表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
234/251

第二百三十二話 再びの迷宮/旅団の別働隊


 迷宮の入口に向かう前に、俺たちのもとにクーゼルカさんがやってきた。遅れてホスロウさんの姿も見える。


 クーゼルカさんの面持ちは真剣そのものだ――俺も襟を正し、彼女と相対する。


「アトベ殿たちに通達があります。白夜旅団との面談についてですが……『神戦』の内容について、審議会による討議が行われることになりました」

「審議会……俺たちの昇格を決めたっていう組織が、『神戦』にも関わっているんですか?」

「はい。審議会はギルド管理部と旧王宮、そして神殿の代表などから成る機関です。『神戦』が迷宮国内で行われるときは、ほぼ全てが神殿によって関知されています」


 迷宮国はギルドの上位組織である『管理部』によって治められている――ルイーザさんはそう説明してくれた。彼らは秘神の存在、そして神戦のことを知っていて、それに干渉できる立場にあるということだ。


 俺たちがアリアドネと契約していなければ、審議会の存在を関知する機会すらあったかどうか――管理部に属しているというユカリは自分の考えを明かさないし、彼女のスタンスがそうそう変化するとは思えない。


「アトベ君たちが秘神と契約している以上は『神戦』は避けられない。白夜旅団はおそらくその機会を待っていた……上の区に行く実力があってもあえて留まるというパーティはいるが、彼らは目的に準じて力を蓄えていたと、そういうことだな」


 そのために『色銘の装備』を集めていた――エリーティアの剣にもまだ執着しているようだが、それも取り返す機会を(うかが)っているのだろうか。だとしてもおいそれと渡すことはできないが。


「俺たちと神戦をして、何かを奪おうとしているってことですか?」

「そういった内容の神戦は存在するが、今回のケースはそれとは違い、特殊なものだということです……申し訳ありませんが、今は詳細までは説明できません」

「今、ちょうど出るところだったみたいだな。旅団も好きに動いてるようだが、今度戻ってきたところで審議会が行われる。アトベ君たちも一度迷宮に入った場合、戻ってきたら呼ばれると思っておいてくれ」

「わかりました。来たるべき時に備えるっていうのもあるんですが、一つ気がかりがありまして……途中で探索が止まっていた迷宮に、もう一度行ってきます」


 『猿王』を倒したあとに一度姿を見せたが、すぐに立ち去ってしまったというリーネさんのことが気にかかっているというのもある。


「いや、本当に驚くほどアトベ君たちは常に動いてるな……俺なら神戦なんて控えてたら、羽休めでもしてるところだぜ」

「ホスロウさんは、秘神については……」

「若い頃にちょっとな。契約していたというか、あれは何だったのか……神ってのは人間の考えが及ばない存在だ」

「……ホスロウ、それは彼らには必要のない情報です」

「おっと……申し訳ありません、クーゼルカ殿」


 ホスロウさんがクーゼルカさんに対して畏まった呼び方をするが、彼女をふだん『お嬢』と呼ぶのはなぜなのか。上官と部下というだけでなく、この二人には何か別の関係性があるように思える。


「審議会には私たちと、ディラン司令官も同席します。そういった面々には『銀の車輪』が秘神と契約していることが共有されておりますが、それについてはご了承ください」

「分かりました。隠してるわけじゃないですが、広く知らせることでもない……でも、把握している人たちはいるわけですね」

「そうなります。秘神と契約しているパーティ同士がなんらかの形で戦わなければならない……そのルールについて全く知らない状態では、ギルドにとって不測の事態が起きてしまいます」


 上位のパーティ同士が争い、結果として何が起こるか――場合によっては、敗北したパーティが探索を継続する上で支障が出る。クーゼルカさんが言わんとしていることは、そういうことだろう。


