第二百三十五話 二層の水場
「ふふっ……自慢のリーダーっていう感じね。テレジアさん嬉しそう」
「でも、本当にそうですよね。アリヒトさんが居てくれると、安心感が違うので」
「セレス殿、あのような攻撃魔法も覚えていらっしゃるのですね。経験値は上昇しましたか?」
「……以前レベルを上げたときは、ライセンスとにらめっこして経験値の変動を見極めようとしたものじゃが。今回はその必要はないようじゃ。目に見えて増えておる」
「『アルターガスト』という魔物が危険なんですが、そうそう二体目は出ないと思うので、さっきのような構成の魔物と遭遇したら今の要領で倒していきましょう」
「うむ。できる限りの力は尽くそう」
俺たちは二層に向けて移動を再開する――再び魔物が出てくる気配がないので、レベルを上げるならその辺りを回るべきかとも思うが、旅団のことも気になる。
(この奥で彼らに会ったら、どうなるか……アニエスさんがいるならいざこざは起きないか)
「……アリヒト」
考え事をしていると、少し前を進んでいたセレスさんが、シオンに乗ったままで俺の横に並んだ。そして、小さな声で言う。
「一番強い魔法……と言われたが、すまぬ。今のわしには、使うことができぬ」
「っ……セレ……」
セレスさんは三角帽子を深く被ると、再び行ってしまう。
彼女が言っているのは、支援者になったことでレベルが下がり、過去に使うことのできた魔法が使えなくなっているということか――それなら、今使える魔法の中で選んでもらえればいい。
だが、それで割り切れるものでもないのだろう。俺ももしレベルが下がって技が使えなくなったらと想像すれば、セレスさんの心情の一部は理解できる。
「っ……!」
◆現在の状況◆
・『テレジア』が『索敵拡張1』で敵の気配を察知
エリーティアに随伴して前に出ていたテレジアが敵の気配を感じ取る――敵の構成はバインドファズが1体、フォッグビーストが2体。先ほどと同じ要領で戦えば問題のない相手だ。
◆◇◆
二層の入口に到達するまでに倒した魔物からも幾つかの素材が得られた――ミサキの技能が効いているのか、収穫は心持ち多めに思える。
◆新規戦利品◆
・魔力の霧×3
・固縛石×1
・霧獣の朧爪×2
・?冷たい粘液×1
「この『固縛石』などは、『眼力石』と比べて成功率は低いが、敵の動きを止める時に便利じゃな」
「スズナの角笛につけたりすると、広範囲に効いて良さそうですね。『沈黙石』や他の石も強力なので悩みどころですが」
「『停滞石』も魔力の消費が大きいが、ここぞという時には強力じゃろう。わしでも発動しただけで倒れるやもしれぬが」
セレスさんに同行してもらうと決まった時に、倉庫にある装備などから使えそうなものを選んでもらったのだが、『停滞石』はその一つだ。使う相手が出てくるかは別として、選べる手段は多いほうがいい。
「それにしても、二層は静かね。旅団の人たちが魔物と戦った様子もないし」
「いえ……視線は感じますね。かなり遠くからですが」
二層につながる樹洞を抜けた先には砂地が広がっていて、『水蛇の崇拝者』と戦った水場がある。その水場の沖のほうには、大岩が幾つか水面から突き出しているのだが、その陰にラミアーの姿があった。
「『ディープラミアー』を一体捕まえたので、攻撃してこない……ってことですかね」
「『水蛇の崇拝者』を倒したことも影響しているようです。『名前つき』の配下である魔物は、主を倒されると行動が変化しますから」
「それで旅団の人たちも素通りだったってわけですねー」
「…………」
一見すると何も痕跡が残っていないように見えるが、テレジアにとってはそうではないようで、ある方向を指さしている。
「旅団はこっちに行ったってことか?」
「…………」
テレジアの頷きが浅い――どうやら、そう単純な話でもないらしい。
テレジアは近くに行って小石を拾ってくる。そして、何もないように見える砂地に投げた。
◆現在の状況◆
・『テレジア』が『罠感知2』を発動 → 罠を発見 リリーストラップ発動可能
・『テレジア』が『リリーストラップ』を発動 →『装備脱着装置』が発動
「うぉぉっ……!?」
