第二百二十八話 新たな技能・2/夢うつつの後衛
ハーブティが空になると、マリアさんは何も言わないうちに注いでくれる。そして特に何を言うでもなく、俺をじっと見ていたが――ふと気付いたという顔で立ち上がろうとする。
「ああ、大丈夫ですよ。ライセンスを見て技能の検討をするだけですから」
「すみません、そのような大事な時間にお邪魔してしまって」
そう言いつつもマリアさんは、先に休むという考えはないようだった。俺がしっかりベッドで寝るまでは監視されてしまいそうだ――さっきソファで寝ると言ったら、本気で心配そうにしていたから。
「…………」
「テレジアも見るか?」
隣に座ったテレジアにも見えるようにライセンスを操作し、技能の取得画面を表示する。
◆アリヒトの取得可能な新規技能◆
スキルレベル3
$!◆✕3:詳細不明の技能
S王〒六%:詳細不明の技能 発動条件を満たした時点で使用可能となる。スキルポイントは消費されない
スキルレベル2
オーラリロード:射撃武器に次弾を装填する際に魔力を付与し、射程と威力を強化する。命中時に高確率でクリティカルが発生し、防御を貫通する。必須技能:タクティカルリロード
スーパーサブ:戦況が不利であるときに自身の能力が向上し、支援技能の効果が増大する。
シャドウプレイ:一時的に他者の身体を借りて自分の技能を使用することができる。使用条件は対象の許可を得ること。
残りスキルポイント:1
今回も気になる技能が幾つもある――残りポイントが1しかないのは、猿王との戦いで『支援攻撃3』を取得したからだ。
「この技能……最後に3がついてるやつは、多分支援系の技能だな。その下のやつは……」
最初に『S』がついている――この意味は、テレジアの新しい技能と同じかもしれない。まだ取得はしていないが『Sクライムブレイク』という技能があった。
あれは『呪縛解除』が取得条件だったが、俺も『猿王』を倒したときに新しい技能を得たということか。そのうち発動条件を偶然満たすことを期待するしかなさそうだ。
色々と試してみるという手もあるが、今は時間を浪費することはできない。スキルレベル2の新規技能は全て強力だが今はポイントが足りない。
「戦闘中にスキルを取得したので、残りのポイントが1しかなくて……新しい技能が出ても、取得するのはまだ先になりますね」
「スキルポイントを上げる方法は存在はすると言われていて、料理もその一つだと言われています。食べただけで能力が強化される食材があるのですから、私も可能性はあると思っていますが……」
マリアさんの言い方からすると、彼女もまだ確証はないのだろう。それでも、可能性があると言ってもらえるだけで、それを探してみたいという思いが湧く。
「俺たちが持ち帰った『猿王』の素材なんですが、あれは……食べるとは行きませんが、ああいった強力な魔物の素材が、スキルポイントを上げる材料っていう可能性もあるんでしょうか」
「そのことなのですが……『王』とつくような個体は、討伐後に他の名前つきとも違う特殊な変化が起こると言われています。明日あたりに、メリッサさんと一緒に調べさせて頂いても良いですか?」
「ええ、ぜひお願いします」
いつも思うが、魔物を解体してくれるメリッサや職人の人たちがいるからこそ、俺たちは探索に必要な強化を行うことができている。常に感謝を忘れてはいけない。
「以前にスキルポイントが上昇したと記録されている料理……それに使われていたのは、希少な魔物の素材でした。魔物に限らず、果実などでも可能性はあると思います。能力を上げる果実があるのですから」
「確かに。俺の魔力は元来少ないほうだと思うんですが、『機知の林檎』には助けられました」
「同じレベルで食事のみで能力を上げるには限界があるそうなのですが、アトベ様がたの成長される速度であれば特に問題はないのではないかと思います。また何か見つかったら、私の持てる技術を尽くし、最大限に効果を引き出させていただきます」
マリアさんが胸に手を当てて頭を下げる――俺も慌てて頭を下げる。何というか、自分はここまで礼節を尽くしてもらうような立場ではないという思いがある。
「こちらこそよろしくお願いします。何かこちらにもできることがあったら言ってください、これまでの探索で資金はかなりプールできているので」
「設備などは自分でも改修できますし、時間が空いた時に料理店で働くなどして必要な収入を得ることはできますが……」
