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第二十九話 遺伝技能と箱開け

 内覧も終わったので部屋を借りる契約を結び、エリーティアたちは一旦自分の宿舎に帰っていった。


 俺も五十嵐さんと一緒にノルニルハイツに戻る。二日間だが世話になったので、出るのは名残惜しいが、今後も定住できる物件が手に入るまでは、一定期間で場所を移ることになる。引っ越しにも慣れなければ。


「アトベさん、これからも頑張ってくださいね。私はいつでも応援していますからね」

「ありがとうございます。管理人さんも、お元気で」

「せっかくですから、おばさんの名前を覚えておいてくださいね。私はパルム=アルトゥールと言います。前途有望な探索者さん、あなたのこれからに、秘めたる神が微笑みますように」


 パルムさんという名前だったのか。彼女は俺の名前を知っているのに、俺は聞いてなかった――これは失礼なことをしてしまった。


「それでアトベ様、これからどちらに? せっかくですから、最後に聞かせてくださいな。いえ、最後と言わずまたいらっしゃっていただいてもとてもうれしいですけど、なにせ成長株ですから、探索が軌道に乗って立ち止まる時間が惜しい時期でしょう」

「あの……そのおっしゃり方だと、パルムさんも、昔は探索者だったんですか?」


 五十嵐さんが俺が気になったことを質問してくれる。確かに、探索の経験があるという口ぶりだった。


「ええ、若い頃は『シーフ』として探索者をしていました。といっても、泥棒をしていたわけではなくて、専門は罠はずしと鍵開けでね。引退して三十年以上になるので、レベルは下がってしまいましたけどね」

「そうだったんですか……」

「若い頃はこう見えてもねえ、『猫の手キャットハンド』なんて呼ばれていてね。六番区まで上がって探索をしていたんだけど、お父さんと出会ってしまってねえ。あの人はずっと先に逝ってしまいましたけど、娘と孫もいるので寂しくないのよ」


 引退した探索者が、どんな第二の人生を送るのか。まだずっと先のことで考えてもみなかったし、今のところ、可能な限り現役を続けたいと思っている。


 探索で功績を残すか、あるいは探索者を支援する立場になるか。どちらかで迷宮国に居場所ができる。『全ての転生者が探索者にならねばならない』とは言うが、要は転生した分だけ何かの役割を果たせば自由に生きていいということだ。


「俺たちは、これから箱を開けてくれる店に行こうと思ってるんですが……」

「あらあらまあ、本当に? 町の箱屋さんは三つありますけれど、そのうち一つはうちの娘がやっている店ですよ」

「そうだったんですか。世間は案外、繋がっているものですね」

「一番大きい箱屋さんではないですけれど、腕は確かですよ。娘は私の技能が伝わって、『鍵開け』『罠外し』が上達しやすかったんです。まだ引退して2年ですし、技能維持の訓練も受けていますから、とっても上手に箱を開けてくれますよ」