いきなり砂の中から何か細いものが無数に飛び出してくる――それは不発に終わったが、もし小石を投げずに罠の上を通っていたら危なかった。
「え、えっと……『装備脱着装置』って、引っかかったら装備を脱がされるってこと?」
「おそらくはそうですね。元から迷宮に仕掛けられていたのか、誰かが仕掛けたのか……」
「……装置の名前からして、リンファが仕掛けた罠だと思うけど。こういう種類の罠はカルマが上がらないの。脱がされるだけでダメージが無いから」
ギルドの規則の隙をついた嫌がらせ――なんというか、悪戯好きというだけでは済まないものがあるが。
「っ……」
テレジアが何かに反応する――その視線の先には、海を泳いでこちらに近づき、そろそろと進むラミアーの姿があった。
◆現在の状況◆
・『ディープラミアー』に対して罠が作動 → 『装備脱着装置』が発動
「!?」
ラミアーは半身が蛇で上半身は女性なのだが、身につけている貝殻でできた水着のようなものが、罠に絡め取られてしまう。持っていた槍も取り落としてしまった。
◆現在の状況◆
・『ディープラミアー』が怒り状態に変化 敵対に移行
「なんか私たちの方にお怒りが向いちゃってるような……」
「もう……なんてことを考えるのよ……!」
エリーティアは困惑した様子で言うが、すぐさま駆け出してラミアーの注意を引き付ける。これはもしかしなくても、魔物のなすりつけ行為ということか――あのパーティで最も一筋縄ではいかないのは、リンファという人かもしれない。
◆◇◆
◆現在の状態◆
・アリヒトが『ディープラミアーB』を召喚
・『ディープラミアーA』の敵対状態を解除
牧場に預けていたラミアーを召喚することで、なんとか戦闘は避けられた。こちら側のラミアーによって装備をつけ直されたラミアーは、去っていく時に俺をじっと見ていた――あまり見ないようにはしたのだが、パーティで男が俺一人ということで思うところがあったのかもしれない。
「この罠だけは引っかかれないから、慎重に進むしかなさそうね」
「テレジアさんがいてくれるので、そんなに時間を取られることもありませんが、やっぱり緊張はしますね……」
五十嵐さんとスズナはそんなことを言いつつも、慎重にテレジアの後をついていく。ときどきテレジアが小石を拾って投げるたびに、罠が発動する――テレジアの技能で安全に空打ちさせられなければ、魔物だけでなく俺たち以外の探索者が被害を受けていたかもしれない。
「リンファが使う罠はこれだけじゃないはずなんだけど……少し違和感があるわね」
「時間稼ぎをする必要があるのか、それとも……このような行為に対する罰則も必要かとは思われます」
セラフィナさんが言葉を濁しているのは、現状では問題のない行為だからということだろう。装備を外された状態で魔物に襲われることもあると思うと、やはり明確に悪意はあると言えるが。
しかしそれはリンファが意図していたものかどうなのか、仕掛けられた罠を外していくことで、旅団の足跡を追うことができている。三層の入口らしいものも遠目に見えてきていた。
「ひぇっ……向こうにめっちゃでっかいのが……見たことない動物の形をしてるんですけど……!」
「……あれが『水蛇』?」
距離は開いているが、湖の中から巨大な生き物が出てきた――それは空中でぐるりと一回転したあと、また水の中に潜っていく。
「ナターリャとレナードが探していた魔物ね。『天の乙女の羽衣』の素材とは関係あるのかしら……?」
エリーティアの言葉で思い出す――ルカさんから素材についてのメモを貰っていた。
スーツの内ポケットからメモを取り出すと、英語の筆記体で書かれている。読むこと自体はできるが、ニュアンスをより正確にするため、英語が堪能なメンバーにも読んでもらうことにした。
「ええと……この迷宮の二層で、薄い膜のようなものを拾った。一層と同じように広い湖があり、その浅瀬に漂着していた」
「そこで採取した素材の名前は……『透き通る水膜』。何でできているのかはわからず、鑑定しても情報は何もなかった」
五十嵐さんとセラフィナさんが読み上げる。『天の乙女の羽衣』の素材が何なのかの情報はない――それが意味することは何なのか。
