第百九十六話 前進
エリーティアのライセンスに、技能の一覧が表示される。
前に見せてもらったときは緊張しているように見えたが、今は――どちらかというと、照れているように見えるだろうか。
◆習得した技能◆
ダブルスラッシュ スラッシュリッパー ライジングザッパー
ブレードロンド ブロッサムブレード ∪ルミナスフラウ
アーマーブレイク パリィ 切り払い1 切り返し1
∪スターパレード エアレイド ソニックレイド コメットレイド
剣の極意2 ダブルウェポン アルティメイタム ∪瞬星眼
◆取得可能な技能◆
スキルレベル3
☆リベレイション:剣の性能を解放して強力な攻撃を繰り出す。使用した武器は耐久度に関係なく壊れない。 必要技能:剣の極意2
☆ブレードメイデン:『ブラッディロア』から変化した技能。体力に応じて威力が上昇する剣撃を繰り出す。仲間全体の体力が減っているほど威力の上昇は大きくなる。
スキルレベル2
・クロススラッシュ:左右の手に装備した武器を使用して強力な攻撃を繰り出す。必要技能:ダブルウェポン
・ヒットアンドアウェイ:攻撃後、反撃を受けるときに回避率が上昇する。敵に対する間接攻撃の命中率が上がる。
☆デッドリーアングル:魔物の弱点を突いたときに与える打撃が倍加する。
☆返し刀:一度技能を繰り出したあと、次の技能を発動するまでの隙を無くすことができる。 会得した相手:『★水蛇の崇拝者』
☆聖騎士の備え:職業『聖騎士』の装備品を身につけることができるようになる。
☆ゾーンフェンド:周囲の敵全員に剣撃を当て、命中した相手をノックバックさせる。威力が低い代わりに、後から発動しても相手より先行できる場合がある。必要技能:フェンサーステップ
スキルレベル1
・ピアース1:刺突剣を装備しているとき、攻撃が後ろまで貫通する。
・ウェポンブレイク:特定の剣を装備しているとき、相手の武器を狙って耐久度を下げる。
・メンテナンス:装備が壊れるときに前兆がわかり、必要な道具があれば応急修理を行える。
・武勲の名乗り:敵のリーダーを倒したときに取得経験値、ドロップ率が上昇する。
☆フェンサーステップ:刺突剣を装備しているとき、回避率が上昇する。物理攻撃であれば、発動後に受けた最初の一撃は必ず回避する。
残りスキルポイント:1(+5)
「これは……凄いことになってるんじゃないか……?」
なんらかの要因で技能が進化した場合、スキルポイントを使用せずに上位技能を習得できる――それだけでも驚くべきだが、さらにエリーティアは『★水蛇の崇拝者』の使った技能を覚えることができるようだ。同じ武器を使っている相手と戦った時は、相手の技能を得られる可能性があるということか。
「……エリーティアが、今まで頑張ってきたからだな」
「そ、そんなこと……『カースブレード』じゃなくなったから、選べなかった技能が一気に出てきただけで……」
「新しい技能も良いものばかりだけど、変化した技能に『∪』の文字がついてるな……こんなのは見たことがない」
「『∪』は普通には習得できない技能につくって、聞いたことがあるけど……『スカーレットダンス』は『スターパレード』になって、『レッドアイ』は『瞬星眼』に変化している。そうやって変化した技能につく記号なんだと思うわ」
「なるほどな……『瞬星眼』は、発動しないと効果がわからない技能なのか」
「『レッドアイ』は、私も意識せずに発動してたから……『瞬星眼』にも何か発動条件があるのかもしれない」
能力の上昇と引き換えに体力や魔力を消耗する類の技能がなくなり、今のエリーティアは攻撃役として不利な点が無くなっている。
「……本当に良かった」
「え……? ど、どうしたの、アリヒト。急に神妙な顔して……」
「『ベルセルク』や『レッドアイ』を使い続けたら、どうなるのか……エリーティアのおかげで、俺たちは前に進むことができてる。それでも心配だっていうのは、身勝手なことだって分かっていたのに」
「……そんなことない」
いつも胸につかえている思いがあった。彼女が『カースブレード』の力を使うたびに、何かを削っているのは間違いなくて――それでもこれまで乗り切れてきたから、そのたびに迷いを振り払ってきた。
