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第二百二十話 主なき砦


※大変お待たせして申し訳ありません、本日から更新を再開させていただきます。

 横たわる猿侯――そして戦人形は凍結して動きを止め、操られていた探索者たちの仮面はひとりでに割れて外れていた。


「この戦人形……それに猿侯自身の素材と、身につけていた装備。これら全部を持ち帰るには、相応の人手が必要になるな」

「街の運送の方に、護衛つきで依頼する必要がありますが……」


 マドカがライセンスに指を滑らせながら言う。彼女は本当にやることが早い――荷車の操縦を担当して立派に戦闘に参加したのに、すでに俺より落ち着いている。


「マドカ、今回は本当に助かったよ」

「あっ……い、いえっ、私は、いつもお留守番なので、こんな時くらいはって……アリヒトさんが凄い荷車を作ってくれたので、全部そのおかげですっ」

「まったく、立派なもんだ。娘みたいな歳の子を一番厳しいパーティに入れるってのは、アトベ君も思い切った判断をするもんだと思ったが……いや、感心した」

「ホスロウ、あなたもよく役目を果たしてくれましたね」

「っ……」


 いつもホスロウさんに厳しめの態度のクーゼルカさんが、本当に今発言したのだろうか――というのも失礼な話だろうか。


 クーゼルカさんが微笑んでいたように見えたのは一瞬のことで、すぐにいつもの無表情に戻る。それを見て、呆然としていたホスロウさんは頬をかいた。


「いやはや、お嬢からお褒めの言葉を(たまわ)るとは。これも全部、アトベ君のおかげかな」

「いえ、こちらこそ。ホスロウさん、今回は本当にありがとうございました」

「自分が探索者をしていた時のことを思い出したよ。皆、頼りにさせてもらった」


 歴戦の闘士という戦いぶりをするホスロウさんが、即座に賛辞を口にする。フェリスさんとメリッサの母娘も、イヴリルとヴァイオラの二人もまんざらではなさそうだった。


「……しかし、事情を詳しく聞いてはないが。あの二人も、猿侯に因縁があったんだな」

「はい。猿侯は探索者を操り、従える能力を持っていた……イヴリルさんたちの仲間も、解放することができて良かった」


 話していると、ヴァイオラが『人形遣い』を抱き上げ、イヴリルと一緒にこちらにやってきた。


 近くで見て分かるが、やはり猿侯に従属している間入浴したりといった習慣はなかったのか、『人形遣い』の装備品は汚れで元の色が分からなくなるほどだった。


「……あの仮面を外さなくては。そう思いながら、私たちは彼女を救うことができずにいた。アリヒト様、あなた方は私たちにとっての……」


 イヴリルは傘を閉じて、俺の前で膝を突く。ヴァイオラも止めるような行為のはずが、彼女は何も言わずに後ろに控えていた。


「この恩に報いるため、私たちにできることがあったら、何でもお申し付けになってくださいませ」

「イヴリルさん、今回のことは『共闘』です。レベルの高い探索者が参加してくれたことで、三つにパーティを分けることができた……感謝するのは、こちらの方です」

「……それでは私の気が済みません。エリーティアさんにも、お説教のようなことをしてしまいました。私には、何も偉そうに言えることなど無かったのに」


 エリーティアは荷車に乗せたルウリィを付きっきりで介抱していたが、自分の名前が聞こえたのかこちらに向かって歩いてくる。そして、イヴリルの横まで来てしゃがみ込んだ。


「私が根に持ってると思ってるのなら、その心配はないわよ。あのときは、あなたにはっきり言ってもらって良かったと思ってる」

「……エリーティアさん」

「私はルウリィを助けたくて、そのことしか考えてなかった。アリヒトやスズナ、皆と一緒だったからここまで戻って来られたのに……皆に傷ついて欲しくないから一人で行くなんて、独りよがりな考えだった」


