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第二十一話 帰還

 一階の入り口に向かう途中、俺たちはワタダマとドクヤリバチ相手に全滅させられかけているパーティを見つけ、救助した。


 エリーティアがすでに全快しているので彼女に任せても早いが、全員で協力する。スズナも初めて弓を射っているところを見たが、俺がスリングを扱えたように、装備さえできれば実用的な命中率が出せるようだ。


「矢が当たった時に、不思議な手応えが……」

「俺より前にいると、攻撃におまけが付くと思ってくれ」

「そ、そうなんですか。アリヒトさん、凄い……もうこの世界で技能を使いこなされているんですね」

「みんながいるからだよ。俺一人じゃこうはいかない」


 謙遜ではなく本当にそうなので、常に忘れてはならない。俺はあくまで後衛であり、隊列を保ってこそ強いのだということを。


 助けたパーティのリーダーらしき青年は、俺より少し年下で、剣士系の職業のようだ。


「す、すんませんっした……こいつら、いきなり横から湧きやがって」

「隊列を崩されて、総崩れになったの? それは大変だったわね」

「うわ、綺麗なお姉さん……ちょっ、何だよこのパーティ。女の人ばっかじゃん!」

「ハーレムだ……すげえ、リアルで初めて見た……!」


(異世界に来てリアルで、というのも不思議な感じだが、リアルなんだよな)


 青年の仲間の少年たちは、思ったことを口に出すタイプらしい。ハーレムという単語を前世で会話に出すことが無かったが、実際言われてみるとかなり恥ずかしい。みんなはよく聞いていなかったようなので、それは幸いだが。


 そして五十嵐さんはやはり、少年たちにとっては憧れのお姉さんのようだ。今の俺にとっては年下だが、高校生くらいで五十嵐さんに会ったら、彼らと同じ反応をしていただろう。


「ん……お、お前っ、ミサキじゃねーか! なんだよ、俺たちが心配で来てくれたのかよ!」


 そう――顔を見てすぐに気づいたが、この男性のみの四人パーティは、ミサキがさっき送り出していた人々だ。


 イケメンリーダーに見つかってバツの悪い反応をするかと思いきや、ミサキは俺に「ありがとうございます」と小声で言うと、背中から降りた。少し前から目が覚めていたらしい。


「あははー、私もやっぱり行こうかなと思って来たんだけど、なんか罠っていうのにひっかかっちゃって。大変だったんだけど、この人達に助けてもらったんだー」

「うわ、そいつは大変だったな。命あっての物種ってやつだから、気をつけろよ」

「俺らも助けてもらっといて言うのも何だけどさ。あのハチは超やべー、マジで。当たんねーし、毒持ってるみてーだし」

「大変だったねー。私もこのままじゃちょっと危ないから、何とか自分で強くなれるように頑張ってみるね。ジュンペイたちに任せっきりじゃダメだと思うから」

「ミサキ……じゃ、じゃあ、俺たちと一緒に……」


 ジュンペイというのが、リーダーらしき青年の名前らしい。しかしミサキは首を振った。


「私の職って運はいいみたいだけど、それだけみたいだからさー。ジュンペイたちに必要なのは、多分僧侶とか、魔法使いの人とかだと思うんだよねー。私は私で、何とか居場所っていうのか、そういうのちゃんと見つけようと思ってるんだ」

「……そうかー。残念だけど、確かに俺ら脳筋だからな」

「さっきみたいに壊滅しないように、やっぱシーフっての? いきなり襲われないように、警戒できるやつ入れた方がいんじゃね?」


 ミサキに情けないところを見せないように、彼らは彼らで頑張る――そんな流れになり、再びワタダマ狩りに戻っていった。


「……いい人たちですよねー。でもパーティって星の数ほどあって、どこに入るかも、流れってあるじゃないですかー。そういうの、大事にしたいですよね」

「それはそうだけどな。君が昨日だけでも入ってくれて、彼らも嬉しかったんだろうな」

「あ、それ言わないでください、刺さっちゃうんで。私もちょっと考えてたんですよねー、あの人たちを働きバチにして、私は女王バチになろうかなとか。でもさっきので反省しました、とりあえず悪い人に捕まらないように、強くならなきゃですよね」

「ミサキちゃん、それじゃ、これから私たちと一緒に……」

「んー……それなんだけど、それはそれでちょっと大変そうだから。えっと、何さんでしたっけ」

「ああ、名乗ってなかったか。俺はアリヒトっていうんだ」


 ギャンブラーという職は、どうやら宝箱のドロップ率を上げる技能を持っているらしい。確かに居てもらうと恩恵は得られるだろうが、彼女は何となく、俺たちとは行動しないだろうなと予感していた。


