第二百二十四話 戦果/落ち着かない夜
デザートメニューは『べヘルゴートのミルク・ブランマンジェ』『氷冷橙・ゼリー』『太陽棗・パイ』から選ぶことができたので、悩んだ末にブランマンジェを選んだ。
「マリアさん、このベヘルゴートっていうのは……」
「ゴート……山羊の系統の魔物です。こちらは市場の限定販売で仕入れました」
「ブランマンジェって、フランスのお菓子だったかしら」
「白いプリンみたいなやつですよね。お兄ちゃんってプリン好きなんですか?」
「たまに食べたくなるんだ。他のメニューも美味しそうで迷うけどな」
「…………」
テレジアがメニューを前にして固まっている――どれにも決められない、ということだろうか。
「えーと、マリアさん、テレジアにはこの三つを出してもらえますか? 追加の料金はもちろんお支払いします」
「……っ」
「もちろん、皆様方もいくつオーダーいただいても大丈夫です」
テレジアの蜥蜴のマスクがほんのり赤くなっているが、思ったとおり三つとも食べたかったらしく、テレジアは三つのデザートを前にして俺の方を見る。
「遠慮なくどうぞ」
改めて言うとテレジアはスプーンをゼリーに差し入れて口に運ぶ――よほど美味しいようで、一口ごとにふるふると震えている。
「こちらのゼリーは涼感のある果実を使用して、甘みを抑えて舌触り良く仕上げています。ブランマンジェは消化を良くするハーブで風味付けをしていまして、太陽棗のパイは強壮作用がございます。砂漠の迷宮で珍重されていまして、大量の水分と甘みを蓄えているんです」
「あぁ、サクサクして美味しい……甘みも程よくて」
「こんな素晴らしい甘味があるとはのう。長生きはするものじゃな」
「ご主人様、ぽろぽろこぼしてますよ」
「むう……シュタイナー、良きに計らえ」
「セレスさんは幾つになっても無邪気ですね。つい撫でたくなってしまいます」
「ファルマ、わしにとってはお主は娘のようなものじゃぞ。見た目がこうだからといって敬意を忘れぬようにな」
セレスさんたちのやり取りを見て皆が笑っている。美味しい食べ物は人の心を軽くしてくれる――なんてことを考えていると。
「……太陽棗っていうだけあって、なんだか身体が熱くなってきません?」
「強壮作用があると説明があっただろう。力が湧いてくる感覚ではないのか?」
アデリーヌさんとセラフィナさんの頬が紅潮しているように見える――太陽棗は代謝を良くするのだろうか。
「このブランマンジェは美味しいだけじゃなくて、凄く身体に良さそうですね」
「身体が一口ごとに回復している感じがしますね。本当に美味しい……」
マドカとスズナも至福のひとときという様子だ。テレジアはすでにゼリーを食べ終えてパイを食べているが、氷冷橙を食べた後にもかかわらず徐々に赤くなってきている。
「あの、このパイってお酒が入っていたりは……」
「リキュールは使用していますが、焼きあげる際にアルコール分は飛んでいますね」
ルイーザさんの質問にマリアさんが答える。誰が食べても身体が熱くなる効果はあるようで、ルイーザさんの頬も上気していた。
「そうなんですね。ということは、この身体が熱くなっている感じは……」
「マリアさんのお菓子は元気が出るお菓子なのね。ポーション的な効果があるというか」
「お薬とは違った形で、皆様の疲労回復の一助となればと思っております」
シオンには護衛犬用に配慮されたケーキが出されて、一瞬でペロリと食べてしまった――よほど美味しいのだろう、尻尾を振りっぱなしになっている。
「……ニャ?」
「お母さん、自分で食べられるから……」
「ミャーオ」
「……あーん」
メリッサはフェリスさんにブランマンジェを食べさせてもらっている――彼女がこんなふうに照れている様子を見るのは初めてだ。
それを見ているライカートンさんが眼鏡を外し、目元を拭いている。そんな彼の肩を叩くルカさんだが、ルカさん自身も貰い泣きをしていた。
◆◇◆
食事を終えたあと、俺たちは宿舎に戻ってきた。
ルイーザさんが入浴する前に『炎天の紅楼』での戦いについて報告させてもらうことになり、宿舎の居間でテーブルを挟んで向かい合う。
「それでは、ライセンスのほう拝見させていただきますね……ああ、やっぱり凄い……」
◆今回の探索による成果◆
・『イビルエイプ』を2体討伐した 200ポイント
・『ウォリアーエイプ』を1体討伐した 100ポイント
・『ソーサラーエイプ』を1体討伐した 100ポイント
・『☆赫灼たる猿王』を1体討伐した 6000ポイント
・『★破岩の猛猿』を1体討伐した 4800ポイント
・『★獄卒の魔猿』を1体討伐した 4800ポイント
