第二百十話 秘境
「それじゃ今度こそ行っきますよー、『ピック』……ッ」
「待って」
「ふぉぉっ……メリちゃん、どうしたの?」
「メリちゃん……私と混ざりそうだから、メリーとか、メリッサって呼んで欲しいわね」
「はーい、じゃあメリッサちゃんで。エリちゃんが焼き餅焼いちゃいますから」
「私はどちらでもいい。それより、今は大事な話」
メリッサはマトックを俺に差し出して言う。セラフィナさんは装備が壊れているので、メリッサが代わりに採掘役を担当することになった。
「このマトックはあと二回しか使えない。使ったらチャージが必要と出てる」
「探索者の採掘行動については、専門の支援者の助力がなければ制限されています。地形の構成物でもある岩の塊をそのまま持ち帰ることは現在できません」
迷宮の構成物と言われると、確かにみだりに外に持ち出すのはリスクがあるように思う。スタンピードを起こすメカニズムといい、迷宮はそれ自体が自立して活動しているような面があるからだ。
「あと二回で当たりを引かないといけない。ということは……」
「さっきの戦いの間に、士気が溜まってますし……じゃあ、行ってみますか!」
◆現在の状況◆
・『ミサキ』が『フォーチュンロール』を発動 →次の行動が確実に成功
・『ミサキ』が『ピックロトリー』を発動 →特殊成功 希少素材の発見が確定
「な、なんかさっきと全然違う手応えなんですけど……っ!」
「どれを壊せばいい?」
「その奥の方のやつ、いっちゃってください!」
メリッサが『小人のマトック』で、指定された岩を軽く叩く――すると岩があっさりと崩れ、一度目の岩塊からは見つからなかった、白く輝くものが見つかった。
◆新しく獲得した素材◆
・ヘブンスチル鉱石×2
・グロウゴールド×2
・クリスダイト片×1
・真銀の砂×1
・★ホーリーストーン×2
「っ……後部くん、これ……!」
五十嵐さんが破片の中から、白く輝く石を拾って持ってくる。見つけられた――『呪詛喰らい』の武器の材料を。
「良かった……見つけられて。それも、二つも……」
「ヘブンスチル鉱石も見つかってるから、武器をもう一つ作ってもらうこともできるか……いや、そこまでの時間はないか」
「素材は多いに越したことはないと思うわ。装備を合成するのに使う『真銀の砂』も手に入れられたし……でも、マトックの回数は残しておいた方がいいのかしら」
五十嵐さんが言う通り、他の岩塊からもう一度採掘するかどうかは気になるところだ。
「もう一度ナナモリさんに会えるなら、チャージ方法が聞けるかもしれませんが。スペアがあるって言っていたので、基本的には使い捨てなのかもしれません」
「じゃあ『ピックロトリー』で当たりっぽい感じか調べてみて、それで決めたら良い感じですか?」
「ああ、頼む。ミサキ、魔力は大丈夫か?」
「大丈夫ですよー、これくらい……『ピックロトリー』!」
ミサキが技能を発動しても、さっきまでのような手応えはないようだ――そして。
「っ……あ、あれ? 足に力が……」
「ミサキちゃんっ……大丈夫?」
「あはは、意外に魔力使っちゃうんですね、『ピックロトリー』って」
「あれだけ連続で使うとな。ミサキ、少しじっとしててくれ」
「っ……この、魔力が回復するときの感じ……本当、くせになりそう……」
「あ、あのね……あくまで回復をしてくれてるのよ、アリヒトは」
「エリーティアは大丈夫か?」
魔力のポーションを飲みながら聞いてみると、エリーティアは一度何か言おうとして、途中でやめる――そして。
「……お願いしていい? 私も、大技を連発して少し疲れてるみたいで……」
「エリちゃんったら、素直じゃないんだからー」
「後部くんの魔力をもらうんだから、それはちょっと照れはあるわよね……というか、魔力のポーションを飲めばいい気もするんだけど」
「そ、それでもいいんだけど……せっかくなら、アリヒトに技能を使ってもらって回復した方がいいと思うの」
技能の使用回数でも多少経験が積めるということか。エリーティアは俺に背中を向けると、背中にかかっていたおさげを前に回した。