「私あっさり気絶してましたけど、アリヒトさんたちのパーティがとんでもないなっていうのは、何となくわかったんです。私みたいな半端な覚悟だと、今はまだ入れてもらうには早いかなっていうか、それくらいには軽率だったなって反省してるんですよー」

「俺もそこまでストイックに迷宮を攻略していきたいってわけじゃないんだけどな。序列は上げたいし、ずっと八番区にいるつもりもないが」

「その、八番区から出ようっていうのがもう凄いですよー。経験値って、毎日稼がないと下がっちゃうらしいんですよね。それで、ずーーっとレベル1か2のまま、八番区から出られない人もいて。この区に探索者が三千人いるって、そういうことですよねー」


 ――言われてみればそうだ。俺は『後衛』技能を発揮すれば強敵を倒すことができるし、資金を稼ぐことも、序列を上げることもそこまで難しいと思っていなかった。

 

 名前つきに遭遇しても、パーティの戦力が足りずに逃げるしかない――それで二の足を踏んでいるパーティも多いだろう。倒すことさえできれば世界が変わるが、あれほどの強敵では『勝てないから逃げるのが普通』なのだ。


「パーティのリーダーがこの地区での序列1位になったら、七番区へ行く試験がある。でも、八番区でも生活はしていける……だから、挑戦をしなくなる人も多いわ」


 エリーティアの言葉には、実感と重みがある。そういう人たちを今までも見てきたのだろう。


「私も自分なりに頑張ってみます。あ、でも、明日一回だけ記念に、パーティに入れてほしいんですけど……ダメですよねー、私なんか」

「全然ダメじゃないぞ……そういえば、ミサキは宝箱の罠に引っかかったんだよな。箱の中身はどうなったんだ?」

「あ、それ袋に入れてました。あの怖いおじさんたちに持ってかれちゃったんですけど」


 ――そう言われては、回収に戻らねばなるまい。といっても全員で戻るのは大変なので、エリーティアが肩をすくめつつも、『ソニックレイド』まで使っておつかいに駆けていった。上位探索者の技能をそんなことに使わせるのも申し訳ないが。


 ◆◇◆


 リヴァルさんに面倒をかけることを申し訳なく思っていたが、彼らはベルゲンたちのことを伝えると、勇んで迷宮に入っていった。


 気配を消すスキルを持っているべルゲンたちは、それを悪用して色々と問題を起こしていたらしい。今までは証拠が出ずに追及できなかったが、今回のことで手がかりが掴めそうだとのことだった。


 リヴァルさんたちの姿が階段を下って見えなくなったあと、五十嵐さんが話しかけてくる。


「リヴァルさんたちって、この界隈の秩序を守るようなことをしてるのね。私設警察っていうと物々しいけど、そういう感じかしら」

「そうですね。彼らのおかげで助かってる人は多いと思います」


 俺たちより経験を積み、レベルも高いだろう彼らが最初の迷宮にいる意味。それは後進の育成という目的を見つけて、充実を得ているから――生き生きとしている彼らを見ると、そんな印象を受けた。


 俺が目指すのは、序列一位ということになるのだろうか。最初の迷宮でジャガーノートのような化物が出てくるのだから、一番区の最高難度の迷宮を探索できるようになるまでは、相当遠い道のりになりそうだが。


