第二百三十八話 分断の中で
◆◇◆
三層で散り散りになったアニエスの仲間たち――そのうちの二人、リンファとノイマンもまた、アリヒトたちと同じように戦闘のさなかにあった。
◆遭遇した魔物◆
・★無慈悲なる葬送者再 レベル13 ドロップ:???
「ちょっとノイマン、こんなところで死なないでよ……っ!」
「ええ、私もそのつもりです……リンファ、来ますよっ!」
彼らの前に現れたのは『無慈悲なる葬送者』――その姿が再現されただけではなく、やはりレベルが上昇し、明らかに強さを増していた。
◆遭遇した魔物◆
・『★無慈悲なる葬送者再』が『エクスキューション改』を発動
・『ノイマン』が『金剛の呼吸』『白刃取り』を発動 →『エクスキューション改』の被害を軽減
「ぬぅぉぉぉっ!!」
何も技を使わなければ、胴体を断ち割られている――それほどの一撃を、ノイマンは二つの技を複合させてしのぎ切る。そうすることで、後方にいるリンファが『葬送者』の斬撃に巻き込まれることを防いでいた。
ノイマンの職業は『SP』であり、転生前は要人の警護に当たっていた。防御は薄いながらも、大技を繰り出してパーティに貢献するリンファとは決して相性は悪くはなく、連携も取れている――しかし。
『葬送者』はノイマンが体勢を立て直す前に、リンファに肉薄できるほどの速度を備えていた。
「きゃぁぁっ……!」
「――させませんっ!」
◆現在の状況◆
・『ノイマン』が『瞬進挺身』を発動 →対象:リンファ
・『★無慈悲なる葬送者再』が『告屍無想』を発動 → 『ノイマン』に命中
・『ノイマン』の『★迷える羊のダブレット』が特殊効果発動
「ぬぉぉぉぉっっ……!!」
ノイマンはその筋肉で固められた体躯からは想像もできない速さでリンファと『葬送者』の間に入り込み、技を受ける――葬送者が繰り出した心臓を狙う一撃からリンファを守るが、ノイマンの着ていた上着が代わりに破壊される。
「私はこんなところで……負けてられないのよっ!」
◆現在の状況◆
・『リンファ』が『ブラックジャック』を発動 →『★無慈悲なる葬送者再』が『ブロッキング』を発動 毒無効 麻痺無効 混乱無効
「――ふざけるなぁぁぁっ!!」
リンファは絶叫する――振り抜いたリンファの服の袖から飛び出した暗器はゆうに十を超えているが、その全てを『葬送者』は拳のみで捌ききり、無傷で反撃に移ろうとする。
◆現在の状況◆
・『★無慈悲なる葬送者再』が『告屍無想』を発動
「……やだな……こんな……」
絶叫した直後に、リンファの顔に諦念が表れる。ノイマンの装備を破壊した一撃を、『葬送者』は続けてリンファに向けて放とうとする――禍々しい闘気をまとった右手が、心臓を狙う。
自分はここで死ぬ、それを悟ったリンファは目を閉じる――しかし。
「――はぁぁぁっ!!」
◆現在の状況◆
・『エリーティア』が『アルティメイタム』を発動 →攻撃力、速度が上昇 『残紅』付与
・『エリーティア』が『コメットレイド』『スラッシュリッパー』を発動 →『★無慈悲なる葬送者再』に3回命中 『残紅』を3回付与 行動がキャンセル
それはまさに、赤い流れ星のように。
突如として現れたエリーティアは『葬送者』の横っ面に斬撃を叩き込む。彼女だけではなく、後方にはキョウカ、テレジア、スズナの姿もあった。
「ちょっと……っ、エリ―、あんた、どこまで……」
「割り込ませてもらうわよ、リンファ。この魔物と因縁があるのは私たちだから……!」
エリーティアは『葬送者』が怯んでいるうちに、大技を繰り出すための溜めを終えていた。
「――散れ、星が流れる間に!」
◆現在の状況◆
・『エリーティア』が『ルミナスフラウ』を発動
・『★無慈悲なる葬送者再』が『ブロッキング』を発動 →『ルミナスフラウ』を十三段無効化 五十段命中 『残光』を50回付与
かつては『ユニコーン・リボン』の効果で攻撃を貫通させたが、成長したエリーティアの剣技はそれすら不要としていた。
「効いてる……っ、畳み掛けるわよ!」
「――『当たって』!」
◆現在の状況◆
・『キョウカ』が『ライトニングレイジ』を発動 →『★無慈悲なる葬送者再』に命中 感電