「……あの『水蛇』から採れる素材が『透き通る水膜』としたら。まだ討伐されていないから、情報がない……そういうことなのか?」
「高度な『鑑定術』なら情報が得られるのかもしれないけど、通常の鑑定で何もわからないのなら、ギルドに情報がないってことね。強力な魔物がずっと残っているとスタンピードの原因になるから、『水蛇』を狩ろうっていう試みはされてきたんでしょうけど」
「でも、たくさんの探索者が戦えば討伐はされていそうよね。今見た限り、こっちに来そうな感じはあまり無いっていうか……私たちに無関心というか」
「確かに、こっちに関心を示してはいないみたいですね」
『水蛇』から必要な素材が採れるのなら、どう戦うかを考える必要がある。アルフェッカに乗せてもらうという手もあるが、空中戦はリスクが大きい――と考えたところで。
「……テレジア?」
テレジアがある方向を見ている。
「っ……!」
彼女は何かに気づいたように駆け出そうとする――その瞬間だった。
◆現在の状況◆
・『カウントダウン』によるカウントが終了
・『レッドアラート』が発動
「っ……!!」
辺り一体に、焦燥を煽るような音が鳴り響く。警報音――テレジアは罠を作動させてはいない、それならば何が起きたのか。
(いくつも仕掛けられた他の罠は囮……本命は、放っておいても時間が経てば発動する罠だったのか……!)
◆遭遇した魔物◆
★雨を呼ぶもの:レベル13 敵対 浮遊 気象:妖雨
「……ギュォォォッ……」
警報音に反応してしまったのか、再び姿を現した『水蛇』は、明確にこちらを威嚇していた。
「えええっ……ちょっ、晴れてるのに雨が降るとか……っ!」
「出てきただけで天候を変えるなんて……っ、後部くん、来るっ!」
◆現在の状況◆
・『★雨を呼ぶもの』が『透過障壁』を発動 → 防護壁展開 物理無効
・『★雨を呼ぶもの』が『蛇行天舞』を発動
空中で水蛇の長大な身体が螺旋の形を取る――次の瞬間、まるでバネが弾かれるかのようにこちらに向かって飛来する。
巨大質量を隕石のように叩きつける攻撃は、魔物の常套手段なのだろう。回避は難しく、受けきれなければ全滅――そんなプレッシャーを、セラフィナさんはものともしない。
「アリヒト殿っ、ここは私に!」
「セラフィナさん、頼みますっ!」
「わしも加勢する……っ、力ある文字よ、汝を守り給え!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『バックスタンド』を発動 →対象:『セラフィナ』
・『セラフィナ』が『オーラシールド』『ディフェンスフォース』『ガーディアンタスク』を発動
・『セレス』が『ルーニックシールド』を発動 →対象:『アリヒト』
・『アリヒト』が『支援防御2』を発動 →支援内容:『オーラシールド』『ディフェンスフォース』『ガーディアンタスク』『ルーニックシールド』
アリアドネとフォギアの力を借りずにしのぎ切れるか――それは賭けだったが。
「――はぁぁぁぁっ!」
空中を駆け抜けてきた水蛇の巨体を、セラフィナさんは盾で受け――気合いの一声とともに後ろへと受け流した。
しかし安堵する間もなく、再び水蛇が空中に舞い上がる。次の攻撃をすぐに仕掛けてくるわけではないが――降り続けている雨が、身体に触れるたびに淡く光っている。
「アリヒト、この雨の中はまずいっ……!」
雨を浴び続けると何が起こるのか、おそらくこちらにとってはマイナスにしかならない。雨を避けられるような場所も近くにはない――しかし、三層の入口は見えている。
「――みんな、走るんだ!」
全員で次の層を目指して走る――だが、空中からこちらを見下ろしていた水蛇が狙いを定め、再びうねるようにして体勢を整え、突っ込んでくる。
狙われたのは――ミサキ。しかし彼女はくるりと振り返り、声を震わせながら叫んだ。
「おおお、鬼さんこちらっ……!」
◆現在の状況◆
・『ミサキ』が『フォーチュンロール』を発動
・『ミサキ』が『ハットシャッフル』を発動 →『ミサキ』に『四択』付与
・『★雨を呼ぶもの』が『ミサキC』を標的に指定 →『ミサキ』が回避
(士気解放……そうか、このコンボで一度だけなら確実に回避できるのか……!)
