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第二十八話 新たな宿舎

 全員が起きてきたあと、部屋で簡単に朝食を取る。モーニングサービスがあるというのはありがたい。


 卵と焼き立てのパン、それにベーコン。野菜だけはフレッシュなものがいつでも食べられるというわけにはいかず、主に果物や木の実が朝食に出されるとのことだった。


 食事を終えたあと、ルイーザさんをギルドに送っていく。朝の町はまだ静かだが、ギルドには他の職員や探索者がすでに訪れていた。


「ゆうべはありがとうございました。久しぶりに羽を伸ばせて、身体が軽くなりました」

「こちらこそ、急に誘ったのに来てくれてありがとうございました。また、一仕事終えたときなんかにご一緒しましょう」

「はい、ぜひ。アトベ様、今日は迷宮に行かれるんですか?」

「午前中は箱を開けてくれる店に行こうと思ってます。新しい部屋の内覧も午前中で大丈夫ですかね」

「ええ、食事時でなければ管理人の方がいつでも対応してくださると思います」


 まずこの近くにあるという箱屋に行き、次が物件の内覧。午後からは、曙の野原の最深層に向かう。ざっくりとだが、本日のスケジュールが決まった。


 ルイーザさんがギルドの建物裏にある専用通用口から入っていく。最後に小さく手を振ってくれたので、俺も照れを感じつつも手を上げて応えた。


「……最初は、少し苦手なタイプかなと思ったけど。話してみたら、すごく気が合っちゃった。こんなことってあるのね」

「また一緒に話せる機会はありますよ。別の区でも俺たちの担当は続けられるそうなので」

「ふーん……後部くんが希望したの?」

「ま、まあそうですけど。他意はないですよ」


 美人だし、俺のやることなすことに感激してくれるし、仕事もできる――と文句のつけようのない女性だが、あくまでギルドの担当官と探索者という関係なので、それ以上の進展は難しいだろう。


「……そ、そうよね。後部くんは真面目で、他意がなくて……それに引き換え、私たちは……」

「キョ、キョウカ。その話は、内緒にするって言ったじゃない」

「あ、ゆうべのことですか? スズちゃん、色々勉強になって良かったね」

「……アリヒトさんに申し訳なくて、顔が見られません……私、みんなと一緒だからってあんなこと……」

「あんなこと?」


 スズナが気になることを言うので、思わず質問してしまう。すると皆がすごい勢いで慌て始める。


「な、何でもないのよ。後部くんがお腹を出して寝てたから、毛布をかけてあげただけなの。そうよね、エリー」

「え、ええ、本当にそれだけよ。他には何もしていないわ。私が何かしたって言うの?」


 五十嵐さんがエリーティアを愛称を呼び捨てにしている。俺が見てないうちに話をして仲良くなったということだろう。


 この二人は性格が少し似ているが、似たもの同士でぶつかったりはしなかったようだ。今後もパーティを組む上で、関係が良好なのはいいことではある。


「えーと……何かしたとかしてないとか、何の話だ?」

「いえいえ、いいんですよー。お兄さん、それよりお部屋を見に行くんですよね? 私、ルイーザさんに場所を教えて貰ったんですよー。どうですか、この用意周到ぶり」


 ちゃっかりしているな、と思いつつ地図を見せてもらう。ライセンスの表示を切り替えると町の地図が表示され、そこに印が打たれていた。ノルニルハイツとはまた違う高台に、新しい物件があるらしい。




 ――八番区の中心街、ギルドから歩いて十五分ほど。利便性の面でも申し分ないその物件は、ミドルクラスの宿舎であるノルニルハイツとは比較にならないほど、施設・部屋の広さ、従業員のサービスと、何もかもが行き届いていた。


「いらっしゃいませ、旦那様、お嬢様。どうぞ、お部屋はこちらになります」


 外見は二階建ての洋館で、四室しかない。同じ作りの物件がもう一つあるが、八番区にあるロイヤルスイートルームを備えている建物はそれで全てだ。


 玄関ホールで数人のメイドに出迎えられる。荷物を預かってくれるようだが、すぐに外出するのでそれは遠慮し、部屋を見せてもらった。


 いつも賑やかなミサキも慎ましやかに沈黙するほど、圧倒的な豪華さ。全室に絨毯が敷かれ、広い浴室と化粧室までが完備されている。


「……す、凄いですね、想像以上に。五十嵐さんはどう思います?」

「……私も個人で、ミドルクラスの部屋を借りられるって言われたけど……もし空き室があるなら、ここの方が……後部くん、やっぱり迷惑……?」

「い、いや、全くそんなことはないですが。俺も一人だと広すぎるし、パーティで借りられる部屋の数には制限があるってことなので、できれば一緒に住めればと思ってます」

「じゃあ……こ、これからも、一緒に暮らすことになるわね……」


 暮らすという言葉に、今後の生活の未来像を想像してしまう。毎日この部屋に一緒に帰ってくるのか……そして部屋を移りつつ、ホテルを転々とするような生活を送るのか。


「え、えーと……そのうち、長期的に腰を落ち着けられる家を買えるといいですね」

「っ……そ、それって……後部くん、そういう意味で言ってくれてるの……?」

「家を買うことができたら、居住人数制限は関係ないし、複数のパーティが共同生活を送ることもできるわね。アリヒトが序列を止まらずに上がっていきたいなら、自分の仲間たちだけで『多人数戦闘レイド』することを考えてもいいかもね」


