第二百四十六話 諸々の面談/招喚
――五番区中位ギルド 宿舎食堂――
宿舎に戻ると、マリアさんが食事の準備をしてくれていた。食堂の一角を借りて、皆が配膳の手伝いをしている。
「すみません、急遽退院してきてしまって」
「いえ、お早く戻られて何よりです。昨日お伺いしたときは、もう少しかかりそうだというお話でしたので」
「申し訳ありません、朝のトレーニングをしておりまして、病院にお迎えに上がれず……」
「ああいえ、ご心配をかけてこちらこそ……」
「誰が病院に行くかは相談して決めたのよ。昨日はみんな、後部くんの様子を一度は見に来てるんだけどね」
五十嵐さんがそう言うと、セラフィナさんは照れ笑いをする。みんな心配してくれていたのだと思うと申し訳なさはあるが、やはり嬉しいと思ってしまう。
「あまり無茶をするでないぞ、アリヒト。といっても、それでストラダが命を留めたのならば、お主の判断は正しかったということじゃな」
セレスさんが小さくなっている――というか、元の姿に戻っている。こうして見ると、あの大人の姿は夢だったのではないかと思えてくる。
「何か言いたげな目をしておるな……おおかた、わしの姿のことじゃろう。あれについて話すのは、わしもその……気後れするというか……」
「一度決心して見せたのなら、やはり秘密だというわけにはいかないよ」
「っ……リーネさん、こちらに来ていたんですね」
「私の認識が甘かったから、三層で危険な目に遭わせてしまった。そのことを謝りたかったのと……セレスがシュバルツの装備を見てくれるという話があったからね」
リーネさんが気恥ずかしそうにしているのは初めて見る――セレスさんは楽しそうにそれを見ている。
「やっぱり仲がいいんですね、お二人は」
「っ……な、なんじゃそんな、恥ずかしいことを臆面もなく言いおって」
「セレスがあの姿に戻ったように、『翡翠の民』は姿を変えることができるんだよ。力の消耗が大きいから、ほとんどこちらの姿で過ごしているけどね」
あれほど戦えるセレスさんでも、リーネさんには追いつけなかったと言った。しかしパーティの編成次第では、今でも一線で活躍できるとこの目で確認できた。
「セレスは自分を落伍者と言ったけれど、私はそうは思っていないよ。私たちの寿命は長いからね、こうやって新しい仲間と巡り合うこともある」
「……巡り合うなど……なんというかのう。わしは、アリヒトたちが八番区を出ていったら、それでもう会うことはできないと思っておった。お主に引き上げられたからこそ、今がある。弟子ともども、そのことには感謝して……」
『あ、あの……親方さま、急にしんみりすると、我輩も落ち着かなくなっちゃいますよ』
「っ……水を差すなシュタイナー、こういうときはちゃんとしておくのが大人と言うものなのじゃっ」
セレスさんは顔を赤くしてシュタイナーさんに当たる――細腕でペチペチと甲冑を叩いても、シュタイナーさんはビクともしないが。
『……我輩と親方さまは、理由があって探索者をやめたっていうのは同じで。拾ってもらった恩はあるけど、それ以上に親方さまには笑っていてほしいというか、そんなふうに思ってる。二人で八番区で仕事をしてるのも楽しかったけど、今はもっと楽しいから、アトベ様が誘ってくれて本当に良かったなって』
「なんじゃ……シュタイナーも言いたいことはあるのではないか」
「お師匠さまとお弟子さんで、似たもの同士っていうことですね」
ファルマさんの一言で、セレスさんもシュタイナーさんも照れている――初めて会ったときからそうだが、彼女たちは友人同士だが、それ以上の絆で結ばれているように見える。
「仕事が楽しいというのは、本当に恵まれたことですよ。もちろん私も日々楽しんでいます」
「アリヒトたちが新しい素材を採ってきてくれるから、いつも新鮮な気持ちで制作に挑めるのよね」
ライカートンさんとルカさんも同調する。新しい素材と言われて、俺は『閉眼の未来視』との戦いで手に入れた素材のことを思い出した。
「ルカさん、羽衣の素材とみられる布が見つかりました。後で見てもらえますか?」
「っ……本当に? 掘り出し物でも見つからないし、難しいと思っていたんだけど……さすがね、本当に」
ルカさんが目を輝かせている。これでもし違っていたら――と思いはするが、何はともあれ見てもらってからだ。
◆◇◆
ストラダは兎の姿から戻る気配がなく、野菜スティックを与えられて食べていた。
