第二百九話 鳴動/流星と蒼炎
『ディープイーター』は、頭部と後ろ脚が異常に発達した亀とでも言えばいいのか――バランスを無理やり取ったような体格で、口は大人一人を丸呑みにできそうなほどに大きい。
その口が何のためにあるのか。閉鎖された空間に見えるが、『ディープイーター』が何かを捕食しているのだとしたら、この地底の空間がどこかに通じている可能性がある。
「アリヒト、来るわよっ!」
「――ガァァァァァッ!!」
◆現在の状況◆
・『ディープイーター』が『蔓草』による『拘束』を解除
・『ディープイーター』が『ハウリングクェイク』を発動 → 地形変化第一段階
「……なんだ……!?」
「めっちゃ揺れてるっ……これ、洞窟が崩れちゃうんじゃ……!」
咆哮で洞窟全体が鳴動する。これが『震える山麓』のもう一つの意味なのか――名前つきでもない通常の魔物が、地形に影響を与える技能を持っているなんて。
「後部くん、後ろっ……!」
(この咆哮は、退路を断つためか……!)
俺たちが下ってきた道は、ストラダの技能の影響で地盤が不安定になっていた。鳴動によって壁が崩れ、小さな穴を残して道が塞がれてしまう。
「アリヒト殿、ここは私が時間を……っ」
「セラフィナさんは下がっていてください、鎧が無い状態では危険です!」
「しかし……っ!」
「奴を止めるには、この方法がある……来てくれ……っ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『スロウサラマンダーA』『スロウサラマンダーB』を召喚
・『アリヒト』が『アラクネメイジ』を召喚
『――!?』
召喚のペンダントを使って俺が呼び出したのは、スロウサラマンダー。オオサンショウウオの巨大化したような二頭と、人間の女性の上半身と蜘蛛の下半身を持つ魔物、アラクネメイジだった。
「……分かった。アリヒトの作戦……っ!」
「アリヒト殿、『ディープイーター』の様子が……っ!」
俺が魔物を召喚した瞬間、それを視界に捕らえた『ディープイーター』の大きな頭部に対して小さな瞳が、燃え上がるように赤くなる。
「グガァァァァォォォッ……!!」
◆現在の状況◆
・『ディープイーター』が『捕食衝動』を発動 →『ディープイーター』の形態変化
・『ディープイーター』が『地面遊泳』を発動 →『ディープイーター』の速度上昇 地形無視
・『スロウサラマンダーA』『スロウサラマンダーB』が恐怖
『ディープイーター』の腕がヒレのように変化し、砂の堆積した地面に『飛び込み』、泳いでくる――それは悪夢のような光景だった。
「……クォ……」
「アリヒトさん、この子たちが怯えて……っ」
(向こうは『捕食者』……スロウサラマンダーが本能的に恐怖している……!)
「っ……『当たって』!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『バインシュート』
・『スズナ』が『皆中』を発動 →2本連続で必中
・『スズナ』が『フォビドゥンアロー』を発動
・『ディープイーター』が『超反応』を発動 →『弾除け2』を発動 『フォビドゥンアロー』の被害を軽減 拘束無効化
通じない――あらゆる攻撃が。近接攻撃が通じなければ遠距離で、そんな俺の考えを嘲笑うように、奴は突き進んでくる。
『――私があの魔物を止める。マスター、我が名を……』
アルフェッカは今は呼び出せないが、ムラクモの力は借りられる。背負った剣の柄を握る――奴を止められる可能性のある技は、ムラクモが教えてくれる。
エリーティア、メリッサが動いている。シオンは恐怖で動けなくなったスロウサラマンダーを救い出そうとしている。
――その時俺の横から、白い手が伸びる。それは逃げようとせずに技能を使おうとする『アラクネメイジ』の手だった。
『必ず止める……今の私なら……!』
「頼むぞムラクモ……! アラクネメイジ、『支援する』!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『雲の構え』
ムラクモが俺に支持したのは、攻撃ではない――防御に徹する『構え』だった。
『剣である私は、ただ相手を斬ることだけを役割とする……そう考えていた。しかしマスターの剣として戦う間に、守ることも剣の役割であると知った……!』
「――ガァァァォォォッ……!!」
◆現在の状況◆
・『アラクネメイジ』が『ウェブスピナー』を発動
・『ディープイーター』が『貪食の開口』を発動
・『ディープイーター』が『雲の構え』により速度低下
「っ……!!」
アラクネメイジは口からだけではなく、手からも糸を出すことができた――『ウェブスピナー』によって展開された蜘蛛の巣が『ディープイーター』の開口しながらの突撃を受け止め、ふわりと減速させる。
「――みんな、私達がいるわ! 勇気を出して!」
五十嵐さんがこの隙を逃さず戻っている――竦んで動けなくなっているスロウサラマンダーたちのところまで。
◆現在の状況◆
・『キョウカ』が『ブレイブミスト』を発動 →『スロウサラマンダー』2体の恐怖解除
頭部の触覚がへたっていたスロウサラマンダーたちが、気力を取り戻す。
『ディープイーター』はすでに減速している。そこに彼らの力を借りれば、どうなるか――。
(常に『捕食される側』とは限らない……抗う力は持っている……!)
