第二百四十四話 魔女の真価/未来視の代償
「なんだ、この手応えは……っ、斬ってるのに、別の攻撃が同時に重なってるような……」
「これもアトベさんの支援……後衛職が刀まで振るうなんて……!」
(このまま連携を重ねていけば……っ、やはり……!)
『天秤』に対する攻撃を、『未来視』が妨害しない――それは希望的観測に過ぎない。
◆現在の状況◆
・『☆閉眼の未来視』が『鎮魂の鐘』を発動 →『サウンドプルーフ』により効果を軽減
(今度は鐘の音……っ、まずい、軽減するだけでは……!)
「――こういうときのために私がいるんです!」
◆現在の状況◆
・『ルチア』が『開戦のベル』を発動 →『鎮魂の鐘』と拮抗 『鎮魂の鐘』が優勢
ルチアは楽器系の武器を使うのか――しかし『未来視』の発する音に押されている。
「やっぱりレベルが高い相手……それも名前つきだと、私一人じゃ……」
「――私もやります!」
「っ……分かった、なんでもいいから、音の技を使って!」
◆現在の状況◆
・『スズナ』が『揺蕩う時の音』を発動 →『合奏強化2』により演奏効果が強化
・『鎮魂の鐘』を相殺
(効いたっ……『未来視』自身に効果が通ったかは分からないが、これでまだ……っ!)
「次、テレジアと五十嵐さん……っ!」
「ええっ……行くわよ……!」
「っ……!」
◆現在の状況◆
・『テレジア』が『蝶の舞い』を発動 →攻撃回数増加
・『テレジア』が『アズールスラッシュ』を発動 →『?天秤』に8回命中 クリティカル 連携技四段目
・『キョウカ』が『ダブルアタック』を発動 →『?天秤』に3回命中 連携技五段目
(この二人の攻撃の場合は、物理より支援の威力が勝っている……それでもまだ物理の方が重いか……!)
持てる最大の威力の攻撃を均衡させる――そのためには物理攻撃を加減しすぎることもできない。
「アリヒト、そろそろ魔法を……っ」
「――まだだっ! ミサキ、セラフィナさん、シオン、攻撃を頼む!」
「はわっ……私の技、肝心の効果が通らないんですけど……っ!」
「――はぁぁぁぁぁっ!」
「ワォーンッ!」
◆現在の状況◆
・『ミサキ』が『ジョーカーオブヴォイド』を発動 →『?天秤』に命中 連携技六段目 弱点付与無効
・『セラフィナ』が『シールドスラム』を発動 →『?天秤』に命中 連携技七段目
・『シオン』が『ウルフズラッシュ』を発動 →『?天秤』に六段命中 連携技八段目
(まだ逆転しない……っ、エリーティアの攻撃力は、ここまで……!)
「魔法の威力が足りぬか……アリヒト、次はわしらが行く!」
「セレスさん……っ」
「もうずっと『変わる』ことはないと思っていた。少し恥ずかしいからの、笑うでないぞ!」
◆現在の状況◆
・『セレス』が『形態変化解除』 →職業が『フィロソフィア』に変化
セレスさんの足元に魔法陣が現れ、下から上に昇っていく――マドカよりも幼く見える普段の姿から、目を疑うような姿に変化していく。
「ひぇぇっ……セレスさん、スカートの丈が足りてないですよ……っ」
「やはり、本来の姿を伏せておられましたか……っ、私も力添えをいたします!」
大人の姿が本来の姿なのか、それとも――カトリーヌさんはそのことについて知っているようだ。さておき今の気がかりは、セレスさんの魔法の威力がどれくらい高くなるのかだ。
「手数を増やす……じゃったな。それなら、これはどうじゃ……!」
「っ……セレスさん、『支援』します!」
「アリヒト、私も支援するわ!」
「偉大なる賢人が残せし知識の痕跡……力ある文字よ、我が敵を滅せよ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援魔法1』を発動
・『エリーティア』が『クリムゾンパレス』を発動 →地形効果:『紅陣』
・『カトリーヌ』が『エレメントタロット』を発動 →選ばれたカード:『マジシャン』 対象の魔法威力を上昇
・『セレス』が『パラレルキャスト』を発動 → 同時詠唱回数×4 『支援魔法1』により×2
