第二百四十三話 未来視の見せるもの
――別の場所にいる。俺はどこかの迷宮の風景を、俯瞰している。
広い空間の中で、青い剣を持つ誰かと、光に包まれた人影が向かい合っている。
『なぜだ……なぜ通じない……この剣が通じなければ、一体何が答えだと言うんだ!』
誰かが叫んでいる。どうあがいても干渉することができない、それでも衝き動かされずにいられないほどの光景がそこにあった。
白夜旅団が、ヨハンを除いて地面に倒れ伏している。致命傷であると一目で分かるほどの姿で。
これは幻のようなもので、夢と変わりないのかもしれない。それでも錆びた鉄のような血の匂いが感じられる気がして、行き場のない感情が溢れそうになる。
青い剣を持ったヨハンも負傷しており、全身が赤く染まっている。それでも彼は倒れず、誰かと相対している。
――翼を持つ人間のような、その姿は。俺たちが見たばかりの『未来視』に、どこか似ている。
『逃げ……て……ヨハン、あなただけでも、私、たちの……』
アニエスさんにはまだ息があった。震えながら身体を起こして、ヨハンに呼びかける。振り返ったヨハンの目が見開く――仲間の状態を、これまで考えられなかったのか。
『駄目だ……ここで逃げても、僕には何も……』
ヨハンがそう口にした瞬間だった。
一筋の光が走り、アニエスさんの胸を貫く。結ばれていた髪がほどけ、亜麻色の髪が広がった。
『アニエ……ス……』
振り返ろうとしたヨハンの胸を、光が射抜いた。血を吐き、倒れこみ、その身体は動かなくなる。
二人を手にかけた翼を持つ存在は、倒れ伏した白夜旅団に向けて手をかざす。痕跡すらも焼き尽くそうというのか、その手の先に白く揺らめく光球が現れる。
(――やめろぉぉぉぉぉっ!)
視界に映る全てが、光に焼かれる。全て消えていく――ヨハンも、彼が生きることを願ったアニエスも、一時の間俺達と行動を共にした人たちも――全てが。
音は続いている。カラカラと、回り続ける。
俺が見せられているものは何なのか――その答えを『未来視』という名が示しているのならば。
これは旅団の未来の風景。なぜ俺がそれを見せられるのか、未来を見るなんてことが本当に可能なのか――分からないが。
(っ……!!)
次に見せられたものは、俯瞰の風景ではない。
俺の目の前に、五十嵐さんの顔がある。
その肌は青ざめ、口から血が伝った跡がある。
倒れている五十嵐さんを、俺は抱き起こそうとしている。なぜそうなったのか、何が起きたのか――これは本当に現実ではないのか、『未来視』が俺に見せる意味は――何も分からない、理解ができない。
だが、これが俺にはただの夢だとは感じられなかった。
『未来視』が見せたものであるはずが、俺にとって、この風景は『過去』だった。こんなことを経験したことがあるはずもないのに。
『後部くん……絶対に、テレジアさんを……元の姿に、戻してあげて……』
『五十嵐さん、駄目だ……目を閉じちゃ駄目だ。大丈夫です、絶対に死なない、あなたはまだっ……まだ、これから俺たちと一緒に……っ』
五十嵐さんに話しかけているのは俺じゃない。けれど、俺自身に他ならない。
彼女の手が、俺の頬に触れている。冷たくなったその手は、それでもまだ――。
『あのね……私たち、ずっとあなたに……内緒にしてた、ことが……』
『聞かせてください……それは、言わなきゃ駄目だ。元気になって、言ってくれなきゃ……!」
こんなに穏やかで、優しい目をするのか。それを見せてくれるのが何故今なのか。分かっていても、受け入れることができない。
『五十嵐さん……五十嵐さん……っ!』
二度目に名前を呼んだとき、俺の頬に触れていた手から力が失われ、滑り落ちていく。
叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。それでもそれは声にならなかった。
白夜旅団が全てを奪われる様を見せられた。そしてその次に見せられたものは、俺たち自身の喪失。
自分が代われるならどれほどいいか。彼女に訪れるはずだったこれからの時間を奪うものがいるなら、どんなことをしてでも退ける――それができなかったのなら、虚しい強がりに過ぎない。
他の仲間はどうしているのか。俺が見せられている、五十嵐さんを失うその時その場所は、避けることはできないのか。
