第百九十二話 緋の帝剣
「――セラフィナ、下がってっ!」
『水蛇の崇拝者』が追撃に動く前に、エリーティアが割り込む。初撃から最大の大技を繰り出そうとする彼女を、俺も支援しようとする――しかし魔法銃に装填された『闇雷石』は輝きを失い、引き鉄が反応しない。
(弱点を突けないならスタンを狙うか、確実に打撃を与えるか……!)
「エリーティア、『支援する』!」
「――『ブロッサムブレード』!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃1』を発動
・『エリーティア』が『ブロッサムブレード』を発動
エリーティアが緋色の剣を閃かせる――その瞬間に。
『水蛇の崇拝者』がその斬撃の速度に反応するところが、俺にはスローモーションのように見えていた。
「――シャァァァッ!!」
◆現在の状況◆
・『★水蛇の崇拝者』が『バブルスキン』を発動 → 自身に『泡の防壁』を付与
・『★水蛇の崇拝者』が『蛇剣の構え』を発動 → 剣攻撃を完全防御
「くっ……!?」
『水蛇の崇拝者』の剣が泡に包まれ、エリーティアの剣を滑らせる。
◆現在の状況◆
・『★水蛇の崇拝者』が『ブロッサムブレード』を防御 支援ダメージ13
「ガッ……ァァァッ!」
受け流されても『支援攻撃1』は貫通したが、一段だけでは怯ませられない。
『ブロッサムブレード』を止められたエリーティアは、すぐに次の行動に移ることができない。反撃まで一刻の猶予も与えられない、しかし。
「――やぁぁぁぁっ!」
「五十嵐さんっ……!」
間合いを詰めていたのは五十嵐さんだった。彼女がその手に持っているのは、手に入れたばかりの槍。
(そうか……あの槍は、この魔物と戦うために用意されていたもの。有効に使うことができれば……!)
「アリヒトさんっ……!」
「スズナ、まだっ……!」
ミサキはまだカードが届かない位置にいるが、スズナの弓は射程距離を問わない――だが、まだ彼女には撃たせられない。
(五十嵐さんが攻撃したあと……必ず『その時』を狙われる……!)
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 → 対象:『フォースシュート・スタン』
・『キョウカ』が『サースティスラスト』を発動 →『★水蛇の崇拝者』に命中 弱点攻撃 『泡の防壁』解除 スタン
「――ガァァァァッ!!」
五十嵐さんの突き出した銛が『水蛇の崇拝者』の纏った泡を吹き飛ばす――『渇水石』の力による特殊攻撃の効果だ。
しかし五十嵐さんはその一撃だけでは終わらせなかった。
「迸りなさいっ……『ライトニングレイジ』!」
◆現在の状況◆
・『キョウカ』が『ライトニングレイジ』を発動 →『★水蛇の崇拝者』に命中 弱点攻撃 感電付与
「グォァァァァッ……!」
『水蛇の崇拝者』が感電し、大きく仰け反る――水場に電気が伝わるために、五十嵐さんが大きく飛び退く。
「――!?」
次の瞬間、五十嵐さんが目の前の『水蛇の崇拝者』ではなく、別の方向に反応する。
(――ここだ!)
頭で考えるより早く、俺は五十嵐さんが反応した方向に向けて、スズナに矢を放つように指示する――言葉よりも伝わるのが早い『支援統制』で。
(『支援統制』!)
