第百九十七話 契約者の試練
五番区に来て、三日目。
宿舎の居間で朝の準備をしていると、『フォレストダイナー』のマリアさんが助手と一緒にやってきて、朝食の用意をしてくれた。
サンドウィッチや、全員でつまめるオードブル。そして簡易厨房で温め直したコンソメスープが出たが、これが『涼天楼食堂』の薬膳スープに勝るとも劣らない味だった。
「ありがとうございます、ここで調理までしてもらって……」
「朝にしっかりと温かいものを摂ることは、重要なことですから」
「これが、『幻想の小島』で見つかった果実です」
マドカが箱に入った果実を見せると、マリアさんは数を確認し、サインをしたメモを渡してくれる。
「では『豪力の胡桃』を1つ、『機知の林檎』を2つ、『敏捷の葡萄』を1つ。確かにお預かりします」
「よろしくお願いします」
「一日で調理を終えて、夜にはお届けできるかと思います。それでは」
マリアさんはそう言って、一礼して出ていった。緊張していた様子のマドカだが、何か思い出したように鞄からライセンスを取り出す。
「アリヒトお兄さん、新しい技能のことなんですが……」
「そうか、レベルが2つ上がってるんだったな」
「はい。見ていただいてもいいですか?」
◆マドカの技能◆
スキルレベル2
☆カスタムキャリア:荷車を馬などの動力に接続したとき、速度を上昇させる。また、荷車に特定の武器を搭載しているときに特殊攻撃『火牛』が使用可能になる。必要技能:荷車の熟練1
☆セーフティライド:荷車に乗っている仲間が狙われにくくなる。搭乗者に対する攻撃を荷車自体が吸収する。同じ魔物に対しては徐々に効果が減少する。必要技能:荷車の熟練1
☆場所取り:特定の場所に『目印』を立てると、その周辺に他者が接近しなくなる。間接攻撃で目印を破壊されると解除される。
☆鑑定術2:未識別の道具を鑑定する。鑑定に失敗した時のリスクが少し低減される。必要技能:鑑定術1
☆価格交渉2:相手の要求条件を満たす範囲で、最適な価格での売買が可能となる。必要技能:価格交渉1
☆商人の風格:商人として対話をする際に重要となる、魅力が上昇する。
スキルレベル1
☆荷車の熟練1:荷車と一緒に移動する速度を上昇させる。
☆夜襲警戒:夜襲を事前に察知し、パーティ全員に伝達する。
☆メンテナンス:装備が壊れるときに前兆がわかり、必要な道具があれば応急修理を行える。
残りスキルポイント 8
「『鑑定術2』は取っておいた方がいいと思います。『価格交渉2』については、とても大きなお買い物をするときはあった方がいいのかな……こ、効果が、使ってみないと分からないので……」
「ああ、緊張することないぞ。マドカの考えてる通りだと思うが、『価格交渉1』の恩恵はどれくらいあるんだろう」
「これまでの取引では、これくらいお値段を抑えられています」
マドカを通して購入したものは1割安くなり、買取に出したときは1割高くなっている――金貨にしてみると、二千枚ほど黒字が出ている。
「余裕があったら取りたいところだが……『商人』っていう職業は、思った以上に『荷車』の扱いに関係する技能が多いな」
「は、はい……もしかしたら、これを組み合わせたら、私も戦ったりできるかも……」
「安全を確保できるなら、要所ではそれもありだと思う。でも、基本的には俺たちが戦うからな」
「荷車を作ってもらったら、武器……を積むんですよね。その武器を使うときに、この『カスタムキャリア』と『セーフティライド』があった方がいいと思うんです」
マドカは『猿侯』討伐に自分も参加すること、そして荷車に『クイーンズテイル』を搭載して、切り札として使うことを踏まえて考えている。
「それらを全部取ろうとすると、必須技能を含めて5ポイント必要になる。かなり大きい選択だ」
「はい、でも……この技能を見た時に、思ったんです。迷宮国に来た人たちは、みんなで一緒に戦うための力を、誰でも手に入れられるんじゃないかって……い、いえ、私自身じゃなくて、荷車の使い方の技能ですけど……」
「そうだな。『商人』だからと言って、戦闘以外の技能が専門とは限らない」
「そう……なんでしょうか……私も、ときどき戦わせてもらっても、足を引っ張ったりしないでしょうか」
「ああ。要は、相手の矢面に立たなければいいんだ。それができる準備を十分に整えれば、マドカの力を借りられると俺は思ってる」
戦闘技能が少なく、身体能力も年齢相応の少女に近い――そんな場合でも装備次第で高い戦闘力は得られるかもしれないが、それができなくても『荷車』には多くの可能性がある。
「……絶対に、怖がったりしません。戦うための技能が欲しいです……っ」
「ありがとう、マドカ」
マドカは『鑑定術2』『荷車の熟練1』『カスタムキャリア』『セーフティライド』の四つの技能を取得する。残りのスキルポイントを『メンテナンス』に振ることも考えたが、それは保留にしておくことにした。
