第二百十八話 第三の矢
二体の『影武者』が本来の姿を現した。そして『猿侯』と合流することのないよう、クーゼルカ班とホスロウ班が交戦を続けている。
『――契約者の戦闘により時間経過。アルフェッカの召喚を承認』
荷車で河を超える手段――それはアルフェッカの力を借りること。アルフェッカの『フローティング』で空中を走れば、荷車ごと河を飛び越えられるはずだ。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『アリアドネ』に支援要請
・『アリアドネ』が『銀の車輪』を召喚
『――我はアルフェッカ、銀の車輪の化身なり』
何もなかった空間に、アルフェッカが姿を現す――俺はセレスさんとシュタイナーさんの協力を得て、荷車とアルフェッカの車体を連結する。
「わしらにできるのはここまでじゃ。武運を祈るぞ、アリヒト」
『皆も気をつけて……我輩たちはここにいる。戻ってくるまでずっと待ってるから!』
「はいっ……『クィーンズテイル』、発射しますっ!」
◆現在の状況◆
・『マドカ』が『クィーンズテイル』を使用 → 地形:城壁 破壊成功
・『アリヒト』が『アシストチャージ』を発動 →『マドカ』の魔力が回復
空に向けて撃ち出された光が、流星のように河向こうの城壁に突き刺さる。距離を置くことでわずかに威力が落ちているようには見えたが、それでも地形としての城壁を破壊するには十分だった。
「――行くぞ!」
◆現在の状況◆
・『アリアドネ』が『アリヒト』の信仰値を魔力に変換
・『アルフェッカ』が『エンドレスループ』を発動 →『アルフェッカ』の魔力消費が停止
・『アルフェッカ』が『コンステレーション』を発動 技能の効果範囲を拡張
・『アルフェッカ』が『フローティング』を発動 障害物無視 高低差無視
アルフェッカの技能が、連結した荷車にまで拡張される――銀の車輪と共に浮かび上がった荷車は、空を滑るように走り始める。
「と、飛んでますっ……お兄さんっ……!」
「大丈夫だ、落ちたりはしない……アルフェッカ、注意してくれ。敵には障害物を作れるやつがいる……!」
『――仕掛けてきた。城壁に到達するまでの区間で、敵が妨害を試みている』
◆現在の状況◆
・『猿侯の眷属・地形士』が『地脈隆起』を発動 →『土柱』生成
・『アルフェッカ』が『クレセントドリフト』を発動
・『アリヒト』が『鷹の眼』を発動 →状況把握能力が向上
攻撃に使っていた『クレセントドリフト』で、アルフェッカは凄まじい速さで立ち上がった土柱を回避する――目まぐるしく左右にGがかかる中で、俺は土柱の向こうに『地形士』の姿を見つける。
◆現在の状況◆
・『猿侯の眷属・地形士』が『地脈隆起』を発動 →『土柱』生成
・『猿侯の眷属・地形士』が『バインクリーパー』を発動 『土柱』に『棘蔦』生成
土柱から蔦が生え、それぞれの柱を結ぶ――しかしアルフェッカは減速しない。
『このようなものは私の障害にはなりえない』
◆現在の状況◆
・『アルフェッカ』が『茨の轍』を発動
・『アルフェッカ』が『終わりなき蹂躙』を発動
いつも感情の起伏が少ないアルフェッカが、不遜なまでの自信を込めて言い放つ。
張り巡らされた蔦の上を縦横無尽に走り、無差別攻撃をする大技――俺たちが苦しめられた技を、移動のために使うことになるとは思っていなかった。
「きゃぁぁっ……!」
「皆、しっかり掴まれ……っ!」
『我は誰も振り落とすことはない。案ずることなく身を任せよ……!』
蔦に沿ってアルフェッカが走る――まるでジェットコースターが垂直に駆け上がるかのようで、アルフェッカに連結されているとはいえ、荷車が脱落せずついていけているのが不思議なほどだ。
だが――アルフェッカは『地形士』の想定を超えた道を行き、土柱の上まで駆け抜けて空中を舞う。瞬間、俺ははるか下方からこちらを見上げる『地形士』の姿を捉えた。
(ここからならよく見える……必ず当ててみせる……!)
