第二百一話 遭遇
フォギアはムラクモ、アルフェッカと初対面の交流を終えたあと、こちらにやってきて再び俺の前で膝を突いた。
「マスター・アリヒト、私はムラクモと同じように、探索者の装備品となることも可能ですが、実体化を解除して同行することも可能です」
「アルフェッカと同じように、呼び出すことができるってことかな」
「肯定です。秘神との契約に基づいて、私は秘神の干渉できる全てのエリアに転移することが可能です。しかし迷宮からの脱出などは、秘神や巻物による脱出と同じように、所持品喪失の可能性が生じます」
「そうすると、ここから脱出する時も何かを失うってことかな」
「否定です。私を倒すことができた場合、この先にある転移魔法陣で脱出可能です。その場合は所持品を失うことはありません」
そういうことであれば、このまま進めば脱出できるということか――フォギアに敗れてしまった探索者のことが心残りなのか、スズナは来た道を振り返って祈っている。俺もそれに倣い、胸に手を当てて目を閉じた。
「秘神の『パーツ』の人たちは、私たちや探索者を試す使命がある……それは、何のためなのか。フォギアさんは……」
五十嵐さんの問いかけに、『肯定』『否定』で答えていたフォギアが、どちらの意思も示さないでいる。
「私たちはそのように創られています。『神器操晶』で制御を受けるまでは、全ての来訪者と戦い、その力を試す。敗れたときには破壊されるか、秘神の契約者に従います」
「うーん、難しいですけど、味方になると頼もしいってことで……それにしても『パーツ』の人たちって、みんな綺麗ですよね。フォギアさんなんてナイト様って感じで格好いいし」
「私は騎士鎧ではなく、探索者や秘神が装備する際は、増加装甲のようなものとなります」
生真面目に答えるフォギアは、確かにミサキの言う通り、女騎士のような姿をしている。セラフィナさんにも通じるものがあるが、フォギアの鎧は確かに普通の形ではなく、SF映画などに出てくるプロテクターのようだ。
――そのうちに、フォギアの姿が少し透けて、向こう側の景色が見える。
「フォギア、少し姿が透けてるみたいだけど、魔力が足りないのか?」
「肯定です。一度起動したあとは、実体化の維持には魔力の補給が必要です」
「装備者を固定しなくて良いため、誰でも防御の切り札としてフォギアの力を借りられる。そのように考えれば良い……む、私も少々魔力を使いすぎているか」
人型に具現化していたムラクモ、アルフェッカ、フォギアが頷き合い、俺を見る――俺も頷きを返すと、彼女たちは実体化を解いて姿を消した。
『……剣と車輪、そして機体が揃った。アリヒトたちの力で、ここまで進むことができた』
アリアドネの声が聞こえてくる。この機会に、一度聞いておきたいことがあった。
『アリアドネは最初から「ガードアーム」を持っているけど、あれはパーツの一つなのか?』
『機神の腕は、私が秘神として持つ固有装備となる。それは秘神ごとに異なっている』
『そうか……アリアドネらしい固有装備だな。みんなを何度も守ってくれた』
念じるだけで声は伝わっていると思うが、アリアドネはなかなか返事をしない――こんなことを言っても困惑させてしまうだろうか。
『加護を与えるのは、秘神の務め。それを果たすことができたなら良い』
『ああ、いつもありがとう。このままパーツを集めていくと、何が起こるのかな』
『……私にもそれは分からない。廃棄されたときに、情報の多くは失われている。しかし、敵対する秘神に遭遇したとき、パーツがどれだけ揃っているかは重要となる』
それは初めに聞いていたことだが、俺たちはまだ『敵対する秘神』には出会っていない。
『……確証は持てない。現在の地区に移動してから、私の中にある何かが警告している。論理的な意見ではないため、参考程度としてほしい』
『五番区には、敵対する秘神がいるかもしれない……ってことか。「猿侯」と戦うまでには、遭遇したくはないな』
『そうであるといい。「猿侯」は強敵であり、討伐は困難を極める。私は契約者の命を守るために備えるのみ』
無機質だったアリアドネの声に、今は明らかに感情の色がある。俺たちを守ると言ってくれるその言葉は、心強いことこの上ない。
『……巫女を憑代としたときに、変化があったのかもしれない』
『あ、ああ……そういうことなのか』
「私でしたら、もう一度『霊媒』を使っても大丈夫です。その、アリアドネさんの『ガードアーム』を強くするために必要ですよね」
アリアドネの声はスズナにも聞こえているようで、少し先を歩いていたスズナがいつの間にか戻ってきて、俺の横に並んでいた。
