第二百十二話 能力付与
宿舎に戻ると、五十嵐さんたちが一度着替えてから出てきていた。どうやら、セレスさんに呼ばれたようだ――そして、意外な人の姿がある。
「やあ、アリヒト」
「リーネさん……」
セレスさんは思うところがあるのか、三角帽子のつばを引っ張って顔を隠す。シュタイナーさんはリーネさんが連れてきたスケアクロウのシュバルツを前にして、少し戸惑っている様子だった。
「また私の庵に足を運んでもらうのも悪いからね、久しぶりに街に出てきた」
「気分で出てきたように言うが、ずっと引きこもっていたのではないのか?」
「ん。そこは私にも事情というものがある……幼馴染みの顔を久しぶりに見られて、素直に嬉しいとは思っているよ」
「何が幼馴染みじゃ、放蕩ものが」
シュタイナーさんと一緒に居るときには、少女のような容姿に反して大人びたところのあるセレスさんだが、リーネさんに対しては見たこともない顔を見せていた。
「セレスさんは『翡翠の民』だとうかがいました。リーネさんも、同じ場所の出身なんですね」
「うん、そういうことになる。私はセレスより先に探索者になって、紆余曲折あって今に至るわけだけどね……さあ、『ホーリーストーン』の加工を始めようか。私よりも、信頼できるセレスにお願いした方がいい」
「何を言う……と言いたいところじゃが。わしとリーネが同じようなことができるというのは、すでにアリヒトにも伝えておるからのう」
「そう……セレスも分かっていると思うけど、特殊な鉱石の力を武具に付与するにはこれを使う。『媒介の宝珠』だね」
「っ……持っておったのか。わしも長い間目にしておらぬが……」
「探索者をしていた時に手に入れたものだよ。もう使うことは無いかもしれないと思っていたけど、私はアリヒト君に出会ってしまったからね」
リーネさんがローブの胸元に手を入れ、ペンダントを取り出す――そこには金属製のロケットと、いくつかの宝石が一緒につけられていた。
宝石の一つを外すと、リーネさんがセレスさんに差し出す。二人とも、こうして見るとやはり良く似ている――『翡翠の民』であるふたりはともに年齢よりも容姿が若く、亜麻色の髪も色が近い。何よりも強く意識させられる共通点は、同じ色の瞳だ。
「アトベ殿、個々のパーティの情報については秘匿されるべきですので、私たちは宿舎に入っています」
「何かあったらすぐ駆けつけるから呼んでくれ。待機はギルドセイバーの基本だからな」
「ありがとうございます、このお礼は改めてさせてください」
「気にするなよ、ある意味じゃやりたいようにやらせてもらってるだけだ」
「ホスロウの言い方には語弊がありますが……私は、アトベ殿たちに無事でいてもらいたいと思っています。ですから、感謝などは無用です」
「それなら、アタシも出番が来るまで待たせてもらうわね。外じゃないと吸えないのよ、これ」
「おっ、ルカ君もなかなか良さそうなのを持ってるな」
ルカさんとホスロウさんが懐から出したのは、葉巻の入ったケースだった。二人が連れ立って歩いていくのを見て、クーゼルカさんは小さく息をつく。
「あの、よろしければこちらでお話しませんか?」
「……はい。セラフィナ中尉、後で少しいいですか」
「は、はい。了解しました、上官殿」
クーゼルカさんはファルマさんに誘われて歩いていく――これからセレスさんたちの工房に行くことになるが、周辺で話でもして待ってくれているということだ。
テレジアのことがあるため、クーゼルカさんたちが控えてくれているのはわかるが、現状ではテレジアの両手には『拘束の金環』がつけられているので、それほどの心配は必要ないように思える。
早く拘束を外してやりたい――そう思うが、改めて後でクーゼルカさんに頼むことにする。全ての責任は俺が請け負う、そんな言葉で承諾を得られるかは分からないが。
◆◇◆
工房に入ると、セレスさんはリーネさんから受け取った『媒介の宝珠』を、『ヘブンスティレット』と一緒に置いた。
「ふむ……この類の剣か。専門の剣士ではない一部の職業のみが装備できるのじゃが、それは大丈夫かの?」
「っ……それは……」
もし装備できるメンバーがいなければ『呪詛喰らい』の武器のベースとなる武器を探さなくてはならなくなる。しかしマドカに調べてもらうと、装備できる職業は判明した。
「『ローグ』のテレジアさんは、この系統の武器を装備できます」