・『スズナ』が『皆中』『フォビドゥンアロー』を発動 →『★無慈悲なる葬送者再』に一回命中
・『★無慈悲なる葬送者再』が『切り払い』を発動 →『フォビドゥンアロー』を防御
・『★無慈悲なる葬送者再』が『リベンジブレード』を発動 →防御した回数だけ攻撃回数上昇
「テレジアさんっ……!」
「っ……!!」
◆現在の状況◆
・『★無慈悲なる葬送者再』が『ブレードラッシュ』を発動
・『テレジア』が『アクセルゴースト』『受け流し』を発動 →攻撃を無効化 分身反撃
高速で突進しながら繰り出される無数の斬撃を、テレジアは全て回避する――そして回避した回数だけ、テレジアの分身が生まれる。
最後の一撃だけはテレジアが実体のままで盾による『受け流し』を繰り出して逸らす。それはある技の威力を引き出すための行動だった。
「――ッ!!」
◆現在の状況◆
・『テレジア』が『リバースエンド』を発動 → 分身の数だけ攻撃回数上昇 15段命中
・『★無慈悲なる葬送者再』が『闘鬼の未練』を発動 自身に『ラストアタック』付与
「まだ倒れないなんて……っ!」
「いえ、ここは私が……っ!」
スズナが角笛の吹き口に口をつける――そして、力ある音が奏でられる。
◆現在の状況◆
・『スズナ』が『揺蕩う時の音』を発動 →対象:小範囲 『★無慈悲なる葬送者再』に命中 低速化
「っ……!!」
『停滞石』を装着した角笛の音色は、『葬送者』の動きを遅くする――だがその中で抗いながら、葬送者は刃のついた腕甲を振り抜こうとして、前のめりに倒れた。
◆現在の状況◆
・『★無慈悲なる葬送者』を1体討伐
「はぁっ、はぁっ……倒せた……です、よね……っ?」
「スズナちゃん、よくやったわ……!」
「…………」
スズナは汗で巫女服が濡れるほどだったが、キョウカは構わず彼女に抱きつく。テレジアも駆け寄り、その口元は労うようにかすかに微笑んでいる。
エリーティアは倒れた葬送者が残した小さな石を拾うと、座り込んでいるリンファに近づく。
「……先に戦っていたのはそっちだから、話し合いで決める?」
「……あのねえ、私を何だと思ってるの。助けてもらってそんなこと言う気力はないわよ」
「まあ、気力があれば食い下がってますけどね……いや、感服しました。妹君は相当に腕を上げられている」
「その『妹君』っていうのはやめて。私はエリーティアで、兄は兄だから」
「兄君と思ってはいらっしゃるわけで……ああいえ、余計なことは申しません」
ノイマンは蓄えたヒゲを整えつつ、エリーティア、そして彼女の仲間たちを見やる。
「いや、それにしても……もう少し違う姿になられていたら、そのときは判別がつかなかったやもしれませんね」
その言葉が示すところは、エリーティアたちの姿が先程旅団と会ったときとは全く変わっているということだった。
エリーティアは数年の年齢を重ねた容姿になっており、二つに結んでいたおさげを一つにまとめている。キョウカもまた髪が伸びてまとっている空気がさらに柔らかさを増しており、スズナは一回り若返ってマドカと同じくらいの年頃の姿になっていた。
テレジアの容姿は変化していないが、それはノイマンも同じだった。リンファはやはり数歳若返っており、元はエリーティアと同じくらいの背格好だったが、エリーティアの方が頭ひとつ背が高くなっている。
「私たちも何がどうなってるのか分からないけど……どうしてテレジアとノイマンは変わらないの?」
「それについては……リンファ、どうします?」
「思いっきり助けられてるし、私たちのも推論でしかないから。あんたたちも『隻眼の愚視』っていう空星の名前つきに遭って、転移させられたんでしょ。その前に『天秤』を出してこなかった?」
「ええ、出して来たけど……あれと私たちがこうなったことに何か関係が?」
キョウカが尋ねると、リンファは思わず目を見開く――年齢を重ねた姿に変わることで起きたキョウカの変化は、同性でも目を瞠らずにいられないほどのものだった。
「……こんなのが仲間にいたら、あのアリヒトって人も気が気じゃないよね。あ、もしかしたらそういう段階より進んでたり?」
「……? 何の話?」
「あ、あのっ、『天秤』のことなんですけど、何か考えがあるんでしょうか?」
