第二百二十一話 旅団の内情
「あいつら……まさか、『猿侯』をやりやがったのか……!!」
「ギルドセイバーまでパーティに入れてる……一体どういう集まりなの? 私たちがスカウトした猫の人もいるし……」
「ソウガ、リンファ、落ち着きなさい。騒がしくさせるために連れてきたわけじゃないわ」
「お、おう……だ、だが、しかしだな……」
「アニエスお姉様だけ行かせるわけにいかないからついてきたけど、ヤバいよね……久しぶりだよ、こんなドキドキさせられるの……あっ、すみませんもう黙りますっ」
アニエスさんに視線を向けられ、リンファと呼ばれたお団子頭の少女が慌てて口を噤む。見たところ、近接系の職業ではないようだが――何というか、背中に背負った星のような飾りのついたロッドが、言動に似合わずファンシーな印象だ。
「……エリーティア、どうする?」
「そうね……私に話させて。アニエスさんには、昔お世話になったから……」
「分かった。俺も一緒に話させてもらってもいいか?」
「……お願い」
エリーティアは今にも泣きそうな表情で言う――しかし歯を食いしばり、鋭い目でかつての仲間たちと向き合う。
「……エリーティア。あなた達は、猿侯を討伐したの?」
アニエスさんに問われ、エリーティアがこちらを見る。隠せることでもないので、俺は頷きを返した。
「ええ。ルウリィは無事だった……生きていた。今はそっとしておいて」
「……ごめんなさい」
「っ……また、ヨハン兄さんの言うことを聞いて何かしようっていうの? ルウリィはずっと一人で、迷宮の奥で、望まないことをさせられてたのに……っ!」
エリーティアの言葉を、アニエスさんはただ受け止める。そう言われると分かっていたかのように。
「……話の内容次第では、ここで打ち切らせてもらいます。仲間を動揺させてほしくない」
俺が前に出ると、ソウガも応じようとする――しかし、リンファに制されて動きを止めた。
クーゼルカさんやホスロウさんたちは、探索者同士のことに干渉すべきでないと考えているのか、何も言わずにいる。今はそう判断してくれたことが有り難かった。
「なぜアニエスさんたちはここに来たんですか? パーティ全員じゃなく、三人だけで」
躊躇せず、核心を聞き出そうとする。それも聞かれると分かっていたのか、今度はリンファの方が口を開いた。
「リーダーが言ってたでしょ? エリーティアの剣を返せって……ああ、まだるっこしい言い方止めていい? あの『緋の帝剣』を使いこなせたなら、エリーティアには戻ってもらわないと困るんだよね」
「……私は戻らない。どうしてもこの剣を返せっていうなら……」
「いえ。エリーティアが旅団を抜けるとき、私たちは誰も止めなかった……団長も含めて。それで今さら戻って来て欲しいとは言えない」
「いいのかよ? 猿侯を倒したってんなら、エリーは俺たちが知ってるエリーじゃない。『色銘武器』を使いこなせる奴は、もうただの剣士なんかじゃないはずだ」
「……色銘武器というのは、この剣のことですか?」
「ソウガ、喋りすぎ。団長に詰められるよ?」
ソウガがリンファに小突かれて苦しげな顔をする――力関係がわからないが、『団長』を出されるとソウガも逆らえないというのは分かる。
「呪いのかけられた色の銘がついた武器……これらの武器に認められ、呪いを解いた者は特異な力を手に入れる。私たち旅団も、その剣以外の武器を所有しています」
「えっ、あっ、アニエスお姉様、それ言っちゃ……ああ、どのみち言わなきゃってことか。剣が回収できないなら、協力させるしかないしね」
「……兄さんは、それを集めてどうするつもりなの?」
エリーティアの問いに、アニエスさんが目を閉じる。
今の時点でも、彼女は白夜旅団の団長が想定しない行動をしているように見える。しかしソウガもリンファも、アニエスさんを止めることはしなかった。
「私たち『白夜旅団』は、秘神の加護を受けている契約者です」
「っ……!」
話の繋がりが見えない。しかしおそらく『色銘武器』と秘神には関わりがあるのだろう。
秘神の加護を受ける探索者。いつかは自分たち以外にも出会うことがあると思っていた――だが、それが今だとは想定していなかった。