「よし……行くぞ、『アシストチャージ』」
「……ありがとう。やっぱり、自然に回復するより疲労の取れ方がいいわね」
「そう言われると、みんなしてもらいたくなっちゃう……なんて、私たちはそんなに疲れてないから、後部くんは戦々恐々としなくていいのよ」
「はは……まあ、まだこの迷宮でやることはありますし、回復しておくに越したことはないと思います。三層まで潜った実績も必要ですから」
「それなら、私が単独で行ってきた方が良さそうね……今ちょうど回復してもらったし」
エリーティアが腕を回しながら言う。華奢で小柄な彼女だが、その仕草は頼もしいことこの上ない。
五番区の迷宮二つを三層まで潜ること、そして貢献度3000以上を二度記録すること。それを達成しなければ5つ星迷宮の探索資格は得られない。
ここまでの探索で、貢献度3000に達しているかどうか。ストラダとの戦闘、そして対話がどのように評価されるかによるが、もう少し戦わなくては確実とは言えないか。
「……クァ」
「おっと……待たせたな。あっちの方向に何があるんだ?」
スロウサラマンダーの示す方向――苔で隠れていた道を『フォースシュート』で開通させ、中に入ってみる。
途中で登る道と、ほぼ水平の道に分かれている。登りの道を使えば、別の経路で脱出できるかもしれない。
少し湿った、冷んやりとした空気が流れてくる。そして、歩くほどに大きくなっていくのは――水の流れる音。
「視界が開けそうね……みんな、足元に気をつけて」
洞窟の中に差し込む強い光。眩しさに手をかざしつつ、皆を先導していたエリーティアが外に出ていく。
「……これは……」
後に続く――かなりの高所で、落ちればただでは済まなそうだが。この絶景を目にすると、登山を趣味にする人の気持ちがよく分かる。
「崖の下に、水場が……小さいけど、滝があるのね」
「あれって、この子たちに似てませんか? ちょっと色は違いますけど」
◆現在の状況◆
・未踏領域に侵入 発見:秘境
・魔物出没確率:普通
・地形効果の有無:判定技能なし
「秘境……あれは、スロウサラマンダーにとっては仲間か、同系統の魔物なのか」
「秘境の発見は、貢献度が多く計上されます。これまでの戦闘結果も合わせて、条件は満たせていると考えられます」
◆遭遇した魔物◆
・★眠れる森の湖竜 レベル13 耐性不明 中立状態 ドロップ:???
・サイレントレプスA レベル10 雷倍撃 中立状態 ドロップ:???
・サイレントレプスB レベル10 雷倍撃 中立状態 ドロップ:???
「めっちゃ温厚そうですけど、あのおっきいのは『竜』ってなってますし、戦いになったら凄いタイプですよね……」
「仲間に会いたかった……っていうことか?」
「「クァ」」
二体のスロウサラマンダーが同時に鳴く。しかしそれ以上はどうするでもなく、ただシオンの上からゆっくりと動く魔物たちの姿を眺めただけで、後ろを向こうとする。
「……そうか、あの『ディープイーター』は、おそらく『サイレントレプス』を捕食してるんだ」
「それで、この子たちが怖がっていたんですね……」
迷宮の魔物たちにも生態系がある。『ディープイーター』は生きるために必要なことをしているだけで、それ自体は善悪の価値観では測れない。
だが探索者にも目的があり、魔物を倒さなければならない。『スロウサラマンダー』たちにとって、俺たちの行為はどう映っているだろう――その小さくもつぶらな目を見ていても、何を考えているのかはわからない。
「後部くん、アラクネメイジが何か伝えようとしてるみたいだけど……」
「ん? どうした、アラクネ」
「…………」
アラクネは何も言わないまま、下を指し示す。その先――『眠れる森の湖竜』がいた水辺に、さっきまでは無かったものがある。『鷹の眼』でようやく視認できるくらいのものだ。
◆現在の状況◆
・『★眠れる森の湖竜』が『?マスク』をドロップ 取得権利者:アリヒトのパーティ
(自分からドロップした……魔物が?)
