第二百二十六話 大浴場・下/預かり物
腕に当たっているのは恐らく――と想像すると気が遠くなりそうだ。このパーティにおいて俺は地蔵のようなものでなくてはならないが、なぜか今日は身体が火照って仕方がない。
「…………」
「テ、テレジア……その、そんなに身体はくっつけなくても……」
俺の声は届かず、テレジアは腕を包むようにして洗ってくれる。その心遣いは正直を言うと嬉しいが、大人の男として甘受もできない。
「……洗ってるテレジアさんの方が泡々になってない?」
「そ、そうですね……少し大胆とは思うのですが。テレジアさんのお気持ちも分かると言いますか……」
前に酔ってしまったとき、ルイーザさんは風呂に乱入してきてしまったことがある。その時のことはやはりうろ覚えらしい――テレジアより同じくらい大胆だったと思うのだが。
「若いっていいですね、あんなふうに行動できて」
「ファルマはアリヒトのことを弟扱いしておったが、それを理由に混ざりに行かないのは感心じゃな」
「仲が良い皆さんを見ているだけでも癒やされていますから。でも、こんなに広いお風呂なら子供たちも一緒に入れてあげたいですね」
「プラムは良いがエイクは男じゃからのう。こんな時期からこの顔ぶれと混浴しては、色々と将来が心配じゃな」
「それはそうとご主人様、『その姿』だからといって大胆すぎると思うんだけど……仁王立ちなんかしてたら、アトベ様が振り返った時に大変だよ?」
「わしに欲情するような男なら最初から見込んでおらぬからのう」
今日は話題も明け透けというか、遠慮がなくなっている感じがする――シュタイナーさんというか、キサラさんはいつもと変わらずブレーキ役になってくれている。
「ところでお主もそろそろ気にならぬか? 甲冑の中の姿を見せたらアリヒトがどんな反応をするのか」
「っ……わ、我輩は中身なんかじゃないよ、リビングアーマーだからね」
「キサラさんは迷宮国の人……なのかしら?」
「うむ、わしと同じく原住民じゃな。重甲冑を操る錬操術の使い手なのじゃ」
「意外と可愛らしい人でびっくりしたわね……あの鎧に比べて小柄だし」
「あのリビングアーマーは特別製なんです。私……我輩の一族の秘伝と言いますか」
「興味深いお話ですね。ですがここまで正体を隠されていたのですから、今後もシュタイナー殿のことは他言無用ということでしょうか」
「は、はい、一応というか、秘密にしていただけると有り難いです」
かなり気になる話をしているが、あっさりキサラさんの姿を見てもいいのだろうか――とてもそうできる空気ではない。
「…………」
「っ……テレジア、そっちは自分で……」
テレジアはふるふると首を振る。そして俺の正面側に回った――止めなければならないのだが、今のテレジアには強く言えない。
泡がついたおかげで見てはいけない部分は上手く隠れているが、前方向には視線を固定できる場所がない。かといって視線を逃しても、向こうの洗い場には他の女性陣がいる。
「……お兄ちゃんが困ってますけど、みんな助けないんですね」
いつもなら茶化すところを、ミサキが落ち着いたトーンでぽつりと言う。さっきまで歓談していたみんながピタッと黙ってしまう――テレジアが俺の身体を洗う音と、浴場の水音しかしなくなる。
「……ミャミャッ」
「お母さんが、後衛なのになかなか鍛えられていると言ってる」
「フェリスもそう思うか。わしもなかなか良い筋肉をしていると思っておったが、それを言ったら怒られそうじゃからの」
「……前職の会社員のときは、そんなでも無かったんだけど」
「あー、いいですよね。スーツを脱いだらギャップがある感じって。私もOLさんは一度なってみたかったなー」
「あ、あのね……そういう目的でなろうとするものじゃないのよ、会社員って」
「私は前世ではデスクワークでは無かったので、少し興味はありますね。やはり身体を動かすのが性に合っているとは思いますが」
セラフィナさんは転生する前は『機動歩兵』――つまり軍人だったわけで、仕事というよりは任務を遂行していたという感じだろうか。
「こんな涼しい顔して、皆さんが脱ぐのに合わせる隊長って可愛いですよね」
「それは……皆がそうしているのだから、一人だけ足並みを揃えないのは不心得だろう」
「セラフィナさん、やっぱり私たちの中では一番凄いわね……完成された鍛えられ方っていうか」
「私もセラフィナみたいな身体になりたいわね。でもこんなに戦ってるのになかなか目に見えて筋肉がつかないのよね」
「エリーさんはすごく引き締まってますよ、私なんて転生してからあまり変わってなくて……」