「それなら、テレジアの攻撃は『猿侯』を倒すときに必須になるわね……私ができるだけ『猿侯』を削るから、止めを狙うようにして」
「…………」
テレジアはこくりと頷く。リーネさんも見守る中で、セレスさんは『ヘブンスティレット』と『ホーリーストーン』に手をかざした。
「輝きを放つ聖なる石よ。その力をひとたび宝珠に移し、新たな武器に宿したまえ……!」
◆現在の状況◆
・『セレス』が『エクストラクト』を発動 → 『ホーリーストーン』の特殊能力を魔法文字として抽出
・『セレス』が『コンバージョン』を発動 『ヘブンスティレット』に魔法文字を付与
『ホーリーストーン』が輝き始め、その光が『媒介の宝珠』に吸収される。さらに、『媒介の宝珠』から溢れ出した光が文字に変化して『ヘブンスティレット』に流れ込み、浸透していくかのような現象が起こる。
◆★グロリアスティレット+6◆
・『刺突』攻撃時にクリティカルが発生しやすくなる。
・両手に異なる武器を装備したときに『攻撃力』が上昇する。
・『攻撃速度』が向上する。
・『ヘイト回避率』が向上する。
・『沈黙石』が装着されている。
・『特攻:呪い』呪詛を使用する魔物に対して打撃が上昇し、魔物を倒した際に『呪詛喰らい』を発動する。
ヘブンスティレットに魔法文字が刻まれ、名称が変化した――星つきの素材を使ったからということか。ヘイト回避率の向上という能力も前はなかったはずなので、強化の際に付加されたことになる。
「ふう……無事に完成して良かった。こういった強化は、もし失敗すると素材を失うこともあるのでな」
『親方さまでも難しい素材だよね、「ホーリーストーン」は』
「もし失敗してしまった場合は、まだスペアがありますから。ミサキの力を借りれば、確実に加工が成功するようにできると思います」
「そのような方法が……アリヒトたちはやはり、只者ではないメンバーの集まりじゃな」
「いやー、それほどでもありますけど」
ミサキが照れているが、街では『フォーチュンロール』を使うことは原則としてできないため、セレスさんに迷宮までついてきてもらう必要がある。貴重な素材を失わないためには、そういった措置も必要になってきそうだ。
「……これで私も、アリヒト君たちに借りを返すことができた。ゆえあって、アリヒト君たちの戦いに参戦することはできないが、いつかはシュバルツとともに力添えをしたいと思っている。だから、生き残ってもらわなければ困るんだ……こんなことを言っても、困ってしまうだろうけれどね」
「ありがとうございます、リーネさん。その気持ちだけでも十分です。呪詛を解く方法を教えてくれて、本当に助かりました」
「……私も、呪詛に屈せず解き放つことができると信じたい。セレス、そして鎧の君はお弟子さんか。君たちも気をつけて行くんだよ」
『アトベ様、我輩たちも同行してもいいのかな?』
「もし頼めるのなら、退路のことをお願いできるかな。魔物たちと戦うのは俺たちの役目だ……猿侯の砦を攻める間、後ろのことを省みることは難しい」
「よかろう。わしらも一度は、ルカと一緒にアリヒトたちと共闘しておるからの。あれからいつ呼ばれてもいいようにということではないが、レベルは下がらぬようにしてきた」
もちろん、支援者の皆を危険に遭わせるわけにはいかない――だが、『猿侯』を倒して脱出する際に後方にサポートしてくれる仲間がいるといないとでは、安心感は大きく変わってくる。
「これでテレジアの呪いを解くために必要な武器は作ることができた。女王蠍の素材を使った『クィーンズテイル』も完成しておる。あとは荷車に搭載して、どう運用するかじゃな」
『荷車工房のマッケインさんからは、もう仕上がってるって連絡があったよ』
「どうやら間に合ったというところじゃな。『猿侯』に対する決め手となる兵器となるのかどうかを測るために、一度試し撃ちはしておくべきじゃろう」
「はい、やってみようと思います。マドカ、協力してもらえるか?」
「いつでも心の準備はできてますっ」
マドカが敬礼をしてみせる――しかしこれから『猿侯』と戦うために重要な役割を担うのだから、緊張していないわけもない。
「……お兄さんたちと一緒に戦わせてもらえるのが、嬉しいです。ですからこれは……武者震い、っていうんでしょうか」
「そうだよな……俺も緊張はしてるが、マドカに危険が及ばないように全力を尽くす。だから、安心してくれ」