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『バインシュート』を発動 同時発動:『会心石』
・『猿侯の眷属・地形士』に命中 クリティカル 蔓草によって拘束
「当たった……アリヒト、もうあなたは『狙撃手』を名乗ってもいいんじゃない?」
「相手もこの距離で届くとは思ってなかっただろう。できれば無事を確保したいが、あの位置なら大丈夫そうだ……」
「クーゼルカ殿、ホスロウ殿たちも戦っている……私たちも……!」
『使い魔の矢』では視界を遮られていたが、直接『中央の砦』の上空に侵入すると、猿侯の砦の構造がよく分かる――二層に流れている河は猿侯の砦を挟んでおり、中洲に砦を築いていて、後ろから攻められないように砦の後方には炎の罠が仕掛けられている。
「『猿侯』……やっぱり、ルウリィを……!」
「『猿侯』の前方にあるあれは……一体、何をしようと……」
◆遭遇した魔物◆
・『☆赫灼たる猿侯』 レベル不明 炎耐性 ドロップ:???
・『猿侯の眷属・治癒師』 レベル11 敵対 ドロップ:???
・『猿侯の眷属・人形遣い』 レベル13 敵対 ドロップ:???
・『?巨大な人形』 レベル10 ドロップ:???
燃え盛る炎のような体毛を持つ、巨大な猿。他の猿とは違い、鎧兜を身に着けたその姿は、まさに『魔王』を思わせるものだった。
両肩に一人ずつ人間を乗せている――ルウリィともう一人、その人物こそがイヴリルさんの言っていた『人形遣い』だった。
そしてセラフィナさんが言及したのは、『猿侯』の前方、『中央の砦』の中心に位置する、巨人のような像。顔に包帯を巻かれたそれは、今にも動き出しそうな姿で、両腕に剣を握っていた。
「――アリヒト殿っ……!」
セラフィナさんが俺の名を呼ぶ。全身を貫く悪寒――俺は『鷹の眼』によって引き上げられた視力で、はるか眼下にいる『猿侯』を見る。
「――ガァァァァッ!!」
◆現在の状況◆
・『☆赫灼たる猿侯』が『煉獄の炎弾』を発動 →対象:『アルフェッカ』 必中
敵が持つ強力な攻撃技能に『必中』効果がないとは限らない。
それをいざ使われたとき、できる対処は――少しでも被害を減らす、それのみだった。
「セラフィナさんっ、『ディフェンスフォース』と『オーラシールド』を使ってください……っ!」
「っ……!」
◆現在の状況◆
・『アリアドネ』が『ガードヴァリアント』を発動 →対象:『アルフェッカ』
・『アリヒト』が『支援防御2』を発動 →支援内容:『ディフェンスフォース』『オーラシールド』
・『煉獄の炎弾』が『アルフェッカ』に命中
『……これが……「猿侯」の炎……っ』
「アルフェッカ……ッ!」
持てる限りの防御技能を使って軽減しても、アルフェッカの車体が大きく破損する――それでもアルフェッカは『フローティング』の効果を持続させて地上に降りる。
「アルフェッカ、一度実体化を解除してくれ……っ、このままじゃ……!」
『それはできぬ……この兵器をもう一度使うのならば、我が守らねばならぬ』
「……分かった……ここは俺たちが時間を稼ぐ。マドカを守ってくれ……!」
エリーティア、セラフィナさん、俺、そしてテレジアが前に出る――それでもまだ猿侯との間には距離がある。
「グガガッ……ガガガガガガッ……!!」
『猿侯』が笑う――心底愉快そうに。エリーティアもセラフィナさんも、巨人の像を前にして立ち止まっている。
そして悪夢のような光景は、猿の魔王が哄笑を終えたあとに、避けようもなく幕を開けた。
◆現在の状況◆
・『猿侯の眷属・人形遣い』が『マリオネット』を発動 →『?巨大な人形』が『戦人形』に変化
・『☆赫灼たる猿侯』が『贖罪の業魔』を発動
・『☆赫灼たる猿侯』配下の『カルマ』により『戦人形』を強化 →『★業魔の戦人形』に変化