「……可愛い」
メリッサがこんな反応をするとは――野菜スティックを食べるストラダを優しい目で見ながら、指先で背中を撫でている。
「フェリスはパーティに戻って、四番区を目指して貢献度を積むそうです。久しぶりに会うことができて良かった……私では、メリッサにしてあげられないことは多いですから」
ライカートンさんはメリッサがストラダに野菜を食べさせるところを見ながら、同じテーブルの向かいに座っている俺にそう言った。
フェリスさんも俺たちと一緒に四番区に行く――というのは、他ならぬフェリスさんが良しとしなかった。ずっとここまで一緒に上がってきたパーティと、四番区に上がりたいということだ。
「四番区に行くことができたら、亜人から人間に戻れる……そう確約されているわけではありません。大神殿に行き、そして何らかの難しい条件を満たす必要がある。私も五番区に居させていただいているうちに調べてみましたが、方法はあっても実行は難しい。亜人を人間に戻すとは、そういうことなのだそうです」
「それでも俺たちはここまで来ました。難しくても、まずぶつかってみてからです。それがどんな方法であったとしても、そうしなければ始まらない」
「……そうですね。フェリスが人間だった頃のことを、私は時々夢に見ます。あの時出会った迷宮の魔物を、今でも恐れている……解体の仕事という形で、少しでも恐怖を紛らわせたいのかもしれない」
「それでも俺たちは、ライカートンさんに助けられています。大事なものを傷つけられたら、それに抗うのは自然なことです」
「抗う……私たちはこの世界に来て、迷宮に抗い続けているんでしょうね。スタンピードを押し返すような人間の力が、迷宮国を今の形で保っている。より上の区にいる探索者は、どのような境地にいるんでしょうね。私の感覚では、五番区の探索者たちも人知を超える強さの人ばかりです」
ライカートンさんの体格ならば、その区の適正なレベルまで上がれば相応に戦えるのではないかとも思うが――と考えていると。
「……お父さんも強い。私は自分よりお父さんの方が強いと思ってる」
「おおっ……聞こえてたのかい。でも私はレベル6で、それを維持するだけで精一杯だからね。レベルを上げられるのも人それぞれの才能なんだよ」
「レベルを上げる方法はあると思います。支援者の人たちもレベルが上がることでできることが増えるのなら、安全にレベルを上げる方法を確立できればと思っていますが」
「それは嬉しい話です……確かに、加工技術はまだ高度なものが存在します。持ち込んでいただいたものを扱えないという事態は避けたいですからね」
セレスさんはリスクを背負って迷宮に入ってくれたが、それ以外の方法もあるとは思う。条件次第で無傷で倒せる魔物がいる迷宮――そんなところを見つけられれば、戦闘向けの技能が少ない人もレベルを上げられるだろう。
「しかし、まずは何よりアリヒトさんたちが先に進むことです。私がどこまでついていけるかというところですが、『解体技術3』が通用する限りは……」
「『解体技術3』ということは、メリッサよりひとつ高いんですね」
「そう。お父さんの方が上手い。私も解体は好きだけど、戦闘のほうに振った方がいいかもしれない」
レベルが下がれば、取得したスキルポイントが減少する分だけ技能を失ってしまうが、何を優先して残すかは選択できるらしい。それで、ファルマさんは『指先術4』を残して、他の支援者の人たちも専門技術系の技能を残したということだ。
「……アリヒト、また私も探索に連れていってくれる?」
「ああ、よろしく頼むよ。『炎天の紅楼』で手に入った素材はどうだった?」
「リストを送る。素材と一緒に、変わったものも見つかった」
「いや、私も発見したときは驚きました。あれが『猿王』の力の礎なのでしょうか……組み込むベース次第で非常に強力な装備が作れると思います」
それは楽しみだ――しかしまず、ルイーザさんに探索の報告をしなくてはならない。その後で、見つかった素材を見せてもらうとしよう。
◆◇◆
ギルドに行っていたルイーザさんは食事がまだだったので、宿舎の近くのカフェで報告を行うことにした。
「本当にご無事で良かった……昨日お伺いしたときは、身体に異常はないのに意識が戻らないとのことでしたので……」
「ご心配をおかけしました。今はこの通り、体調は問題ありません」
