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第百九十五話 賑やかな食卓/新職の技能

 中位ギルドに行くと再び個室に案内され、『料理人』のマリアさんが俺たちのテーブルを担当してくれた。


 総勢16人で、大きなテーブル二つに別れて座る。ライカートンさん一家とミストラル工房の二人、ルイーザさん、ファルマさんがテーブルを囲んでいて、シオンも護衛犬の食事を用意してもらい、部屋の端のスペースで食べている。


 今回は五十嵐さんに乾杯の音頭を取ってもらうことにした。全員に食前の飲み物が回ったところで、彼女が席を立つ。


「今日はファルマさんと、メリッサさんのお母さんも来てくれたので、いつもより賑やかで嬉しいです。重要な目的が控えていますが、身体を休めるときは休めて、楽しくするときは楽しくして、大事なときに備えていきましょう……それでは、乾杯!」

『乾杯!』


 『フォレストダイナー』には『森の詩人』という銘柄のエール酒がある。キンキンに冷やされたそれをジョッキに口をつけて一口飲むと、フルーティな香気が広がり、後味も苦味が薄く飲みやすい。


「上の区に行くとお酒が美味しくなるっていうのは、いいことなのかしら……」

「やり甲斐は色々なところにあるという考え方も……いや、酒にハマるのは駄目ですが」

「後部くんならその心配は要らなさそうね……セラフィナさんはいいんですか?」

「私は、技能の関係でお酒を口にしないほうが良いのです。お酒自体は好きといえば好きなのですが……」


 セラフィナさんの『ストイック』は、時々息抜きをしたりすることも許されないということだろうか。そうすると目の前で飲むのはデリカシーに欠けている――と思っていると。


「私のことはお気になさらず。元々、節制するのは趣味のようなところもありますので」

「あ……す、すみません。でもいつか、セラフィナさんも飲めるといいですね」

「はい、それはぜひ。しかしどれくらい戦闘に影響が出るか分からないので、しばらく節制は続けるべきですね」


 パーティの皆がセラフィナさんの禁欲的な姿に感銘を受ける――なぜか落ち着かなさそうなメンバーが何人かいるのは何故だろう。


「セラフィナさんを見習って、私も節制したらどうなってしまうんです? スーパーギャンブラーミサキちゃんになれたりしますか?」

「ミサキちゃんはまだお酒は駄目だから……大人になったら、私と一緒にね」

「スズちゃんとお酒! 幼馴染みが一緒にお酒を飲むのってエモくないですか?」

「まあ、それはな……その時は二人でっていうのもいいかもしれないな」

「え、お兄ちゃんと……? じゃなくて、スズちゃんと私のさし飲みっていうことですよね。あ、さし飲みとか私も知ってるんですよ?」

「あまりはしゃがないの、マドカにはそういう話は早いし……」


 エリーの忠告を受けてミサキは若干大人しくなるが、テンションが上がり過ぎで見ていて心配になる。追い込まれた状況ということを忘れさせてくれる彼女には、感謝したい思いもあるが。


「私の家族もたくさん飲む人が多かったので、私も将来は酒豪(しゅごう)になりそうだと言われてました」

「そうなのね……私も寒い土地の出身だから、お酒は強い家系だと思うわ」


 マドカの家はなかなか大らかな家族だったということだろうか。エリーティアは感心したように目を見開いてから、マドカと笑い合う。


「エリーさんはそう言っておいて、実は飲んでみたら弱そうですねー。大人になってもくっころな感じで、弱点が多そうです」

「くっころ……ミサキ、分かるように話してもらえる?」

「ま、まあそれはいいとして……今日も前菜から美味しそうだな」


 五十嵐さんが大皿からオードブルを取り分けてくれるが、盛り付け方が綺麗で俺の出る幕がない。


 転生したときに着ていた縦セーターとは違うが、五十嵐さんは同じようなタイプのニットを着ている――前屈みになったときの胸の部分が強調されるのは、錯視の影響もあるのだろうか。と、一箇所で視線を留めてはいけない。


「お疲れ様です、皆様方……アトベ様、探索のほう順調で何よりです」


 ルイーザさんがやってきて、俺とグラスを合わせる。彼女も一度帰って着替えてきているので、仕事をしている時とは雰囲気が違う――彼女も相変わらず胸が大きく、俺が座った状態で横に立たれると目のやり場に困ってしまう。


「ありがとうございます、ルイーザさん。少し、明日は賭けのようなこともしないといけないんですが……」


「『黒い箱』を開ける時のことは、いつもドキドキしますね……アトベ様、今回もお呼びいただいてありがとうございます。シオンも元気そうで良かった、あの子も少し大きくなりましたね、この短い期間に」