「「――クァ……ァァッ……!」」
「ミサキ、『あの技』を頼む!」
「は、はいっ……お願い、私のカード!」
『我が技は、雲の構えより派生する……マスター、実行許可を!』
「――喰らえっ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 支援内容:『行雲流星突き』
・『アリヒト』が『支援連携1』を発動
・『スロウサラマンダーA』が『止水の呼吸』を発動 →対象:中範囲
・『スロウサラマンダーB』が『止水の呼吸』を発動 →対象:中範囲
・『ミサキ』が『ジョーカーオブフレイム』を発動 → 『ディープイーター』に怒り状態を付与 炎属性弱点に変化
・連携技『共鳴止水の鬼札』 『ディープイーター』が三段階低速化 脳震盪付加
「ガァァァァッ……ァァ……!!」
ミサキの投げつけたカードがディープイーターに命中すると同時に、俺の繰り出した突きが離れた位置からでも奴の顎のあたりに命中する。
「今ならっ……アリヒト、いつものをお願い……!」
「ああ……みんな、支援する!」
『はいっ!』
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃1』『支援連携1』を発動
・『エリーティア』が『ルミナスフラウ』を発動 →『ディープイーター』に63段命中 残紅を63回付与 支援ダメージ819
・『エリーティア』の追加攻撃が発動 42段命中 残紅を42回付与 支援ダメージ546
・『メリッサ』が『兜割り』を発動 →『ディープイーター』の部位破損 支援ダメージ13
・『キョウカ』が『ライトニングレイジ』を発動 →『ディープイーター』に命中 感電無効 支援ダメージ13
・『ライトニングレイジ』の追加攻撃 →『ディープイーター』に三段命中
・『スズナ』が『フォビドゥンアロー』を発動 →『ディープイーター』に命中 支援ダメージ13
・連携技『光花雷鳴禁蝕断』 →『ディープイーター』が感電 支援ダメージ1404 連携加算ダメージ52
低速化している敵には、物理的な多段攻撃の命中回数が増える――エリーティアの剣が硬質な岩に命中するたびに、無数の不可視の刃がディープイーターの体力を削る。
(それでも倒しきれないのか……だが、あとひと押しのはずだ……!)