『今の会話内容から霊媒をするというのは、どのような思考によるものなのか測りかねる』
「すみません、前にしたときから、定期的にした方がいいのかと思っていて、でも機会が無かったもので……」
「ま、まあ、アリアドネは信仰で強くなるって話だからな。前みたいに信仰値を上げておくのは大事だと思うよ」
『……そういった目的ならば、否定はしない。休息に支障があるほど時間を設ける必要はない』
どうやら了承は得られたようなので、今日の夜は『霊媒』で久しぶりにアリアドネと対面することになりそうだ。
◆◇◆
転移魔法陣を見つけ、俺たちは元の場所に戻ってきた――すると。
「アリヒトさん、皆さん、良かった……っ」
「ふぉっ……ファ、ファルマひゃん、息ができにゃっ……」
ファルマさんの近くに転移したミサキが、抱きしめられて胸に顔を埋められる――見ているわけにもいかずに目を逸らすと、なぜかその先にいた五十嵐さんも目を逸らす。
「わ、私は無事だったからって、そんな熱烈なハグとかは……して欲しいとか、後部くんは思ってないでしょうし」
「あ、い、いや、俺はですね……」
「……キョウカ、本音が漏れてる」
「っ……メ、メリッサさん、私はそんなこと……きゃっ……」
「皆さんご無事で良かった……っ、ずっとここでお祈りしてました……っ!」
五十嵐さんの後ろからマドカが飛びつき、無事を喜んでくれている。しかしまず確認しなければならないのは、どれくらい時間が経ったかだ。転移した先で時間の流れる速度が違うということもありうる。
「マドカ、心配かけたな……俺たちが戻ってくるまでどれくらいかかった?」
「は、はい、ええと……今はもう夕方になってます。お兄さんたちが戻ってくるまで、六時間くらいかかったと思います」
アルフェッカがいた場所と、フォギアのいた場所は、空気が乾いた感じがしたという点で似ている。物質が風化するのが早いということは、やはり時間経過も早いということだ。
「大幅に時間が経過していなくて幸いでした。続けて『黒い箱』を開けることは避けて、身体を休めた方がいいでしょう」
「ええ、それが良さそうですね」
セラフィナさんの進言通りに、今日は一度引き上げた方が良さそうだ――と考えていると、ミサキを解放したファルマさんがこちらにやってくる。
「ファルマさん、ご心配をおかけして申し訳ありません」
「いえ……私、箱を開けるのを失敗してしまったのかと心配していたんですが、それとは少し違うようにも感じて。失敗してしまったら、この部屋の中の全部が消えてしまってもおかしくありませんから」
「……やはり箱を開けるのは、リスクのある仕事ですね。すみません、難しい箱の開封ばかりを頼んでしまって」
「いえ、私も職人の端くれですから。箱を開けることを生きがいにしているようなものなので……今回のことも失敗では無かったのなら、これからもお手伝いをさせてください」
ファルマさんが頭を下げてくれる。前かがみになると危険だと分かってはいたが、上下の動きはさらに危険だ――目の行き場所が存在しない。
「…………」
「テレジアさん、お兄ちゃんってやっぱり胸が大きい方が気になるみたいですよ」
「……っ」
「こ、こら。今はそういう話をしてるんじゃなくてだな……」
「すみません、心配だったもので、箱を開けたときから着替えていなくて……お風呂をいただかないといけませんね」
箱を開けるときに、集中のあまりにファルマさんはいつも汗だくになっている。それで今も何か艶っぽく見えるのだろう――と、そんなことを考えている場合じゃない。
「ファルマさん、黒い箱のもう一つを開けるのは、翌日にお願いしてもいいでしょうか」
「ええ、勿論です。明日になれば、また箱を開ける元気は回復していますし」
明日は荷車が仕上がる日でもあるし、『呪詛喰らい』の武器を作るために『ホーリーストーン』の採取もしなくてはいけない。黒い箱を続けて開けて、再び『パーツ』と遭遇する可能性はあるが、装備品が更新できる可能性を考えると、やはり早い段階で開けた方がいいだろう。
やはりファルマさんは、俺たちのパーティを陰で支えてくれる大黒柱の一つだ。エイクとプラムに寂しい思いをさせているだろうことも含めて、彼女には何かしらでお礼をしたい――そう思わずにはいられなかった。
◆◇◆
一度宿舎に戻ったあと、セレスさんたちのいる貸し工房に向かう。すると、そこには『ザ・カラミティ』から外された機関が置かれていて、シュタイナーさんが何かの加工をしていた。管を接続しているようだ。
『あ、おかえりー、アトベ様、みんな』
「『クィーンズテイル』じゃが、蠍の女王から外すところまでは上手くいった。あとは魔力を通して試験をしたりすることになる。慎重にせねばな」