「ああ、それはもちろんこちらで保障します。事前にまとまった金額をお支払いした方が良いですよね、契約金とはもちろん別に。うちの資金管理はマドカにお願いしてますが、金貨千枚くらいで……」
「この区での平均的なお給料は、月額で金貨三十枚ほどです。毎月必要な経費は多くても金貨10枚ですので、それでも収支はプラスになっています」
ギルドから支援者にも衣食住の提供が行われており、ギルドの提供する食事を取っていればほとんど生活費はかからないのだという。
「では、月額で金貨六十枚、契約金は千枚でどうでしょう」
「っ……い、いえ。この区の給料のお話をしたのは、同じくらいであっても問題ありませんし、生活するうえでは余っているほどだと言いたかったのですが」
「マリアさんほどの料理人の方に毎日食事を作ってもらうんですから、こちらも相応の誠意が必要だと思います……なんて、こういう交渉をするのは初めてなんですが」
ファルマさん、セレスさん、ルカさんとは契約金の話をしていなかったので、それもこの後で話さなければいけない。主に黒箱や名前つきの討伐で大きな収入を得てきた俺たちだが、やはり資金をできるだけ持っておくに越したことはない。
「……契約金については無しとして、私が何か大きな貢献ができたときに、ご検討いただくというのはいかがでしょうか」
「わかりました、もちろんそれは大丈夫です」
「そして月給については、平均的なお給料に合わせていただけましたら。今のところはお金があっても使い道が……」
そう言いかけて、マリアさんは何か思い当たったという顔をする。
「……調理器具で、魔道具の職人が作っているものがありまして。それを買いたいと思ってはいますが、一点ものなのでオークションになるかと……」
「なるほど、貴重なものなんですね。わかりました、どんな品物か聞かせておいてもらえれば、出品待ちができると思います」
「っ……い、いえ、そのような高額なものを……」
慌てるマリアさん――テレジアがその後ろに回り、肩に手を置く。
「…………」
「テレジアもそんなに慌てることはない……と言ってくれてるみたいですね」
「私はアトベ様方のところで働けるだけで、十分やり甲斐があると思っているのですが。自分の身に余ることをしていただくのは、その……」
「お金を使うのはタイミングが大事だと思うので、全く問題ないですよ」
できるだけ朗らかに言ったつもりだが、マリアさんを安心させられるか――やはり彼女は恐縮しているようだったが、後ろのテレジアを見てから表情を和らげた。
「ありがとうございます。アトベ様、私の技能についてもいずれ相談しても良いでしょうか」
「ええ、勿論。プロに助言というのはおこがましいですが……」
「私からすれば、アトベ様はプロフェッショナル以外の何者でもありません」
「…………」
ストレートに返答され、さらにテレジアもこちらを見てくるので、これ以上は何も言えそうにもない。俺はハーブティを一口飲むと、何か話題を変えた方がいいかという思いに駆られる。
「そういえばマリアさん、料理をするときは魔力を使いますか?」
「はい、技能を使用した際に……」
「すみません、ちょっと魔力の残量を見せてもらってもいいですか」
マリアさんを一時的にパーティに加えてライセンスの表示を見てみると、魔力は半分くらいまで減っている。そして彼女自身も、少し顔が青白くなっている――湯冷めしてしまったのかとも思うが、それとも関係なく疲労があるようだ。
「俺の技能で魔力を回復できるので、明日に備えて回復しておきましょう」
「い、いえ、アトベ様にそのようなことを……」
「一晩寝れば俺は回復しますが、マリアさんは朝も早いと思いますし、念のためにです」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『アシストチャージ1』を発動 →『マリア』の魔力が回復
「っ……あ、ありがとうございます。ポーションなしで、魔力が一瞬で回復するなんて……」
「良かったです。じゃあ、えーと……」
言い出しにくくはあるが、避けているわけにもいかない。寝室のベッドの割り当てについて、マリアさんと相談しなくては。
◆◇◆
――アリヒトたちがベッドの検討を終えて、二時間ほど過ぎた後の寝室。
二段ベッドの下にアリヒトが眠っており、その上をテレジアが使っている。マリアは一人用のベッドを使うようにとアリヒトに勧められ、どちらも譲らなかったので最後はアリヒトが『あみだ籤』を即席で作り、マリアが当たりを引いた。
