第百九十八話 結晶の峡谷
※大変お待たせいたしました、更新を再開させていただきます。
――緩やかな風が吹いている。
目を開くと、そこは左右を断崖に挟まれた峡谷のような場所だった。見上げても断崖は途絶えることなく、空は長方形に切り取られている。
足元は薄い砂に覆われており、砂に混じっている結晶のようなものが白くきらめいている。どこか『落陽の浜辺』を思わせる場所だが、ライセンスが示す場所は『登録情報なし』になっていた。
「……みんな、無事か」
周囲を見ると、すぐ傍にテレジアがいて、エリーティア、五十嵐さん、スズナ、ミサキ、少し遠くにセラフィナさんとメリッサの姿がある。
「パーティに入っていた8人だけが、転移させられたみたいね……」
「アリヒトさん、アリアドネ様の声が聞こえましたが、ここに飛ばされたことと何か関係があるんでしょうか」
「前は『トラップキューブ』を使った先で遭遇したが、今回は向こうから招かれた……ということらしい。この空間に、おそらくアーマメントがいる」
「ムラクモとアルフェッカが仲間に入ったから……っていうこと?」
『その認識で間違いはない。しかし、私は星機剣……機神の兵装であるが、ここにいる者はおそらく「機体」にあたる』
ムラクモの声はパーティの皆にも聞こえているようだったので、俺は背負ったままの彼女に問いかけた。
「アリアドネにも身体はあるが、あれは『機体』じゃないのか?」
『秘神は外界に接触するための素体を持っているが、その上に外装としてなんらかの機体をまとうことで、戦闘行為が可能となる。つまり、機体は秘神専用の鎧と思えばよい』
「そういうことか……アリアドネの力を今までは限定的に借りてきたが、それとはまた違うっていうことだな」
『信仰値にもよるが、ごく短時間しか顕現できないことを除けば、秘神の戦闘力は比類なきものがある。ゆえに、相手が秘神であるか、強大な魔物が相手でなければ使用は許可されない』
秘神の加護を受けている別のパーティと相対したとき、戦わなくてはならない――初めにそう聞いたが、その際には秘神同士の衝突もありうるということだ。
そして強大な魔物に対しても秘神の力を借りられるということなら、ここで手に入るかもしれない『機体』には、大きな価値があると思える。
「っ……アリヒト殿、胸の辺りに何か入れておられますか?」
「……これは……」
スーツの内ポケットに入れていた『巨門晶』が、淡い輝きを放っている。しばらく明滅を繰り返したあと、発光現象は止まった。
「『神器操晶』が反応している。これを持ってることも、おそらく俺たちが呼ばれた理由の一つなんだ」
「……霊魂の残滓を感じます。多くの探索者の方がここに招かれて、おそらく……」
命を落としている。秘神の加護を受け、パーツを集めていく過程で、探索者が受けることになる試練――それは、どれだけ有望な探索者の命を奪ってしまったのだろう。
辺りに散っている石のようなもの。それは、細かい結晶の破片のようだ――そして。
「お兄ちゃん、あ、あれって……」
少し歩いた先に幾つもある、柱のようなもの。人間の背丈ほどの大きさがある。
「……まさか……あれは……」
セラフィナさんは立ち止まらずに進んでいく。そして、柱から少し離れたところで足を止めた。
「……これは、探索者の像です。一体、何があればこのようなことに……」
人間を象った像。その数はゆうに百を超えるほどで、男女問わず、あらゆる職業の探索者の像が、不規則な間隔で立ち並んでいた。
――それらは、私のもとを訪れた探索者の姿。秘神の契約者は試練を受け、選別される。
声が聞こえてくる。石像の立ち並ぶ地帯を抜ける――すると、円形に石床が敷かれているのが見えてくる。
円の中央にあるのは、台座――その上にあるのは、人間が身につけられるような大きさの鎧。腕の部分も、兜や脚甲の類もなく、胴体と腰までを覆うための鎧がそこにある。
その鎧は、アリアドネの聖櫃に似た黒い金属でできている。表面には青いラインが刻まれている――それらが、俺たちの接近を関知したように淡く輝き始める。
「アリヒト、空が……!」
鎧が光を帯び、浮き上がる。その瞬間に、天を突くような光の柱が立つ。
鎧の直上を中心にして、空に夜の帳が降りていく。星空が見えると同時に、鎧は青い稲妻をほとばしらせながら目覚めを告げた。
――|これより、自己防衛機構を起動する《インテリジェンスメイル・アウェイクニング》――
◆遭遇した魔物◆
?意志を持つ鎧 戦闘中 レベル12 ドロップ:???