「荷車が仕上がるのは明日の予定だから、今日は箱開けをしようと思う」
「分かりました、ファルマさんに連絡をしておきます」
宿舎の別室に泊まっているファルマさんのところに、マドカが呼びに行ってくれる。
「……今日は、私も同行してもいい?」
親子揃って一晩を過ごしたメリッサだが、朝になるとフェリスさんは所属しているパーティに戻り、ライカートンさんは『★水蛇の崇拝者』の解体に入ってくれた。
「今回はシオンとマドカに休んでもらって、メリッサと代わってもらう。準備はいいかな」
「いつでも大丈夫。道具の手入れはしておいた」
メリッサはぺろ、と唇を舐めながら言う――お母さんと会ってから、気力が充実していることが伝わってくる。
黒い箱には、開けた途端に『パーツ』との戦闘になるかもしれないというリスクがある。『猿侯』と戦う前に箱を開けるべきかどうかは、朝食の前にミーティングをして話し合った。
「後部くん、準備できたわよ」
「箱を開けるときってすっごく緊張しますよね。そのスリルが病みつきになっちゃってますけど」
「ミサキちゃん、何が起きるか分からないから、心構えはしておかないと……」
装備を整えて皆が出てくる――テレジアも、昨夜は少し様子が違って見えたが、朝は食欲もあり、今も平時と変わらない様子だった。
「今日もよろしく、テレジア。行こうか」
テレジアは頷き、ペタペタと歩いてついてくる。彼女が着ている防具『ハイドアンドシーク』はシュタイナーさんたちが修復を終えて届けてくれた。
「…………」
俺に近づくと、スーツの裾をテレジアがそっと掴んでくる。皆はそのことに気づいても、何も言わずにいてくれた。俺は歩く速さをついてくるテレジアに合わせて、宿舎のロビーに向かった。
◆◇◆
ファルマさんと合流し、宿舎近くにある転移扉の施設を使って、箱開け用の部屋に移動する。
相変わらず不思議な場所だ――天井が高すぎて見えず、薄暗くて遠くまで見通せないが、壁が遠い。広大な空間に扉だけがぽつりとある光景はやはり幻想的だ。
「赤い箱と黒い箱、どちらからお開けになりますか?」
「では、赤い箱からお願いできますか」
「承りました。では、罠がかかっていないか調べさせていただきますので、少しお下がりください」
◆現在の状況◆
・『ファルマ』が『目利き3』を発動
・『赤い箱』の罠鑑定 → 成功 罠:転移封じ 罠レベル3
・『ファルマ』が『指先術4』を発動 → 『赤い箱』の罠解除に成功
「んっ……罠を外しましたので『トラップキューブ』が出ていますね。『転移封じ』の罠ですが、お持ちになりますか?」
「これは『帰還の巻物』が使えなくなる罠ね。パーティが全滅する原因にもなる危険な罠だから、あまりいい印象がないけど……」
「そうだな。そこまでかさばる物でもないし、持っていこうか」
◆箱の開封◆
赤い箱:『★水蛇の崇拝者』から取得
・水蛇の鱗×3
・?銀色の首飾り
・?薄く透けた布切れ
・金貨×320枚
・銀貨×188枚
・銅貨×52枚
・王国古白貨×12
トラップキューブを回収し、赤い箱から出てきたものを確認する。武具がいくつかと、金貨などの貨幣が数百枚ある中に、見慣れない古い貨幣も混じっていた。
「これは古代王国時代の『白貨』ですね。そのままでは貨幣としては使えませんが、古物商では高い価値がついています。白貨一枚の価値が金貨五十枚ほどでしょうか」
「プレミアムのついたコインって感じですね。お兄ちゃん、私が持っててもいいですか?」
「ギャンブラーらしいといえばそうだな。何枚か持ってるといい」
「わーい、お兄ちゃんのお墨付きだー。ミサキちゃんもコインって、巫女さん的に大事じゃない?」
「お賽銭のことなら、神様にお礼をするためのものだから。アリアドネ様にお届けしたら、喜んでもらえるのかな」
『金銭に限らず、それが私に対して奉じられるものならば意味がある』
アリアドネの声が聞こえてくる――そういうことなら、聖域にいるアリアドネに供物を捧げることでも信仰値は上げられるということだ。
「アリヒトお兄さん、見つかったものを鑑定してみてもいいですか?」
「ああ、お願いするよ」
「マドカちゃん、『鑑定術2』を取得したんですね……凄いわ」
「は、はい。今まで、鑑定の巻物を売っていただいてありがとうございました……っ!」
「いえいえ、こちらこそ」
マドカはファルマさんにお礼を言ってから、まず金貨に埋もれている装飾品に近づいていく。鑑定する前に触れると何かあるかもしれないので、距離を置いて技能を発動させた。
最初に鑑定したのは『銀色の首飾り』だ。赤い宝石がついているが、魔石よりもサイズが小さい――装飾品の一部ということか。
◆★ブリーシンガメン◆
・『加護:亜人』人型の魔物から受ける打撃を軽減する。
・『素早さ』が上昇する。