「探索者のレベルは肉体に依存しない強さじゃからの。もちろん探索などで身体は鍛えられるが、レベルによる『存在の強度』というべきか、それが高いということが強いということなのじゃ。もちろん職によって差はあるがの」
レベルとは何か、というのを深く考えたことが無かったが、そういうことなのかと感心する――と、気を取られている場合ではない。
「…………」
「テ、テレジア、そこはいいからな、本当に」
俺の腰に巻いたタオルに手をかけていたテレジアだが、すでに身体全体が真っ赤になっている。湯船に浸からなくてもこれでは、勇気を振り絞ってくれているのが一目瞭然だ。
「や、やっぱりそうですよね、そこは最後の一線ということで……」
「も、もちろん、親しき仲にも礼儀ありって言うしね……」
「ふふっ……二人とも、テレジアさんより緊張していませんか? 微笑ましいです」
「「きき緊張なんてそんなっ……」」
ルイーザさんと五十嵐さんが慌てている――ファルマさんからは二人が妹分のように見えているのだろうか。
「アリヒトのことじゃ、テレジアに尽くしてもらうだけということはあるまい」
「ご、ご主人様、そんな他人事みたいな……」
「……お兄さんなら、テレジアさんのことを大事にしていらっしゃるので……あっ、決めつけたりするわけじゃないんですけど……」
マドカに悪気はないのだろうが、そんなことを言われたら俺は――いや、確かにされるだけの関係はバランスが悪いか。
「…………」
「えーと……怪我はもう大丈夫みたいだけど、できるだけ加減するから。テレジアも背中を流そうか」
「っ……」
小さく飛び上がるくらいの勢いで反応するテレジア――だが、そろそろと女性陣の様子を見てから、おずおずと風呂椅子に座る。
リザードマンの特徴である尻尾がゆらゆら揺れている。これはどんな感情の表れなのだろう。
「じゃあ、背中だけ流すからな。他にも手伝えるところがあったら、遠慮なく言ってくれ」
「…………」
控えめながら頷きが返ってくる。あれだけ機敏な動きをするテレジアだが、こうして見るとやはり華奢で、痩せているとさえ言える――あれだけ食事をするのは、それだけエネルギーを使っているということでもある。
「……テレジア、尻尾は自分で洗った方がいいか?」
「っ……」
聞いてみるが、テレジアはしばらくしてから首を振る。
「俺に任せるってことでいいのか?」
絶妙な間を置いて、今度はこくんと首を縦に振る。滑らかな鱗に覆われた尻尾――タオルで洗ってみるが、見た目より柔らかくて弾力がある。
「……自分でそそのかしておいて何じゃが、大丈夫かのう。テレジアの片足がピンとしておるが」
「あっ……見てみぬふりをするべきところじゃないです?」
「ミャーン」
「……亜人は尻尾を信頼した人にしか触らせないって、お母さんが言ってる」
最初は皆に見られている中で何をしているのかという葛藤があったが、やり始めると凝り症で、あますところなく綺麗にしたくなる。
「…………」
「ん? あ、ああ、あまり触りすぎるのは嫌かな、尻尾」
テレジアはやはり少し間を置いてから首を振る。そして俺からタオルを受け取ると、彼女は他の部分を洗い始めた。
じっと見ているわけにもいかないので、俺もそろそろ先に湯船に浸かっていようか、と考えていると――。
「……ど、どうした? 三人とも」
洗っている時は『鷹の眼』の効果も働かず、集中しすぎて気付かなかったが――いつの間にか、ミサキ、スズナ、エリーティアがテレジアの隣に並んで座っている。
「あ、あはは……ここは便乗しないと嘘かなって思っちゃいまして。駄目……ですよね?」
「ミサキちゃん、あまりアリヒトさんを困らせることは……」
「……アリヒトが大変だったらいいの、で、でもね、もし良かったら……」
三人も勇気を出して来てくれたということなら――邪険にはできないなんて建前じゃなく、リクエストには答えたい。
「……俺でいいのか?」
「あっ……そ、その聞き方ヤバいですよ、お兄ちゃん無自覚にやってますか?」
「茶化したらもっと恥ずかしくなるでしょ……ミサキが言い出したことなんだから、大人しくしてなさい」
「い、いえ、私たち三人で決めたことですから……すみません、アリヒトさん……」
三人のやりとりを見ていると、雑念など抱きようがない。出会った頃からそうだが、この三人の仲の良さも、探索者としてやっていく上で得難いものだったと思う。
「はー……やっぱりお兄ちゃんが後ろにいると、めっちゃ落ち着くんですよね。これ今も回復してないですか?」