「ひとまず、今は話はこれくらいにしておこう。俺たちも今は街にいなきゃならないが、必要なときはまた声をかけてくれ」

「はい、ありがとうございます」


 クーゼルカさんがホスロウさんをじっと見ている――これは叱責かと思ったが、そうではなかった。


「……『猿王』を倒すためにともに戦い、私にも……誤解を恐れず言えば、アトベ殿の……仲間、であるという意識はあります」

「ぬぉっ……ク、クーゼルカお嬢が……軟化した……!」

「えっと……空気を読まず、言っちゃってもいいのかな? クーデレカさんって」

「ミ、ミサキちゃん……そういうのは、たぶん通じないっていうか……」


 『クーデレ』なんて単語は迷宮国にはもちろん無いはずだが――なんとなくでも意味は通じてしまったのか、クーゼルカさんはかすかに目を見開く。


「……数回一緒に戦っただけで仲間というのは、烏滸がましいでしょうか」

「そんなことないです、凄く嬉しい……クーゼルカさんは凄く強くて、私もそんなふうになれたらって思っていたんです」

「キョウカ殿……」


 五十嵐さんがクーゼルカさんと握手をして、その手を両手で包み込む。厳格な軍人という印象のあったクーゼルカさんが、今は年齢相応の表情に戻っていた。


「やはりこのパーティは、良い意味で引っ張られるところがありますね」

「ええ……そうですね、セラフィナ中尉。いえ、正式に辞令が下ったら大尉と呼ぶべきなのですが」

「っ……な、なぜそのようなことに? 私は現在、アリヒト殿のパーティに所属して……」

「あなたの籍はギルドセイバーにもありますし、『猿王』の討伐に参加したことが評価されているので、当然の措置です」

「まあ貰えるもんは貰っとくといい。もう一つで『竜階級』に上がるな……そうなるとできることも増える。ギルドの召集令が厄介ではあるが」

「……はっ、不肖ながら、承らせていただきます」


 敬礼をするセラフィナさん――クーゼルカさんとホスロウさんも、同じ挨拶を返した。


「…………」

「テレジアさんも敬礼をしてくれるのですね。あなたのことを、私は一時的とはいえ拘束などして……」


 クーゼルカさんが謝罪しようとするのを察したのか、テレジアは首を振ってみせた。


「…………」

「……ありがとう。私は個人的な立場から、あなたを応援している。これからもそうであることを許してくれますか?」


 テレジアはこくりと頷く。そしてクーゼルカさんが差し出した手を握り返した。


 初めは硬質な話し方をしていて、感情が表に出ない人物だと思っていた。だが、それは大きな勘違いだった。


 軍人としての彼女だけではなく、違う一面も見せてくれた――テレジアに対して労るような言葉は、そう感じるには十分だった。


「……コホン。それでは、無事で帰還するようにお願いします。もし帰還が遅れる場合、私たちが救助に向かいますので」

「あ、ありがとうございます……お手数をかけないよう努めます」


 話は終わり、俺たちは探索メンバーの9人で『夕闇歩きの湖畔』に向かう。テレジアが一度振り返ったのでそれに倣うと、クーゼルカさんとホスロウさんはずっと敬礼を続けていた――ずっと真剣なクーゼルカさんと対照的に、ホスロウさんは笑っていたが。


   ◆◇◆


 『夕闇歩きの湖畔』の入口前まで来ると、周囲が何やらざわついている。

 

「旅団の連中、定期的にこの迷宮に潜るよな。巡回でもしてるのか?」

「規模が大きいから複数パーティを常に動かしてるだけだろ」

「滅多に見られない団長は今日もいなかったな。ヨハンって本当に強いのか?」

「奴は六番区の闘技会で優勝してる。そこまで磨いた実力を簡単に衰えさせることもないだろう」


 闘技会――まだ俺たちが足を踏み入れていない六番区では、そういった催しがあるのか。探索者同士が戦うというのは基本的にイレギュラーな事態だが、試合という形式なら可能なのだろうか。