ルイーザさんは片眼鏡を外して目元を拭いたあと、照れ笑いをする。そして頼んだ紅茶を一口飲んでから、俺の提示したライセンスを見た。
「っ……アトベ様、これは……」
◆今回の探索による成果◆
・『☆特異個体レベル15』を討伐した 6000ポイント
・『★守護使徒レベル14』を撤退させた 1120ポイント
・『★再現個体レベル14』を討伐した 1400ポイント
・『★再現個体レベル13』を2体討伐した 2600ポイント
・『アイスレムナント』を3体討伐した 300ポイント
・『バインドファズ』を3体討伐した 300ポイント
・『フォッグビースト』を5体討伐した 500ポイント
・『アリヒト』のレベルが10になった 100ポイント
・『テレジア』のレベルが10になった 100ポイント
・『キョウカ』のレベルが10になった 100ポイント
・『エリーティア』のレベルが13になった 130ポイント
・『スズナ』のレベルが9になった 90ポイント
・『ミサキ』のレベルが9になった 90ポイント
・『シオン』のレベルが10になった 100ポイント
・『セレス』のレベルが7になった 70ポイント
・『★雨を呼ぶもの』と友好関係を結んだ 390ポイント
・パーティメンバーの信頼度が上がった 280ポイント
・『アニエス』のパーティと共闘した 10ポイント
探索者貢献度 ・・・ 13680ポイント
特別貢献度 ・・・ 10000ポイント
五番区歴代貢献度ランキング 1位
四番区暫定貢献度ランキング 97位
(……どういうことだ? 戦った相手の名前が明記されていない……?)
ライセンスの表示を見てまず感じたことはそれだった。『閉眼の未来視』『片腕の使徒ラザール』といった名称は、戦闘中には表示されていたのに、今は表記が変更されている。
そして『炎天の紅楼』から続けて高い貢献度を得たことで、五番区での歴代ランキング一位という成果が出ている。四番区でも通用するところまできている――神戦が終われば、大神殿に行くことができる。
「『空星』の魔物……でも、このように表示されるのは初めて見ました。アトベ様たちが戦ったときはどうでしたか?」
「違う名前が表示されていました。ですが……ライセンスの表示が変わっているということは、何か意図があると感じます。ルイーザさん、この件は一時保留にしておいてもらえますか」
今までも、ライセンスの表示に疑問を持つことはあった。だが今回は、まるで『閉眼の未来視』と戦ったこと自体を伏せようとしているかのように見える――あの敵はギルドにとって、どのような存在なのか。そこに秘密があるように思えた。
「アトベ様がそうおっしゃるのであれば……かしこまりました。それにしても、セレスさんのレベルを上げられるというお話でしたが、また大冒険をされたのですね」
「驚くようなことの連続でしたが、なんとか切り抜けられました。それと……ルイーザさん、神戦についてはどうなっているか分かりますか?」
「そのことですが、『白夜旅団』のリーダーはすでに『審議会』に招喚されています。アトベ様にも、間もなく呼び出しがかかるとのことです」
ヨハンは『審議会』で何を聞かれて、何を話したのか。それも気になるが、神戦とはどんなものか、ようやく具体的な内容を知ることができる。
「すでに『銀の車輪』は、『白夜旅団』以上の結果を出しています。私はアトベ様たちなら、絶対に勝つことができると信じています」
「……少し前なら、『白夜旅団』はずっと格上で、競うどころの話ではないと思っていました。でも、俺達が目指している四番区に行くには、避けて通れない相手だった。負けるわけにはいきません」
それは自分を鼓舞するための言葉でもあった。アニエスさんたちの実力は見せてもらった――彼ら一人一人も実力者だが、連携したときの強さも相当なものだ。
話しているうちに、入店を知らせるベルが鳴る。店に入ってきたのはナユタさんと、ヴェールを被ったローブ姿の人物だった。
「お食事中、失礼いたします。アリヒト=アトベ様、『審議会』のお迎えに上がりました」
『審議会』に出席するのは代表者一人だけのようだ。ルイーザさんは俺に向けて頷く――彼女に見送られて、俺は二人の後について店を出た。
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