「えっ、ちょっ……何か浮いてるんですけど、このまま攻撃してくるんですかっ……!?」
迸っている稲妻は魔力の充溢によるものだと思うが、初手は間接攻撃で狙っていくしかない。直接攻撃で反射を受けた場合のリスクが大きい――ならば。
「五十嵐さん、スズナ、ミサキ、『支援する』!」
「「「――はいっ!」」」
「――『支援連携』……『射撃起点連携』!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『フォースシュート・スタン』
・『アリヒト』が『フォースシュート・スタン』を発動
俺の射撃を起点にして、連携を入れる。初手としてはリスクの少ない選択のはずだ――しかし俺は、スリングを放った瞬間に気づく。
――星の光は悠久の彼方にて、幽幻の如くなり――
◆現在の状況◆
・『?意志を持つ鎧』が『不倶戴天』を発動 → 間接攻撃に対する反撃行動 即時発動
・『?意志を持つ鎧』が『星天幽幻陣』を展開 →地形効果が『星天図』に変化
・『?意志を持つ鎧』が『スターゲイザー』を発動 →『星天図』内の別座標に転移
・『アリヒト』の『フォースシュート・スタン』の目標喪失
(射撃に反応した上で先制……そして『消えた』……!)
『鎧』を中心に、床に星空のような小さな光点が配置されたかと思うと、およそ移動する気配のなかった鎧が、まばたきを一つする間よりも速く移動した。
「えっ、あっ……」
「――ミサキっ!」
『鎧』は音もなく移動する――二度目の瞬きの後には、ミサキの至近距離に出現し、その鎧の片口の部分から、光る鞭のようなものが出現する。
「……っ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援防御1』を発動 →対象:『テレジア』『ミサキ』
・『?意志を持つ鎧』が『ビームウィップ』を発動 →対象:『ミサキ』
・『テレジア』が『アクセルダッシュ』を発動
・『ビームウィップ』が『テレジア』『ミサキ』に命中 『ミサキ』のダメージ軽減
「ひぁぁっ……テ、テレジアさんっ……!」
「……っ……ぁ……!!」
テレジアが声なき悲鳴を上げる。飛び込むようにしてミサキを庇ったテレジアは、『鎧』が腕の代わりに出現させた鞭のようなもので打ち据えられた。
『支援防御1』ではダメージを軽減しきれていない。完全に防ぐには別の手立てを用意しなければならない――あの光る鞭が相手の通常攻撃のようなものなら、それ以上の攻撃をされたときに致命的となる。
(どうやって全員に『盾』を用意する……あの攻撃を一撃でも受ければ、中衛のメンバーはひとたまりもないぞ……!)
「――はぁぁぁっ!!」
◆現在の状況◆
・『セラフィナ』が『ガーディアンタスク』を取得
・『セラフィナ』が『プロヴォーク』『オーラシールド』を発動
・『セラフィナ』が『シールドスラム』を発動 → 対象:『?意志を持つ鎧』
・『?意志を持つ鎧』が『スターゲイザー』を発動 →『星天図』内の別座標に転移
セラフィナさんが盾を構えたままで体当たりを仕掛ける――そうして繰り出された『シールドスラム』を、『鎧』は再び転移して回避し、セラフィナさんの裏に回り込む――しかし。
「――まだっ!」
この位置関係なら支援できる――少しでもいい、防御力を上げることができるなら。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援防御1』を発動 →対象:『セラフィナ』
・『?意志を持つ鎧』が『ビームウィップ』を発動 →対象:『セラフィナ』
・『セラフィナ』が『シールドパリィ』を発動 →『ビームウィップ』を無効化 『防壁のオーラ』蓄積
「――セラフィナさん、もう一度来ます!!」
「っ……はぁっ!!」
◆現在の状況◆
・『?意志を持つ鎧』が『ビームウィップ』を再発動 →対象:『セラフィナ』
・『セラフィナ』が『シールドパリィ』を発動 →『ビームウィップ』を軽減 『防壁のオーラ』蓄積
・『セラフィナ』の『ガーディアンズ・メイル+4』が破損
「くぅっ……!」
『鎧』の腕の代わりとなっている光の鞭は、右と左の2つがある――この2つが違うタイミングで攻撃を仕掛けてくると、完全にブロックすることは難しい。
セラフィナさんは『ガーディアンタスク』を取得して敵の攻撃をガードし、『防壁のオーラ』を蓄積している。防御の脆いメンバーを庇うため、あるいはセラフィナさんが大技を防ぐときのために必ず役に立つはずだ――しかし、まず考えるべきは。