「ありがとうございます。忙しいところすみません、できれば相談したいことが……」
「箱から出てきた装備の加工なら、平行して請け負うことはできるじゃろう。どれ、見せてみよ」
同行してくれたマドカが『品出し』の技能で素材を取り出す。『水蛇の鱗』と破れている『天の乙女の羽衣』だ。
「この羽衣は……そのままでは使えぬか、破れてしまっておるからな。洗浄などの処理はできるが、修復はわしとシュタイナーにはできぬ」
『縫製が得意な人なら直せるんじゃないかな? そうだ、ルカさんならできると思うよ』
「そうか、服飾の職人さんですからね。七番区のブティック・コルレオーネに一度連絡してみます」
マドカが予定を手帳に書き込んでくれている。『水蛇の鱗』についてはどうするか、と考えたところで、シュタイナーさんが作業の合間にこちらに来て、鱗を一つ手に取った。
『持っただけで水の力を感じるよ。武器よりは防具に使う素材だね』
「その素材ですが、今頼んでいる荷車が仕上がってきたら、それに付けることはできますか?」
「装甲として使うということか。この鱗を貼るだけで熱に対する耐性は上昇するじゃろうし、良い考えじゃと思うぞ。複数貼ることもできるが、この鱗の性質上一枚だけで十分かの」
『荷車の先頭につけると、炎に反応して膜を作ってくれるようになるよ。乗っている人の魔力を使うけどね』
そういうことなら、残りの鱗二枚も装備品に使うことができる。エリーティア、そして攻撃役を担うことの多いメリッサの防具には『炎属性軽減』がついていないので、彼女たちの装備を強化してもらうことにした。
「エリーティアの『ハイミスリル・ナイトメイル』は『+10』で強化限界が来る。一度付与した能力を外すことはできるが、費用や素材も安くはないのでお勧めはできぬな。今回『水蛇の鱗』で強化をしたあと、あと一度強化ができる」
「忠告をありがとうございます。メリッサの防具はどうでしょうか」
「やはり、身体の広い範囲を覆う防具を強化すべきじゃろうな。『白羅布麻のツナギ』は『+6』まで強化できるからの、これは今回の強化で『+1』となるから余裕がある」
際限なく武具を強化できるわけではないので、ベースの防具を上位のものに変えられる時に変えた方が良い、ということか。可能な限り強い防具を目指すなら、より強い魔物から得られる素材だけを使って強化する必要がある。
「鎧の類の防具は、素材を一式集めるにも苦労するからの。そのまま使えるものが見つかったら更新すると良い。前のものを残しておいて、付与した能力を抽出することもできるがの」
「そんなことも可能なんですか。凄いですね」
「わしの職業がそういったことに適しておるからの。あやつも……リーネも、やり方こそ違うがわしと似たようなことはできる。わしの場合は武具の能力を変換して、抽出するのじゃよ」
セレスさんはいつも被っている三角帽子を持ってくると、何かの呪文を呟いた――すると、三角帽子の表面に文字が浮かび上がる。
「これがわしの帽子に付与された力じゃが、これをこのまま外してしまっても消えてしまう。『媒介の宝珠』というものがあれば能力抽出ができるが、これはわしもここ数年は見ておらぬ。使える回数に限りがあり、迷宮で見つかるのも稀なものなのじゃ」
「『媒介の宝珠』……ご教授ありがとうございます、覚えておきます」
「アリヒトお兄さん、私のほうでも掘り出し物に出てこないかチェックしてみますね」
「ああ、相場についても見ておいてくれ。かなり高価になりそうだが、それだけの価値はあると思う」
『加工する装備品は後で引き取りに行くね。朝までには仕上げておくから』
「重ね重ねすみません。夜は美味しいものを食べて、休みながら作業をお願いします」
「うむ、区によって食べられるものも違うからの。それは楽しみにしておる。さて、夕食まで作業を続けるかの」
『はい、親方さま』
「あ、私、お茶を淹れてきます。お兄さん、いいですか?」
マドカは本当に気が良く回る――俺がお茶を淹れようかとも思うが、そこは分担ということでエリーティアとメリッサの防具を運んでくることにした。
◆◇◆
夜になり『フォレストダイナー』を訪れる。一階の食堂は今日も賑わっていて、探索者たちが労い合い、酒杯を酌み交わしている。
受付の女性に聞いてみると、前にも使わせてもらったミーティングルームに行くようにと言われた。そこでマリアさんが料理を準備して待っていてくれるらしい。
「…………」
テレジアは他の人が何を食べているか少し気になるようだが、足は止めずに俺の後ろからついてくる。
(……ん?)
