第二百十七話 それぞれの役割
――クーゼルカさん、そしてホスロウさんたちの動向が、アリアドネを通じて伝えられる。アリアドネはアデリーヌさんの共有してくれた地形データも合わせて、リアルタイムで状況を伝えてくれていた。
『並列で情報を処理できるよう、こちらで思考の支援を行う』
(ああ……頼む。『影武者』たちの注意を完全に引きつけなければ、撤退されて乱戦になる可能性がある)
『「猿侯」が退かず、配下と合流もできない。そのタイミングを見極める』
クーゼルカ班のスズナ、ホスロウ班のメリッサ――二人の視界が、俺の視界の端に映し出されている感じ。秘神はこんなこともできるのかと思いつつ、二つの班の動きをそれぞれ見逃さないように注視した。
◆◇◆
「――私がまず切り込みます! 皆さんは後に続いてください!」
「は、はいっ……!」
五十嵐さんとミサキ、スズナがシオンの背中に乗って走るよりも、クーゼルカさんの走る速度は早い。そしてナユタさんも、クーゼルカさんに離されないように追随している。
河にかけられた橋を渡った先に、砦の門がある。近くにある櫓に誰かが潜んでいる――それにクーゼルカさんも気づいているようだが、構わず門の中に走り込む。
「――クーゼルカさん、砦の門が……!」
全員が門に入ったところで、丸太を束ねて作られた門が閉められ、スズナが声を上げる。
そして門の中の広場には、まるで地面を四角柱の形に盛り上げたような柱が幾つも立っている――さっき上空から見たときは、こんなものは存在しなかった。
(前にいた、猿侯に従わされている『地形士』……だとしたら、障害物を作ることもできるのか)
「罠のつもりということですか……まだ、探索者を引き入れようとしている。強欲が過ぎますね」
クーゼルカさんが剣を抜く。そしてナユタさんが、少ない予備動作で何かを上に向かって投擲する――先端に重りのついた縄。それはあっという間に櫓の上にいた人物に巻きついた。
◆現在の状況◆
・『ナユタ』が『ロープバインド』を発動 →『猿侯の眷属・ハンター』を拘束
ナユタさんの技はアデリーヌさんと同じ――『スカウト』と『狩人』に共通する技能のようだ。
「凄い……縄をあんなふうに使えるなんて……」
「――気をつけてください、障害物の影に敵がいます!」
◆遭遇した魔物◆
・『★赫灼たる猿侯』 レベル不明 炎耐性 ドロップ:???
・『猿侯の眷属・ハンター』 レベル11 拘束 ドロップ:???
・『猿侯の眷属・アサシン』 レベル11 敵対 ドロップ:???
・『イビルエイプA』 レベル10 敵対 ドロップ:???
・『イビルエイプB』 レベル10 敵対 ドロップ:???
この猿侯は本体ではない――そう俺たちは読んでいるが、現状では障害物に遮られて姿が確認できない。そしてクーゼルカ班が遭遇した相手の中に『地形士』が含まれていない――別の場所に移動している。『使い魔の矢』で感知できる範囲に、これらの一群とは違う何者かの影が見えた。
「キキィッ……!!」
「っ……キョウカ殿、一体抜けますっ!」
◆現在の状況◆
・『クーゼルカ』が『フラッシュフェンド』を発動 →『イビルエイプA』に命中 ノックバック
「ギィッ……!」
クーゼルカさんはすれ違いざまに『イビルエイプ』に斬撃を当てて吹き飛ばすが、もう一体が柱の影から飛び出し、五十嵐さんに飛びかかる。
◆現在の状況◆
・『イビルエイプB』の攻撃
・『キョウカ』が『ブリンクステップ』を発動 →攻撃を回避
「キョウカお姉さん、まだっ……!」
「くっ……!」
「アォォーンッ!」
五十嵐さんの回避した直後に、追いすがるように『イビルエイプ』が攻撃してくる――『ブリンクステップ』の弱点である、連続回避ができないところを突こうと。しかしシオンがそれをさせなかった。
◆現在の状況◆
・『シオン』が『ショルダーインパクト』を発動
・『イビルエイプB』が『バックローリング』を発動 →攻撃を回避
シオンのタックルを『イビルエイプ』は後ろに高速で宙返りしながら飛んで回避する。
――そして『イビルエイプ』は角柱の側面に爪を立ててぶら下がり、シオンに乗っているスズナに向けて笑う。
(――ミサキ、カードを投げるんだ!)
