第二百四十七話 星象球/神戦の報酬
食堂を出たあと、ヴェールを被った人物の持っている道具で『上位ギルド』まで移動させてもらうことになった。
「街の中であれば、あらかじめ定められた座標に転移することができる……これを街区内における『小転移』と呼びます」
「なるほど、そういうことができるんですね」
「転移先の座標に障害物がないことを確認したうえで発動するので、事故の危険性もありません。安全確保と転移……こういった特定の機能を組み合わせた道具を『構築型魔道具』と言います」
「構築型……それは、魔道具を使って発動する内容を任意で組み立てられるってことですか?」
込み入った話をして時間を取らせるのは良くないが、せっかく情報が得られる機会なので、可能な限り話を聞いておきたい。
「まだ時間に余裕はありますので、こちらは問題ありません」
ナユタさんは俺が何か言う前にそう言ってくれる――ありがたいが、心を読まれたような気分ではある。
「すみません、思いがけず貴重な話を聞けたもので……」
「魔道具を使用する前に、不安を取り除くために説明が必要だと思ったのですが。そこまで興味深いと言っていただけるとは……さすが、勉強熱心でいらっしゃいますね」
『さすが』というのは、どういったニュアンスを含んでいるか――神戦に臨むパーティに対しての『さすが』なのか、俺たちの戦績に対しての感想なのか。
「構築型魔道具を作成できるのは、限られた職人で構成されたチームだけです。貴重なルーン、あるいは付加効果の内容が設計に適合した装備品を用意する必要があるため、この『星象球』のようにある程度製法が確立しているものでなければ、星つき装備と同等の一品物となります」
「オーブ……それを買おうとすると、いくらくらいになるんでしょうか」
ものすごく高い、あるいは非売品ということも頭をよぎったが、不躾を承知で尋ねる。するとヴェールの人物は、意外にも好意的な反応を示した。
「よろしければお一つ差し上げましょう。神殿への寄進として金貨一枚をいただきます」
「い、いや……今のお話を聞いた限り、とてもそんなくらいの価値には思えません」
「いいのですよ、このオーブは本当に限られた場所にしか移動できませんので。あなたのように朴訥な……いえ、清らかな目をした方であれば、悪用もされないでしょうし」
――朴訥な人物という印象は、訂正する必要があると考えてよろしいか。
脳裏に蘇るのは、クーゼルカさんの言葉――やはり俺はそういう第一印象を持たれるのだろうか。転生する前は、朴訥だなんて一度も言われたことはなかったが。
「……スーツを着ていると、実直な印象を受けるというのはありますね」
どうもヴェールの彼女の物言いには思わせぶりなところがあるので、ナユタさんの一言で助けられる。俺の内心を知ってか知らずか、ヴェールの下に覗いている口元に笑みが浮かんでいる。
「私のように迷宮国の中しか知らない人間から見ても、そのスーツという服は、規律の遵守というのでしょうか……そういったものを感じさせます」
◆新規取得物◆
・★小転移の星象球
ヴェールの女性は俺に手を出させると、両手で包み込むようにして何か渡してくる――それは、短い金属の鎖がついた黒いガラス球のようなものだった。
「これは……何か、球の中に小さな星みたいなものが見えますね」
「これを持って念じれば、移動することができる先が思い浮かぶでしょう。あとはそれを選択するだけです。もちろんですが、魔力が足りなければ発動はしません」
「ありがとうございます。これは五番区だけで使えるものなんですか?」
「四番区までは使用可能です。三番区以上は、私には入る権限がありませんので」
審議会に関わる人でさえ、三番区以上に行ったことがない――それは一つずつ上がっていくしかないということか、やはり相応の権限がないと自由に移動することはできないのか。
「私たち……大神殿に仕える者は、あなたたち『銀の車輪』の実力を評価しております。あなたがたが先日発生したスタンピードの被害を抑えてくれたために、神殿から派遣される人員は少なく済みました」
「俺たちにとっても必要なことなので、対応させてもらいました。ナユタさんの協力もありましたし、俺たちだけでできたことは一部です」
「……蠍の女王を倒されたのに、そのような謙遜をおっしゃるのですね。『ザ・カラミティ』は過去に二度出現した記録があり、多くの探索者を退けた特異個体。そのような魔物に果敢に挑み、一度の戦闘で討ち果たしている」
「退けた……というのは……」
ヴェールの女性は明確に答えなかった。だが、はっきり言われずとも分かった――過去に出現した『ザ・カラミティ』が多くの探索者の命を奪っていたということは。
