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第二十五話 探索者の習慣

 ノルニルハイツに戻ってくると、管理人室にいたおばさんが声をかけてきた。


「アトベさん、アトベさん。今日はとっても賑やかですねえ、先ほども女の子たちが沢山遊びにいらっしゃって。若いっていいわねえ」

「すみません、お騒がせしてしまいまして。仲間のうち三人は、もう少ししたら家に帰します」

「あら、そう? 仲が良いパーティの方たちって、探索が終わった後は……ねえ?」


 おばさんはふっくらした頬を少し赤くさせて言う。探索が終わったあと、お決まりの習慣みたいなものがあるんだろうか。


「俺もまだ転生したばかりの初心者ですから、知らないことが多いですね。探索が終わった後の定番みたいなことって、何かあったりしますか?」

「あらまあ、そんな、初心者だなんて……アトベさん、今おいくつ?」

「えーと、29ですが……」


 転生後は何か肉体がリフレッシュしたというか、初期化されたような感じで、社畜をしていたときにガタがきていた部分が治っているのだが。若返ったというわけじゃないが、高校生くらいのときのキレが戻った感じはする。


「日本人の方は、お年より若く見えますけれど。アトベさんはねえ、その、ちゃんとした大人の方に見えますしね。まだこれからっていうなら、私も応援しますし、うちの従業員の子たちと交流会をするっていうのもね、ありますから」

「え……あ、は、はい。今のところ毎日多忙なんですが、色々な人と話してみたいですね。でも、明日から宿舎を移るかもしれなくて」

「まあ……やっぱりすごいのねえ、初日でうちのお部屋にいらしたんだものね。アトベさんは有望な方だって、みんなにも伝えておきます。そうしたらね、初心者っていうのもね、そんなに恥ずかしいことじゃありませんから」

「……? ま、まあその、あまり派手に広めないでもらえると助かります。何か頑張ってる新人がいるな、というくらいに思っておいてください」

「はい、それは重々承知していますよ。私も長年宿をやっていますからね」


 そういったお願いは聞いてくれるようだが、多少は従業員にも伝わってしまうだろうか。転生二日でロイヤルスイートに移る新人というのも珍しいだろうし、話題にしたくなるとしても無理はない。


 人の口に戸は立てられないが、名声を得るにしてもどうしても必要なときが来た場合のみにしたい――八番区を出るときも遠くなさそうなので、ここで噂になってもそこまで問題にはならないが。


 自分の序列の確認はライセンスでできるが、他の人物については、直接会ったり情報屋にでも聞かないと分からないということだ。つまり、序列が上がった時点で自動的にライセンス所持者に名前を知られるということはないので、そこは気が楽ではある。


 ◆◇◆


 三階へと階段を上がっていこうとしたところで、テレジアが階段の踊場ではたと立ち止まる。


「どうした?」

「…………」


 彼女は何も言わない。階段をあがった先を見て、俺の方をもう一度見る。


「この先に何かあって、行きづらいってことか?」


 他の宿泊者がいるということだろうか――と考えたところで。俺はさっきから、猫かなにかの声でも聞こえているのかと思っていたのだが、それがとんでもない声であることに気がついた。


(い、いや……壁の薄いビジネスホテルとかだと、たしかにそういう声が聞こえてくることはあるが……ほ、本気か……?)


 そこで俺は今さらに、おばさんが何を遠回しに言おうとしていたのかに気がついた。


 男女のパーティで、メンバー同士が交際などしていたら。あるいは夫婦だったりしたら、探索が成功したあと、気分が盛り上がって夜を迎えたら――まあそういうことになっても不思議ではない。


 不思議ではないのだが、この気まずさは半端ではない。テレジアは何も言わないが、ここは俺が責任を持って、この空気を打破していくべきだろう。


「な、何か取り込み中みたいだな。ドアを開けたままで騒いでるのか? もしそうだったら、一言注意してもらわないとな」

「…………」


 俺が先に行き、二階の廊下に出る。すると、奥の方の部屋のドアが少し開いていた。


(いや、他人のプライベートだし俺が閉めるのも違うが……みんな、この声聞いてないといいんだけどな)