どんな戦いになるのか、やってみなければ分からない――だから言葉を濁すなんていうのは、仲間を不安にさせるだけだ。
「後部くん、そんなに肩に力を入れすぎないの。私たちだっているんだから」
「……五十嵐さん」
「私がこういうことを言う立場になるのも、不思議な気分だけど……アリヒト、一人で背負わないで。私たちだって、仲間に何かあったら絶対に助ける。それくらいできなきゃ、ルウリィや操られている人たちを助けたいなんてとても言えないわ」
『猿侯』と配下の魔物を倒すだけでも、他の探索者たちが成し得なかった――誰もがリスクに見合わないと敬遠したような相手と、難しい条件をクリアしながら戦わなければならない。
「これまで、アリヒト達には何度も驚かされてきた。だから今回も、というのは甘えなのかもしれぬが、それでも信じたい」
「……俺自身、そう思っています。前に進むことを躊躇ったら、何も得られない。今までも、俺たちはずっとそうやってきました」
「そうじゃな。お主らほどの速さで進む探索者は、迷宮国の歴史上でもそうはおらぬ……歴代最速という言葉も大袈裟ではないじゃろう。だからこそ、歩みを止めて欲しくはない」
『我輩は、アトベ様に……いや、今は言わないでおくよ。この戦いが終わったら、改めて話をさせてくれないかな』
「シュタイナーさん、それって『フラグ』って言うらしいですよ? なーんて、今回ばかりは茶化しちゃだめですよね、私ったらもう」
シュタイナーさんの話したいこととは何か――何となく察することはできる気もするが、今何か言うのは野暮だろう。
「『炎天の紅楼』には、いつ入るのじゃ?」
「もう一日も遅らせられないほど、テレジアの『呪詛』が進行してしまっています。俺は『呪詛』を甘く見ていた……テレジアの手で魔物を倒すことで、進行してしまうと考えてもいなかった」
「呪詛が進行する条件も様々だからね……それは、アリヒト君が責任を感じることじゃない。私の手抜かりでもある」
リーネさんが話に入ってくる。手抜かりということはない、リーネさんが協力してくれなければ、俺たちは呪詛を解く方法に辿り着けなかった。
「……ん? セレス、ここに置いてある鎧は?」
「それはアリヒトたちが『黒い箱』から見つけたプレートメイルじゃな。未鑑定なので、今のところは装備できぬが」
『リーネ様、上級鑑定の巻物などをお持ちではありませんか?』
シュタイナーさんはセレスさんの幼馴染みだからということか、リーネさんにも敬意を示している。リーネさんはそれをくすぐったそうにしながら、肩からかけているポーチを開けて、中を探り始めた。
「いつか使うことになるかもしれないと思っていたけど、随分時間が経ってしまった。『上級鑑定』……『鑑定術3』以上に該当する技能は、希少な宝物のような価値がある。この巻物も、私の目には、宝のように映っていたものさ」
今はそうではない――ということか。そう案じる俺の内心が見えているかのように、リーネさんはふっと笑った。
「今の私やシュバルツには、君たちが眩しく見える。あの庵を訪ねて来てくれたときも、嬉しく思っていたよ。セレスの手紙を届けてもらって、彼女に会うべきかここに来る直前まで迷っていたけど……やはり、来て良かったんだ」
「……なぜそれをわしに言わぬ」
セレスさんが小さくぼやくと、リーネさんは肩を震わせて笑う。そして、俺にポーチから出した巻物を渡してくれた。
「ありがとうございます、リーネさん。使わせてもらいます」
「お兄さん、早速鑑定をさせてもらっていいですか?」
「ああ、お願いするよ」
マドカは台座に掛けられているプレートメイルの前まで行くと、巻物を開く――すると、表面がくすんでいたプレートメイルが輝きを放ち始めた。
◆★グラシアルプレート◆
・主に『クリスダイト』でできている。
・『超軽量化』の改造がされている。
・『物理防御』を強化する。
・『間接防御』を少し強化する。
・『魔法防御』を強化する。
・『地形効果:高温』による影響を無効化する。
・敵から被害を受けたときに『氷の盾』が発動することがある。
・スロットが一つある。
・破損している。
「っ……この鎧、近づくだけで涼しい、ような気がします……っ」
マドカが驚いているが、気持ちは皆同じだ――『鑑定』とは、詳細の分からないものの情報を調べるものだと思っていたが、どうやら『上級鑑定』は少し違うらしい。