「あなたがたは、そのような魔物と戦って一人の脱落者も出していない。それはとても素晴らしいことです」
称賛として受け取るには、彼女の言葉には含みがあった。『ザ・カラミティ』と戦って全員無事だったのは、今にしても奇跡のようなものだ――俺たちは、そんな綱渡りをずっと続けてきた。
「……メレディ殿、お話はこのあたりで」
「お待たせして申し訳ありません。ですがもう一つだけ……アリヒト=アトベ様。ギルドだけでなく、私達神殿の者も、あなた方の動向には注目していると伝えておきたかった。あなたたちは、迷宮国のこれからを担う象徴として……」
「すみませんが、俺たちにはまずやらなければならないことがあります。『神戦』を無事に終えられるかということもありますし」
「……そうですね、失礼いたしました。それでは、審議の場に移動しましょう」
◆現在の状況◆
・『メレディ』が『★小転移の星象球』を使用 移動先:五番区上位ギルド前
◆◇◆
上位ギルドの建物に入り、一階ロビーを抜けて、地下に続く階段を降りていく。
やがて突き当りまで進むと、見覚えのある扉があった。黒い扉の表面に、九つの星が描かれている。
その扉を開けた先には、丸いテーブルが置かれていて、ディラン司令官とクーゼルカさん、そしてユカリが座っていた。ユカリはこちらを見てひらひらと手を振っている。
「アリヒトくん、久しぶり。前はタイミングが合わなかったけど、今日はちゃんと会えたね」
審議会を構成するのはギルド管理部と神殿、そして旧王宮だとクーゼルカさんは言っていた。管理部に属しているユカリがここにいるのは、驚くことではない。
「アリヒト=アトベ。君のパーティ『銀の車輪』の功績については改めて称賛させてもらうが、今回は別の要件で来てもらっている。『神戦』についてのことだ……どうぞ、席に着いてくれ」
「はい、失礼します」
ナユタさんとメレディという人は初め座ろうとしなかったが、ユカリに促されて席に着く。この場で最も上の立場にいるのはユカリだということは、場の空気で理解できた。
(なんだ? この感じは……ここにいる人々以外に、誰かがいるような……)
「ここで話すことは、審議会を構成する機関の関係者も見ています。『神戦』は迷宮国にとって、それだけ特別なものだということですね。まず最初に言っておきたいのは、神戦の参加者のどちらも私たちは評価していて、どちらが勝ったとしても公平に評価をするということです」
いつもとユカリの口調が違うのは、『関係者』も見ていることを踏まえているのだろう。クーゼルカさんも緊張しているのが分かる――俺も迂闊なことを口走らないよう、気を引き締める。
「今回の神戦の内容について……はい。承りました」
ユカリは念話で誰かと話しているらしく、その相手はユカリが敬うほどの相手――気にはなるが、この場で質問できることではない。
「今回の神戦は『迷宮踏破』……ある迷宮を二つの経路で攻略してもらい、先に最後まで踏破したパーティが勝者となります」
「『白夜旅団』と戦うというわけではない……ということですね」
「最初に二手に分かれますから、その前に交戦することは可能です。ですが勝利条件に関係がないので、望ましい選択ではないと言えますね」
場合によっては、敵対しているパーティ同士の場合は戦いになることもあるのか――俺たちと白夜旅団の場合は即戦闘にはならないと思いはするが、そう決めてかかってもいいものだろうか。
「その迷宮に入った、他のパーティに攻略されたりということは……」
「五番区にある迷宮の入口から侵入することはできません。神戦を行うパーティだけが転移できる迷宮です……故意ではなく、転移事故で入ってしまうことはあるかもしれませんが」
転移事故――『トラップキューブ』の転移陣も、罠である以上は事故の一種と言えるかもしれない。
しかし転移事故ならば、『宝物宮』のような行き先の指定なしに、通常では入れない迷宮に飛べるとしたら。興味深くはあるが、危険性を考えると容易には試せそうにない。まず転移事故を起こせる状況を作らなければいけないというのもある。
「その、神戦を行う場として選ばれた迷宮は、どんな基準で……」
「神戦の場となる迷宮は、必然として選定されています。私は現場の人間なので、『上の方』のご意志についてお話する権限などは持っていません」
この段階になっても、『なぜ神戦を行わなければならないか』を説明されない。このまま流されるように受け入れていいものか――そんな俺の胸中を、ユカリは見通しているかのようだった。
「途中で迷宮の攻略を諦めることもできますが、その場合はペナルティを受けます。迷宮踏破を完遂した場合、望んだ『パーツ』を得られます。両パーティがともに完遂した場合もです」