◆現在の状況◆
・『キョウカ』の『弾除け1』が発動 →『ディープラミアー』の『ポイズンアロー』を感知
・『スズナ』が『皆中』を発動 →2本連続で必中
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『フォースシュート・スタン』
・『アリヒト』が『支援統制1』を発動 →パーティメンバーの標的を誘導可能
「――スズナッ!」
「『当たって』……っ!」
スズナの放った矢は『水蛇の崇拝者』から離れた位置にあるマングローブのような木の方に向かっていく。
このままでは木に命中するかと思われた矢は、障害物をすり抜け、隠れていた魔物に命中した。
「――ッ!?」
◆現在の状況◆
・『スズナ』が『フォビドゥンアロー』を発動
・『ディープラミアー』が『シャタードアイ』を発動 →『フォビドゥンアロー』に対して無効
・『フォビドゥンアロー』が『ディープラミアー』に命中
・『ディープラミアー』がスタン 行動をキャンセル
声なき悲鳴を上げて、隠れていた魔物が仰け反る。そして見えた姿は、『ラミアー』の名前から想像する通り、上半身は女性、下半身は蛇――水蛇らしい――の姿をしていた。
『憐憫の幻翅蝶』の触覚を使って強化されたスズナの弓は、障害物を貫通する矢を放つことができるようになっていた。さらには投射攻撃を無効化する『シャタードアイ』の影響も受けない――考えうる限り最良の攻撃だった。
そして通常の矢よりも威力がかなり大きい。これで遠距離から牽制することができれば、順に撃破していける。
「……っ」
「大丈夫だテレジア、無理はしなくていい。俺たちに任せてくれ」
「…………」
テレジアはこの戦闘には参加させられない――『水蛇の崇拝者』は、彼女が亜人となる原因を作った魔物に、おそらく姿が似ている。態勢を整えることさえできれば、テレジアを休ませても勝つことはできるはずだ。
「……まだ……私は……っ」
『ブロッサムブレード』を防がれたエリーティアが、『水蛇の崇拝者』と対峙している。
感電の効果が切れ、水色の鱗を持つ巨体が、金色の髪の剣士を見下ろしている。
「エリーティアッ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援防御1』を発動 →対象:『エリーティア』
・『★水蛇の崇拝者』が『ストライクフォール』を発動 →『エリーティア』に命中
「っ……!」
「――エリーティアさんっ、駄目っ! 一人で戦っちゃ……」
五十嵐さんの声が響く中で、エリーティアは『水蛇の崇拝者』の振り下ろした剣を『緋の帝剣』で受け止める――しかし相手の剣撃と共に浴びせられた水の刃を防ぐことはできなかった。
エリーティアの髪を結ぶリボンが解ける。それでもエリーティアは引くことがない。
「……ずっと恐かった……私が、私でなくなることが。でも、違う……」
「エリーティア殿、いけません、このままではっ……!」
「大丈夫……私は……」
皆が、エリーティアの気迫と覚悟を前に圧倒されていた。
親友を救うために千体以上の魔物を倒してきた彼女が、今まで使ってきた技を止められた。
――それでいいはずがなかった。
『猿侯』を倒す前に、剣で他の相手に負けるなどということは、あっていいわけがない。エリーティアの背中がそう言っていた。
「……私はもっと強くなれる。あなたたちがいてくれるなら……!」
◆現在の状況◆
・『エリーティア』が『ベルセルク』を発動
「あ……あぁぁっ……!」
その姿を初めて見た時は、畏怖を感じずにはいられなかった。
探索者を圧倒する力を持つ、巨大な魔物。エリーティアは果敢に挑み、その剣で斬り伏せてきた。
――『死の剣』。呪いの剣士。
剣の力に操られ、何度も正気を失いそうになって、それでも彼女は戦い続けてきた。
けれどエリーティアは、一度も仲間を傷つけたことはない。
彼女の剣は、常に仲間を守るために振るわれてきた。俺は一度もエリーティアのことを『狂戦士』だと思ったことはない。
「……エリーティアさん……負けないで……」
スズナの声が聞こえる。エリーティアを止めることはしない――彼女の決意が、俺たち全員に伝わっているから。
『鳥は巣立ち、蛹は羽化し、花は開く。剣は輝きを放つ――例え幾度血に濡れても』
アリアドネの声が聞こえる。彼女は教えてくれているのだ、何かが変わろうとしていることを。
『緋の帝剣……私はずっと怖かった。自分の手に余る力が、力に溺れそうになる自分が……でも、今は違う』
エリーティアの身体を包んでいた赤色の剣気から、禍々しさが消えていく。
――どこまでも純粋な緋色。それはまるで、赤く輝く星のようだった。
◆現在の状況◆
・色銘武器の解放条件を達成
・『緋の帝剣』の第一封印が解除 →『緋の帝剣』の形状変化 名称変化『アンタレス』
・技能『ベルセルク』が『アルティメイタム』に変化
・技能『レッドアイ』が『瞬星眼』に変化
「エリーティア……!」
エリーティアの剣が形を変える。刀身は鮮やかな緋色――しかし今までの血を思わせる不吉さは感じない。
『あの娘は、あと一歩のところまで来ていた。自らの血を流すことを恐れず、自分の剣で道を切り開こうとした……』
『ムラクモ……俺も彼女に加勢できるか?』
『無論。方法ならば、マスターも分かっているはずだ』
俺も彼女と共に戦っている――いつも俺たちを引っ張ってくれていたエリーティアが更に強くなっても、必ず彼女の力になる。
背中に背負ったムラクモの柄に手をかける。『水蛇の崇拝者』がもう一度エリーティアに剣を振り下ろそうとしたとき、俺にはその先の光景が見えていた。