「はい、いつも活躍してくれています。この区でのスタンピード鎮圧に参加したときも、住民の救助をしてくれました」


 シオンは食事をしていたが、話していることが分かるのか、こちらを見て尻尾をパタパタと振る。


 ライカートンさんは最初の一杯を空にすると、メリッサにお酌をされていた。フェリスさんも手を添えている――ライカートンさんの目には光るものがあった。


 今は親子水入らずに水を差すことはしてはいけない。ライカートンさんがこちらを見ているが、無言でグラスを掲げ、少しでも喜びを共有させてもらう。


「メリッサさんもライカートンさんも、すごく嬉しそう……こうやって会える機会は大切にしないとね」

「お兄ちゃんってそういう気遣いが半端じゃないですよね。私なんてこうなってから色々と決壊して、お兄ちゃんの優しさに打ちのめされてますからね」

「それじゃ、俺が何か悪いことしたみたいじゃないか……?」


 反論してみるものの――家族三人の再会を目にした仲間たちは、みんな目が赤くなっている。


 皆の方がよほど優しいと思うのだが、エリーティアは顔を見られたくないのか、さっきからずっとあらぬ方向を向いている。ミサキがそれを見て良からぬことを考えているようだが、スズナが引き止めていた。この三人の立ち位置のバランスは見ていて安心できるものがある。


「スープと魚料理をお持ちいたしました」


 次の料理が運ばれてくる――この料理の食材には、魔力の回復に良いものが使われているそうだった。『ガスラングフィッシュのホイル蒸し』肺活量も上がるそうだが、疲れにくくなるという感じだろうか。


「アトベ様、私がお食事のお手伝いをさせていただいてもよろしいですか?」

「ル、ルイーザさんもお疲れですから、ここは私が……」

「お姉さまがた、バトルはお店の中じゃだめですよー。はいお兄ちゃん、付け合わせのブロッコリー的な何かです」

「ミサキちゃん、それは私が食べてあげるから……」

「……スズナにばかりお願いするのも……い、いえ、大丈夫。食べられるから」


 食べ物の好き嫌いについては事前に申告すると対応してくれるそうなので、後でみんなから聞いて把握しておいた方がよさそうだ。


 メリッサとフェリスさんはやはりというか、魚料理に目がないようだった――俺の隣に座っているテレジアももくもくと食べていて、いつもと変わらない姿を見て安堵する。


「…………」

「ん……い、いいのか?」


 ルイーザさんと五十嵐さんが牽制しあっている横で、テレジアが俺の魚を切り分け、フォークで取って差し出してくる。


「お兄ちゃんのふところにすっと入るこの身のこなし、テレジアさんには敵わないですよねー」


 そろそろミサキには、お喋りを三割減ほどにしてもらいたい――恥ずかしさを責任転嫁しつつ、テレジアに魚料理を食べさせてもらった。


 いつも食べることに集中している彼女が、俺の世話を焼いてくれるというのは、少し気になるところだが。嬉しいかそうでないかといえば、間違いなく前者だろう。


 ◆◇◆


 食事を終えたあと、皆と一緒にフェリスさんとメリッサも俺たちの宿舎に帰っていく。ライカートンさんは俺に話があるようで、一人その場に残った。


「いやはや……格好悪いところを見せて申し訳ない」

「そんなことはないですよ。俺も、家族というのはいいなと思いました」

「アリヒトさんがが探索者を引退するとしても、それはずっと先の話でしょうが……でも、貴方ならきっと良い家庭を作るでしょう。その光景が目に浮かぶようですよ」

「い、いやそれは……まいったな」


 ライカートンさんは楽しそうに笑う。酒量は過ごさないようにしていたのか、もう酒による赤みは引いている。


「先程、話したのですが……アリヒトさんたちに、フェリスも協力させていただきたいと言っています」

「っ……それは、フェリスさんの所属しているパーティの意向ですか?」

「娘はフェリスと意思の疎通ができるので、フェリス自身の意思です。いつ、どのような形かというのは決まっていませんが、彼女が申し出てきたときには検討していただけますか」

「ありがとうございます。そう言ってもらえるのはとても助かりますし、心強いです」


 『猿侯』との戦いにおいては、戦力はどれだけ集められても過剰ということはない。メリッサの母親までも危険に巻き込みたくはないが――これこそが、エリーティアも抱いた葛藤だろう。


 ライカートンさんはどう考えているのか。危険に向かわせたくないと思いはしないか――彼は、そんな俺の憂慮を超えたところにいた。


「あの日アリヒトさんが私の店に来てくれてから、何かが変わり続けている。妻を待つ時間の間に、私はもっと他に何かできないかと考えていた……しかし日々の仕事をこなす以外には何も見つからなかった。だから、私は嬉しいんです。今自分がここにいることも、フェリスがアリヒトさんの力になりたいと言ってくれたことも」

「……ライカートンさん」

「あなたは私にとって、星のような人だ。届くはずのなかったものを、その輝きで照らしてくれた。私はあなたに憧れているんですよ、アリヒトさん」

「俺は……俺こそ、皆に助けられてここまで来ています。ライカートンさん、勿論あなたにも」


 ライカートンさんはあえて返事を言葉にはせずに頷き、俺に右手を差し出す。そして強く握ってから、先に出ていった。


「……星……か」


 『北極星』も、パーティの名前を星にちなむものにしていたとふと思い出す。


 俺たちを象徴するもの、強く結びついているもの。『鉄の車輪(アリアドネ)』――そうだ。


 星が星座を作るように、俺たちパーティもその力を集めて、一つの方向に向かう車輪を回している。


 俺はともかくとして、俺にとってパーティの皆は、一人では切り開けなかった迷宮を共に乗り越えてくれた――希望の星みたいなものだ。


(……思いついた経緯は省くとして……みんなにどう思ってもらえるかだな)