眠りに落ちるまで時間のかかることのあるマリアは、ベッドに入ってから目を閉じたまま、いずれ睡魔が訪れることを待っていた――しかし。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』の『支援回復1』が発動 →『マリア』の体力が回復
・『アリヒト』の『支援回復1』が発動 →『テレジア』の体力が回復
・『アリヒト』の――
初めは壁の方を向いて眠っていたアリヒトが、寝返りを打った。そのまま時間が過ぎるとマリアは眠れないどころか、目が冴えてきていることに気がつく。
「(……男の人が同じ部屋にいるから、意識している……? 私がそんな……)」
自分に何が起きているのか分からず、マリアは毛布を深く被って目を閉じる。
このまま眠れなかったら魔力を回復できなかったので、『アシストチャージ』をかけてもらったのは良かった――マリアはそう考えるが、その技能が自分に起きた変化の一因であるとは気づかない。
◆現在の状況◆
・『メリッサ』の『静音のブレスレット+1』が特殊効果発動
「(え……?)」
その次に起きたことは、マリアにとって予想外と言うほかなかった。
全く何の物音もせず、気配もなかった。日頃から聴覚に頼っているマリアはごくわずかな音でも気づくという自負があったが、彼女は誰かが寝室の扉を開けるまで気づくことができなかった。
姿を見せたのは――メリッサ。彼女が何か問題を起こすようには思えず、マリアは微動だにしないまま様子を見ることにするが、その判断が正しいのか彼女自身にも分からない。
「(アトベ様が眠っている間に、何かを……いえ、あのような純朴な方を裏切るようなことを、彼女がするとは……えっ……?)」
またもマリアにとって想定外の方向に事態は動いていく。メリッサがいったん出ていき、戻ってくるときには人数が増えていた。
「すやすや寝てますね……あっ、テレジアさん上で寝てますよね。いいなー、二段ベッドの上って」
「で、でも、そうしたらアリヒトさんが後ろにいる位置になるから……寝付けるのかな……」
ミサキ、スズナがアリヒトのベッドの傍らにやってくる。彼女たちだけではなく、後からキョウカとセラフィナも姿を見せた。
「……私、こういう時に毎回出てきちゃってるけど、やっぱり良くないわよね」
「その……『こういう時』というのは、常日頃から……」
「これは何ていうか……抗いようがないことだから。こうするだけで落ち着くし、アリヒトには悪いけど……」
最後に入ってきたエリーティアが、眠っているアリヒトの毛布に手をかける。全員がアリヒトを注視していて、マリアが見ていることに気づいていない。
「(仲が良いパーティだと思っていましたが……そうですね、確かにこういうことは当然、可能性として……)」
「……温かくて、大きい手」
自分を落ち着かせようとするマリアの耳に、囁くような声が届く。それはメリッサの声だった。
「骨ばってて男の人っぽい手ですよね……お兄ちゃんってスポーツとかしてたんです?」
「中高の部活で少し……って言ってたわね。球技とか……」
「そうなんですね……」
キョウカもスズナは、話しながらも別のところに意識を向けている。マリアの鼓動は徐々に早まっていく――起きていると知らせた方がいいのか、何も見なかったことにしておくべきなのか、答えを出せない。
「今は……武器を握ってきた、戦士の手をしています。この手で何度助けられたか……」
マリアの位置からは、後ろに控えていたセラフィナまでもが、前に出てアリヒトの手を取ったように見えた。
「(セラフィナ様のような方まで……いえ、まだ私はセラフィナ様のことを何も知りませんが……)」
見ていることに気づかれたらという緊張と、それでも目を離せないというせめぎ合いの中で、マリアはミサキとスズナが何か囁き合っているところを目にする。
続いてキョウカにスズナが何かを伝える。キョウカは声を出しかけるほどの反応を示すが、エリーティアとメリッサの方を見やって、さらにセラフィナも参加するように、というような仕草をする。
何かを決めている――やがてその役目はエリーティアに決まったようで、彼女はスズナに何事かを小声で言ってから、アリヒトのベッドに上がっていく。
「……なに?」
「ううん、エリちゃんってこういう時けっこう大胆だよねって」