「……スロウサラマンダーを連れてきたから? それとも『ディープイーター』をやっつけたからなの?」
「そのどちらも……ということかもしれません」
アラクネはそろそろと動き始め、崖から落ちた――と思いきや、絶壁に張り付く。
「行ってきてくれるのか?」
「…………」
崖の下を覗き込んで聞いてみると、アラクネはこくりと頷き、糸も利用してあれよと言う間に下まで降りる。そして攻撃してこない魔物たちの間を通り、落ちているものを回収した。
「アラクネさん、お兄ちゃんのためにできることはないかって、実はいっぱい考えてるとか……」
「そうね……言葉にしなくたって、伝わることってあるのよね」
五十嵐さんがテレジアを見ながら言う。しかし、テレジアはその視線を避けるように、違う方向を向いてしまう。
「…………」
「……テレジアさん」
「少し疲れが出たのかもしれません。テレジア、今日のところは……」
まだ残り日数はあるし、一度迷宮から出た方がいい。そう言う前に、テレジアは俺の袖を掴んで、首を振った。
「……そうか。あまり過保護にしてもいけないな」
「…………」
一番辛いのはテレジアだ。しかし彼女は、掴んだ袖を離すと、いたわるように俺の腕を撫でてくれる。
アラクネが戻ってきて渡してくれたもの。『湖竜』からの贈りものは、竜の鱗でできたような口元を覆うマスクだった。
「防御力は高そうですけど、ちょっと装備するには迫力がありすぎますねー」
「私は防御力を優先するのであれば、多少のリスクがあっても装備できますが」
「まず鑑定してみましょう。ここからは帰還の巻物を使ってもいいですが、途中に登る道がありましたね」
「そうですね、道はしっかりしているようでしたが……先程の地形変動もありましたし、調査してみましょう」
「バウッ」
『スロウサラマンダー』は出番を終えたということで、召喚を解除する。シオンは俺たちを先導して、先程の分岐まで歩いていき、今度は登りの道に入る。
「……また光が見えてきたな」
「今度はどこに出るのかしらね……そういえば、ストラダはどこに行ったのかしら?」
五十嵐さんに言われて思い出す。『記憶の封印角』を返さなければ――洞窟に俺たちが閉じ込められたあと、ストラダはどこに行ったのか。
だが、その心配は必要なかった。出口の壁に背を預けるようにして、ストラダが立っている。
「『ホーリーストーン』は無事に見つけられたよ。『封印角』を返そう」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『記憶の封印角』の所有者として認定
・『★流浪のストラダ』の状態が友好状態に変化
「ん……ど、どうした?」
ストラダは角を受け取らない――それどころか、俺に近づいてくると、手を取って頬擦りをする。
「ちょ、ちょっと……もしかして、懐いちゃったのかしら」
「『記憶の封印角』ですから、これがある間は記憶を封印されていた……ということなんでしょうか」
角がある状態が元来の状態だとばかり思っていた――スズナの推測通りなら、角はストラダの記憶を封印するためにつけられたということなのか。
『迷宮には、秘神の眷属と言えど未知の事象も多い……しかし、この魔物がこちらに敵対の意志を持たないことは、私にも感じ取れる』
ムラクモも戸惑うような事態だが、そういうことも起こりうるということか。
「そういうことなら……貴女、私についてこられる?」
「エリーティア、ストラダを連れていくのか?」
「ええ。みんなは迷宮の出口で待っていて」
「エリーさんとストラダさんなら、途中で魔物が出ても『限界突破のスーパーバトル! 迷宮で一番強い奴』になっちゃいますね」
「どういう例えだ……だが、力を借りられるなら有り難いな。この迷宮には詳しいだろうし」
「……な、なに? くすぐったい……」
ストラダは友好を示すように、エリーティアに兎の耳を触れさせる。そして、無言でぐっと拳を握りしめた。
「できるだけ早く駆け抜けるわよ。次の層まで案内できる?」
ストラダが耳を動かす――どうやら肯定の返事らしい。エリーティアは微笑み、頷きを返す。
◆現在の状況◆
・『★流浪のストラダ』は『脱兎閃速』を発動
・『エリーティア』は『コメットレイド』を発動
二人は加速系の技能を使って、飛ぶような速さで駆けていく。瞬きのうちに見えなくなっており、思わず皆で顔を見合わせる――皆も呆れ半分、感心半分で笑っている。
「ストラダも戦力に加わってくれたら……っていうのは、難しいのかしらね」
「調教ができるレベルになれば、召喚できる魔物の中でも切り札のような存在になると思いますが。今はまだ、届かないですね」
「エリーティア殿だけに頼るのは申し訳ないですが、スピードという点では彼女に追随できる探索者は、もはやこの階層全体でもいないでしょう」
できれば戦闘経験を積みたいというのはあるが、『ディープイーター』と戦ってみて分かった。今の俺たちでは、五番区の魔物と戦えば一戦ごとにリスクを強いられる。
「セラフィナさんの鎧は、どうしましょう……壊れたものは回収できていますが」
「修復には時間がかかりますので、街の店で調達できるものを使います。サイズが合えば良いのですが」
『ガーディアンズ・メイル+4』ほどの装備が見つかるのか――大盾で敵の攻撃を受けるとはいえ、鎧の防御力もできるだけ高い方がいいに決まっている。
(ルーンスロットのある鎧が理想的だが、調達できるか……? 金属は多く見つけているが、それが鎧を作るために足りるのか、どれくらい時間がかかるかもわからない)
理想は、完成された形の強力な鎧を手に入れること。それが無理なら、購入できる品で最高の性能のものを手に入れる。
そして『ホーリーストーン』による『呪詛喰らい』の作成を依頼する。迷宮の出口を目指して歩きながら、これからやらなければならないことを頭の中で整理していた。