なぜ『猿侯』は、従属させた探索者や配下の魔物を自分の傍に置かなかったのか。配下の戦力自体には期待せず、『彼らに戦わせること』自体に意味があったからなのだとしたら。
『猿侯の眷属』となった者たちは、他の探索者と闘うことで『カルマ』を積み上げていて。配下と探索者を戦わせること自体が『猿侯』の目的を果たす手段だったとしたら――。
そうして作り上げられた『戦人形』は、『猿侯』が求める価値のある強さを持つ。想像はできても、ライセンスを確認することが恐ろしかった。
◆遭遇した魔物◆
・『★業魔の戦人形』 レベル15 炎耐性 眠り耐性 麻痺耐性 スタン耐性 ドロップ:???
レベル15。本来、そんなレベルの魔物が五番区の迷宮で出現するとは思えない。
『猿侯』はそんな怪物を呼び出すことを成功させた。『人形遣い』を従属させたその時から、『猿侯』はここに至るまで周到に準備を重ねてきた。
「……アリヒト……」
エリーティアが振り返る。この状況で戦意を全く失うことなく挑んで行けというのは難しいと、痛いほどよく分かっている。
だが『戦人形』は超えなければならない壁でしかない。
俺たちが倒さなければならないのは、その壁の向こう――悠然とこちらを見ている『猿侯』だ。
「グガガガガガッ……!!」
◆現在の状況◆
・『☆赫灼たる猿侯』が『煉獄の障壁』を発動 地形効果:高熱
・『☆赫灼たる猿侯』が『ウォードラム』を発動 →『★業魔の戦人形』の攻撃力と速度が上昇
・『☆赫灼たる猿侯』が『暴虐の狂圧』を発動 →『アリヒト』のパーティの士気が10低下
「――士気解放をすぐに使わせない気か……!」
「どこまで人を嘲笑えば……っ!」
エリーティアが声を絞る――『猿侯』は自分の前に炎の壁を展開し、『戦人形』を倒さなければ自分の元に辿り着けない状況を作り出す。
完成した『戦人形』だけで、俺たちを倒せるとそう思っている。俺と比べれば倍近いレベル差だ――1レベルの差も大きく感じる世界で、7の差はあまりに大きい。
(だが、その差を埋める。届かせてみせる……!)
『戦人形』の巨体を固めている防具は、おそらく探索者から奪った鎧などの装甲を継ぎ接ぎにした鎧だ。持っている剣も探索者の武器を元にしているのか――『猿侯』の操る炎の熱量は、金属の加工すら可能にするのか。炭のように真っ黒な二つの剣はあまりに大きく、その攻撃を防ぐことが至難であると分かる。
頭部に被っているのは猿の面。そして角付きの兜――偶然なのかもしれないが、まるで戦国の武者のような姿。それが見上げるほどの巨体を以て存在している。
――不意に『戦人形』が両手に持った剣を振りかぶり、膝を曲げる。
俺たちはすでに間合いに入っていた。巨体だから速度が遅い、そんな常識は通用しない――『戦人形』の剣は、瞬きのうちに振り下ろされていた。
『――秘神の名において、加護を……っ』
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援防御1』を発動 →対象:『セラフィナ』
・『アリアドネ』が『ガードヴァリアント』を発動 →対象:『セラフィナ』
・『★業魔の戦人形』が『右腕』で『剛剣・星砕き』を発動
・『セラフィナ』が『ディフェンスフォース』『オーラシールド』『ガーディアンタスク』を発動
・『セラフィナ』に攻撃が命中 『鏡甲の大盾』の耐久度低下
「――セラフィナさんっ!」
「っ……受けられる……アリヒト殿と、アリアドネ殿の力があれば……っ」
俺の『支援防御1』では軽減できるダメージは13――セラフィナさんの被害をほんの少し減らせるだけだ。
しかし盾が押しつぶされそうなほどの一撃を、セラフィナさんは受けてみせた。
これを起点として反撃の隙が生まれる。エリーティアも動き出そうとしている――しかし。
その希望を打ち砕くように、『戦人形』がもう片方の剣を振り抜いた。
(――駄目だ、これをまともに受けたら……っ!)