 エリーティアがこちらを見る。その目が少し赤くなっているのは、ルウリィを無事に助けられたことに安堵して、ずっと泣いていたからだろう。


 それを見たイヴリルは、少し逡巡しながらも、ハンカチを取り出してエリーティアに渡した。


「……使ってくださいませ。涙は人を強くしますが、見ていて胸が痛むものでもありますから」

「あ、ありがとう……もう泣いてないわよ、でも」


 エリーティアはハンカチで目元を抑えつつ、こちらを上目遣いで(うかが)うが、俺としては何を言っていいのか――無難に笑うことしかできない。


「とにかく、私は何も気にしてないし、あなたたちと一緒に戦えたことを嬉しいと思ってるから」

「……私もです。エリーティア様、あなたの剣技は、まるで星が流れるように華麗でした」

「あなたの鞭さばきも凄かったわ、手元が全然見えなかった。あの猿侯にはいいお仕置きになったわね」


 ヴァイオラの目は長い前髪で隠れているが、その口元は微笑んでいる。それを見たイヴリルは驚いたように目を見開き、そして笑った。


「ヴァイオラが認める武人はそうはいませんわ。ホスロウ、フェリスさん、メリッサの三人も、一緒に戦っていて心強かったですけれど」

「勿論です、お嬢様」

「俺は呼び捨てか……アトベ君やエリーティア君のことは『様』付けだが、威厳の違いか?」

「い、いや、ホスロウさんの方が格段に威厳はあると思いますが……」


 そう言ってもホスロウさんは楽しそうに歯を見せて笑うばかりだった――が、途中で何か思い立ったような顔をする。


「そういや、運送の話をしてたな。猿侯を倒したと言っても、この迷宮じゃ護衛を手配するのは大変だろう。ギルドセイバーの回収班を派遣しよう」

「えっ……い、いいんですか?」

「『猿侯』の脅威を排除できたのですから、要請は通るでしょう。私はディラン司令官の指示で今回の作戦に参加しておりますし」


 ナユタさんが軍帽を整えながら、厳格な口調で言う。しかし俺を見ると、その表情が(ほころ)んだ。


「アトベ殿、あなたの功績に対してギルドは確実に高い評価をするでしょう。私たちギルドセイバーの人員を加えて『猿侯』を討伐したことも含めて」

「それは……どういうことですか?」

「アトベ君は、俺たちを事実上指揮してギルドセイバーにとっても仇敵といえる『猿侯』を討伐した。言ってしまえば、ギルドという組織そのものにとって、特別な存在になったということだ」

「……アトベ殿、あなたは私たちにとっても『指揮官』たりうる器量を示したということです。これはもちろん強制ではありませんが、ギルドセイバーの大規模作戦に参加要請が出るかもしれません。一部隊の指揮官として」


 ホスロウさん、クーゼルカさんに揃ってそう言われると、否定する余地がなくなる。俺はまだ新人(ルーキー)の気分が抜けてないのだが――というのは今さらすぎるか。


「『後衛』って、やっぱりそういう職業なのかしら。指揮に長けてるっていうか」

「本当に、お兄ちゃんの指示って的確すぎますからね。人数が増えてもみんなのことが見えてるって感じですし」

「私も、アリヒトさんの指示で動くと、すごく心強くて……どんなことも、思い切ってできます」


 ミサキとスズナがやってきて会話に加わる。クーゼルカさんは無言で頷く――彼女のような強さを持つ人にここまで手放しで称賛されると、やはり俺の性格上落ち着かない気分になる。


「ひとまずその話は置いておく。救出した探索者たちを早急に医療所に運ばねえとな」

「は、はい。待機してくれているセレスさんたちと合流しましょう」


   ◆◇◆


 猿侯、戦人形といった貯蔵庫に送れない魔物についてはナユタさんに『キープアウト』という技能を使ってもらい、他の探索者が接触できないように規制を敷いてもらう。


 『猿侯』の配下の名前つき二体、そしてイビルエイプなどの魔物についてはメリッサの貯蔵庫にギリギリ入った。そろそろ拡張を考えた方がいいかもしれないと相談しつつ、砦の外に出る。


「アリヒト、よくぞ戻った……何はなくとも労いたいが、先に一つ報告がある」


 シュタイナーさんの肩の上から降りると、セレスさんが俺の前までやってくる。三角帽子の下にある瞳が、いつになく張り詰めたものを感じさせる。


「……先程、ユカリがここに現れた。何か思うところがあったようじゃが、アリヒトたちに今は会う必要はないと言って去っていった」

「ユカリ……『管理部』に所属しているっていう人ですね。俺が迷宮国に来た時にも案内してくれましたが……」

「これまであやつとの間にどのようなことがあったかは知らぬが、気を許さぬようにな」

「俺たちに関心を持っているようなことを言ってましたが……『管理部』も、猿侯の討伐について注視していたってことでしょうか」

「それが分かれば苦労はせぬ。あやつはとにかく油断ができぬのだ」


 セレスさんがユカリのことを知っているのなら、できれば後で詳しく話を聞いた方がいいだろう。


「全く、こんな時くらいそっとしておいて欲しいわね……と、もういなくなった相手に文句を言っても仕方ないわね。お疲れ様、アリヒト」

「ありがとうございます、ルカさん」

「本当に大したものね、ずっと誰も手を出そうとしなかった『名前つき』を倒すなんて……支援者の冥利に尽きるわ」

「あ、あの……コルレオーネさん、布を使った装備って、お兄ちゃんのスーツ以外でもお願いできますか?」


 ミサキが珍しく緊張している――ルカさんの一見して凄みのある容姿からして仕方がないか。しかしルカさんは柔和に微笑み、ミサキにカメラのフォーカスを向けるように両手を向けた。


「うーん……まあ、アタシが服を作るモデルとしては今までにないタイプだけど。いいわよ、ブティック・コルレオーネにはレディース部門もあるから」

「本当ですか? あー良かった、私に似合う服とか作れないって言われるかと……」

「金属製の装備ができない()もいるものね。パーティ全員の服装をサポートするのが仕事だから、いつでも頼んでちょうだい」


 さすがに魔猿の毛皮で装備を作るというのはどうかと思うが、素材として優秀なら可能性としてはありうる。そして『天の乙女の羽衣』の修復に必要な素材が見つかれば、それも依頼しておきたい。


「アトベさん、ちょっと報告なんですが……この二階層に、他のパーティが入ってきてますね」

「え……」


 アデリーヌさんに言われ、二階層入り口の方を見やる――距離が開いているので『鷹の眼』を発動させる。そこには、意外な人の姿があった。


「……あれは……『白夜旅団』の団員ですね」

「っ……アニエスさん……」


 エリーティアがその名前を口にする。亜麻色の髪を持つ、戦士と僧侶の中間のような装備をした女性と、もう一人の女性、そしてソウガがそこにいた。


※いつもお読みいただきありがとうございます、更新が遅くなり誠に申し訳有りません!

 本日は続けて更新させていただきます。

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i666494/
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[一言] おかえりなさい!書籍も楽しみにしてますが、こちらのライブ感もまた良い……。
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