『我の加護を得れば、我の機能を維持するために信仰が必要となる』
『貴方がたは不完全な神である我を信仰し、我と敵対する秘神に遭遇した時は、無条件に戦わなくてはならない』
五番区で序列一位の探索者集団。複数パーティのメンバー一人ひとりが相当な手練であることは想像に難くない。この三人も『炎天の紅楼』に自分たちだけで入れると判断したのだから、相当な実力者だろう。
アリアドネと『白夜旅団』の契約している秘神が敵対していたら、その時は彼らと敵対することになる。探索者同士が戦うことは、おそらくカルマを上げる行為だろう――それ以前の問題で、『白夜旅団』と戦うこと自体、可能ならば避けなくてはならない。
「私たちのリーダーは、あなたたちもまた、秘神の契約者であると気づいていました」
「……マジかよ」
「口が軽い人には言わないでしょ。私もここで初聞きだけど」
言いながら、リンファも余裕が消えている――本当に、ヨハンからは何も聞かされていなかったのだろう。
ヨハンが確証を持ったのなら、何か理由があるはずだ。俺たちの側からは分からなかったのだから、契約者かどうかを知る方法を旅団側が持っていると考えられる。
「……確かに、俺たちは秘神と契約しています。どうしてそれが分かったんですか?」
「団長……ヨハンの所持しているものに、秘神に選ばれたパーティを見分けるものがあるの」
「そういうことでしたか。他の秘神に遭遇したらどうなるかも、貴女たちは知っていると思いますが……」
「ええ。けれど、私たちは遭遇してただちに戦うということにはならなかった。秘神と秘神が遭遇したときに行われる『神戦』には色々な形がある。団長は、自分たち以外に秘神と契約したパーティが来るのを待っていたの……アリヒト=アトベ、あなたたちを」
「そんな……そんなの全部、兄さんの勝手じゃない。私たちは、ここで立ち止まっているわけには行かないの」
エリーティアの言葉に、ソウガとリンファが気まずそうに目を逸らす。アニエスさんだけが、エリーティアに正面から向き合っていた。
「私たちは、五番区の序列一位にいる。あなたたちが上の区を目指すのなら、私たちを超えなくてはいけない」
「……それと、ルウリィだけど。まだ、私たちのパーティに籍が残ってる。生きて戻ってきたなら、旅団の一員として数えられる。今ここで連れていったりはしないけどね」
「すみませんが、それは承服しかねます。旅団……あなた方にも事情はあったのかもしれないが、ルウリィが無事である保証はなかった」
「あんたの言うことは分かるがよ……いや、全面的にあんたが正しい。分かっちゃいるが、ルウリィは旅団に入る時いくつかの契約を結んでいる。その期限がまだ切れてない」
ソウガは表面上の言葉だけではなく、心から苦々しく思っているようだった。そんなことを、俺たちに――エリーティアに伝えなくてはならないことを。
「それでも俺たちは、ルウリィを……エリーティアの友人である彼女を、簡単に渡すわけにはいかない。それは分かってもらえませんか」
「……私たちと、対立することになるかもしれない。それでいいのね?」
「条件が条件なら、仕方ありません。ここでルウリィをあなた方に返すという判断は、絶対にできませんから」
「……最初はぼーっとしてるように見えたのに、かなり熱いじゃん、この人」
「気に入ってんじゃねえ……全く。まあ、俺らもこんな話をしに来たわけじゃねえんだ。俺たちもあの砦の中を見てきていいのか?」
「他の探索者が攻略したあと、その後を探るような行為は推奨されませんが……」
ナユタさんが忠告すると、ソウガは右手で顔を覆った。
「あー、そいつはもっともだ。せめて仕切り直して来いってこったな。行こうぜ、アニエス」
「アニエスさんでしょ。敬語を付けなさいよ」
「……アニエスさん、俺は先に戻る。なんか、無粋な真似しちまったみてーだ」
ソウガは肩をすくめて言うと、二階層の入り口に向かう。リンファは残ろうとしていたが、アニエスさんに目配せをされてソウガの後についていった。
「それを話すためだけに、ここに来たの? アニエスさん」