・『セレス』が『マギウスフレア』を発動 → 『?』天秤に64段命中 『紅陣』により威力強化 連携技九段目
セレスさんが杖を天秤に向け、詠唱する――空中に展開された魔法陣は四つに分かれ、その一つ一つから発光する文字列が放たれ、目にも止まらぬ速さで着弾し、炸裂する。
(こんな……セレスさんは、なぜこれほどの力を……っ)
天秤の傾きが、初めて逆転しかかる――突出した攻撃力を持つエリーティアを含めた物理攻撃の威力に、ついに魔法攻撃の威力が釣り合い始めた。
「――これでっ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『天地刃・斬鉄』を発動 →『?天秤』に命中 クリティカル 連携技十段目 連携限界
・『エリーティア』が蓄積した『残紅』を解放 七十三段斬撃発生
・連携技『瞬転螺旋・蒼双無衝狼撃・斬紅』 → クリティカル 防御貫通 燃焼無効 魔力燃焼無効 毒無効
「畜生、これでもまだ足りないってのかよ……!」
ソウガが叫ぶ――『未来視』は音による攻撃をやめ、天秤を見ようともしない。壊れるわけがないと思っているかのように。
「いいえ……まだ終わってないわ」
エリーティアが言う。その瞬間、初めて『未来視』の表情に変化が生じた。
そう――今の攻撃に戦霊は参加していない。『銀の車輪』の八人分の戦霊は全て同じ手順で、もう一度連携技を浴びせられる。
「――!!」
「戦霊たちよ、『支援』する!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援統制1』『支援攻撃2』『支援連携1』を発動 支援内容:『行雲流星突き』
・『エリーティアの戦霊』が『ルミナスフラウ』を発動 → 『?天秤』に五十四段命中 『残紅』を五十四回付与 五十四回クリティカル 連携技一段目
・『テレジアの戦霊』が『アズールスラッシュ』を発動 →『?天秤』に六段命中 クリティカル 連携技二段目
・『キョウカの戦霊』が『ダブルアタック』を発動 →『?天秤』に二段命中 連携技三段目
・『セラフィナの戦霊』が『シールドスラム』を発動 →『?天秤』に命中 連携技五段目
・『シオンの戦霊』が『ウルフズラッシュ』を発動 →『?天秤』に四段命中 連携技六段目
・『エリーティアの戦霊』が『クリムゾンパレス』を発動 →地形効果:『紅陣』
・『セレスの戦霊』が『マギウスフレア』を発動 → 『?』天秤に56段命中 『紅陣』により威力強化 連携技七段目
・『アリヒトの戦霊』が『天地刃・斬鉄』を発動 →『?天秤』に命中 クリティカル 連携技十段目 連携限界
・『エリーティアの戦霊』が蓄積した『残紅』を解放 五十六段斬撃発生
・連携技『瞬転螺旋・蒼双無衝狼撃・斬紅』 クリティカル 防御貫通 燃焼無効 魔力燃焼無効 毒無効
・『?天秤』の『防御結界』が損傷
戦霊の攻撃は、本体のものを再現しきれなくなっている――それでも、二度の連携技を叩き込まれた天秤を覆う透明な膜に亀裂が入っている。
――だが、天秤はまだ動いている。完全な均衡が取れていない。
「結界を壊せただけじゃ駄目だって言うの……!?」
「アトベさん、今度は前とは違う……攻撃が来る! 今は退いてっ!」
五十嵐さんとアニエスさんの声――『退け』という言葉。
わずかな躊躇いが命取りになる、そんな窮地の中にあって、頭の中は不思議なほどに静かだった。
『未来視』によって見せられたものを、俺は『すでに起きたこと』だと感じた。夢のようなもので、現実とは違う――そう言い切ることができないのは。
(『天秤』に攻撃して年齢を戻そうとしたとき――ただ戻るだけじゃなく、俺の時間は進んでいた)
年齢を下げられたとき、ライセンスに表示された残りスキルポイントは異常を示していた。
だが――本来の年齢より上になったとき。つまり『時間を進められた場合』に何が起こるのか。
(進んだ分の時間に起きたことは分からない。俺の中に経験としても存在していない――何もかも出鱈目だが)