「――五十嵐さん、メリッサ、エリーティア!」
「今度こそ……っ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃1』『支援連携1』を発動
・『キョウカ』が『サンダーボルト』を発動 →対象:『?意志を持つ鎧』 電撃軽減 支援ダメージ13 連携技一段目
・『メリッサ』が『キャットステップ』を発動 →『メリッサ』の回避率が上昇
・『メリッサ』が『兜割り』を発動
・『?意志を持つ鎧』が『スターゲイザー』を発動 →『星天図』内の別座標に転移
「っ……くっ!」
メリッサが振り下ろした巨大な包丁が空を切る――舞い上がった土埃の中に『鎧』の姿はなく、一瞬だけ出現が遅れる。
「連携できないように、タイミングを外してきてる……でも、攻めるしかない……っ、アリヒト、『最初の支援』をお願い!」
「――待て、エリーティア!」
「っ……!」
――内包されし力を解き放ち、鎧は一時の自由を得る――
「――テレジア殿っ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援防御1』を発動
・『?意志を持つ鎧』が『フラッシュパージ』を発動 →対象:『エリーティア』『セラフィナ』『テレジア』
・『エリーティア』が『コメットレイド』を発動 →『フラッシュパージ』を回避
・『セラフィナ』が『防壁のオーラ』を『テレジア』に付与
・『テレジア』に命中 『防壁のオーラ』によりダメージ軽減
・『セラフィナ』が『ディフェンスフォース』を発動 →『フラッシュパージ』のダメージ軽減
「くっ……!」
「……っ!!」
「……テレジア殿、無事ですか……っ!」
鎧は幾つかの部位が集まってできている――『鎧』は自らを構成する部位を『切り離し』して、弾丸のような速度で撃ち出したのだ。
「――テレジア、下がるんだ! この地形の外に出てもいい、これ以上は……!」
「っ……!」
ライセンスに表示されたテレジアの体力は半分以上減っている――『呪詛』の影響によるものではなく、『鎧』とのレベル差が大きく、受ける打撃が重すぎるからだ。
『鎧』のパーツが再び集まり、鎧の形に戻っていく。このまま転移を繰り返されて、有効打を与えられないままに攻撃を浴び続けるわけにはいかない。
「…………」
(テレジア……まだ行けるっていうのか……?)
彼女が俺を見る視線に、意思を感じる――言葉なんてなくても、それを汲み取ってきたつもりでいた。
(……『つもり』じゃない……理解できる。これまでもそうやってきたんだろうが……!)
『鎧』が床一面に展開させた、星図のような地形。この範囲内であれば、奴は『スターゲイザー』で瞬時に移動し、致命的な攻撃を避け続ける。
五十嵐さんの『サンダーボルト』は命中したが、威力を軽減されており、『支援攻撃』で打撃を与えても、それだけで倒しきれるとは思えない。
攻撃を当てるためにどうすればいいか――答えは一つだ。しかしチャンスは限られており、傷ついたテレジアの力を借りなければいけない。
しかし、やるしかない。そう決意して声を出す前に、心臓が悲鳴を上げる。
――星を詠むことのかなわぬ者は、やがて混沌の海に沈む――
◆現在の状況◆
・『?意志を持つ鎧』が『アトランダム』を発動
・『?意志を持つ鎧』が『スターゲイザー』を発動 『アトランダム』の効果により出現確率が不確定化
俺たちは確実に前に進んでいる、そう思っていた。『猿侯』を倒すこと、倒した後のことを考えて、それまでに出会う道筋を、通り過ぎる過程と思い込んでいた。
『黒い箱』は、『鎧』は、そんな油断を許さなかった。
皆の声が聞こえる。俺を呼んでいる――なぜなら、眼前に、全て寸分違わぬ姿の『鎧』が現れてしまったからだ。
※いつもお読みいただきありがとうございます!
ブックマーク、評価、ご感想などありがとうございます、大変励みになっております。
皆様のご支援が更新の原動力になっておりますので、何卒よろしくお願いいたします!
※ニコニコ漫画、ComicWalkerにて連載中のコミック版「世界最強の後衛」の
最新話が更新されております!今回も力蔵先生に前回登場した北極星メンバーを
個性豊かに描いていただいております。
原作書籍7巻も非常にお待たせしておりますが、発売に向けて進んでおります!
詳細については改めてお知らせさせていただきます。
次回の更新は来週金曜日になります。