「……ええ」
「それは違うはずです。他の二人の様子からしても、ヨハンの命令で来たようには見えない。三人だけで来なければならなかった理由は……」
俺が言い終えないうちに、アニエスさんは手を上げて制した。そして、会釈をすると、そのまま立ち去ろうとする。
「……アニエスさん」
エリーティアが呼びかけると、アニエスさんは立ち止まる。けれど、背中を向けたままだ。
「ソウガに言っておいて。私のことを『エリー』と呼んでいいのは、パーティの仲間だけだって。それと……」
アニエスさんが振り返る。エリーティアは胸に手を当て、声を震わせながら続きを言った。
「兄さんに、私たちは負けないって、そう伝えて」
「……なかなか難しいお願いだけれど。善処するわね……元気で、エリーティア」
二人を見ていれば分かる、旅団に居た頃、エリーティアとアニエスさんが親しかったということは。
それでも、道は分かたれた。エリーティアはもう一度溢れた涙を拭って、それでも気丈に立っている。
「よく言えたわね、エリーさん……立派だったわよ」
五十嵐さんが後ろから声をかけると、エリーティアがその胸に飛び込んでいく。そしてエリーティアは声も出さず、肩を震わせて泣いた。
「……秘神の存在については、今回参加したことで目の当たりにしていましたが。白夜旅団も契約者だというのは、調査不足でした」
「いえ、俺たちも気づけませんでしたから。だが、白夜旅団のヨハンは気づいていた……」
「奴か……初めて見た時は、あれほどやりにくい男じゃなかったんだがな。アトベ君、ここまで来たら乗りかかった船だ。俺にもできることがあれば……」
「ホスロウ竜曹殿、並びにクーゼルカ三等竜尉におかれましては、本部から出頭命令が出ております」
「む……」
「アトベ殿、私たちは一度本部に報告をします。その後で改めて合流させていただいても……」
「はい、ぜひお願いします」
ホスロウさんとクーゼルカさんは、迷宮を出たらナユタさんと共にギルドセイバー本部に向かうことになった。まずルウリィや『人形遣い』、そして解放された探索者を医療所に運び、後のことはそれから考えるべきだろう。
「…………」
テレジアが心配そうに見てくるが、肩をぽんぽんと撫でてやる。
「大丈夫だ、何も心配いらない」
まずは五番区に滞在できる期間――今日が終わればあと三日だが、それを延長できるのかどうか。このまま四番区に行く手段があるのか、一度六番区に戻ってからでないとならないか。
「……っ」
不意にふらついたテレジアを受け止める。猿侯に攻撃するときにはもう立つのがやっとだったし、マドカに貰ったポーションだけでは回復しきっていなかったようだ。
「ごめん、テレジアも早く街に戻って休まないとな」
「…………」
「私ももうくたくたですよー、お腹と背中がくっつきそうですし……今外に出たら何時くらいなんでしょう」
「その緊張感のなさがミサキの美徳じゃな。アリヒト、一難去ってまた一難というところじゃが、まずは英気を養うとしよう」
セレスさんの言う通りだ。泣きやんだエリーティアが遠慮がちにこちらを見てくるが、何も恥ずかしがることなどない。
「行こうか、エリーティア」
「……ありがとう、アリヒト」
「え……あ、ああ。さっきのことか?」
聞き返しても、エリーティアはごく小さい声で何かを呟くだけで――目を輝かせたミサキに絡まれて、結局何を言おうとしたのかは分からないままだった。
※いつもお読みいただきありがとうございます!
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※この場をお借りして告知のほう失礼させていただきます。
力蔵先生によるコミカライズ版「世界最強の後衛」最新話が3月1日に更新されております!
八番区スタンピードも大詰めに差し掛かっております。
今回も戦闘シーンは大迫力に、キャラクターの魅力を余すことなく描き出していただいて
おりますので、まだチェックされていない皆様にもぜひご覧いただけましたら幸いです!
画面下にリンクがございますので、そちらからよろしくお願い申し上げます。