急に辺りが静かになったように感じる――話してはいるが、声を落としている。
周りの客が、一点を見ている。スズナとミサキと一緒に歩いていたエリーティアも、立ち止まっている――向こうからやってくる一団を前にして。
白夜旅団。副団長のアニエスさんの率いるパーティと、それより前を歩くもう一つのパーティ――中央にいる、青い髪色をした青年が、俺たちの姿を見て立ち止まり、眼鏡を中指で押し上げる。
「……ヨハン……団長……」
エリーティアに追いつき、彼女の前に出る。ヨハンと呼ばれた青年はこちらに歩いてくると、微笑みを浮かべた。
冷たい――その目を見た時の第一印象は、それだった。その青く澄んだ目の奥は、決して類推が容易い感情を宿してはいない。
「ここで会えるとはね。そのうち顔を合わせることもあるかと思っていたが、思ったよりも早かった」
「……団長、エリーティアはもう……」
「別のパーティで活動している。それは僕も理解しているつもりだが……エリーティア、僕は君が行くことを止めなかった。だが、決して君を見放したつもりじゃない」
「っ……」
ヨハンはエリーティアに近づくと、右手を差し出そうとする――だがそれは、握手を求めるためなどではなかった。
「……剣を見せてくれないか。旅団を離れている間に、成長しているか見せて欲しい」
『緋の帝剣』はその力を目覚めさせ、本当の銘である『アンタレス』に変化している。しかし鞘に収まったままでは、その形状の変化は分からない。
旅団に所属しているとき、エリーティアは『緋の帝剣』を与えられた。それが彼女をどれだけ苦しめたか、ヨハンに理解できているようには到底見えない。
だが、旅団が手に入れたものをエリーティアに貸与したのならば、所有権を主張される可能性はある――『アンタレス』を今失えば、猿侯を倒せる可能性は大きく下がってしまう。
「それはできないわ。この剣を、まだ返すわけにはいかない」
「……まだ、あの猿を倒すつもりなのか? あれは人間を従属させることを覚えた魔物だ。君も負ければ同じ道を辿る……あの治癒術士も一緒に」
――ヨハンは、ルウリィのことを名前で呼ばなかった。
アニエスさんは俯いたままでいる。旅団のメンバーのほとんどは、ヨハンの言葉に快も不快もなく、ただありのままに聞いていた。
「血を分けた妹が猿の従僕になるのは、あまりいい気分はしない。君が剣を使えないなら、ここで回収しておきたいんだ」
「っ……団長、それではあまりにも……」
「これは僕ら家族の問題でもある。エリー、君も分かっているはずだ。君の剣は、魔物の貢物にするために渡したわけではない」
ヨハンは俺たちが『猿侯』に勝てるとも、ルウリィを連れ戻せるとも思っていない。
彼はエリーティアの兄だという――迷宮国に転生してきた経緯も、家族の関係がどのようなものだったのかも、俺は多くを知らない。
それでも、エリーティアが何をするために頑張ってきたのか、何のために命をかけてきたのかを、俺たちは知っている。
「エリーティアは、今は俺のパーティの一員です。俺たちには、これからやらなくてはならないことがある。あなたがエリーティアの家族なら、それを否定しないでほしい」
「……アリヒト」
俺はヨハンの前に出て向き合う――既に相手の間合いに入っている、それが肌でわかる。
呪いの武器を集め、その力を求めている一団。そのリーダーであるヨハンがどのような思想の持ち主かは分からないが、腰に帯びた剣はやはりただの武器ではなく、圧されるような気を発している。
「アリヒト……というのか、貴方は。妹の剣に、戦力として魅力を感じているのかい?」
「剣だけじゃない。エリーティアは俺たちの大事な仲間だ」
「そうです、エリーさんは私たちをここまで引っ張り上げてくれたんです。彼女に並んで、支え合えるようにって、毎日頑張って……これからも、そのつもりです」
俺だけじゃなく、五十嵐さんもそう言ってくれる。ヨハンは興味深そうに五十嵐さんを見るが、どちらかと言えば五十嵐さんに注目しているのは、旅団の他の男性メンバーだった。
「あ、あの姉ちゃん……すげえな……なかなかいねえぞ、あれほどの逸材は」
「あんたねえ、毎回そう言ってるじゃないの。胸が大きい人見ると」
「それより、俺の目はどうかしているのか? スーツの兄ちゃん以外女しかいない……どんだけモテるんだ、あいつは。冴えないように見えて相当やるようだぜ……!」