「っ……てやぁぁぁっ!」
この位置なら、ミサキは『俺の位置から見て前方』にいる――ミサキの状況が認識できているなら、あのスキルが効果を発揮するはずだ。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『アザーアシスト』を発動 →対象:『ミサキ』
・『イビルエイプB』が『三角跳び』を発動
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 支援内容:『フォースシュート・スタン』
・『ミサキ』が『ジョーカーオブサンダー』を発動 →『イビルエイプB』に命中 スタン 『三角跳び』をキャンセル
「ミサキちゃん、今のは……っ」
「お兄ちゃんの声がして……いつもと同じように、後ろから見守っててくれてるみたい……っ!」
「――はぁぁっ!」
◆現在の状況◆
・『クーゼルカ』が『牙狼三段突き』を発動 →『イビルエイプB』に命中 ノックバック
・『猿侯の眷属・アサシン』が『ハイディング』を解除
・『猿侯の眷属・アサシン』が『バックスタブ』を発動 →『クーゼルカ』に対して攻撃力2倍
(――クーゼルカさん、後ろです!)
「っ……!」
◆現在の状況◆
・『クーゼルカ』が『魔狼の本能』を発動 →即時行動可
・『クーゼルカ』が『朧影』を発動 →『バックスタブ』を回避
・『猿侯の眷属・アサシン』が『執念の追撃』を発動
・『クーゼルカ』が『パリィ』を発動 →『執念の追撃』を無効化 『猿侯の眷属・アサシン』が無防備状態
敵は一度攻撃したあと、即座に追撃を入れてくる――クーゼルカさんはそれを読み切って的確に対応し、クーゼルカさんを後ろから襲った『アサシン』に完全な隙が生まれる。
「――そこっ!」
◆現在の状況◆
・『クーゼルカ』が『ウェポンハント』を発動 →『猿侯の眷属・アサシン』が武器を喪失
・『ナユタ』が『ロープバインド』を発動 →『猿侯の眷属・アサシン』を拘束
「これで二人……っ、クーゼルカ殿、拘束完了しましたっ……!」
「――皆さん、警戒してください! まだ影武者の姿が見えていない……!」
「――グォォォォォォッ!!」
無数の柱が突き立った広場に、地面を揺るがすような咆哮が響き渡る――そして俺は直感に従って叫んでいた。。
(――五十嵐さん、『囮人形』と『デコイ』を! 設置したら離脱してください!)
「っ……みんな、今いる場所から離れてっ!」
◆現在の状況◆
・『キョウカ』が『囮人形』『デコイ』を発動
・『★赫灼たる猿侯』が『飛翔岩砕撃』を発動 →『囮人形』を破壊 地形範囲破壊
・地形崩壊による岩崩れが発生
柱の上から飛び降りてきた巨大な猿が、拳を地面に叩きつける。その衝撃は周囲の岩柱にヒビを入れ、一気に崩落が起こる。
「キョウカ殿っ!」
「きゃぁぁっ……スズちゃんっ……!」
「――ワォンッ!」
◆現在の状況◆
・『シオン』が『火事場救助』を発動 →速度上昇 障害物による速度低下軽減
・『シオン』が『緊急搬出』を発動 →対象:『キョウカ』『ミサキ』『スズナ』
シオンが駆け抜け、五十嵐さん、ミサキ、スズナを救出する。ナユタさんはロープに杭のついたものを岩柱に飛ばし、クーゼルカさんは自身の身体能力のみで崩壊を切り抜け、脱出する。
「グルル……」
「ギィッ!」
『猿侯』と表示された存在が、イビルエイプに何かの命令を与える――猿は見る間に拘束された『アサシン』を、そのまま連れて行く。
「行かせるわけには……っ!」
「ギシャァァッ!!」