「エリちゃんの兄上、なんか噂されちゃってるね。みんなおっかなびっくりって感じ」


 ミサキは『奇術師装備』をしているが、一番上から『バットレザー・マント』を羽織っている。戦闘中はさすがにマントにくるまったままではいられないが、腹は括っているようだ。


「……兄が何を考えているのか、私にも分からないから。兄は『群青の礼剣』という呪いの武器を使っていて、その呪いを解くことができた。旅団を率いているのは、単純な理由……彼が一番強いから」


 それほどの実力を持ちながら、ルウリィの救助は行わなかった。俺たちも『猿王』を倒せたのは幸運も味方した部分があるが、旅団ほどの組織なら不可能ではなかったはずだ。


「でも今の私は、兄に今も凌駕されているとか、そんなふうには思ってないけれど」

「……エリーティア」

「心が引け目を感じていたら、それは負けてもいいって思っているようなものでしょう」

「その通りですね。旅団の方々が今迷宮に入っているのなら、戦う姿を見られるかもしれません。競う相手のことを知っておくのは、悪くはない」


 セラフィナさんも闘志に火がついている――力強く拳を握る姿をみるだけで、こちらまで鼓舞されるものがある。


「よし……それじゃ、中に入ろう。セレスさんの立ち位置は、俺より少し前くらいで良いですか? 俺の前にいてくれれば支援をかけられるので」

「うむ、分かった……ん? シオン、乗せてくれるのか?」

「バウッ」

「……いいわね、三角帽子の魔女さんがワンちゃんに乗ってるのって」

「シュタイナーさんからシオンちゃんに乗り換えるなんて、セレスさんも罪な人ですねー」

「まあ確かに、シュタイナーはわしの乗り物のようなものじゃがのう……そんな、愛らしいものを見る目で見られても困るのじゃが。わしの方がキョウカよりはお姉さんなのじゃぞ?」


 五十嵐さんはよほど気に入ってしまったのか、セレスさんを見る目が輝いている。スズナも嫌いではないようだ――モフモフとした大きな犬に乗るというのは、やはり女の子の憧れなのか。