それなら、ここから探索者を続けることに、どれほどの意味があるのか。
失いたくないから、失わないように、歩みを止める。そうしたとしても誰も否定はできない――ヨハンがアニエスを失った時に見せたあの様と、今の俺がどれだけ違うのか。
視界にはもう何も映し出されていない。次に見せられる夢は、もう無い――もう、見たくはない。
聞こえ続けていた音が、止まる。
代わりに聞こえてくるのは――ざぁ、という雨音。
◆現在の状況◆
・『★雨を呼ぶもの』が『雨乞い』を発動 → 気象:小雨
・『スズナ』が『手水』『水垢離』を発動 → パーティ全員の『混濁』状態を解除
雨が降っている――空を仰げば、そこにはうねるように空を泳ぐ水蛇の姿がある。
スズナが祈っている。その手に握られているものは、思念石。彼女は『霊媒』を使ったのか、アリアドネを下ろしたときと同じように、スズナの髪の色が変わり、その瞳からは感情が読み取れない。
やがて雨は弱まっていく。雨を利用して『手水』を発動し、皆の状態異常を解いた――目を覚まさせた。スズナ、そしてアリアドネのおかげで、今こうしていられている。
『アリヒト……あの水蛇もまた、我らと戦う相手を同じくしている。それゆえに、力を借りさせてもらった』
水蛇が何かと戦い、巨大な身体を小さくされた――それは俺たちと同じように、『天秤』に魔法攻撃を行うことで、年齢を下げられたと考えられる。
「アリヒト殿……っ!」
仲間たちの中で一番早く起き上がったセラフィナさんが駆け寄ってくる。そんな俺たちの姿を見ても、『未来視』はまだ動こうとしない――あの夢ともつかない何かを見せている間に、俺たちに止めを刺すことができたはずなのに。
「セラフィナさん、みんな……あの天秤をもう一度出してきたら、次こそ破壊を成功させる。加減した攻撃ではなく、全力で、なおかつ天秤を釣り合わせるんだ」
「そんなことが……可能なのですか?」
「やれないじゃなく、やります。あいつはそれだけのことをしましたから」
仲間たちが全員起き上がる――みんな、事態は分かっている。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援高揚1』を発動 →パーティの士気が13上昇
戦闘の準備を始めるために、文字通り士気を高めるために技能を使う。
「後部くん……っ」
五十嵐さんが俺の名前を呼ぶ。夢で見た姿とは違う、いつもと変わらない彼女がそこにいる。
◆現在の状況◆
・『☆閉眼の未来視』が『双対のパラドクス』を使用 →『?天秤』の非破壊時に特殊効果発動
「あの天秤を壊します。物理と魔法のダメージを完全に釣り合わせる……それも、両者の威力を限界まで上げた上で」
「そういうことね……分かったわ。『士気解放』を使って、全力で行きましょう……!」
「……っ」
「テレジア、ここは『トリプルスティール』は使わなくても大丈夫だ。『天秤』を攻撃しても回復はできないからな」
「『士気解放』なんて簡単に言ってくれるが、よっぽどの状況じゃなきゃ使えねえぞ」
「私の技能でも士気は上げられますけど、まだ半分くらいですしね……あっ、ええと、私はルチアと言います。今回はアトベさんの指示に従います」
「あたしはカトリーヌ、補助役だけど多少は戦えるはずさ……って、さっきの攻撃でまた元に戻っちまったけどねえ」
「お兄ちゃんっ、えっと、私は……」
「『フォーチュンロール』をしたあとに『道化師の鬼札』で攻撃してみてくれるか」
『未来視』が幾らも待ってくれるわけではない。過去に遭遇した名前つきを何体も再現されれば、より苦戦を強いられていた――そうしないのは、俺たちが『天秤』を壊せないと思っているからか。
「アリヒト……わしがここにいるのは、本来場違いであるのかもしれぬ」
「そんなことはありません。セレスさんが居てくれて良かった」
「っ……今から死ぬようなことを言うでない。まったく……お主がそんなだから、わしも感化されてしまったのかもしれぬが」
「え……?」
セレスさんは笑っている――しかしその瞳は、覚悟を宿している。
◆現在の状況◆
・『セレス』が『生命のアブサン』を使用 →『セレス』の能力全すべてが上昇 酩酊状態 制約解除
携行していた瓶のうち一つの栓を外すと、セレスさんは一気飲みする――その意図を説明する前に。