・炎属性の攻撃を受けたときに、低確率で『炎熱の加護』を発動させる。発動時に破損し、修復しなければ使えない。
・女性の剣士系職業のみが装備できる。
「これは……『猿侯』と戦うとき、有効な装備だな」
装備できる職業からすると、エリーティア専用といえる。『炎熱の加護』が確実に発動しないのはネックだが、それ以外の能力だけでもつけていればプラスになるだろう。
「こっちは……そのままだと使えそうにないけど、何かしら。綺麗な布地ね……」
もう一つは、ひらひらとした布――鑑定してからでないと触れてはいけないが、五十嵐さんが触ってみたくなるのも分かるような質感だ。
◆★天の乙女の羽衣◆
・魔力を消費し、敵からの攻撃による被害を軽減する。
・技能を使用した際に消費する魔力が減少する。
・『全属性軽減1』が付与されている。
・『回避力』が大きく向上する。
・『飛翔天駆』の技能が使用可能となる。
・同時に装備できるものに制限がある。
・特定の条件を満たした場合に装備できる。
・破損していて性能が発揮できない。
「羽衣……これを着るのか。破れてるみたいだから、修復しないと装備はできないな」
「お兄ちゃん、そんな真顔で……結構スケスケで危うい装備じゃないですかー。もう、そういうのに興味があるなら言ってくれればもがっ」
「ミサキちゃん、茶化さないの。『飛翔天駆』って、もしかして飛べるようになるのかしら……」
「ハーピィたちの力を借りれば飛ぶことは可能ですが、個人で飛ぶことが可能になるなら、修復できれば用途はありそうですね」
セラフィナさんが言う通り、空を飛べるというのは場合によっては大きなアドバンテージだ。しかし修復するにも専用の材料や技術が必要になりそうではある。
危険がないと分かると、ミサキが触ってみてどれくらい透けているかを確かめる――ギリギリ向こう側が見えないようだが、本当にギリギリだ。修復できても、装備するには勇気が必要そうだ。
『水蛇の鱗』は武具などに使う素材のようなので、後でセレスさんたちに相談してみることにする――次はいよいよ『黒い箱』だ。
「アトベ様、どちらからお開けになりますか?」
「そうですね。では、新しく見つかった方からお願いします」
「かしこまりました。それでは、始めさせていただきます……」
ファルマさんが黒い箱に手をかざす――すると、前とは違う形状の、立方体の迷路が空中に展開される。
「今回はなかなか……手強いようね……でも、ちゃんと導いてあげる……出口まで……」
魔力を迷路に通していく――順調に解錠が進んでいた、その途中で。
立体迷路が発光する。次の瞬間、迷路の構造が今まで見ていたものとは変化する――まるで、ルービックキューブが回されるかのように。
「……何か、違う……っ!」
「迷路が動いてる……後部くんっ……!」
俺たちが見ている前で、迷路の形状が大きく変化する。何者かの意志が働きかけているかのように。
『――罠による転移。トラップキューブを介さず、神器固有の「遺失迷宮」に引き込もうとしている』
(っ……秘神の『パーツ』ということなのか……!?)
「駄目……アトベ様たちだけは、絶対に……こんな、ところで……っ!」
変化する迷路に、ファルマさんはついていこうとする――しかし魔力が迷路の終端にたどり着けないまま、少しずつ追い込まれていく。
『私たちが、新たなパーツを得るための資格を満たしているということ。「次の部位」に呼ばれている』
「っ……ファルマさん、俺たちは大丈夫です! 必ず戻りますから、心配しないでください……!」
「――アトベ様……っ……!」
ファルマさんの声――迷路に行き止まりが作られ、ファルマさんの魔力が袋小路に入って行き場を失う。
「……っ!」
誰かが走ってくる。少し離れた場所に佇んでいたテレジアが、俺に駆け寄ってくる。
テレジアを受け止めたとき、眼前が白く染まる。仲間たちの声が聞こえる――大丈夫だ、不測の事態でも、俺たちは必ず切り抜けてこられた。
『近づいている……他の「秘神」に出会うときが。私がいることで……貴方がたに、試練を……』
(大丈夫だ。何があっても……俺たちなら、必ず……!)
何かを悔やむようなアリアドネの言葉に応じる。『黒い箱』の罠ではなく、その中に眠る『アーマメント』の意志に俺たちは呼ばれている。
ムラクモ、アルフェッカとの戦いを思い出す――彼女たちよりも強いとしても、取得すれば必ずパーティにとって、そしてアリアドネにとっても重要な一歩となる。
次に視界が戻ったときに、仲間たちが無事でいること。そして、その先にある試練を乗り越えること――今は祈りながら、転移に伴う強烈な意識の揺らぎを耐え続けた。
※いつもお読みいただきありがとうございます!
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