
「削れた貨幣は鋳造し直さないと使えませんので、買い取らせていただきました。銀貨、銅貨もかなりの量がありますが、これらは傷みやすいので、状態のいいものの枚数はそれほど多くありません」
銅貨・銀貨は変色していたりするが、それも鋳造して利用できるのだろう。買い取り金額がすでにつけてあった。便宜上『劣化銀貨』と呼ぶが、それが4千枚ほどあって価値は三割。再利用の手間を考えれば、値がつくだけでも僥倖だ。
「私、一回やってみたかったんですよね、金貨をばーってばら撒いて、『お宝だー』みたいなの」
「せっかくまとめたんだ、袋は開けるなよ。いつになるか分からないが、また箱を開ける時は呼んでやるから」
「ほんとですか? お金の魔力ってこわいですよねー、お兄さんからこうやってどんどん離れられなくさせられて……あっ、聞いてくださいよー」
「ギャンブラーが使える装備があったら選んでおいた方がいいぞ。俺も使えそうなものは……」
「後部くん、これはどう? 黒檀っていう木でできてるスリングよ」
五十嵐さんが見つけておいてくれたのは、今使っているものより明らかに質のいいスリングだった。
ブレイズショットは撃てなくなるが、『打撃』『命中率』『射程』に全て補正がかかるらしい。
「おめでとうございます、そちらはルーンスロットが一つついた武器ですね。そちらにルーンをはめ込むことで、性能がさらに強くなりますよ」
俺の様子を見ていたファルマさんが話しかけてくる。彼女はスリングの穴を指差す――ここがルーンスロットということか。
「ルーン……それは、魔石を使った加工とは違うんですか?」
「ルーンは魔石から作られるものなんです。魔石を沢山集めて圧縮したものですから、通常の魔石よりも強力ですよ。くず石と言われてしまうものでも、ルーンにすると珍重される場合がありますし」
「私の槍にもスロットがついてるみたい。ランスとは違って、盾がついてないけど……後部くん、持ち替えてもいい?」
五十嵐さんが持ってきた槍は合金製で、『打撃』『防御確率』『貫通力』に補正がついている。クロススピアという種類の槍で、十字になった刃で敵の攻撃を受けられることがあるらしい――これなら、盾は必ずしも必要ないかもしれない。
「良い武器なので、俺としては持ち替えを勧めます。あ、あそこに鎧がありますが……これ、女性用じゃないですか?」
「『レディアーマー』ですね。回避重視で軽量ですから、女性で戦士系の職の方はよく装備されています。こちらもスロットが空いていますね」
ヴァルキリーにはうってつけというか、これを装備してからヴァルキリーと言えるのではないかというデザインの鎧。それを見ても五十嵐さんはなかなか踏み切れずにいた――無理もない、ビキニアーマーとはいかないが、肌の露出がわりと多い。
「性能が今の鎧より高いし、レッドスカーフとも合うと思うんですが……い、いや、睨まないでください」
「だ、だって……こんな大胆な鎧を着たら、町を歩けないじゃない」
「そんなこともないと思うけど……魔法がかかった装備は、見た目よりも防御力が高いし、私もこれを使うことをすすめるわ。私の鎧よりは性能は低いけど、レベル5くらいまでずっと使えると思う」
装備の性能を重視するらしいエリーティアは、デザインを度外視して五十嵐さんにお勧めする。ファルマさんは頭装備なども一式揃えて鎧の周りに置くと、五十嵐さんの肩を叩いた。
「よろしければ、着付けを手伝わせていただきますよ。大丈夫です、最初は慣れないかもしれませんが、装備すると慣れるものですし。町では外套を羽織ることもできます」
「あ、あの……ファルマさん、こういった装備をしたことが……?」
「実を言うと、女戦士の方がレディアーマーを身につける姿に憧れた時期があったんです。私は装備できるものが限られていて、普通の服と変わりませんでしたので……」
それでなぜ自分が装備することを推奨するのか、と五十嵐さんは言いたげだが、鑑定の巻物に表示された性能をじっと見て、はぁ、と嘆息した。
「……装備してみます。後部くん、コスプレみたいって言ったら殴るから」
「い、いえ、絶対言いません。楽しみにしてます」
「っ……今からお世辞なんて言わなくていいの! ほんとにもう!」
怒らないと恥ずかしさに負けてしまいそうなのか、装備を持って五十嵐さんと付き添いのファルマさんが転移していく。
次にテレジアがやってきて、俺にショートソードと盾、そしてブーツを見せてくれた。ブーツはテレジアでも身につけられる素材でできているようだ。
盾は『タージェ』という種類で、レザーアーマーの胸につけて装甲としても使えるらしい。防御力、耐久度、回避、全てがバックラーより上だ。
ショートソードはすでに改造されていて、『ウィンド』系の技を使うことができる。素の性能も高いし、即座に持ち替えを勧めた。
どちらもスロットがないが、いずれはスロットつきが見つかるだろう。五十嵐さんと比べると大きく強化されたとは言えないが、少しずつでも着実に強化することが大事だ。
「ブーツは……あ、それも脱げるんだな」
『カメレオンのブーツ』という新しい装備は、周囲の風景に同化するという機能を備えていた。全身カメレオンでなくても使えるなら、奇襲にはうってつけといえる。
床に座って素足になり、ブーツを履き替えるテレジア。ずっと穿いていたリザードブーツも性能は悪くないが、かなり使い込んでいるし、靴はスペアを幾つか持って履き替えるほうが耐久度が落ちにくい――普通の靴と同じならだが。
「…………」
「ああ、色も合ってるし良い感じだな。似合ってるぞ、テレジア」
テレジアは何も言わないが、新しい装備を気に入っているようだ。しかしカメレオンって、そういう魔物がいるとしたら、透明のまま襲ってくるのだろうか――それは恐ろしい。
「スズナはこのケープとかどうだ?」
「えっ……い、いいんですか? こんなに貴重なものを……」
「あなたは少しでも防御力を上げたほうがいいから、できれば装備するといいわ」
ケープを渡すと、スズナは白い服の上から羽織る。ケープも白いので、白と赤の巫女らしさは損なわれていない。
「……あっ。アリヒト、『隠蔽のチョーカー』があるわ。首につけるのがわずらわしいかもしれないけど、これであなたが思っていたとおりにできるわよ」
「お……チョーカーって初めて着けるな」
「じゃあ私がつけてあげますよー。じっとしててくださいね」
そうこうしているうちに、着替えを終えた五十嵐さんたちが転移してくる。
「あ、あの……後部くん、装備、できたけど……」
「はい、着替えお疲れ様です。どんな感じで……」
チョーカーをつけてもらってから振り返り、俺は眼前の光景に言葉を失うことになるのだった。