「っ……だ、だって、今順番を決めたんだから……」
マリアにも、エリーティアが何をしているのかが分かった。アリヒトの頭を動かして、膝枕をしているのだ。
◆現在の状況◆
・『エリーティア』の『静音のブレスレット+1』が特殊効果発動
「うーん……」
「「「っ……!?」」」
そんな大胆なことをすればアリヒトが起きてもおかしくはない。しかし、起きない――メリッサからエリーティアに隠密用の装備が渡されて、エリーティアの気配が軽減している。
アリヒトがふたたび静かになる。マリアの位置からは、エリーティアが穏やかに微笑んでいるのが見える――それを見ているうちに、マリアの鼓動も落ちついていく。
「(大胆なことをなさいますが……そうしてでも、アトベ様に感謝をお伝えしたいのですね)」
「……アリヒトの寝顔って、こうして見ると可愛いわね」
「私からすると、エリちゃんもこんな顔をするんだなっていう感動がすごいっていうか……」
「……でも、分かります。私だって……」
エリーティアとスズナが微笑み合っている。マリアからはミサキとスズナも仲が良く見えたが、エリーティアとスズナの関係性はそれとも違う特別なものなのだと、一目見るだけで伝わってくるようだった。
「じゃあ……次は、セラフィナさんね」
「っ……い、いえ。私はあくまで、付き添いですので……」
「ううん、私とルイーザさんもそうなんだけど……これって、遠慮してると良くないと思うから」
「……いえ。やはり、私には違う形が合っているかと。アリヒト殿と一緒に汗を流すのであれば」
「……あ、茶化しちゃいけないとこですよね。わーい、じゃあ私は添い寝係しよっと」
「キョウカさんは……どうされます?」
「えっ……ん、んんっ。本当はいけないって分かってるんだけど……」
キョウカが何をしているのか、マリアからはよく見えない。しかし『ごめんね、後部くん』と囁くような声が聞こえた。
そしてその後も続く微かな音で、キョウカがアリヒトの手を取り、胸に抱くようにしていることが分かった。
◆◇◆
何か夢を見ていたようで、その内容はよく覚えていない。珍しくもなく、よくあることだ。
「……いや、そうでもないか」
思わず口に出してしまう。俺は知らない学校の学生で、なぜか同級生としてパーティのメンバーがいるという謎の夢を見た――夢は記憶の整理だというので、特に気にしないでおく。
「…………」
「……?」
背中が温かい――というか、後ろで何かが動いた気配がする。
気のせいにしてはリアリティがある。寝ぼけた頭はろくに回らず、俺は無造作に振り返った。
「……すー……」
「(……テレ……ッ)」
思わず声に出しかけたが、踏みとどまる。テレジアが寝ている――いつもの蜥蜴のマスクを被ったままで。
二段ベッドの上に寝ていたはずの彼女がここにいるということは、夜中に起きてきて入り込んだということだ。夢の続きかと頬を抓るが、普通に痛覚はある。
「…………」
俺が見ていることなど知らず、テレジアは静かに寝入っている。あまりに静かなので呼吸をしているかが心配になったが、心配はないようだ。
「(……って、そういえばマリアさんが同室に……!)」
今更に思い出し、恐る恐るマリアさんの方を見やる――すると、彼女はまだベッドで眠っていた。
「(俺がいつもテレジアと一緒に寝ていると思われた可能性が……い、いや。深夜にマリアさんが起きてきたとは限らないな……って)」
きゅっ、と後ろからしがみつかれる。後ろを見ると、寝ぼけてテレジアが俺の服を掴んでいた。
「…………」
寝言も無音なので何を伝えたいかは分からないが、俺が起きて出ていくと思ったのだろうか。元の態勢に戻ると、俺の服から手を離し、今度は――胸板に手を置かれた。
この状態からテレジアを恥ずかしがらせずに起こし、マリアさんにも悟られず、切り抜けることができるのか。困難なミッションを前にしながらも、テレジアが幸せそうに寝ているならば、ひとまずそれでいいかと思ってしまった。
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※本年も大変お世話になりました。来年は更新頻度の方を上げていきたいと思いますので、
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今後とも『世界最強の後衛』をよろしくお願いいたします m(_ _)m
※追記 スキル取得部分に修正を行いました。