この先に起こる悪夢のような出来事を見せられた――その代償としては、決して逸脱したものではない。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『隼の眼』を取得 スキルポイント異常により取得可能
・『アリヒト』が『隼の眼』を発動 →『☆閉眼の未来視』の弱点看破
・『アリヒト』が『ダークネスバレット』を発動 →『☆閉眼の未来視』に命中 弱点攻撃
「――ッ!!」
魔法銃を撃つことを判断したのは、直感によるものだった。『未来視』の身体を弾丸が射抜くと同時に、今まで味わったことのない感覚を覚える。
◆現在の状況◆
・『隼の眼』により『オーバータイム』発生 →制限時間内に複数回行動可能
思考が圧縮されるとは、こんな感覚なのか。ごく短時間、それこそ『天秤』の破壊失敗が判定されるまでの瞬きの間に、幾度も動くことを許されている。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『ダークネスバレット』を発動
・『アリヒト』が『ダークネスバレット』を発動
・『アリヒト』が『ダークネスバレット』を発動
・『アリヒト』が『ダークネスバレット』を発動
四連射――魔法攻撃と判定される弾丸を撃つ。そうすることで今度は魔法の側に傾く――最後の最後に残されたのは、ほんの微細な差だけだった。
(――これで終わりだ!)
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『?天秤』に攻撃
最後の差を埋めるために放ったものは――スリングショットで放つ、魔石の力も何も使わないただの鉄弾だった。
◆現在の状況◆
・『ダークネスバレット』が『?天秤』に4回命中
・『アリヒト』の攻撃が『?天秤』に命中
「アリヒト……今、一体……」
俺の動きは仲間たちにどう見えていたのか――エリーティアの呟く声と共に。
左右に振れていた天秤が、動きを止める。防御結界が粉々に砕け散り――天秤もまた、砂のようにサラサラと崩れて消えていく。
◆現在の状況◆
・『エクスシアの天秤』の破壊に成功 『双対のパラドクス』発動失敗
『天秤』を破壊しても、まだ『未来視』は無傷でそこに立っている――だが。その姿を見て、言葉を失う。
◆現在の状況◆
・『☆閉眼の未来視』の存在強度が低下
閉じられたままの眼から、血の涙が流れている。『天秤』を破壊すれば、『未来視』もただでは済まないということなのか。
「――――」
「何だ……何を言ってやがる……?」
『未来視』の唇が動いている。だがそこから発せられただろう音は俺たちの耳には届かず――『未来視』は天に向けて両手を広げ、そのままの姿で消えていった。
◆現在の状況◆
・『☆閉眼の未来視』が消失
「倒せた……いや。おそらく……」
「どこかに転移した……というのとも違うわね。本当に、どうしてあんな……魔物と言うこともできない姿だったし」
「天使様みたいでしたね……ほんと、ここに来てなかったら会えてない的な存在ですよ」
『まず、無事に切り抜けられたことに感謝したい。しかしあの神獣は、このままでは……』
戦闘の場を離れ、ストラダを見てくれていたノイマンは、俺たちを見ると目を伏せる――ストラダの状況は、一刻を争う。俺の『支援回復』も効果はなく、ポーションも効き目は薄い。
「……っ」
「テレジア……これは?」
◆新規取得物◆
・?歯車
・?魔石
・?布切れ
・★無の剣(未鑑定品)
まさか――『天の乙女の羽衣』に使われていた布は、『隻眼の愚視』が身につけていたものの一部だったというのか。
あれほど強力な相手でも、落とした素材を偶然拾うということはありうる。それとも、戦って入手したのか。どちらにせよ、修復された羽衣は強力な装備になるだろう。
(この歯車は……『天秤』に組み込まれていたものか? いや、それは全部後回しだ)