深手を負っている方の『イビルエイプB』が『アサシン』を運び、もう一体がクーゼルカさんに飛びかかる。クーゼルカさんは剣で打ち払い、後ろに飛んで距離を取る。
――その瞬間、赤い体毛をしていた巨大な猿が、その姿を変えた。
「グォォォォォッ!!」
◆現在の状況◆
・『★赫灼たる猿侯』の『影武者』が解除 →『★破岩の猛猿』に変化
・『★破岩の猛猿』が『血戦の咆哮』を発動
・『イビルエイプA』の攻撃力、速度が大幅に上昇 防御力低下
クーゼルカさんたちを倒すべき敵と認めたかのように、巨大な猿が真の姿を現す。灰色の体毛を持ち、目に傷を負ったその猿は再び咆哮する――それを聞いた『イビルエイプ』の目が赤色に染まり、全身の毛が逆立って凶暴化する。
「……ここは通らせてもらいます。立ちふさがるならば、容赦はしません」
クーゼルカさんの言葉を受けて、『猛猿』が笑う――まるで戦いを楽しんででもいるかのように。
◆◇◆
ホスロウさんの率いる班もまた、クーゼルカさんの班が東の砦に踏み込むと同時に、橋を渡って西の砦に突入していた。
広場を囲うように丸太を地面に打ち込んで作られた壁が張り巡らされ、燭台に炎が灯されている。それを闘技場に見立てでもいるかのように、赤い体毛を持つ巨大な猿が広場の奥に座り、頬杖を突いている。
「大層な砦を作ってる割にゃ、人数が慎ましいな……捕らえられた探索者の残りはどこに行った? 十人は届けが出てるんだがな……!」
◆遭遇した魔物◆
・『★赫灼たる猿侯』 レベル不明 炎耐性 ドロップ:???
・『猿侯の眷属・踊り子』 レベル11 拘束 ドロップ:???
・『猿侯の眷属・格闘家』 レベル11 敵対 ドロップ:???
・『ウォリアーエイプ』 レベル11 敵対 ドロップ:???
・『ソーサラーエイプ』 レベル11 敵対 ドロップ:???
ホスロウさんが吐き捨てるような言葉と共に、戦意を剥き出しにする。その迫力に気圧され、『ウォリアーエイプ』が挑みかかってくる。
「――ぬぉぉぉっ!」
◆現在の状況◆
・『ウォリアーエイプ』が『グラップリング』を発動 →『ホスロウ』が腕力により抵抗
上半身の筋肉が異常に発達した猿――その腕力は、レベル13のホスロウさんと拮抗するほどのものだった。
「近接戦闘において、回避不能の組技か……!」
「ギィッ……!!」
◆現在の状況◆
・『ソーサラーエイプ』が『カースワード』を発動
・『猿侯の眷属・踊り子』が『妖艶舞踏』を発動
ボロ布を纏い、曲がりくねった木の杖を持った『ソーサラーエイプ』が何かを唱える――杖の先から魔力で生み出された黒い文字が、ホスロウさんに向けて放たれる。そこに重ねるように、後方で『踊り子』が舞い始める――しかし。
◆現在の状況◆
・『古強者のタリスマン』の効果が発動 →『ホスロウ』が魅了に抵抗
「俺を誘惑するには十年早いな……!」
◆現在の状況◆
・『ホスロウ』が『グラップリング』を解除
・『ホスロウ』が『バトルクライ』を発動 →パーティの攻撃力・防御力が上昇
・『イヴリル』が『リフレクトパラソル』を発動 →『カースワード』を反射
・『猿侯の眷属・踊り子』に『カースワード』が命中 攻撃力、防御力、速度低下
ホスロウさんは『ウォリアーエイプ』の組み付きを外して飛び退き、中衛に位置していたイヴリルさんが前に出る――彼女が構えた傘は『カースワード』を弾き返し、そのまま『ソーサラーエイプ』に命中する。
「敵の魔法を反射……やるな、イヴリルの嬢ちゃん……!」
「戦いにおいては年齢も性別も関係はありませんわ」
(イヴリルさん、右から来ますっ!)