 俺が考えていたのは宿舎を転々とするより、一箇所を拠点にしたほうが引っ越しの手間がなく、自分の家なら間取りを好きにできるという意味だったのだが――エリーティアの言うとおり、16人、24人が一緒に住めれば、複数パーティの共同生活も可能だ。


 すでに仲間は六名いるが、別のパーティを一つ組めるくらい仲間が増えれば、必要に応じてメンバー入れ替えをしながら探索していくということができる。


(そうすると、編成できる職が増える。前衛守備を専門とした職も、薬師も、魔法使いや僧侶もいないからな)


「必要な技能を持った職の人がいないと、手詰まりになる可能性もあるしな……可能なら、仲間は増やしていかないとな。全員で一つの家に住まなくても、幾つか家を買って好きなところに住めれば理想的だな」

「お兄さんが複数の家持ちになったら、そのうちひとつをポンと私に……そうなったらもう、何でも言うこと聞かなきゃですねー」

「そ、そんな、おうちと引き換えにみたいな……ミサキちゃん、良くないよ?」

「……私は貴方達も知っている通り、問題を抱えているから……近いレベルになったら、違う剣士の人を入れた方がいいかもしれない。でも、お願い……途中まででもいいから、力を貸して。私の親友がいる迷宮の深層までは行かなくていい。その手前まで行ければ、私一人で行けるから」


 先の話をする俺たちを見て、エリーティアはそれを言わずにいられなかったのだろう。


「……エリーティア、敵の返り血を浴びたとき、少し様子が変だったな。距離を置くようにっていうのは、あの状態が仲間にとっても危険だからか?」


 この場ですべきかどうか迷ったが、いずれはしなければならない話だ。エリーティアは腰に下げている鞘に納められた剣を見ながら言う。


「この剣は『緋の帝剣スカーレットエンペラー』というの。ある『名前つき』が落とす箱の中から見つかる武器で……装備するものを、『固有武器職』に変化させる。私はもともと剣士だったけど、この剣を手にして……そして、手放すことができなくなった」

「固有武器職……そんなものがあるのか」


 『カースブレード』は固有武器職――『緋の帝剣』は、手放すことができない呪いの剣。つまり、職を変えることもできないということだ。


 それは亜人の境遇にも似ている。命を落としたあと、別の姿で蘇り、人間に戻ることができない――装備も制限され、外せないものがある。


「その緋の帝剣を装備したらどうなるか、事前には分かってなかったのか?」

「……私のいた探索者集団、『白夜旅団』は、『名前つき』を狩って箱を集め、その中から見つかる武具で自分たちを強化している。同じように戦力を向上させようとする探索者は多いし、それ自体は探索者の王道的な姿勢だと言える。でも……白夜旅団では、どんな武器か分からなくても、絶対に装備を拒絶することが許されないの」


 エリーティアはどんな武器かも分からないまま、緋の帝剣を装備するしかなかった。


 いくら強力な武器でも、『ベルセルク』には大きな問題がある。逆に言うと、その対策さえできれば、エリーティアは文句なしに強力な前衛となる。


「鑑定してくれる店とか、技能持ちは白夜旅団にはいなかったのか?」

「店に持ち込むと、呪いがかかっていると分かるとその封印を優先しなくてはならないから、武器としては使えなくなる。旅団では呪いの武器に危険があっても、それを通常の武器より遥かに強力なものと考えていたから……鑑定はあえてしていなかった。技能での鑑定は失敗すると命に関わるし、適性がある人も少ないから、鑑定士に類する職業はギルドから保護されているわ。旅団でも、常時団員に入れておくことはできなかった」


 ――希少な技能持ちは、ギルドで保護される。これから行く『箱屋』の人も、おそらくはその対象だろう。


 ギルドが保護して専門店を開いているから、八番区の探索者でも希少な技能の恩恵を受けられる。上位探索者のパーティに独占されてもおかしくない人材を、ギルドのおかげで専有されずに済んでいるわけだ。


「……強くなるために手段を選ばないってのも、一つのやり方かもしれないが。個人的には、旅団のやり方には共感できないな」

「そう言われても仕方ないと思うわ。私も強くなりたい一心だったけれど、カースブレードになってからは後悔ばかりだった……剣に振り回されるだけで、自分の意志で戦っている気がしなくて……」