「私は……五番区から降りてくるときに、三つのパーティに入った。まず五番区で仲間を探して、見つからなくて、六番区で一つ、七番区で二つ。七番区のときは、ギルドに相談して紹介してもらって……でも、上手くいかなかった」
「そうだったのか……」
「うん……でも、私がいけなかった。最初はこの剣のことを隠して、剣に引っ張られても大丈夫だって言い聞かせて……でも、六番区のパーティの人たちは『ベルセルク』を発動した私を見たら、もう一緒に行動してはくれなかった」
エリーティアはギルドを介して、パーティを脱退させられたと告げられた。
強力な攻撃役を得たからなのか、彼女が入ったパーティは『名前つき』が出るという情報が出る迷宮に入った。
――そして『名前つき』と交戦している間に『ベルセルク』を発動させたエリーティアは、我に返ったときには迷宮の中に独り残され、他のメンバーは巻物を使って脱出した後だった。
「それは、あの人たちが悪かったんじゃない。『緋の帝剣』を手にした私を見れば、みんながそう思う……こんな人間と、パーティを組んでいられないって」
そして、彼女は『死の剣』と呼ばれた。仲間を傷つけたわけではなく、魔物の返り血に濡れて迷宮を出てきた彼女を見て、誰かがそう呼び始めたのだ。
「魔力を使い果たして、もう一度目を覚ましたときには、ギルドの医療所にいた。私の腕と足は縛られていて……私が正気だと分かったあとに、外してもらえた」
俺たちのパーティに入るまでのことを、今まで詳しく聞くこともなく、それでもエリーティアの孤独を想像して、少しでも分かっているつもりでいた。
しかし、そんなものではなかった。彼女が味わったものは、想像だけで足りるようなものじゃない。
「私は何もできないのかもしれないと思った。『名前つき』と戦っても、私は最後には生き残ることを優先して、意識がない状態で逃げてしまっていたの。それじゃ何も手に入らないし、状況は悪くなるばかりだった」
エリーティアは同じレベル帯以上に強く、レベルの数字よりも強い『名前つき』と渡り合うことができる――しかしそれは、自分の意志で行動できなくなる『ベルセルク』を発動した場合のことだ。魔物を倒して見つかったものを迷宮から持ち帰るには、信頼できる仲間が必要になる。
「『カースブレード』なんていうけど、持ち主が死んでしまっては意味がないから、私を生かそうとした……でも、それだと探索者としては何を得ることもできない。成長もしないし、仲間を作ることも……」
「……でも、諦めなかったんだな」
「そう……七番区に降りて、仲間を探して。でもそのときは、私の目的を伝えることをせずに、毎日を生きるために迷宮に入っていた。それでも『死の剣』の噂が、降りてきてしまったの」
八番区に降り、仲間を探すことも、初めは諦めていた。七番区で参加したパーティが、魔物の強さに適応できず、八番区に降りてきていたからだ。彼らはエリーティアをギルドで見かけ、『死の剣』の話を広めてしまった。
なぜ、一度はエリーティアをパーティに入れた人々が、彼女に悪意を向けたのか。
その答えは、彼女自身の口から告げられた。
「……私が持っている剣を、兄は完全に手放すつもりなんてなかった」
「八番区にまで、エリーティアのことを広めたっていうのか?」
「私が気がついたときには、『死の剣』の話は急速に広まってしまっていたから」
「自分たちが見つけた剣を使う仲間を、そんな名前で呼ぶなんていうのは……理由があっても、許されることじゃない」
「……ありがとう。本当は、五番区に戻れるのはずっと先だと思ってた。少しずつしか進めなくても、それしかないんだと思ったから」
八番区まで降りたエリーティアはそう決意していたからこそ、レベル1のスズナと組んで、初級迷宮から攻略を始めたのだろう。飛び級も何もできない、一歩ずつ進むしかなかった――『ベルセルク』を発動させないように。
「スズナと出会えて、二人で探索をしているだけで、私はまだ生きていていいんだって思えたの。みんなに疎まれてしまって、もうずっと独りなんじゃないかと思ってたから」
「じゃあ、俺たちはあのとき会えて良かったんだな」
エリーティアが瞳を潤ませる。彼女はライセンスを持つ俺の手に、自分の手を伸ばそうとする――しかし、触れはしなかった。
「もし、私が……」
「……もし、の話なら。もし俺たちが『猿侯』を無事に倒せたら、の話がしたいな」