 すでにテーブルの片付けが始まっているため、俺も外に出なくてはいけない――と、出口に向かうところで、ちょうどマリアさんが入ってきた。


「どうも、ご馳走様でした。凄く美味しい料理ばかりで、皆喜んでいました」

「ありがとうございます、とても光栄です」


 マリアさんはわざわざ頭を下げてくれる。俺も同じようにしていると、サラリーマン時代の名刺交換の流れを思い出してしまった。


「パーティの皆様からお教えいただいたのですが、名前つきの魔物を討伐されたそうですね」

「ええ、『★水蛇の崇拝者』という魔物を倒しました」

「……討伐した魔物を食材にするというのは忌避される方もいらっしゃいますが、素材として使用しない部分がありましたら、料理させていただいてもよろしいでしょうか」

「え……は、はい。それは構いませんが」


 あの激しい戦いを思うと、その相手を食べるというのは――と少しだけ思ったが、俺たちが普段食べているものも魔物由来の食材が多い。


「では、解体後に貯蔵庫から食材として使えそうな部分があったら見ていただけますか」

「かしこまりました。他には、何か料理についてご要望などございますか?」


 マリアさんは手帳を取り出して聞いてくる――要望と言うと、セレスさんと話していたことがあった。


「能力を伸ばす果物をいくつか持っているんですが、調理をお願いできますか?」

「はい、可能です。貴重な食材ですが、食べずに取っておかれたのですか?」

「必要な時に食べるのが良いかと思ったんですが、調理をすると効果が上がると教えてもらったので……それに、ここでも出していただきましたし」

「お客様はスタンピード鎮圧における最功労者ですので、前回は特典として提供させていただきました。能力を上げるための食材は量産ができていないため、入荷が非常にまれになっておりまして……ご提供いただけるのでしたら、レシピを開発させていただきます」

「レシピ作りから始めるのは、大変そうですが……」

「『料理人』の技能に『レシピクリエイト』というものがあります。未知の食材の調理法を、感覚で理解できるというものです」

「なるほど……ありがとうございます。食材はいつ持ってくればいいですか?」

「明日、朝食を届けるときに受け取りにあがります。それでは、またのお越しを……いえ、また明日お伺いします」


 調理の依頼を取り付け、中位ギルドを後にする。『名前付き』を料理するというのは全く考えていなかった――しかしマリアさんが申し出てくれるのなら、食べると良い効果がある場合もあるのだろう。


 ◆◇◆


 宿舎に戻り、浴室が空くまで時間を潰していると、エリーティアがやってきた。


「アリヒト、テレジアと一緒に入らなくてよかったの?」

「ま、まあ……それは、なんというかだな……」

「ふふっ……分かってる、テレジアがいつもついてきちゃうんだものね。ちゃんとテレジアも一緒に入ってきたけど、ちょっとだけお湯に浸かってのぼせそうになったから、慌ててみんなで出るように言って……」

「っ……テレジアは大丈夫だったか?」

「ええ、今は私たちの部屋にいるわ。水を飲んだら落ち着いたみたい。後でこっちに来ると思うから、念のために体調を聞いておいてね」


 風呂では装備品の耐性などが関係ないので、テレジアはのぼせやすくなってしまう。エリーティアの話を聞く限りでは大丈夫そうだが、思わず立ち上がりそうになってしまった。


 そんな俺を見てエリーティアは呆れるでもなく、口元に手を当てて笑っている。


「……すまない。過保護かな、そんなに心配するのは」

「テレジアもアリヒトがそういう人だから、慕っているんだと思う。言葉は無くても分かるのよ、お風呂にいても落ち着かなさそうにしているのが」

「そうか……でも亜人のマスクを取ることができたら、テレジアの俺に対する距離感も変わると思うんだ」

「そのときに、テレジアが遠慮するようになる……そう考えているの?」

「それが自然なことだと思う。元のテレジアがどんな性格なのか、決めつけてるわけじゃないけど……」

「……もう一つ先の区に行けば、テレジアを元に戻す手がかりがある。私も彼女と話をしてみたい……そのためにも……」


 急ぐ気持ちは俺も同じだ。しかし先に進むためには、相応の力を手に入れなくてはならない。


「アリヒト、職業が変わったことでスキルポイントが増えたみたいなの……『+5』と出ているでしょう。どの技能を取るか、相談してもいい?」


 エリーティアがライセンスを見せてくれる。彼女は俺の向かい側のソファではなく、隣に移ってきた。

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cont_access.php?citi_cont_id=946145490&s
― 新着の感想 ―
[良い点] ・本編更新 ・コミック4巻待ち遠しいですなぁ [一言] なんだろうね・・・ 鍵を持っているアリヒトの部分がなぜか 鎌を持っているアリヒトに見えたの・・・(´・ω・)
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