 『ライドオンウルフ』はセレスさんが騎乗しても使えるはずなので、その旨について説明しておいた。一層から油断できない敵が出るので、被害を出さず切り抜けたいところだ。


 ◆◇◆


 迷宮の入口――岩窟を抜けると、すぐに気がつく。


 激しい金属音。まだ距離は離れているが、誰かが戦闘している――そしてその音には聞き覚えがある。


「アリヒト、あれはきっとシュバルツの剣戟の音……誰かがシュバルツと戦ってる……!」

「事情は行ってみないと分からないが……それは、放ってはおけないな。みんな、行くぞ!」

『はいっ!』


 音が聞こえてくるのは、前方にある湖畔を東側から回り込んだ先だった。見覚えのある姿――『スケアクロウ』に挑んでいるのは、白夜旅団の一員であるソウガだった。


「おぉぉぉらぁぁぁぁっ!」


 ◆現在の状況◆

 ・『ソウガ』が『旋風斧』を発動

 ・『?スケアクロウ』が『ウィローウィンド』を発動 →『旋風斧』を受け流し 


「俺の斧を……っ、てめえ、面白いじゃねえか……っ!」

「ソウガ、ここで戦っている場合ではありません! 退いてください!」

「そいつは聞けねえ相談だ……っ!」


 『スケアクロウ』――シュバルツが、受け流しから流れるように反撃に移ろうとする。ソウガはアニエスさんの制止を受け入れず、退くどころか前に踏み出した。


「はぁ、しょうがない……早く済ませなよ」

「(っ……!)」


 ◆現在の状況◆

 ・『アリヒト』が『鷹の眼』を発動 → 状況把握能力が向上

 ・『リンファ』が『不可視の魔針』を発動 → 『?スケアクロウ』の状態異常耐性が低下


 ソウガたちの戦いを遠巻きに見ている一人――前にも姿を見たことがある少女が『何か』をした。


 極めて視認が難しい攻撃。それがシュバルツに向けて放たれ、命中する――あれほどの猛者であるシュバルツでも、ソウガと相対しながらでは不意打ちを避けられなかった。


「シュバルツ……ッ!」

「――ウォォォォッッ!!」


 ◆現在の状況◆

 ・『ソウガ』が『ウォークライ』を発動 →『?スケアクロウ』がスタン 『ソウガ』の攻撃力が上昇


 ソウガの咆哮がシュバルツの動きを止める。次に繰り出そうとした技が強制的に中断される――その隙が見逃されることはない。


 正しい判断は何なのか。幾らの猶予もなく導いた結論は――信条に従うこと。


「――貰ったっ!」

「シュバルツ、『支援する』っ!」


 ◆現在の状況◆

 ・『アリヒト』が『アザーアシスト』『支援防御1』『支援高揚1』を発動 →対象:『?スケアクロウ』

 ・『?スケアクロウ』が士気を使用して『スタン』から回復

 ・『ソウガ』が『ビーストストライク』を発動

 ・『?スケアクロウ』が『ガードスタンス』『十字受け』を発動


 スタンから回復した直後、シュバルツはソウガの強烈な振り下ろしを受け止める。巨大な戦斧を止めるには、シュバルツの双剣は心もとなくも思えた――しかし。


「受けた……っ!」


 セラフィナさんの言う通り、シュバルツは無傷だった。ソウガは爛々と眼を輝かせながら押し切ろうとするが、シュバルツは地面に足をめり込ませながらも受けている。


「……ハァッ。リンファ、なんで邪魔した?」

「力押しじゃそのカカシはやれないでしょ。私の方が相性いいよ」

「てめぇ、ざっけ……」

「もういいでしょう。彼らも来ているのよ」


 ソウガはリンファに食ってかかろうとしたが、その勢いは俺を一瞥するなり消えてしまい、斧を背中に背負って一人で歩いていく。


「あー、拗ねちゃった」


 リンファがそう言った直後、一瞬姿が見えなくなった気がした――そして。


「やっぱりあんたってなかなかやるじゃん、あの距離で何かしたでしょ?」

「っ……」

「あ、あなたっ……!」


 五十嵐さんが声を上げる――距離があったはずのリンファが、俺の目の前に現れ、下から覗き込むようにしていたからだ。


※お読み頂きありがとうございます!

 ブックマーク、評価、ご感想、いいねなどありがとうございます、大変励みになっております。

 皆様のご支援が更新の原動力となっておりますので、何卒よろしくお願いいたします!

 次回の更新は2月21日(金曜日)19時を予定しています。


※この場をお借りして告知のほう失礼させていただきます。

 力蔵先生のコミカライズ版「世界最強の後衛」第9巻が来週2月21日(金)に発売となります!

 今回の表紙は躍動感あふれる「フォーシーズンズ」の面々が飾っております。

 よろしければ店頭でチェックをいただけましたら幸いです!

 何卒よろしくお願い申し上げます。 m(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
※新作の連載を始めました!※ 「幽閉された王女ですが、生きのびるために努力していたら強くなりすぎてました ~レベリング好きゲーマーの異世界転生~」
力蔵先生によるコミカライズ版最新第9巻が2月に発売されます!
コミカライズ版は以下のサイトで連載中です。
ComicWalker
ニコニコ静画
カドカワBOOKSから令和3年11月10日より第8巻が発売中です。
イラスト担当は「風花風花」先生です!
i666494/
書籍版も応援のほど、何卒よろしくお願いいたします!
cont_access.php?citi_cont_id=946145490&s
― 新着の感想 ―
念願の新刊。買いますよ〜!
白夜旅団と戦うまでには 皆のレベルを最低10以上には上げたいところ この探索で セレスの士気開放が見れるといいな
更新ありがとうございます☆ 旅団が定期的に潜ってる? ひょっとしてパーツか色銘の武器探しでしょうか?(・・?) またこいつらかという気もしますがそこまで憎めない相手であり縁がありますね 果たして旅…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