「エリーティア、5番区の探索者は、だいたいレベル8くらいなのか?」

「ううん……10くらいだと思う。私のレベルが低いのは、ちょっと理由があって……」


 エリーティアは俺だけでなく、他の仲間たちを見やる。五十嵐さんもスズナも、心配そうに彼女を見ていた。


「……後で話すわ。あの姿を見られておいて、何も言わなかったら怖い思いをさせるから。黙っていてごめんね、スズナ」

「いえ……エリーティアさんの抱えているものを、少しでも知ることができてよかったです。最初から、何か思い詰めているように感じていたので」


 まだ会って二日目だが、彼女たちは既に友人と言っていい関係にあると思う。ミサキも同じ感想を持ったのか、スズナとエリーティアの後ろから肩を組んだ。


「きゃっ……な、なに?」

「なんか私よりスズちゃんと仲良い感じで、うらやましいなと思って。私とスズちゃん、ちっちゃい頃から知り合いなのにー」

「ミサキがスズナを誘って……ってことだったのか、一緒に来てたのは」

「いえ、毎年一回は、スキーに行く習慣があって……ですから、どちらが誘ったというわけではありません」


 スズナがそう訂正するのは、事故が起き、転生することになったからだろう。どちらかが誘ったから、事故に巻き込まれたわけではない――そう思っているということだ。


「……迷宮とか、探索って意味わかんないと思ってましたけど。私も心入れ替えて頑張ります。なのでー……ごはんおごってください!」

「いい話だと思って聞いてたら、そういう方向に行っちゃうのね……後部くん、市場はまた今度にして、ギルドで報告したらすぐ食事に行きましょうか」

「分かりました。テレジア、じゃあ斡旋所まで送っていくな」


 テレジアは――頷かない。これはもしかしなくても、そういう意志表示だろうか。


「後部くん、レイラさんに、テレジアさんを何時まで連れ出してもいいか聞いてみたら?」

「わー、さっきから思ってたんですけど、このトカゲの帽子ちょー可愛いですよねー。うわ、なめらかでひんやりしてる」


 ミサキがぺた、とテレジアの蜥蜴帽子――むしろ、蜥蜴のフルフェイスに触る。口元だけが覗いているが、まっすぐ引き結ばれつつも、微妙に恥ずかしがっているように見える。


 なめらかでひんやりと言われると、どんな感触か触ってみたくなる。しかし男の俺が触るとセクハラになりそうなので、自重しなければ。


 ◆◇◆


 ギルドに戻ると、すでにルイーザさんは何か予感のようなものを感じているのか、見るからに緊張しつつ出迎えてくれた。


「今日はエリーティアさんとスズナさんも同行されていたんですね。イガラシさんも、活躍されたようで何よりです」

「ありがとうございます。でも、後部くんたちについていくのがやっとでした」

「私も……見ているだけで、何もできませんでした。でも、次は頑張らなきゃ……」


 ルイーザさんは俺たちのメンツを見て思うところがあるのか、ちょいちょい、と俺を手招きする。そして仲間たちに聞こえないくらいの声で言ってきた。


「最初はおひとりだったのに、女性の方が五人も加わっているように見えますが……アトベ様のご意向ですか? 女性ばかりに声をかけられているのは」

「い、いや、そういうわけじゃないんですが。あの子……ミサキは仲間というより、救助してきただけで、たぶん別行動になると思います。フリーダムな子ですから」

「他の四人は今後も一緒に行動されるんですね。エリーティアさんはレベル8ですから、すぐにアトベ様も、八番区から卒業されてしまうのでは……」

「そうなっても、できたら担当はルイーザさんに頼みたいですね。区が変わったら、それはやっぱり無理……」

「い、いえ。ギルドは全て、相互に転移することができますから……アトベ様さえよろしければ、ずっと担当させていただくことができます」

「それは良かった。やっと慣れてきたのに、担当が変わったら寂しいですから……ん?」


 腕をつつかれて振り返ると、エリーティアだった。


「アリヒト、結果報告はリーダーの仕事よ。私たちは着替えもあるし、一度宿に戻らせてもらうわ」

「ああ、そうか。分かった、あとは任せてくれ」

「キョウカはテレジアが宿まで同行するそうだから、心配しないで。後であなたたちの宿舎の近くにある酒場で合流しましょう」


 傭兵は夜八時までは連れ出していいとのことで、まだ時間には余裕がある。七時半に酒場を出て、斡旋所に向かっても間に合うだろう。


 皆と別れたあと、昨日使った個室に向かう前に、ルイーザさんが質問をしてきた。


「あの、ちなみに、もしかして、そうそうないとは思うのですが、今日も名前つきに遭遇したりは……」

「ええ、二階層のジャガーノートってやつを倒して、処理を運び屋に任せました。運び終わったら、後でギルドまで報告に来てくれるらしいので……ル、ルイーザさん!?」

「うーん……」


 レッドフェイスでも驚きすぎていたルイーザさんに、ジャガーノートという単語はあまりにも刺激が強すぎた。


 廊下でいきなり卒倒しかかるルイーザさんを支え、その身体の柔らかさに思考を停止させながら、俺は思う。聞いていなかったが、彼女は何歳いくつなのだろうと――いやそれよりも、やはり気絶を治す方法が欲しいと。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルイーザさんの気絶?芸 [気になる点] 2人の主観からするとどちらのせいでもない、でも残された、愛娘を喪った二人の家庭はどうなんだろう。ちっちゃいころから知り合いだった、ってことは親同士も…
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