「セ、セレスさん……っ、そんなきついお酒を……」
「これは必要なことじゃ。前にも一度飲んだことがあったが……アリヒト、わしのことは良い。『銀の車輪』の命運を賭けての戦いじゃぞ」
「私も攻撃に参加してもよろしいですか? セレス殿が、シオン殿に乗る必要がないと言うのであれば……」
「バウッ!」
「ぜひお願いします。スズナも準備はいいか?」
「はいっ……!」
アリアドネはスズナの身体を離れている――本当に彼女には助けられてばかりだ。
「私から仕掛けるわよ……全力でいいのね?」
「ああ。エリーティア、あの新しい技が使えるはずだ」
エリーティアの物理攻撃の威力に魔法を釣り合わせるには、あらゆる手段を使わなければならない――その鍵の一つを、エリーティア本人が握っている。
「士気解放、『ソウルブリンク』!」
「士気解放、『全体相互支援』!」
◆現在の状況◆
・『キョウカ』が『ソウルブリンク』を発動 →パーティ全員に『戦霊』が付加
・『アリヒト』が『全体相互支援』(オールラウンド・レインフオース)を発動 制限時間120秒
・『アリヒト』のパーティの支援効果範囲が強化
・パーティメンバーと『アザーアシスト』による支援対象の強化技能が全員に拡張
・パーティ全体が『群狼の構え』により強化
・パーティ全体が『剣の極意2』により強化
・パーティ全体が『包丁捌き』により強化
・パーティ全体が『サウンドプルーフ』により強化
・パーティ全体が『ドロップ率上昇』により強化
・パーティ全体が『幸運の小人』により強化
・パーティ全体が『自然回復2』により強化
・パーティ全体が『筋力強化2』により強化
・パーティ全体が『気配殺し』により強化
・パーティ全体が『護身の心得2』により強化
・パーティ全体が『運命力補助1』により強化
・パーティ全体が『合奏強化2』により強化
ソウルブリンクの対象は俺たちのパーティ――攻撃力が控えめなミサキを除き、八人分の戦霊が姿を現す。
そしてセラフィナさんが、音による攻撃を軽減する『サウンドプルーフ』を取っていた。セラフィナさんが起き上がるのが早かったのは、おそらくこの技能を取っていたからだろう。彼女は『守護天使のアンク』を持っているので、それが状態異常を防いだという可能性もあるが。
「始めてくれ、エリーティア!」
「輝く星の如く咲き、そして散れ……刃の花よ!」
◆現在の状況◆
・『エリーティア』が『アルティメイタム』を発動 →攻撃力、速度が上昇 『残紅』付与
・『エリーティア』が『スターパレード』を発動 →攻撃回数が上昇
『――星機剣、使用承認。私の攻撃もまた、士気解放の効果により二つとなる』
(ムラクモ、物理だけじゃなく、魔法攻撃はできるか?)
『無論だ。離れた場所の敵を攻撃する技は、物理ではなく魔力による攻撃なのだから』
「はぁぁぁぁっ!!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援統制1』『支援攻撃2』『支援連携1』を発動 → 支援内容:『行雲流星突き』
・『エリーティア』が『ルミナスフラウ』を発動 → 『?天秤』に七十三段命中 『残紅』を七十三回付与 七十三回クリティカル 連携技一段目
エリーティアの目にも止まらぬ斬撃――その一発一発に『行雲流星突き』の威力が乗る。天秤が向かって左側に傾くが、魔法攻撃に類する『行雲流星突き』によって右側にも傾こうとする。
それでも左の傾きの方が強い――エリーティアの剣技は、『星機剣』で繰り出す技よりも威力が高いということだ。
だが、今の段階で魔法攻撃に寄せるのは違う。まだ続けなければならない――悠然と見ている『未来視』の想定を裏切るには。
「――さらに物理攻撃をお願いします!」
「おぉぉっ……!」
「やぁぁっ!」
◆現在の状況◆
・『ソウガ』が『ローリングチョッパー』を発動 → 『?天秤』に七段命中 連携技二段目
・『アニエス』が『ハイドラブロウ』を発動 → 『?天秤』に二十段命中 連携技三段目
ソウガが飛び上がって縦向きに回転しながら天秤に斧を撃ち込む――さらにアニエスさんが『紫皇の螺旋杖』で連撃を繰り出す。攻撃回数が増えているのは、『相互支援』による強化によるものだろう。
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