「…………」

「ご、ごめん。こんな時に連れてきて驚いてると思うけど、基本的には静かだから」


 テレジアはこくりと頷くと、今度は俺を置いて先に上がっていく。三階まで上がると、床は厚いのか、幸いにも声はあまり聞こえなくなった。


 そして分かったことは、蜥蜴マスクは亜人化が解けるまで一体化してでもいるのか、やはり微妙に赤くなったりするということだった。恥じらう蜥蜴なんて見たことないが、テレジアの装備は全身を覆っているわけでもないので、肌も赤くなっている。


 彼女はさっきと比べると、俺との距離を微妙に開けている。そして部屋に着くまで頻繁にこっちを窺ってくるので、これは気まずいと言ってる場合じゃなく、ちゃんと安心させてあげるべきだろう。


「テレジアも、明日からは別の部屋を取っても大丈夫だからな。俺の部屋に連れてきたからって、その、何かしなきゃいけないとか、そういうことは無いから」


 テレジアは俺を見る。蜥蜴のマスクから覗いている口元は、やはりまっすぐ引き結ばれている。だが蜥蜴のマスクだけではなく、首から口元までが赤くなっていた。


「…………」

「大丈夫、言ってる通りだ。俺はテレジアを仲間に入れるために手続きをしただけで、チケットでテレジアを買ったとかじゃないからな」


 そこまで言うと、彼女はしばらく間を置いてこく、と頷いた。しかし赤みが全く引かない――まあ、酒の影響が大きいんだろうか。


「大事な話をしてるところ、悪いんだけど……一つ忠告していい?」

「うわ、びっくりした。エリーティア、それにスズナも……どこに行ってたんだ?」

「そちらで少し夜風にあたっていました。どこかで猫の声がしているみたいでしたが……」

「ま、まあそうだな、鳴き声の大きい猫がいるみたいだな」


 二人は三階のバルコニーに出ていたらしい。外に出ると二階の声が聞こえてしまうようだが、実際何の声なのか気づいてないようでよかった。


 まさか、転生してから部屋の防音に気を使うことになるとは思わなかった。次に移る部屋では高級な建材を使ってあったりして、異世界の建設技術の底力を見せてくれるとありがたいのだが。


「それでエリーティア、忠告っていうのは?」

「一つのパーティに貸し出される部屋は、『居住可能人数』に応じて制限があるの。あなた、この地区での序列はどれくらいに上がったの?」

「7位まで上がって、明日はロイヤルスイートの内覧をする予定だけど……」

「ロイヤルスイートは定員が六人だから、居住可能人数は6になるわ。一つのパーティの人数制限は8名と決まっていて、居住可能人数の合計が8までしか部屋を借りられない。私とスズナの部屋は、二人住まいなんだけど……」

「エリーさんは本来五番区にお部屋を借りているので、八番区でのお部屋は臨時のものなんです。私の序列を上げることができたら、スイートルームを新しく借りようと話していたんです」


 そうするとエリーティアとスズナの2人部屋、ロイヤルスイートが6人部屋で、それ以外には新たな部屋を借りられなくなる。


「小さな部屋を選ぶと施設も悪くなるから、できれば相談して同居した方がいいと思うわ。ベッドが悪いと疲れの回復も遅れるしね」


 馬小屋は体力と魔力が微量しか回復しないという話だった。寝心地が悪くて疲れが取れないと考えれば、当然だ。


 しかし、同居はこれで終わりだと勝手に思っていたのに。場合によって継続するかもしれないと思うと、五十嵐さんと顔を合わせた時気恥ずかしくなってしまう。


「じゃあ……部屋を見てもらって決めるとするか。七番区に上がったら、また小さい宿舎からやり直しになるんだよな」

「宿舎は同じ部屋を一週間借りられるから、ロイヤルスイートを拠点にして初めのうちは探索を進められるわ。一つの場所に永住したいなら物件を買わないといけないけど、すごく高額だし、家持ちになれるのは星3つの探索者からになっているの」