『戦人形』が左手に持った黒い剣が赤熱する。炎属性の強力な攻撃――一人でセラフィナさんが受けきれるものではない、攻撃範囲が広すぎる。
「――アリヒト殿っ! 皆に『盾』を……!」
セラフィナさんが後ろを省みて言う。次の瞬間、俺の正面に透明な壁が現れる。
「みんな、『支援する』……っ!」
◆現在の状況◆
・『アリアドネ』が『ガードヴァリアント』を発動 →対象:『アリヒト』
・『セラフィナ』が『防壁のオーラ』を『アリヒト』に付与
・『アリヒト』が『支援防御2』を発動 →支援内容:『防壁のオーラ』『ガードヴァリアント』
・『★業魔の戦人形』が『左腕』で『剛剣・黒炎旋風』を発動 火属性の範囲攻撃
・『セラフィナ』に命中 ダメージ0
・『エリーティア』に命中 ダメージ0
・『テレジア』に命中
「――テレジアッ!」
「っ……!!」
装備を強化してもなお、俺の防御力は前衛に大きく劣る。『防壁のオーラ』と『ガードヴァリアント』、そしてテレジアの盾による守りがなければ、俺は『戦人形』の黒い炎に薙ぎ払われていた。
◆現在の状況◆
・『クィーンズテイル』の冷却中 再発射可能まで518秒
切り札となりうる『クィーンズテイル』は撃てない――使うとしたら残り八分以上、『戦人形』の猛攻を耐えなければならない。
(いや、守る一方では力で押し潰される……少しでもいい、やつに攻撃を入れる……!)
――俺の意志に呼応するように、テレジアが動き出す。
駄目だ、と言うこともできない。それほどにテレジアの動きには迷いがなく、狙いもまた明らかだった。
「っ……!」
◆現在の状況◆
・『テレジア』が『アクセルダッシュ』『ダブルスロー』を発動
・『アリヒト』が『フォースシュート・フリーズ』を発動
・『★業魔の戦人形』が『右腕』で『剛剣・逆落とし』を発動 カウンター態勢
・『★業魔の戦人形』が『左腕』で『タイタンフォール』を発動
・『テレジア』が『蜃気楼』『シャドウステップ』を発動
・『タイタンフォール』を回避
・『フォースシュート・フリーズ』が『★業魔の戦人形』に命中
・『タイタンフォール』による『ディレイインパルス』発生 テレジアに命中
・『★ハイドアンドシーク』が破損
テレジアの身体が宙を舞う。
『戦人形』の振り下ろした剣が、遅れて起こした不可視の衝撃。それをまともに受けたテレジアは吹き飛ばされ、地面を何度もバウンドして転がっていく。
心臓が跳ね、視界が赤く染まる。
沸き起こる感情は、燃えたぎるような憎悪。『戦人形』を倒さなければならない、一秒でも早く。
――だが、俺にも、仲間にも分かっていた。
テレジアが敵に挑んでいったのは、俺たちを一秒でも長く生き延びさせるためだということを。
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