覚悟は十分に伝わっている。どれだけ強くなれたとしても『絶対』はないのだと。
それでも俺は、求めずにはいられない。全員が『絶対』に生き残る、そんな未来を。
「……職業が変わったことで、スキルポイントが増えているみたいだから。『リベレイション』と『返し刀』を取ってみてもいい?」
「『ブレードメイデン』は、皆の体力が減った状態でないと最大限に効果が発揮できない……リスクが大きいっていうことか」
「ええ。今の剣なら、私にきっと応えてくれる」
「そうか……きっとそうだな。その二つの技能にしよう」
エリーティアが人差し指で技能を選び、取得する。その後で俺は『武勲の名乗り』を指差した。
「エリーティアはレベルが高いから、俺たちと比べて経験が積みにくい……それなら、これも取っておいた方がいいと思う。『ウェポンブレイク』が今の剣で使えるなら、それを選ぶ手もあるが」
「それは『ソードブレイカー』という種類の剣でないと使えないみたいだから……そうね、『武勲の名乗り』を取っておくわね」
これから先のことを考える。『猿侯』を倒すのは終わりではなく、俺たちにとって重要な目的であり、そして『過程』だ。
「アリヒト、相談に乗ってくれてありがとう。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。ゆっくり休んでくれ」
エリーティアが居間から出ていく。グラスに注がれた水を飲み、一息つく――すると、ファルマさんがテレジアと一緒にやってきた。
「アトベ様、お疲れ様です。箱を開けるご予定ですが、いかがなさいますか?」
「早速、明日開けてみたいと思っています。昨日見つかった黒い箱が二つと、今日見つかった赤い箱の3つを」
「まあ……赤い箱も貴重なのに、アトベ様ったら……いつもお伺いするたびに、ドキドキしてしまいますね。黒い箱を開けるには魔力の消耗が大きいので、一度に一つしか開けられないかもしれませんが、よろしいですか?」
「はい、大丈夫です。赤い箱を先に開けてもらって、黒い箱の一方だけでも構いません」
「では、残りの一つを開けるために、もう一日滞在させていただきますね。子どもたちも、三日までは大丈夫と言ってくれましたので」
留守番をさせてしまっているエイクとプラムの顔を思い出す――できるならもう一度顔を見たいものだが、なかなか八番区に戻る機会はなさそうだ。
「ファルマさんは、お母さん業と仕事を両立させていて凄いですね。俺より年下なのに、ずっと落ち着いていて……」
「っ……あ、あら? アトベ様が、私より年下……そうだったんですか?」
ようやくファルマさんの誤解を訂正することができたが、彼女としては戸惑っているようだった――それはおそらく、前に俺の背中を流そうとした時のことがあるからだろう。
ファルマさんは酔っていたので忘れていると思っていたのだが、薄っすらと記憶に残っているとしたら、それは少々気まずい。
「……あ、あの。不躾なことを申し上げますが、今までと同じように接してもいいでしょうか? 私、アトベ様のこと、すっかり弟みたいなものだと思っていて……す、すみません、勝手なことを言ってしまって」
「ファルマさんが良ければ、それで大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。では、寝室のほうお借りしますね。テレジアさんも、おやすみなさい」
「…………」
テレジアはこくりと頷くと、俺の後方に移動する。ソファに座ろうとしないこの距離感は、少し前に戻ってしまったようだ。
「……アトベ様、今はよろしいですか?」
「はい、どうぞ。お疲れ様です、ルイーザさん」
ファルマさんと入れ替わりでルイーザさんがやってくる。俺の向かいに座ると、彼女はテレジアに微笑みかけてから、俺がテーブルに置いたライセンスを見た。
「それでは、拝見いたしますね」
◆今回の探索による成果◆
・『夕闇歩きの湖畔』3Fまで侵入した 30ポイント
・『マドカ』のレベルが5になった 50ポイント
・『アイスレムナント』を2体討伐した 200ポイント
・『アルターガスト』を1体捕獲した 440ポイント
・『★水蛇の崇拝者』を1体討伐した 3600ポイント
・パーティメンバーの信頼度が上がった 270ポイント