「望んだ、パーツ……白夜旅団は、何を希望したんですか?」
ユカリはその質問に答えず、クーゼルカさんを見やる。クーゼルカさんはぐっと唇を噛む――それほどに言いにくいことを、ユカリは彼女に言わせようとしている。
「……白夜旅団が希望したものは……『心臓』です」
「心臓……まさか、それは……」
「アリヒトくんたちと契約している神様の『心臓』が欲しいっていうことなんじゃない?」
「っ……そんなことを、受け入れられるわけがない……! ヨハンが本当にそう言ったのなら、俺は……っ」
「『心臓』は秘神の重要なパーツだけど、それを失っても死ぬわけじゃない。でも、『白夜旅団』の神様が動力の交換をしないといけないのなら、加護は受けられないと言って良い。ヨハン君はそういう情報を晒してでも、心臓を手に入れないといけないみたい。そのために、ずっと秘神と契約した他のパーティが来るのを待っていた……っていうわけだね」
『心臓』を失っても死なない――だとしても、アリアドネの一部を誰かに渡せるわけがない。
「神戦を拒否することはできるけど、実質上無理だというのも言っておくね。神様同士は、遭遇したら戦わなければいけないって聞いてるでしょ?」
ユカリは秘神のことを『神様』と呼ぶ。そこに何かが引っかかる――だが今は、とても冷静に考えてなどいられない。
「『銀の車輪』は、報酬として何を望まれますか?」
クーゼルカさんが問いかけてくる。あえて彼女に話させている――これまでユカリのことを底知れない人物だと思ってはきたが、今はもはや、こちらに悪意を向けているとすら感じられる。
「……俺たちは……」
秘神の力を強めるために、何かのパーツを希望する。そんな考えは頭になかった――俺たちが『白夜旅団』に求めることは一つしかない。
「白夜旅団に籍があるルウリィを、『銀の車輪』に移籍させてほしい。それが、俺たちの希望です」
「……アトベ、それについてはパーティ同士の交渉でも実現できる可能性はある。『神戦』で得られるものは特別な報酬だ」
ディラン司令官の言うことも理解はできるが、ヨハンがこちらに『パーツ』を求めてきても、同じことを返そうとは思わない。
「『神戦』に勝つことで、『白夜旅団』に納得してもらう。そう考えていましたが……俺たちの秘神に関わることならば、今は結論を出せない。一度、持ち帰らせてください」
「そうだな……君たちの秘神と、話した方がいい。もし神戦を行わないことになっても、俺は……」
「ディラン三等竜佐、その先は越権行為とみなします。神戦は行わなければならない、それは絶対です」
ユカリに制されて、ディラン司令官は言葉を止める。ギルド管理部は、神戦を絶対に遂行させなければならない立場にある――それは、ユカリですら恐れる何かがあるということだ。
「では……こちらからの質問は以上です。『銀の車輪』が求める報酬についても『白夜旅団』に通達します。しかし神器である『心臓』に対して『ルウリィ=リースリングの移籍』のみでは釣り合っていませんので、あなたたちが勝利した際に補填を行う可能性があります」
「……俺は『心臓』を求められたことに納得できていない。向こうの要求に応じてこちらも相応にというつもりもありません」
「うん。でもこれはルールだからね。もし『銀の車輪』の要望を先に聞いていたとしても、『白夜旅団』は同じことを要求しただろうし、私たちはそれは釣り合わないって判断を下す。ひとりの探索者と神様を同列に考えるなんてことはしない……それは分かっておいてね?」
『白夜旅団』が求めているのは秘神そのものではなく、一つのパーツだ。その価値は一人の探索者よりも重いとユカリは言う――それは彼女個人の考えというよりも、『審議会』の意向を代弁しているように思えた。
今まではユカリという人物の底が知れなかった。しかし今初めて、彼女の本質がわずかに表に出てきたような、そんな感覚がある。
「それでは……両者の報酬について、要望を確認。現在より四十八時間以内に『神戦』を開始します。『迷宮踏破』に参加できる人数は、それぞれのパーティの代表8名ずつ。途中で離脱した場合はその時点で敗北となります」
「……離脱が封じられている場合は、どうなります?」
「その場合は救助を行います。メンバーの無事について保障はできませんが」
ディラン司令官とクーゼルカさんは、俺から目を逸らさない。ユカリの口にしていることが俺にどう受け取られるか、理解していないわけもない――だからこそ、彼らは逃げることをしない。
どこまでも理不尽なルールだ。秘神の加護を得て、これまで助けられてきた分だけリスクを払えということなのか。