「っ……!!」
◆現在の状況◆
・『猿侯の眷属・格闘家』が『無心の極み』を発動 →気配低下 奇襲成功率上昇
・『猿侯の眷属・格闘家』が『箭疾歩』を発動
・『フェリシア』が『インターセプト』を発動 →対象:『猿侯の眷属・格闘家』
・『フェリシア』が『柔拳衝絶掌』を発動 →『箭疾歩』を無効化
『猿侯の眷属・格闘家』はそこに存在していながら『無』に等しく気配を消していた――そして打撃の間合いとは到底思わない外から一瞬で踏み込んでイヴリルさんを狙うが、フェリスさんは間一髪で割り込み、掌で打撃を受ける。
「ニャッ……!!」
「――!?」
◆現在の状況◆
・『フェリシア』が『インパクトパッド』を発動 →『猿侯の眷属・格闘家』に命中 ノックバック大 脳震盪
(強い……打撃系の攻撃を肉球で無効化して、逆にこちらの打撃は容赦なく敵の防御を貫通する。これがレベル12の『キャットファイター』……!)
「――ヴァイオラ!」
◆現在の状況◆
・『ヴァイオラ』が『バインドスネーク』を発動 →『猿侯の眷属・格闘家』に命中 拘束状態
・『ヴァイオラ』が『パラライズヴェノム』を発動 →『猿侯の眷属・格闘家』が麻痺
・『猿侯の眷属・踊り子』が『スロウイングダガー』を発動 →『ヴァイオラ』の『★紫大蛇の毒鞭』の耐久度低下
ヴァイオラさんが扱う武器は、スカートの中に仕込んだ鞭だった――取り出しざまに『格闘家』を拘束し、さらに麻痺毒を流し込む。鞭を切断しようと放った踊り子の攻撃は、一撃では鞭を切断することはできなかった。
「キキィッ……!!」
◆現在の状況◆
・『ウォリアーエイプ』が『クルーエルバイト』を発動
・『ホスロウ』が『マキシカウンター』を発動 →『ウォリアーエイプ』に命中 ノックバック大
『ウォリアーエイプ』はヴァイオラさんを狙い、拘束を解除させようとする――だが、その動きを読んでいたホスロウさんが、まるで爆撃のような威力のカウンターを繰り出し、大人ほどもある大きさの『ウォリアーエイプ』を吹き飛ばした。
「――ギィィィィッ!!」
「残念……私もいる」
◆現在の状況◆
・『ソーサラーエイプ』が『グラッジスクリーム』を発動
・『メリッサ』の攻撃 →『待ち伏せ』の効果が発動 『ソーサラーエイプ』にクリティカル 『ソーサラーエイプ』の行動がキャンセル
・『フェリシア』が『レッグキャノン』を発動 →『ソーサラーエイプ』に命中 ノックバック大
メリッサが『ソーサラーエイプ』の行動を阻止し、即座にフェリスさんが追撃する――母娘ならではの、息の合ったコンビネーションが決まった。
ホスロウさんの側が明らかに押していて、俺の支援は現状必要がない。
『猿侯』に操られた探索者は無力化できているし、残す『踊り子』も『カースワード』を受けて動きが鈍くなっている。
だが、それでもホスロウさんの表情は厳しいままだった。
「こいつら……なんで倒れねえ。なぜ、こうもすぐに起き上がれる……?」
座していた『猿侯』――それもまた、俺たちが想定していた通りに、二体目の『影武者』だった。赤色の体毛が黒く変化し、姿が一回り小さくなる。
◆現在の状況◆
・『★赫灼たる猿侯』の『影武者』が解除 →『★獄卒の魔猿』に変化
・『★獄卒の魔猿』が『獄卒の死命』を発動
・『ウォリアーエイプ』『ソーサラーエイプ』が『魔戦傀儡』化
ホスロウ班もまた、クーゼルカ班とほぼ同じ状況に遭遇する――『破岩の猛猿』『獄卒の魔猿』は配下の魔物を強化して、最後まで戦わせようとする。
そして本体もまた動き始める。『影武者』を解くことで『猿侯』の技能を模倣することはできなくなるが、元来の能力を発揮できるようになるのだろう。
「どうやらここからが本番のようだな……アトベ君、俺たちはこいつらを『猿侯』の元には戻らせない。合流する前に奴を叩いてくれ……!」
(はい……っ、どうか無事で……!)
「――応っ!」
ホスロウさんが拳を打ち合わせる。再び襲いかかってきた『ウォリアーエイプ』を薙ぎ払いながら、彼は先陣を切って『獄卒の魔猿』に向かって猛進していった。
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