「技能が伝わる……娘さんに、技能が遺伝したってことですか? それは凄いですね」


 子供が親の技能を引き継ぐと、親を上回る才能を持って生まれてくることがあるということか。


「親のどちらかの技能しか伝わらないと言われていますけどね。娘は私に似たみたい」

「ということは、色々な職の技能を引き継いで万能になる……っていうこともないのね」

「子供は親が探索を進めるために生むものではありませんよ。神様もそのあたりは、配慮してくださったんでしょうねえ」


 パルム小母さんの話は含蓄があるというか、考えさせられるものがある。


 この迷宮国では、序列を駆け上がることで地位も名誉も、望むものが手に入る。しかし手段を選ばずに突き進むというのは、俺の主義とは違う。


「でも、アトベ様とそちらの方だったら……いえ、デリケートなお話だものねえ。ごめんなさいね、年を取ると遠慮がなくなってしまって」

「っ……わ、私は、後部くんとは、まだそういう関係じゃ……」

「…………」


 慌てる五十嵐さんの横で、テレジアが俺を見ている。やはり『以心伝心』がなければ、乙女心を無言で読み取るのは難しい。


「え、えーと。パルムさん、色々話せてよかったです。俺たちが行く箱屋が、パルムさんの娘さんの店だったら、よろしく伝えておきます」

「ええ、お願いします。お元気でね、二人とも。無理はしないでね」


 パルム小母さんに見送られ、俺たちは宿舎を後にする。五十嵐さんはしばらく話さなかったが、町に向かう坂を降りていく途中で口を開いた。


「あ、後部くん。そういえば私、レベル2になったから、技能のポイントが2つ増えたわよ。どの技能を取ればいいと思う?」

「おめでとうございます。もし良かったら、ライセンスを見せてもらってもいいですか?」

「ええ、いいわよ。パーティの人の技能って見られないの?」

「テレジアは特殊なケースで、俺には見えるみたいです。でも、パーティの仲間の場合、ライセンスを見せてもらわないと分かりませんね」


 そればかりは信頼を築いて見せてもらうしかない。五十嵐さんは相槌を打ちながら、腰につけているポーチからライセンスを取り出し、俺に見せてくれた。


 ◆習得した技能◆


 ・サンダーボルト:雷光を走らせ、相手に打撃を与える。低確率で感電状態にする。

 ・ブリンクステップ:『分身』状態になり、少しの間攻撃を回避する。


 ◆取得可能な技能◆


 ・ダブルアタック:武器攻撃回数が増える。

 ・ブレイブミスト:味方の恐怖状態を解除する。

 ・フリーズソーン:敵の足を凍結させて動きを鈍らせる。

 ・雪国の肌:凍結状態にならなくなり、魅力が増す。

 ・弾除け1:敵の間接攻撃が少し当たりにくくなる。

 ・囮人形:『人形』を消費して、自分を模した囮を作り出す。


 残りスキルポイント:2


「ヴァルキリーって色々な技能を取得できるんですね……『雪国の肌』っていうのがありますけど、ヴァルキリーって雪国に関係ある職でしたっけ」

「……もしかして、私のお母さんが雪国の出身だからとか?」

「あ、そうかもしれないですね。雷が使えるのは……よく俺にカミナリを落としてたからですかね」

「それだと『サンダーボルト』を真っ先に取った私が、やっぱり性格に問題があるみたいじゃない……」

「そ、そういうわけじゃなくてですね……サンダーボルト、いいですよね。魔物が感電すると攻撃が当てやすくなるし」


 ジト目で見てくる五十嵐さん。昔のことはうかつに言ってはいけない、俺自身がもう忘れたと言ったのに、しつこいと嫌われてしまう。


 パッと見て強い技能は『ダブルアタック』だろうか。支援攻撃と相性がいい。


 恐怖状態というのが魔物に怯えている状態としたら、まともに戦えないので念のために『ブレイブミスト』が欲しい気もする。


「……あ、あの……後部くん、雪国の女性についてどう思う?」

「秋田美人ってよく言いますよね。色白なイメージがありますが、実際どうなんでしょう」

「え、えっと……私のお母さんも出身は秋田なんだけど、それは良くてね。じゃ、じゃあ質問を変えるわ。凍結状態にしてくる魔物がそのうち出てきたら、対策としてこの技能を取った方がいいと思う?」

「そうですね、装備で耐性ができるならあえて取らない方が……あ、でも魅力が上がるっていうのは気になりますね」


 五十嵐さんは今でも美人だが、『雪国の肌』を取ったらどうなるのだろう。さらに美人になったりして――彼女は亜人ではないし、雪女のように白くなるってことはないだろう。


「そ、それが目的じゃないけど……じゃあ今のところは別の技能にした方がいいわね。この『囮人形』って、魔物の注意を引きつけられるってことかしら」

「そうですね。補助的な技能になりますけど、使い方によっては強そうです」

「取ってみてもいい? あとひとつは後部くんに任せるから」


 ほんとは彼女も『雪国の肌』が取りたいのではと思うが、急を要する技能ではないので、我慢してくれているようだ。


 レベルは今日の探索でも上がりそうだし、とりあえず『ダブルアタック』を取ってもらって、あとは彼女が希望する『囮人形』にしておこう。


「そうすると、『人形』を調達してから迷宮に行った方がいいですね」

「確か、迷宮前の雑貨屋さんに置いてあるのを見たわ」

「じゃあそこで買ってみましょう。もう一つの技能は『ダブルアタック』で」


 場面によっては役に立ちそうというのは全ての技能に言えることだが、取り渋っていても彼女の活躍の場が減ってしまう。『ダブルアタック』なら、今日の戦闘から目に見えて効果が出るだろう。