 星2つになったばかりだが、3つもそこまで遠くはないように思える。一応、条件を尋ねておこう。


「星3つにはどうやったら上がれる?」

「まず、七番区に行くこと。そこのギルドで貢献度が1万になると、幾つか課題を提示されるから、それをクリアすると星3つに認定されるわ」

「分かった、覚えておくよ。二人はもう帰るのか?」


 そう尋ねると、エリーティアとスズナは顔を見合わせて苦笑する。


「ミサキちゃんが、ベッドをお借りしてしまって……彼女が起きるまで、少し待たせていただいてもいいですか?」


 スズナがそう言ったところで、部屋の扉が開く。出てきたのはルイーザさんと五十嵐さんだった。


「アトベ様、お帰りなさいませ。先にお邪魔させていただきました」

「これからお風呂に入ってくるから、お留守番をお願いね。ミサキちゃんが後部くんのベッドで寝ちゃってるから、起きるまでそっとしておいてあげて」

「わ、分かりました。あいつ、人のベッドで勝手に……」

「……あっ。スズナ、今から宿舎に戻ると、お風呂の時間に間に合わないわ」

「他の時間に入ってはいけないんですよね……ど、どうしましょう。汗をかいてしまってますし、このまま明日、アリヒトさんたちと探索するのは……」


 ――大きな流れが来ている。いや、大いなる気のせいなのだろうが。


「じゃあ、みんなで一緒に入りましょうか。有料だけど、着替えは借りられるから」

「は、はい……非常時の措置だから、仕方ないですね。スズナは大丈夫?」

「エリーさんこそ、お風呂に入りたいって言っていたじゃないですか。一緒なら大丈夫です」

「では決まりましたね。アトベ様、それではまた後ほど」


 ルイーザさんは話をまとめて、みんなと連れ立って一階にある浴室に向かった。俺はテレジアと一緒に部屋の中に入ると、居間のソファにどっかりと座る。


「あー、色々と疲れた……テレジア、どこでも座って楽にしてくれ」

「…………」

「ん? あ、ああ……もしかして、お風呂に入りたいのか?」


 蜥蜴装備なので風呂に入らないかと思っていたが、一体化しているなら、装備をつけたまま風呂に入るのかもしれない。ちゃんと洗えば問題ないだろうか。


 テレジアは何か言いたげにするが、やはり黙ったまま、ゆっくりと部屋の中を確認する。そして、俺のソファの後ろまでやってきた。


「…………」

「ま、まあいつでも座っていいからな。ちょっと気になるけど」


 振り返ると、テレジアも小首を傾げてこちらを見てくる。最初は迫力のあった蜥蜴頭も、今となっては愛嬌があるように見える。


「そうだ、今日はレベルが上ったんだ。新しい技能を確認させてもらっていいか」

「…………」


 テレジアは技能が探索者の生命線だと理解していて、俺の後ろではなくソファに座ってくれた。別に見られてもいいのだが、楽にしてほしかったので良しとする。


(さて……新しい技能は習得できるのか?)


 ◆習得した技能◆


 支援防御1:前にいる仲間が受ける打撃を10ポイント減らす。

 支援攻撃1:前にいる仲間の攻撃に加えて10ポイントの打撃を与える。

 支援回復1:前にいる仲間の体力を、30秒ごとに5ポイント回復する。


 ◆取得可能な技能◆


 支援高揚1:前にいる仲間の士気を10ポイント上げる。

 後ろの正面:魔力を5ポイント消費し、一定時間後方まで視界が広がる。

 鷹の眼:後列にいるときに状況把握能力が向上する。

 バックスタンド:対象の背後で自分の位置を固定する。

 バックドラフト:後ろから攻撃されたとき、自動的に反撃する。


 残りスキルポイント:3


(おっ……4つも新しい技能が増えてる! レベル2になったときにもちゃんと確認しておけば良かったな)


 レベル1ごとに得られるスキルポイントは、どうやら2ずつらしい。貴重なポイントを無駄振りしてはならないが、技能の説明を見ただけでテンションが上がる。


 中でも最大の懸念事項だった、後衛の俺が直接攻撃されるリスクをある程度カバーできそうな技能がある。『バックドラフト』、意味的には閉鎖された空間で炎が燃えているとき、ドアを開けると一気に酸素が供給されて爆発が起こるとかいうやつだったか。


 後ろからの攻撃に対してしか反撃できないなら、依然として横からの攻撃に弱いままだが、レベル3で完全防御というわけにもいかないか、『後衛』が常に向き合う問題になるのかもしれない。強力な職だが、完璧ではないというのは分かる話だ。


 他の技能も興味深い内容だ。『支援』とつく技能は常時発動するし、魔力も消費しないようなので、一通り取っておくべきだろうか。俺が知らないだけで『支援』のペナルティは何かあるのかもしれないが。


 どの技能を取るべきかと考えていると、テレジアがこちらを見ている。彼女の技能も改めて確認したいし、他の皆についても聞きたい――今夜か明日か、ミーティングをするときが楽しみだ。

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