「っ……く、くすぐったい。アリヒト、もう少し力を入れてくれた方がいいわね……そう、それくらい……」
「……恥ずかしいですけど、嬉しいです。もう、何て言っていいのか……」
三人が喜んでくれていて何よりだが、さっきから他のメンバーが静かにしていて、ものすごく視線を感じる。
「……わしらはここで遠慮している必要があるのじゃろうか」
「えっ……わ、我輩はそんな、アトベ様に悪いし……もう少しお互いのことを理解してからでないと、背中は見せられないよね」
「では……私たちも行きましょうか、フェリスさん」
「ミャウミャウ」
「……私たちは大人だから大丈夫って言ってるけど、あまり大丈夫じゃないと思う」
「え、えっと……私はここで待っていないと、お兄さんが困っちゃいますよね……」
「何言ってるんですか、マドカさんだって大活躍だったんですから。もちろん隊長も……私はまだ目立った貢献がないので、ここから応援してますね」
「……アデリーヌ、焚き付けるだけ焚き付けてそれは無責任ではないのか?」
「隊長、私って半分部外者みたいなものなんですよ? そこはちゃんと弁えてます」
「そんな理屈が通るとでも……まあいい。こうして同じ空間にいるだけでも、十分パーティらしい交流ではないか」
セラフィナさんは大人だ――このパーティにおける良心とも言うべきか。スズナやエリーティアが良心ではないということも全くないが。
「じゃあ隊長の代わりに元部下として、アトベさんにちょっぴり貢献したことの見返りをもらって来ますねー」
「っ……ま、待てっ、見返りはなしで参加すると言っていたくせにっ……」
この流れには最早逆らうことはできないのか――大雑把にタオルで前を隠したアデリーヌさんがこちらにやってきて、セラフィナさんもそれを追ってくる。
「はぁ、もう終わりですかー……率直に言ってふわふわ心地でしたよ」
「アリヒト、今度は私が流してあげる。今回じゃなくて、次の時に……ううん、こういう時でもないと無理よね、こんなふうに過ごすのは」
「……いえ、いつでも大丈夫になると思います。そうですよね、アリヒトさん」
パーティで一緒に風呂に入るのが習慣になるというのか――というか、今の発言で明確に分かったが、スズナの様子がいつもと違って見える。
「アトベさん、すみませんうちの隊長が背中流しをご所望とのことで……」
「なっ……も、もう隊長ではないと言っているのに……せめて『元』をつけろ」
すらりと伸びた四肢はまるでモデルのようで、彫刻のようなスタイルをしているセラフィナさん――彼女も慌てていたからか、アデリーヌさんと同じく隠し方が甘く、思わず気が遠くなりかける。
「……アトベさんってメンタル的なトレーニングとか積んでます?」
「アトベ殿は私たちの中でも並はずれた精神力を持っているのだ。そんな心配には及ばない」
セラフィナさんがそういう評価をしてくれているなら、俺も普通の人間ですとは言えなくなる。これで四人の背中を流したのだから、十分普通ではないのかもしれない。
「ということでしたら、まず隊長からお願いしてもいいですか?」
「なっ……」
「私は湯船から眺めてますねー。ご武運を祈ります、隊長」
勝手に話を進めてアデリーヌさんは湯船に入ってしまう――ここまでセラフィナさんを誘導することが目的だったらしい。
「……あっ、いや、セラフィナさんはアデリーヌさんを止めに来たんだと思うので……」
セラフィナさんは俺に背中を流してもらいたいわけではない、それは分かっている。そう伝えたかったのだが――セラフィナさんは風呂椅子に座り、そのまま動かずにいる。
「……元部下の気遣いを無下にはできません。アトベ殿、どうかご容赦ください」
「い、いや、俺は全然大丈夫ですが……じゃあ、流しますね」
「お願いします。いつも背中を任せているのですから、その延長のようなものですね」
後衛として前衛のセラフィナさんの背中は確かに見ているが、それとはわけが違うのでは――やはり何かが変だが、だんだん頭が回らなくなってきた。
「お主らもそうして見ているだけでいいのか? わしは急がぬから遠慮はせぬことじゃな」
「「っ……」」
ルイーザさんと五十嵐さんが後押しされている――少し葛藤するような気配があったが、二人もこちらにやってきてしまう。
「ミャーン」
「……私は今度でいい。今度から一緒に入るみたいだから」
「ふふっ……いいですね、皆さん仲が良くて。私が若い頃のパーティでは、それはもう厳格に男女でお風呂が分かれていたんですが」