「――ギュォォォォッ……!!」
ミサキの作った分身のうち一つを水蛇が突き抜けていく――そして。
俺たちは水蛇とともに、三層の入口を通過していた。水蛇は勢いを緩めることなく、俺たちのことを置き去りにして飛んでいく。
「はー……わ、私、生きてますよね……」
「ミサキちゃんっ……!」
危険すぎる賭けだったが、ミサキのおかげで窮地を抜けることができた。へたり込んでいるミサキにスズナが駆け寄る――俺もだいぶ肝が冷えた。
俺達がいる場所は、高い岩壁に挟まれた峡谷のような地形だった。前方に飛んでいった水蛇は右に曲がって姿を消し、戻って来る気配はない。
求めている素材が『水蛇』のものなら、メリッサを連れてきた方がいいだろうか。もしくは三層を探索してからにするか――『水蛇』と旅団が遭遇したら、先に倒されてしまう可能性もある。
「罠を使った魔物のなすりつけ……悪戯っていうには度を過ぎてるから、リンファには一言言わないとね。これからどうする?」
「さっき雨を浴びちゃったけど、何か……その、ふわふわした感じがするというか……」
五十嵐さんに言われて気づく――そして皆がライセンスの表示を確認する。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『爛酔』状態 進行度13%
「らんすい……酔ってる?」
「ああいった大蛇の魔物は、酒に目がないものがいると聞くが……こ、これはまずいの……」
「……ひっく」
「……エリーティア?」
水蛇が降らせた雨が酒そのものでないにしても、実際酔ったような状態になっているのはまずい――みんなの進行度を見るとそれぞれ違うが、特にエリーティアの進行が速い。
「バウッ」
「……シオン、今日もモフモフしてるわね……モフモフ……」
「エ、エリ―さん……えっと、だ、大丈夫っていうのも違うんですけど、その……」
シオンは身体を振って水気を飛ばすだけでもとのモフッとした毛並みに戻っている。エリーティアはそんなシオンを上機嫌に撫でており、スズナも心配しつつも同じことをしている。
「ワンちゃんにお酒なんて絶対だめよね……あんないけない魔物はお仕置きしないと……」
「っ……こ、このような状態になっては……アリヒト殿、一刻も早く酔いを抜かなくてはいけません……っ、くぅ……!」
セラフィナさんがこんなに焦っているのは初めて見る――その理由はおそらく、彼女の技能である『ストイック』が、酔ったりすると効果を失ってしまうからということだろう。
ただ待っているだけで覚めるような酔いとは思えない。状態異常を解除しなければ――そう考えて、一つの方法に思い当たった。
「スズナ、『水垢離』は使えるか? あれで治せるかもしれない」
「は、はい。さっきの水場に戻って、水を持ってくれば……えっ……?」
さっき水蛇に追われて二つ並んだ石柱の間を通ってきたのだが――その石柱の間を通っても、二層に行くことができずに素通りしてしまう。
「ど、どうして……」
何が起きているのか――一時的に通れないだけで、時間が経てば二層に戻れるのか。事態はそう楽観できない。
「っ……アリヒトさん、アリアドネ様から『霊媒』の要請が来ています」
ずっと声が聞こえなかったアリアドネが、俺たちの状況を察知してくれたのか。皆が固唾を飲んで見守る中、スズナは息を整え、『霊媒』の技能を発動した。
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