・『ナターリャ』のパーティと共闘した 10ポイント
・『ナターリャ』を救助した 100ポイント
・『レナード』を救助した 100ポイント
探索者貢献度 ・・・ 4800
五番区暫定貢献度ランキング 302
「5つ星迷宮の探索条件を達成するまで、一歩前進いたしましたね……胸が震えてしまうくらいに大きな一歩ですが」
「ありがとうございます。やはり、名前つきを倒すと五番区でも順位はかなり動くんですね」
「勿論です、この区の方々が一度の探索で得る貢献度は、平均でも2000前後になりますので」
「他のパーティの情報は、あまり教えてもらえないとは思うんですが……『白夜旅団』はどれくらいの貢献度を上げているんでしょうか」
「現在、五番区で序列一位のパーティですね。探索頻度こそ少ないですが、一度動くと大きな貢献度を獲得しています。前回の探索で一万ほどの貢献度を上げられていますね」
四番区に上がるには、現状では白夜旅団と競うことになる――白夜旅団が先に上の区に上がる可能性もあるが。
「彼らが昇格試験を受けないのは、十分な準備を終えていないからだと言いますが……序列一位のままで長く留まり続けた場合、昇格の意志が無いとして、ランキングから一時的に除外されます」
「そう……なんですね。しかし彼らにはおそらく、試験に合格する実力はあるはずだ」
「何かを待っているのかもしれません。彼らには他の区にも下部組織のようなパーティがいるそうですので……これ以上の情報は、私の権限では把握できないのですが」
「いえ、ありがとうございます。とても参考になりました」
ルイーザさんは胸に手を当てて微笑む。そんな彼女を見て、俺はふと気がついた。
「今は、片眼鏡を使っていないんですね」
「は、はい……お風呂上がりですので。大丈夫です、近くで見ればちゃんと見えています」
ルイーザさんは眼鏡の位置を直すような仕草をするが、そこには何もない――彼女ははにかんだ微笑みを見せる。
「……それでは……そろそろ夜も遅いですので、寝室に戻らせていただきます」
「お疲れさまでした、ルイーザさん」
何気なく言うが、ルイーザさんは立ち上がって俺の傍らに近づき――耳元にまで顔を近づけ、そして囁く。
「これくらい近づくと、よく見えます」
「ル、ルイーザさん……」
「ふふっ……アトベ様、テレジア様、おやすみなさい」
ルイーザさんが寝室に向かう――後ろ姿を見て思うが、寝間着がゆったりとしつつも、身体の曲線が何となく分かってしまう。
俺は立ち上がり、照明を落とす。マドカは就寝が早いので、技能についての相談は後にしておく。素材や魔石についての相談も明日になってからだ。
「…………」
テレジアの視線が、何となく落ち着かない――しかし、言うべきことは言わなくては。
「テレジア、今日はみんなとベッドで休んだ方がいい。大変だったからな」
「…………」
しばらくテレジアは反応しなかった――ように見えたが、すっと動き出して、俺の向かいのソファに座る。
迷宮を出る時のことを思い出す。テレジアは黙って、俺を見ているままだ。
「…………」
また立ち上がってしまうのかと思ったが、彼女はソファに横になる。俺は毛布を持ってくると、テレジアの身体にかけた。
「……正直を言うと、寝てる時に他に誰かがいるっていうのは落ち着くよ。子供の頃も、そうだったんだ」
「…………」
「ん……?」
テレジアの唇が動いたように見えた。しかし、声が聞こえることはない。
「……テレジアも、ゆっくり休むんだぞ。おやすみ」
俺は仰向けになり、目を閉じる。しばらくしてテレジアの方を見ると、彼女はソファの上で身体を丸めて、ゆっくりと寝息を立てていた。
※いつもお読みいただきありがとうございます!
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次回更新は一週間以内の予定です。
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本作とはジャンルが異なりますが、現在現代ラブコメの連載を行っております!
カクヨム様にて先行公開を行っておりますので、よろしければ
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