・『★業魔の戦人形』の機能を停止させた 7500ポイント
・2つのパーティと協力して功績を上げた 200ポイント
・『炎天の紅楼』で魔物の拠点を攻略した 500ポイント
・『アリヒト』のレベルが9になった 90ポイント
・『テレジア』のレベルが9になった 90ポイント
・『キョウカ』のレベルが9になった 90ポイント
・『エリーティア』のレベルが12になった 120ポイント
・『スズナ』のレベルが8になった 80ポイント
・『ミサキ』のレベルが8になった 80ポイント
・『メリッサ』のレベルが9になった 90ポイント
・『シオン』のレベルが9になった 90ポイント
・『セラフィナ』のレベルが13になった 130ポイント
・『マドカ』のレベルが7になった 70ポイント
・『ルウリィ』を救助した 100ポイント
・未帰還届けの出された探索者を9名救助した 900ポイント
・パーティメンバーの信頼度が上がった 480ポイント
・待機メンバーの信頼度が上がった 120ポイント
探索者貢献度 ・・・ 26730ポイント
特別貢献度 ・・・ 20000ポイント
五番区暫定貢献度ランキング 1位
ファルマさんは口元に手を当てて感嘆している。今までの最高値を大きく塗り替える貢献度――大きいのは、猿侯の配下の名前つきを倒していること、そして『業魔の戦人形』を倒したことによる加算だ。
「今回はアトベ様と友好的な人たちでパーティを組み分けたということで、共闘分のボーナス点は加算されておりませんが、この総計ポイントからすれば微々たる影響ですね」
「ルイーザさん、俺たちが五番区の1位となっていますが……」
俺の言わんとするところを察したのか、ルイーザさんは自分のライセンスを操作してこちらに見せてくれた。
その画面には『白夜旅団』が現状の序列1位であるが、短期間の貢献度が非常に大きいため、俺たちのパーティが『暫定1位』と評価されていると表示されていた。
「つまり、俺たちは四番区の昇格試験を受けられるってことですか? このままだと六番区に一度戻る必要があるのかと思っていたんですが」
「もちろんそういった選択も考えられると思います。パーティのメンバーのほとんどは四番区の適正レベルより低いですので、六番区や五番区で準備をすることも一つの方策でしょう。ですが……」
「このチャンスを逃す手はない。五番区でもやっていけることを、俺たちは証明できてはいると思うので」
ルイーザさんは即答せずに思案する――それはそうだ、四番区の適正レベルは最低でも12以上といったところだろう。それを満たしているメンバーはエリーティアとセラフィナさんしかいない。
俺たちはいつも適正レベルより低い状態で次へと進んできた。それが今後も通用する保障はない。
「アトベ様たちのパーティには、正式に五番区ギルドでの探索者として活動する許可が降りました。五番区からは『審議会』が昇格に関与しますが、彼らは『白夜旅団』が昇格試験を受けないままに在留していることに疑義を呈しています」
「審議会……それは『管理部』とは違う組織なんですか?」
「いえ、密接なつながりがあります。アトベ様方にユカリ様が注目しているのは、そういった理由もあるでしょう」
昇格の早い探索者に注目している――ということか。それなら、ユカリが折に触れて俺たちに接触してくる理由も見えてくる。
「力を持つ探索者が足を止めること……それは迷宮国とっての損失と言えます。ですがそれぞれの事情で、特定の区に留まる選択をする場合もある」
「白夜旅団の事情については、所属していたエリーティアが何か知っているようです。それを、後で聞いてみようと思うんですが」
「旅団のリーダーはエリーティアさんのお兄さんですから、明確に敵対するようなことにならないように模索しなければいけませんね」
「彼らは秘神の加護を受けている。俺たちも……秘神同士は敵対することもあると言いますが、今のところそうはなっていません」
「まあ……そうだったのですね。白夜旅団も秘神と……」
ルイーザさんはすぐに言葉が出てこない様子だが、すぐに片眼鏡の位置を直し、冷静さを取り戻す。
「秘神との契約者は少ないですが、非契約者と比べて特殊な行動を取る傾向にあるようです。白夜旅団の行動についても、秘神の存在が影響しているのではないでしょうか?」
「それは……可能性としてはありそうですね。副団長のアニエスさんも、向こうから秘神のことを話に出してきましたから」
秘神に関わることが理由で、彼らが『色銘の装備』を集めているとしたら。エリーティアが俺たちのパーティに加わる理由を作ったのも、秘神ということなのか――それは推測の域を出ない。