(あとは魔力の消費がどれくらいかだな。ブレイズショットと同じくらいのコストなら、毎回の戦闘で使えるんだが)


「……これでよし。ああ、スキルポイントって幾つあっても足りないわね。試してみたい技能がいっぱい出てくるし」

「俺もそうです。なるべく無駄のない取り方をしたいですが、取ってみて学ぶこともあるので、貯めるばかりでなくてもいいと思います」

「ええ。この技能を取った時のわくわくする感じはくせになるしね……」

「テレジアもレベルが上がったら、新しい技能を取ろうな」


 ずっと五十嵐さんが技能を取るところを横で見ていたので、テレジアも自分の技能については関心があるというのは間違いない。今は1ポイント保留してあるが、早めに新しい技能を取らせてあげたいと思う。


 さて、あと技能を把握してないのはスズナか。エリーティアの技能も見せてもらいたいが、『カースブレード』の技能について教えてもらえるかは難しいところなので、急がず機会を待つべきだろう。


 ◆◇◆


 ルイーザさんに教えられた箱屋に入ると、エプロンを着けた女性が男の子、女の子の二人と、テーブルを囲んで本を読んでいた。


「いらっしゃいませ。ギルドからご紹介のお客様ですか?」

「はい、ルイーザさんに紹介してもらって来ました。アリヒト=アトベです」

「おかーさん、おはこ開けるの?」

「わあ、おはこだおはこだ! プラム、おはこ好き!」


 上の子はどうやら兄らしく、5歳くらい。下の妹は3歳くらいで、顔がよく似ている。そして、箱屋の店主らしきお母さんによく懐いていた。


 パルム小母さんが娘と孫がいると言っていたが、この母子がそうみたいだ。


「すみません、遊びたいさかりで。箱を開けるための地下室には、この子たちは入らせませんから」

「えー、かんたんなお箱なら見せてくれるのに」

「ごめんねエイク、このお客様のお箱はとっても開けるのが難しいお箱なの」

「でも、お母さんなら開けられるんだよね?」

「お母さんは『わなし』だもんね!」


 罠師――それが箱屋の女性の職。箱に難しい罠がかかっていても外して開けられる、そういうことだろうか。


「エイク、プラム、少しお外で遊んでいらっしゃい。おばあちゃんに、お手紙を届けてあげて。きっと喜んでくれるわよ」

「おかーさんはこないの?」

「ええ、お仕事が終わったら行くわ。エイク、プラムのことをお願いね」

「うん! おばあちゃんのところで待ってる!」


 エイクとプラムが外に出ようとすると、部屋の隅にいた白い大きな犬が後からついていく――まるで、ボディガードのように。


 五十嵐さんは犬が気になるらしく、目を輝かせて店主さんに話しかける。


「すごい……人間の言葉が完全に分かってるんですね。すごく大きなワンちゃんですけど、犬種はなんて言うんですか?」

「……ワンちゃん?」

「っ……な、何をつっこんでるのよ。そういう呼び方することは誰だってあるでしょ」

「ふふっ……私もそう呼ぶことはあります。あの子は『シルバーハウンド』という種類で、元は探索者に同行する護衛犬だったんです」

「それで、今では子どもたちの護衛をしてるんですね」


 まさに忠犬という感じだ。俺も動物が好きなので、久しぶりに犬を見られて嬉しい。


「…………」


 テレジアはちょっと犬が怖いみたいで、いつも直立不動なのに、俺の肩に手を置いていた。まあ、得手不得手は誰にでもあるものだ。


「申し遅れました、私はファルマ=アルトゥールと申します。アトベ様の『黒い箱』につきましては、ギルド認可の罠師である私が、丁重に開けさせていただきます」


 見た目はエプロン姿の妙齢の主婦――その実は、凄腕の罠師。


 その慈愛に満ちたとしか言いようのない微笑みもさることながら、エプロンの胸のところに施された犬の刺繍――それが限界まで引っ張られるほどの、雄大な高低差。


「……後部くん、カルマをこんなところで上げないでね?」

「は、はい……いや、見てませんよ?」


 五十嵐さんに腕をつままれて牽制される。そのやりとりの意味に気づかず、ファルマさんは頬に手を当てて、まるで仲睦まじい二人でも見るかのように顔を赤らめて微笑んでいた。


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