「え、えっと……それが、というか、それも普通なんじゃないかなって……」
マドカの声はあまりに控えめで、みんなの耳に届くことはなかった――俺は驚くほどすべらかなセラフィナさんの背中を流し、後に控えているルイーザさんと五十嵐さんとの対戦――もとい、背中流しに挑む覚悟を決めた。
◆◇◆
「ふう……」
一時間半ほどは浴場にいただろうか。女性陣はまだ脱衣所から出てきていないが、俺は一足先に出てきて、大浴場の外にある小さな公園にいた。
迷宮国の中では『管理者』が主導して都市計画を進めていたりするのだろうか。それとも、前に国を統治していた王家の時代に作られた都市をそのまま利用しているのか。
ユカリに聞けば教えてくれるのかもしれないが、彼女は俺たちがいない間にセレスさんたちの前に姿を現し、立ち去ってしまった。その意図も気になるし、こちらから接触することも考えるべきかもしれない――相談できるとしたらクーゼルカさんか、それともディラン三等竜佐に頼んでみるか。
「……夜分に失礼いたします」
「ああ、マリアさん。すみません、今風呂から出てきたところで」
「私も『異邦人』の店じまいを終えてきたところです」
「すごく美味しかったです。マリアさん、あんな素敵なお店で働いていたんですね」
マリアさんはただ頷きを返す――街灯の明かりを背に受けて、彼女はかすかに微笑んでいた。
「……以前お話しましたが、私は七番区までしか自力で上がってはいません。五番区に来たのは支援者になってからのことです」
「俺たちも七番区から飛び級でここに来ました。なので、その点は……」
「いいえ、私とアトベ様たちは全く違います。アトベ様たちは五番区の迷宮で戦える力があってここにいる。私はそうではない……七番区で挫折をして、ここまで流れてきたようなものです」
彼女が言いたいことは、何となく分かるような気がした。『紅楼』から戻った俺たちを見て、彼女はかつてのパーティでのことを思い出したのかもしれない。
「マリアさんのパーティの人たちは……」
「戦闘に向いている職業のメンバーは他のパーティに移って活動を続けています。私は支援者に転向しましたが、その仕事が幸い肌に合っていました。引退した人もいますが、今も手紙のやりとりはしています」
「……そういう繋がりは、大切なものですね。うちのパーティはまだメンバーが出ていったりとかは無いですが、場合によってはそういうこともあるかもしれません」
「アトベ様たちは、私が今まで見てきたどのパーティとも違っています。家族のようでいてそうではなく、友人同士という言葉には留まらない」
「そう……ですかね。できるだけ同じ方向を向いて行きたいですが、俺が突っ走ってしまうこともあって……」
「熟慮を重ねた上で、アトベ様は誰かのためにそういった選択をするのでしょう。まだ知り合って日が浅い私が、知ったことをとお思いになるでしょうが」
「そんなことはありません。そう言ってもらえて救われる部分もあります……なんて、みんなが居ないところで言うのも狡いですが」
マリアさんと話しているうちに、思い出した――『猿王』に挑む前に、彼女と約束をしていたことを。
彼女が『自力で五番区に来ていない』と言ったのは、そのことも関係しているのか。それで遠慮をしているんだとしたら――なんて考えは、驕りなのかもしれないが。
彼女を勧誘したいと思ったことは、今でもまったく変わっていない。
「……それでは、私は……」
「大事な話をするのを忘れていました。マリアさん、これ、預からせてもらった腕輪です。無事に持って帰ってきました」
今、彼女は立ち去ろうとしたように見えた――だが、俺が腕輪を差し出すと、その目が見開く。
「……覚えていてくださったのですか。私のような者を勧誘してくださったのに、アトベ様たちを試すような真似をしてしまいました」
「いえ、それくらい大変な敵でしたから。みんな無事だったからこうやって笑っていられるんです」
「はい……本当に、無事で良かった」
マリアさんは腕輪を受け取ると、胸に抱くようにして目を閉じる。
「……アトベ様。これからも、貴方がたの無事を願って、お帰りを待ってもよろしいですか?」
「はい。俺たちの専属になってください、マリアさん」
マリアさんが手を差し出してくる。握り返すと、彼女は初めて見るような、柔らかな表情を見せてくれる。
「マリア・ミラーズ、職業は『料理人』。今後ともよろしくお願いいたします」