「……アトベ様、何か大胆なことを考えていらっしゃいますね?」
「はは……ルイーザさんには伝わってしまうんですね」
「それはもう、長いお付き合い……というには、光のような速さでここまで来てしまいましたが。アトベ様のことは、よく見てきたつもりですので」
「白夜旅団とは、改めて話をしたいと思っています。何度か顔を合わせましたが、まだ俺は彼らのことを良く知らない」
「やっぱり……差し出がましいことを言いますが、因縁のお相手ということになりますし、ギルドでの仲介もできると思うのですが」
「彼らとはしっかり話をつけなければならないんです。白夜旅団はルウリィを返すようにと言ってきているが、その要求は飲めない。エリーティアの剣についても返還はできない……それが俺たちの結論ですが、容易に了解は得られないでしょうし」
どうやって白夜旅団――特に団長であるヨハンに納得してもらうか。アニエスさんは俺たちに敵意を向けてきてはいないが、彼女を頼りにしすぎることもできない。
「では……ギルドセイバーの協力を得て、第三者として同席していただき、会談の席を設けるというのはいかがでしょう」
「そうできると助かります。ギルドセイバーというと、クーゼルカさんの力を借りることになるんでしょうか」
「五番区に常駐しているのは別の部隊ですから、そちらの決定次第ということになります。スタンピードの際にご一緒されたナユタさんに連絡を取ってみます」
「お手数をかけますが、よろしくお願いします」
深く頭を下げる。いつも本当にお世話になっているし、感謝はできるときに伝えるべきだ――と思ったのだが。
「そうですね……では、少しだけ我が儘を言ってもいいでしょうか」
「は、はい。俺で良ければ……」
「はい、アトベ様にしかお願いできない……いえ、アトベ様だからこそですね」
「……何となくですが、覚悟は決めておいたほうが良さそうですね」
ルイーザさんの『お願い』の内容は今は教えてくれないということらしい――そして俺の勘は、そちらの方面にはなかなか働いてくれなかった。
「……そうでした、もう一つお話したいことがあったんです」
「もう何でも来いというか、そんな気分です」
「いえ、お願いということではなくて……五番区まで来られたパーティでパーティ名がないというのは珍しいことなので、登録はしないのかと聞かれていまして」
「確かに『北極星』は八番区からパーティ名がありましたし、普通は結成したときに登録するものなんでしょうか」
「厳密な規則はありませんので、ずっと名称をつけない方々もいらっしゃいますが、多くのパーティが名称を登録しています。『自由を目指す同盟』や『白夜旅団』のように、規模が大きくなった時に名称を変更する場合もありますね」
そういうことならこの機会に決めたいところだが、やはり皆で相談して決めるべきだろうか。
「アトベ様はどのようなお名前をお考えですか?」
『揺るぎなき後衛よ。その信仰に応え、貴方を導く――光の道を走る、銀の車輪で』
思い出すのは、アリアドネの言葉。
俺にとって『車輪』というものは、複雑な感情を呼び起こすものでもある。
しかしアルフェッカの力を借りるうちに、思うようになっていた――俺たちという集まりから、誰も降りることのないまま進んでいければいいと。
「一度、皆に相談してこようと思います。部屋で休んでいると思うので、起こすのは悪いですが」
「では、私はここでお待ちしていますね」
俺は席を立って廊下に出ると、皆のいる寝室のドアを控えめにノックする。
「みんな、少し話をさせてもらっていいか?」
『っ……後部くん? 少し待って、ちょっと寝入っちゃってたから』
『ひぁぁっ、キョウカお姉さん寝ないって言ってたじゃないですかー』
『申し訳ありませんっ、少々ラフな格好ですので、お時間を頂けましたら……っ』
『えー、いいじゃないですか先輩、日頃のトレーニングの成果をアトベさんに見てもらって……あっ、そのっ、冗談でーすっ』
『セラフィナ、お風呂に入る前だから鎧までは必要ない』
『あはは……えっと、こんな時になんですけど、修学旅行みたいで楽しいです』
部屋の中はかなりバタついている――寝室は二つに分かれているが、今はみんな一緒にいるようだ。
「…………」
扉を開けて出迎えてくれたのはテレジアだった。しかし俺の顔を見るなり、逃げるように素早く引っ込んでしまう。
何かが今までとは変わっている――それは良いことなのかどうなのか。どこか落ち着かないまま、俺は部屋に足を踏み入れた。