「――皆さん、退避してください!」
セラフィナさんの声が響く。ディープイーターの全身を包む岩石状の装甲に、瞬時に赤熱しているかのような無数の線が走る。
◆現在の状況◆
・『ディープイーター』が『煉岩爆散』発動態勢に移行
低速化を受け、追い詰められたディープイーターが選んだのは、自爆――爆発を逃れられても、おそらくその衝撃でこの洞窟は崩落する。
『――緊急脱出は装備等喪失の可能性がある。それでも、私は契約者の生命を……』
アリアドネの声がする。もし想像したとおりに自爆行動を取るなら、俺たちを転移させて脱出させるということだ。
ホーリーストーンがここにあるとして、洞窟が崩壊すれば再度探すことは困難になる。そしてアリアドネによる転移の際に装備が失われたとして、それが重要なものだったら――。
(……テレジア……そうだ、彼女は……っ)
戦闘に入ってから、テレジアの気配を感じられていない。要所で魔物の死角から攻撃する、テレジアはいつもそう立ち回っている。
彼女の存在自体が感じられないなんてことは、今までなかった。けれどテレジアは必ずここにいる――だから。
「――っ!!」
◆現在の状況◆
・『テレジア』が『モードチェンジ:サンドクラッド』を解除
・『アリヒト』が『バックスタンド』を発動 →対象:『テレジア』
テレジアは洞窟の地面――砂地の中に潜み、攻撃の機会を待っていた。
ディープイーターの背後にも装甲はあるが、正面側ほどの厚さではない。そしてミサキが使った『鬼札』の効果が、活路を開くピースとなる。
「――止まれぇぇぇぇっ!」
「っ……!!」
『――宵闇を貫く流星は、輝く炎を上げる』
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 → 支援内容:『輝炎流星突き』
・『テレジア』が『アサルトヒット』を発動 →『ディープイーター』に対して攻撃力2倍
・『テレジア』が『蝶の舞い』を発動 攻撃回数増加
・『テレジア』が『アズールスラッシュ』を発動→『ディープイーター』に6回命中 弱点攻撃 クリティカル
・『ディープイーター』を1体討伐
『蝶の舞』を発動したテレジアは、低速化した敵に目にも止まらぬ斬撃を叩き込む。それまで物理攻撃がほとんど通じていないかのように見えたディープイーターの装甲が、見る間に削れていく――そして。
ディープイーターの全身に広がっていた、赤熱した線が黒に変わっていく。しばらくは地面を震わせるような鳴動を続けていたが、それも収まり、洞窟の崩落も止まった。
「はぁっ、はぁっ……間に合った、のか……」
「ええ……お疲れ様です、アリヒト殿」
セラフィナさんが一も二もなくやってきて、声をかけてくれる――その時、視界が揺れて、思わず体勢を崩す。
「っ……アリヒト殿、やはり立て続けに技能を使って、疲労が……」
「いや、俺だけではないですから。みんな、よくやってくれた」
動かなくなったディープイーターにもみんな警戒している。かなりの質量だが、貯蔵庫に送れば何らかの素材に使えるだろうか。
「……後部くん、この子たち、どこか行きたそうにしてるみたい」
「……クァ」
「どこか……この洞窟の中で?」
辺りを見回しても、鉱石の含まれる岩塊以外には何もないように見えるが――スロウサラマンダーは確かに二体とも、ある方向に向かって進もうとしている。
「バウッ」
「シオンちゃん、この子たちを載せてくれるの? ちょっとぬめぬめしてるけど、大丈夫かしら……」
シオンの厚意に甘えさせてもらい、スロウサラマンダーをシオンの背中に乗せる。二体目を乗せようとすると、器用に一体目の上に乗る――そういう習性があるのだろうか。
そのままスロウサラマンダーの示す方向に進んでいく――すると、苔で塞がっていて遠目にはわからなかったが、岩壁の間に隙間ができていた。
「この先に行けるみたいですが……まず、ホーリーストーンを採取してみましょう」
「そうね。魔物が落としたものも探しておかないと」
鳴動は止まったとはいえ、ホーリーストーン探しは真っ先にやっておきたい。
「もう、岩が魔物になってたりしないですよね……?」
「あれだけ激しい戦いの中で、微動だにもしないってことはないと思いたいな」
擬態した魔物を鑑別できる技能があればいいが、『鷹の眼』やテレジアの『警戒1』では反応しないようなので、ディープイーターの擬態は高度な隠密効果を持つ技能だと考えられる。
結果的には、俺たちが『小人のマトック』を使って砕こうとした岩に、魔物が紛れているということは無かった――あとは飛散した鉱石の中から、目的のものを探すだけだ。