「『鑑定術3』以降が必要なものは、誰にでも使うことはできないように情報が隠匿されているのじゃよ。鑑定したことで、真の姿を見せたというべきか……」
「冷気の鎧……それも、星つきの。そしてスロットが一つある。ルーンを着けられるっていうことですね」
『壊れてるっていうけど、少し留め金が傷んでるくらいだから、これは材料があれば直せるよ。でも「クリスダイト」は調達できるかな……』
「その金属なら、さっき迷宮で見つけたはず」
メリッサが言って、ツナギのポケットから『クリスダイト片』を取り出す。シュタイナーさんはそれを見て、ぐっと親指を立てた。
『二時間もあれば修復できるよ。親方さまも言ってたけど、この鎧はセラフィナさんに合わせて仕立てた方がいいかな?』
「よろしいのですか? これほど強力な鎧を、使わせていただいても」
「はい。今まで使っていた鎧についても、修復を頼んでおこうと思います。シュタイナーさん、お願いできますか」
『あー、結構派手に壊れちゃったみたいだね。これは少し時間がかかるから、どんな方向で修復するか後日考えようか』
「よろしくお願いします。この『グラシアルプレート』ですが、調整はできますか?」
『もちろんサイズ合わせも承るよ。アトベ様、ちょっとセラフィナさんを借りるね』
シュタイナーさんがセラフィナさんを連れて、工房の奥に入っていく。そして、掛けられていた『グラシアルプレート』も持っていった。
「他の装備もメンテナンスを承ろう。明日の朝までには全て見ておくからの」
「ありがとうございます、セレスさん」
「……そういうことなら、私も手伝おうか。このまま帰っては、情のない人物と思われてしまいそうだ」
「そんな理由なら、手伝わずとも良いのじゃがな」
セレスさんが言っても、リーネさんは気を悪くした様子はなかった。
幼馴染みというよりも、この二人は姉妹のようによく似ている。セレスさんもリーネさんに突っかかるようでいて、その言葉は二人の間の親しみを感じさせた。
「……むっ。アリヒト、スリングにつけた魔石が一つ割れておるな」
「『操作石』が使用限界を超えたみたいです。一時的に、違うものをつけておきたいんですが……」
「では、前に見せてもらった『ブラッドサッカー』の『会心石』を外して、スリングにつけておくというのはどうじゃ? 『ブラッドサッカー』の使い手がいるのなら、そのまま使うのが良いじゃろうが」
マドカに調べてもらうと『ブラッドサッカー』はメリッサ、テレジアが使うことのできる武器だった。メリッサは『肉斬り包丁』と『フォビドゥーン・サイス』のどちらかを使い、テレジアは『グロリアスティレット』を装備するので、今のところは使うメンバーはいない。
「元はシロネの武器だから、返すとしたら元の状態に戻してあげたほうがいいけど……『グロリアスティレット』については非常事態だから、もう一度会えた時に事情を説明しましょう」
「そうだな……『会心石』も借りておくことにする。『グロリアスティレット』に装着されている『沈黙石』は、スズナの角笛につけておこう」
「相手が呪文を唱えたりするのを、『沈黙』で防げるかもしれない……ということですね」
操られている探索者を無力化する手段として『沈黙』は有効だろう。相手が容赦なく攻撃してくるとしても、状態異常を付与できれば詠唱を必要とする技能の使用を阻止できる。
「角笛の魔石がつけられる箇所を増やすのじゃな? 『真銀の砂』を一つ使うが良いか?」
「はい、お願いします」
『強度を維持できる場合でないと魔石穴は増やせないけど、この角笛なら大丈夫だと思うよ』
◆装備加工◆
・『★グラシアルプレート』を『クリスダイト片』を使用して修復
・『★グラシアルプレート』に『転のルーン』を装着
・『★牧神の響声』を『真銀の砂』で加工 → 魔石装着可能数+1
・『★牧神の響声』に『沈黙石』を装着 『+2』に強化
・『★黒き魔弾を放つもの』に『会心石』を装着
各装備の強化が、どのような場面で効果的かは分からない。しかしパーティが選択できる戦術を一つでも増やしておくことは、必ず窮地に活路を見出す鍵になる。
「アトベ様、お忙しいところ申し訳ありません。探索の報告をお願いしても……」
ちょうどルイーザさんがギルドでの仕事を終えて、こちらに来てくれた。
彼女にも、明日『炎天の紅楼』に入ることは伝えなければならない。できるだけ落ち着いて事情を説明し、五つ星迷宮に入る条件が達成できているかも確認したいところだ。