スズナが慌てて話に割って入る。エリーティアも頭に疑問を浮かべており、テレジアも首を傾げるだけで、リンファの示唆する内容には気づいていなかった。
「あの天秤を破壊しないと発動するってライセンスに表示されてたでしょ。天秤だから何かを測ってるんだと思うけど、攻撃してるうちに何度か右に振れたり、左に振れたりしてたように見えたわ」
「私は守備役なので攻撃に参加できませんでした。そちらの亜人の方も容姿が変わっていないようですが、攻撃に参加はしましたか?」
テレジアはしばらく置いて首肯する。ノイマンは少し残念そうにするが、リンファはそれを見やりつつ話を続ける。
「一つ考えられるとしたら、亜人だから容姿の変化が適用されないってことね」
「『天秤』で攻撃の内容を測って、それに応じて容姿が変わってるってこと?」
リンファとノイマンの話、そして自分の見たものを総合して、エリーティアが自分なりの推論を提示する。
「私は魔法に属する攻撃もできるから、天秤に仕掛けたときの攻撃はそれだった。『順転』『逆転』っていう表示も出てたけど、たぶん私は『逆転』のほうね……それで若返ってる」
「与えたダメージの量……っていうよりは、物理攻撃と魔法攻撃? の違いっていう可能性が高いわけね」
「テレジアは物理だったけど、『アズールスラッシュ』は魔石の力も使ってるから、判定が難しいわね」
「そうすると、私の技は魔法の判定っていうことなんですね……」
スズナはキョウカに視線を送って顔を赤くする――若返った自分と比べ、歳を重ねたキョウカの持つ魔力じみた色香には、リンファと同様に圧倒されるものがあった。
「じゃあ、最初に仕掛けた攻撃と別の種類の攻撃をすれば……」
「それだと物理と魔法が両方使えない人が元の姿に戻れなくなる。それに元通りに仲間が揃った状態でもう一度さっきの転移で散り散りにされることも考えられるし、『愚視』を倒すことを優先に考えた方がいいわね。出られなければ全滅なんだから」
「……リンファ、今は私たちと協力してくれるの?」
「なに、土下座くらいならするけど?」
「そこまで急に卑屈になるのは感心しませんよ……ですが共闘、それは本当に有り難い話です。今までの非礼は私からも謝罪します」
リンファとノイマンの態度が大きく変わり、エリーティアたちは困惑するが――エリーティアとスズナに判断を仰がれて、キョウカは肩をすくめる。
「一刻も早くリーダーのところに戻って、全員が揃った状態であの魔物と戦う。今みたいな推論には、たぶん後部くんも思い当たっていると思うから、もし事前に打ち合わせができなくても『物理攻撃と魔法攻撃を釣り合わせる』ことを狙いましょう」
「その場合、私は技の威力を下げた方がいいのかしら……一回釣り合いが取れなくなったら、ほとんど天秤が動かなかったから」
「攻撃の威力が十分でなければ破壊できない……ということも考えられます。弱い威力の物理攻撃と魔法攻撃で釣り合わせるだけなら、初心者でも偶然できるようなことですから」
ノイマンは言いながら、ぼろぼろになった上着の応急措置を終えて羽織り直す。
「パーティが解除されているのが厄介ですね……パーティを組んだままなら位置がわかるのですが」
「ひとまず探索してみましょう。後ろの方は突き当りだし、最初に行く方向は決まってるわ」
「……もしかして、この三層って巨大な迷路だったりする?」
「そうみたいですね……昔見た映画で、近い場面がありました。まさか現実で足を踏み入れるなんて……」
話しながらも六人は行動を開始する――幸いにも、過去に現れた魔物が新たに姿を見せる気配はなかった。
※お読み頂きありがとうございます!
ブックマーク、評価、ご感想、いいねなどありがとうございます、大変励みになっております。
皆様のご支援が更新の原動力となっておりますので、何卒よろしくお願いいたします!
次回は来週の金曜日に更新させていただきます。
※この場をお借りしてお知らせさせていただきます。
新作を始めさせていただきましたので、よろしければお時間のあるときに
画面下のリンクからチェックをお願いできましたら幸いです!