「アリヒト・アトベ、職業は『後衛』です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「『後衛』……そのような職業があったのですね。それを選択して受理されるというのは、本当に稀なことだと思います」
「受付をしてくれたルイーザさんも驚いていました。でも、俺には向いているみたいです」
今でも謎が多い俺の職業だが、全ての情報についてギルドが把握するところではないということが、この世界の奥深さを感じさせる。
――なんて考えている間にも、マリアさんは俺の手を握ったままでいる。
「……え、ええと。マリアさん?」
「……っ……も、申し訳ありません」
「いえ、俺の方こそ……と謝りあってても駄目ですね」
「……アトベ様の手は大きいですね。いえ、それに感心していたわけではないのですが、戦う人の手をしています」
それは褒められたのだろうか――後衛ということで、線が細いイメージを抱かれていたということか。
「……キョウカ奥様、どう思います?」
「お、奥様じゃないけど……その、仲良くなれてよかったというか……あまり大人をからかうものじゃないわよ」
いつの間にか、公園の入口の門柱の陰からみんなが見ていた――今のやりとりも見られていたと思うとなかなか照れるものがある。
「マリアさん、これからよろしくお願いします。もう知ってると思うけど、私の名前は……」
エリーティアが率先して自己紹介を始める。いつもは他のメンバーが前に出るイメージがあったが、彼女にも心境の変化があったのだろうか。
「……私はメリッサ・ライカートン。魔物の解体をするから、料理の材料になるものがあったら相談するかも」
「そうですね、気になるものが見つかったらぜひお話させていただけましたら」
「あのー、これは食べるとかそういうことじゃないんですけど、『猿王』の素材ってどうなったんでしょう……?」
ミサキはかなり言葉を選んでいる――料理人のマリアさんの見地から意見を聞いてみたいというのは確かにある。
「『名前つき』の魔物が食用に適した部位を持っている場合は、とても貴重なものとして珍重されます。ただ、強ければ無理をしてでも食べるべきということはありません。魔物を食べるための特殊な技能がなければ毒性が出てしまって、何も得られないことも多いですし」
「なるほどー……そうなると、装備品の素材にするってことですね」
「すごく発達した爪をしてたし、角も取れたのよね。どんな装備ができるのかしら……」
宿敵だった『猿王』の素材で装備を作るというのはどうなのか――エリーティアを見やると、彼女はふっと笑った。
「憎い相手だけど、これからのことを考えると、強い装備ができるなら作らない選択はないわね。呪いの装備ができたりしないといいんだけど……」
「素材自体が呪われてるなんてことがあるの? あの魔物ならそういうこともありえそうね……」
「先ほどギルドセイバーの回収班が『戦人形』『猿王』などの回収を終えたので、仮の倉庫に入れてあります。お兄さん、このまま倉庫は賃料を払って確保してしまっていいですか?」
「ありがとうマドカ、それでお願いするよ。でもできるだけ整理はした方がいいんだろうな、いたずらに倉庫を増やすよりは」
「使わなくても置いておきたくなるのよね。今までの装備品も、また使うかもしれないと思っちゃって」
「キョウカお姉さんはある理由で、前の装備は使えなくないですか?」
「っ……も、もう、そういう人の身体的特徴のことを言うのは良くないわよ」
ミサキの言葉を否定しない五十嵐さん――まさか、まだ成長しているというのだろうか。
「戦人形の装備は巨大でしたから、私たちが使うには加工が必要そうですね。荷車の強化に使うことも考えられるかもしれません」
「『銀の車輪』の特色として、何だかすごい荷車にしていけるといいですよねー。可愛くデコっちゃったりして」
「あはは……工房のマッケインさんに相談してみますね」
マドカは快諾しているが、悪目立ちしない装飾であれば良いだろうか。ミサキの言うようなデコレーションはラインストーンなどをイメージしてしまうが。
「アトベ様、『銀の車輪』というのは……」
尋ねてきたマリアさんに、決まったばかりのパーティ名について説明する。こういう名前というのは、時間をかければ自然に定着してくるものだ。
白夜旅団との会談がいつになるか、果たして実現するのかも分からないが、今のところは五番区ギルド本部からの連絡待ちだ。町でやるべきことはいくらでもあるので、明日からは一つずつこなしていくことにしよう。
※次回の更新は11月25日(月)7:00となります。
何卒よろしくお願いいたします。