『マスター、我が秘神によると『未来視』がこの迷宮から去ったことで、階層の隔絶は解消された。しかし帰還の巻き物はまだ使用できないため、これよりストラダを乗せて脱出する』
「ああ……アニエスさん、すみません。俺と何人かはストラダを連れて先に外に出ます」
「……もう、話せる機会があるのかは分からないけれど。私達がこうしていられるのは、全てあなたたちのおかげです」
「次は『神戦』で会うことになるな……どうした?」
俺が『未来視』によって見せられたものについて、伝えるかどうか――旅団は全滅し、最後まで生き残ったヨハンとアニエスさんも命を落とす。
世迷言だと言われてもおかしくないような内容だ。それに俺以外にも、未来を見せられた人はいるかもしれない――仲間たちの顔を見ても、不自然な様子には見えないが。
「スズナさん、あなたと一緒に演奏できて良かった……でも、今からはまたライバルですね」
「い、いえ、私はまだそんなにレベルも高くないですし……演奏も、ルチアさんと比べたら全然……」
「そんなことないよ、『未来視』の出す音に対抗できてたじゃないか。それに『宝石の魔女』様も……あら、また可愛らしい姿に戻っちゃって」
「何のことじゃ……ととぼけてもいられぬか。アリヒトには後で説明しよう、アルフェッカにはそうじゃな、テレジアとエリーティア、キョウカが乗ると良い。勿論アリヒトもな」
まずストラダを乗せて、セレスさんの言うように三人でアルフェッカに乗り込み、発進する。
「ストラダさん、しっかり……こんなに可愛い子に、酷いことを……」
「…………」
傷だらけのストラダの姿を見て、我がことのように痛みを覚える。出会いこそ数奇なものだったが、今はストラダとは敵対しておらず、助けられるものなら助けたい。
だが、ストラダの息は弱まり、胸郭もほとんど動いていない。呼吸が止まりかけている――それを悟ったエリーティアは、ストラダに人工呼吸を始める。
「まだ駄目……生きていなきゃ……っ、何も分からないままじゃ、行かせない……っ!」
アルフェッカは三層の広大な迷路を最速で抜ける。そして二層に出たとき、俺たちはこちらに向かって進んでくる一行の姿を目にした。
「クーゼルカさん、ホスロウさん……それに、リーネさんたちも……」
「っ……!!」
アルフェッカは速度を緩め、エリーティアは飛び降りて走っていく。クーゼルカさんが背負っている人物は――診療所で治療を受けていたはずのルウリィだった。
「ルウリィッ……!」
「あはは……エリーったら、いつの間にそんな甘えっ子になったの?」
「だって……だって、ずっと起きなくて……ルウリィに、謝りたくて……私、私は……っ」
「謝るのは私のほう……ごめんね、エリー。でもそれよりもずっと、ありがとうって言いたかった」
ストラダを抱えて、俺はエリーティアとルウリィのところまで歩いていく。ルウリィ――こうして見ると快活そうな少女だ――は、包帯をところどころに巻かれた姿ながらも、俺を見るなり微笑み、涙をこぼした。
「こんな優しそうな人たちと会えたんだ……それで、ここまで来たんだ。エリー、良かったね」
「うん……アリヒトやテレジア、キョウカ……みんなと会えなかったら、今頃私はまだ……」
「アトベ殿、そちらの人物は……亜人……いえ、どうやら違うようですね」
「一刻も早く治療を受けさせないといけません。でも……」
救助され、目覚めたばかりのルウリィに頼むことではないかもしれない。だが、予感があった――ルウリィなら、治癒師である彼女ならば。
「よく頑張ったね……偉い子。お兄さん、その子をそこに寝かせてください。ここで治療をします」
ルウリィはストラダの頬に触れ、血を濡れたガーゼで拭き取ると、すぅ、と息を吸い込んでから治療を始める。『治癒師』の技能によるものか、ルウリィの手のひらを温かな光が包み込む――俺たちに今できることは、ただストラダが命を繋ぐことを祈ることだけだった。
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