「エリーティアさん……でも、アリヒトさんと一緒に戦っている時は、違っていたんじゃないですか? 私たちを守るために、戦ってくれたじゃないですか」

「っ……」


 スズナが言うと、エリーティアは瞳を潤ませ、目を伏せる。


「……アリヒトがいなかったら全滅していた。ミサキを見つけるまで、あんな敵は出ないとタカを括っていたの……レベルだけ高くても、私は探索者として未熟すぎる」

「そこまで自分に厳しくしなくてもいいんじゃないか。俺だって驚いたし、死ぬかとも思ったけど、エリーティアが居てくれて何とかなった。じゃあ次はもっと上手くやれるさ。最初からパーティを組んでる方が、途中で組むよりも強くなれるから」

「アリヒト……」


 赤らんだ目で見られると、俺の胸も痛む。年下の女の子の涙は、できるだけ見たくはないものだ。


「まあ経験値のことを考えると、しばらくゲストでいてもらうことになるけどな。必要な時はパーティに入って、俺の支援を効かせる。それで頼む」

「……ええ、分かったわ。全部あなたの指示に任せるから。暴走した時は近づかないで、戦いが終わるまでは離れていて」

「ああ。でも、かなり離れてても俺の技能は届くからな」

「あ……」


 無属性の『支援攻撃』によって『物理無効』を破った。そのときどれくらい離れていたか――エリーティアとジャガーノートの戦闘区域から、完全に外れるほどの距離だ。


 目に見えている範囲なら、どこまでも支援できるならば、隊列の柔軟性も大きく変わってくる。やはり、まだ敵が強くなりすぎないうちに効果範囲を検証しておくべきだろう。


「俺なら、エリーティアの『ベルセルク』が危険な技能でもリスクを抑えて援護できる。でも、呪いはいずれ解くべきだろうな。呪われてない強い武器だってあるはずだ」

「……あなたは……簡単に言ってしまうけど。私のことが怖くないの?」

「怖くはないな。かといって、斬りかかられたらショックだから、距離はしっかり取るぞ」

「あははー……普通、ショックじゃ済まないですよ。やっぱりお兄さんも普通じゃないですよね、転生したばかりなのに落ち着きが凄いっていうか。まあ、そこが見てて安心できるんですけどね。ね、スズちゃん」

「は、はい……アリヒトさんの近くにいると、時間が穏やかに流れるように感じます」


 皆よりも順応が早いというなら、異世界の空気が俺に合っているんだろう。それで皆を安心させられるのなら、今後も努めて冷静でいたいと思う。


 一瞬の判断の遅れが命取りになる、そういう世界だ。後衛から状況を瞬時に把握し、戦うか逃げるかを選べなければ、パーティ全員を危険に晒してしまう。


「まあ、エリーティアが目的を達したら独立して行動したいっていうなら、その時は仕方がない。できれば優秀な剣士には、ずっと仲間で居てほしいけどな」

「も、もう……どこまでお人好しなのよ。キョウカも何か言ってあげて」

「私も仲間が多い方が嬉しいから、文句は言えないわ。後部くんの判断に従うって、彼のパーティに入った時に決めたしね。ルイーザさんにも言ったけど、私は彼の部下っていう気持ちでいるのよ」

「えっ……そ、そんな感じですか。五十嵐さんが俺の部下……」

「ちょ、ちょっと……物凄く嬉しそうなんだけど。どういう想像してるの」


 忠実な部下の五十嵐さんに色々命令する俺。ああ、それは楽に仕事ができそうだ――人が権力に溺れる理由がわかる気がする。


「みんなアリヒトの味方だから、諌めてくれる人がいないのも困りものね」

「それはそうかもしれない。エリーティアが厳しくしてくれれば、丁度いいかもな」

「……そうね。そういう役回りでも怒らないでね、あなたが言ったんだから。キョウカが厳しくしてくれれば一番いいのに」

「それが、こっちに来てからはあまりにできすぎてて、何も注意することがないのよ。私もそれでいいのかとは思うんだけど」


 五十嵐さんが言うと、みんなが笑う――俺も一緒に笑うほかはない。 


 ずっと俺たちのやりとりを見ていたテレジアは、俺に頷いてくれる。彼女なりの、肯定の意志の示し方だ。


 この部屋で暮らす総勢六人。一気に賑やかになるが、きっと上手くやっていけるだろう。

俺はかしましく過ごすみんなを、見守っているような立場でいられるといい。


「さて……内覧も終わったことだし、次はどうする?」

「そうね……私たちは一度宿舎に帰って、引っ越しすることを伝えないと。荷物は送っておいてもらえるから」

「こちらに運ばせていただいてもいいですか? まだ三日目なので、ものは少ししかありませんが」

「ああ、部屋割りとかは後で考えよう。まず居間に荷物を入れてもらえばいい」

「じゃあ、引っ越しの手配が終わったら昼過ぎにまたギルド前の広場で集合しましょうか。後部くん、私たちも一旦帰りましょう」


 今日の探索が終わったら、またみんなで一緒に夜を過ごすことになる。俺も今日こそはベッドで寝られそうだ――何しろロイヤルスイートには二つも寝室があり、四つずつベッドが置いてあるのだから。


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