「口を開くと馬鹿に見えるから黙ってなさい、ジェレミー」
ソウガは前のときは五十嵐さんをよく見ていなかったようだが、五十嵐さんは見られていることに気づくと俺の後ろに隠れる。旅団メンバーの視線が刺さるようだが、ここは盾になるべきだ。
「……まだ覚醒していないというなら、猶予を与えてもいい。しかし……」
ヨハンが何かを言いかける――そして。
何かに気づいたように目を見開いたあと、彼は笑った。俺を見ているのではなく、その目はどこか遠くに向けられている。
「そうか……そういうことか。それならばいい。急ぐ必要はない……」
「……団長、ルウリィを置き去りにしたのは私たちも同じです。エリーティアに協力することはできませんか」
「もしそれで負傷した場合はそれなりの処分をしなくてはならない。いつでも僕はそういったスタンスだよ、アニエス」
「っ……」
アニエスさんは、ヨハンの意向に背いて俺たちに力を貸してくれようとしている――だが『猿侯』との戦いから無傷で戻ることは難しいだろう。ヨハンの言っていることは実質『俺たちに助力するな』という命令だ。
「今日は思いがけないところで会えたというだけで良しとしよう。エリーティア、生きていたらまた会おう」
「……待って。兄さん、お父様は……」
「生きているよ。だが、今の団長はこの僕だ。彼が何かをしてくれるとは思わない方がいい」
旅団のメンバーたちが『フォレストダイナー』を出ていく。メンバーは15人いて、ヨハンを含めて2パーティ分の人数がいる。前衛、中衛、後衛と揃っているらしく、男性が8名、女性が7名という構成だった。
エリーティアは振り返ることなく、俯いていたが――やがて顔を上げて、隣にいるスズナとミサキに微笑みかける。
「兄があんな人だっていうことは、分かっていたから。心配しなくても、ショックを受けたりはしてないわ」
「……良かった。エリーさん、笑ってくれて」
「厳しさの中に暖かさが……とかじゃなくて、ちょっと怖いお兄さんでしたね……あっ、でもエリーさんのお兄さんだから、そういうこと言っちゃ……」
「……兄も昔は、父のことをあんなふうに言ったりはしなかった。ある時から、人が変わってしまったみたいになって……それが何故なのか、私は何も知らないの」
ヨハンは冷徹な人物のように見えたが、昔はそうではなかった。迷宮国に来てから変化があり、今のような人物になったということだ。
「アニエス殿は私たちを案じてくれているようですが、協力を要請するのは現段階では難しいでしょう」
「そうですね、セラフィナさん。旅団の全てが俺たちに敵対している……ということにならないだけでも、有り難いことです」
話しているうちに、少し遅れて来ると言っていたセレスさんたちがやってくる。ライカートンさんは少し恥ずかしそうに、奥さんのフェリスさんと一緒にやってきた。
「アリヒトさん、一つ提案させてもらいたいことがあるんですが……」
「ええ、うかがいます。食事の席でも大丈夫でしょうか。フェリスさんもぜひどうぞ」
「……ニャ」
「…………」
リザードマンのテレジアは声を出せないが、ワーキャットのフェリスさんは猫の鳴き声のような声は出すことができる――しかし、二人は何か意思の疎通をしているように見える。
「……お母さんの言うこと、テレジアは分かってるみたい。凄い……私も何となくしかわからないのに」
メリッサが感心したように二人を見ている。彼女のそんな表情は珍しく、フェリスさんと会えたことで良い心境の変化があったようだと感じて、俺も自分のことのように嬉しくなった。
※いつもお読みいただきありがとうございます、更新が遅くなり重ねてお詫びいたします。
ブックマーク、評価、ご感想などありがとうございます、大変励みになっております。
※この場をお借りして告知させていただきます。
3月10日から書籍版「世界最強の後衛」第7巻が発売中です!
大変久しぶりになりましたが、今回も改稿・書き下ろしを行っております。
風花風花先生によるイヴリルとセラフィナの表紙が目印になっておりますので、
ぜひチェックをいただけましたら幸いです!
※力蔵先生によるコミック版「世界最強の後衛」も最新話が更新されております!
今回も見どころいっぱいですので、ぜひ下記のサイトにて
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