そして今回勝てたとしても、また秘神と契約したパーティに遭遇すれば『神戦』を行わなければならない。そうすることで何が起こるか――『秘神』とその契約者は、勝ち残ることで選別されていく。
「パーティのリーダーは参加が必須となります。ひとつ例外として、護衛獣については別枠で一体のみ参加が可能です。戦闘用に訓練された動物、もしくは『魔物使い』などが調教した魔物ですね」
つまりシオンと牧場にいる魔物たちも参戦できる――だがレベルなどを考えても、実質連れていけるのはシオンだけだろう。
「説明については以上です。時間内で準備を整え、その後は街に待機してください」
「……了解しました。失礼します」
俺は席を立ち、一人で出ていく。クーゼルカさんと目が合ったが、今は話ができる状況ではない。
相手の心配をしている場合ではないと分かっているが、『白夜旅団』も俺たちと同じように迷宮に挑むのであれば、同等の危険があると考えられる。脅威となるのは魔物か、それとも迷宮の内部にある何かなのか。
部屋を出て階段を上がり、ロビーに戻ってくる。上位ギルドに出入りする探索者たちが、どうもこちらに視線を向けている感じがする――これは少々落ち着かない。
「やっぱり……もしかしたらって思ったけど、本当にそうだったんだね」
「え……」
声をかけてきたのは『夕闇歩きの湖畔』で会ったナターリャさんだった。レナード君も一緒にいる。
「五番区の歴代貢献度ランキングが更新されたって、通知があったからさ。『銀の車輪』ってパーティがとんでもない活躍をしてるっていうけど、よくよく聞いてみたら『スーツの男』がリーダーだっていうじゃない。ああ、あんたはやっぱりとんでもないんだって思ったよ」
「い、いや……俺はあくまで、補助的な立ち位置なので。みんなの力があってこそですよ」
「上位ギルドに来られたということは、もう四番区に行く手続きを……?」
俺たちが暫定とはいえ序列一位ということは、もう二人にも分かってしまっているようだ。
「この区にいるうちに、もう一つやらないといけないことがあるんです」
「へえ……もしかしてそれって……ああ、首を突っ込むのは野暮な話だね」
「……? それはどういう意味ですか? ナターリャさん」
「なんとなく、女の勘ってやつだよ。なかなかあの時のお礼ができないけど、私らはそういう巡り合わせなのかもねえ……」
「いえ、もう十分助けてもらいました。『小人のマトック』のおかげで助かりましたから」
「あー、ユウホが渡してたあれね……あの子、ぼーっとしてるようで美味しいところは持っていくのよね」
「そのおかげで僕たちも助けられてます。アトベさん、『銀の車輪』が四番区に行っても、僕たちも必ず追いつきます。まだ上位ギルドまで来たばかりですが」
「ああ。俺たちも頑張るつもりだ」
レナード君と握手を交わす。彼は爽やかに笑うと、ナターリャさんと一緒にギルド受付の方に向かった。
「『スーツの男』はもっと強面なのかと思ってたが……イメージが違わないか?」
「思ったより腰が低いな。あれがジャパニーズ・サラリーマンってやつか」
「いや、あれがやり手のスタイルなんだ。相手に警戒させず、自分のペースを乱さない……実に合理的じゃないか」
今のやりとりでそこまで深読みされても困るのだが――まあ、あえて訂正するほどでもないので気にせずにおく。
上位ギルドの外に出ると、テレジアと五十嵐さんが来てくれていた。
「お疲れ様……後部くん、その様子だと、ちょっと思うところがあるみたいね」
「……はい。一度、アリアドネと話す必要があります」
「……」
テレジアは俺の袖を握ってくる。心配をかけてしまっている――冷静でいようとしても、テレジアには俺の内心が伝わってしまう。
「これから四十八時間以内に、準備を整える必要があります」
「二日後……支援者の人たちにお願いできることは、今日のうちにしておかないとね」
新しい技能の検討、更新できる装備の確認。『無の剣』など、戦力の強化につながるかもしれない装備は可能であれば持ち込みたい。
「『神戦』の内容については、皆がいるところで説明します。一度宿舎に戻りましょう」
「後部くん、それは?」
「星象球というものだそうです。街の中であればこれで転移できるらしいんですが」
「凄く便利ね……でもそういうのに慣れちゃうと、くせになっちゃいそうだから。今回は歩きましょう」
「……」
時間を節約するために使ってもいいかと思ったが、五十嵐さんとテレジアがそう言うのならば今回は使わずにおく。一度試してみたくはあるので、後で使ってみることにしよう。
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