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第百九十一話 夕闇歩きの湖畔 第二層

 リーネさんの庵を包んでいる霧を抜けて、また湖の東側に出てくる。


 『スケアクロウ』のシュバルツも出てくるが、湖には近づかない。辺りを見張っているようだが、単独で待機していられるということは、魔物に標的にされない特性があるのかもしれない。


「アリヒト、この階層で貢献度を稼ぐの? それとも……」

「『五番区の迷宮二つの三階層まで到達する』って条件を満たす必要があるからな。三層を目指してみるか、他の迷宮にするか……ん?」

「…………」


 テレジアが俺の袖を引き、湖の向こう側を指差す――金属音と、人の声。それはしばらく続いたあと、聞こえなくなった。


「他のパーティが戦闘中だったみたいね……音が聞こえなくなったっていうことは、次の階層に逃げ込んだのかしら」

「その可能性は高いと思います。意図しての撤退であれば良いのですが、もし追い込まれている場合は危険が大きいかと……」


 かなり距離が離れているため、聞こえた音だけでは十分な判断材料とはいえない。しかしセラフィナさんの言う通りなら、二階層に逃げたパーティは救援を必要としているはずだ。


「危なくなったら、巻物で外に出られるんじゃないですか?」

「そうできない理由があるとしたら……大丈夫でしょうか」

「……そうだな。この迷宮の魔物とは戦えると分かったし、俺たちも加勢して足を引っ張るってことはないだろう」

「バウッ」


 シオンが返事をするように吠える。護衛犬のシオンとしては、窮地にあるかもしれないパーティを放ってはおけないということか。


「じゃあ、魔物に遭遇しないように進みましょう。一度戦闘になれば、かなり足止めされることになるから」


 『隠れる』や『アクティブステルス』は魔物に気づかれずに進むには有効そうだが、全員に効果を拡張するには俺の士気解放を使う必要がある。


「マドカ、市場に出回ってたりする商品で、魔物と遭遇しにくくなるような道具ってあったりするか? 心当たりがあったらでいいんだが」

「あ……はい、お兄さんからお任せしてもらっている資金で、掘り出しものなどについてはお買い得だなと思ったものは押さえています。『忍び歩きのポーション』ですね」

「なにっ……あ、あるのか……!」

「マドカちゃんに頼んだら、何でも出てきちゃいそうな気がしてきますね……」

「い、いえ、何でもは仕入れていません。あまり市場に出回らないものと、もし売ってしまったときでも相場が下がりにくいものを買っています」


 何でもないことのように話しているが、この年齢でそこまで考慮しているという時点で感嘆するほかない。


「ということは、このポーション一つで一財産っていうことですか?」

「はい、金貨五十枚くらいで取り引きされています。薬師の方も作れる量に限りがあるので」

「そうか……ここで使うとなかなか手に入らない可能性もあるな」


 しかしあまり悩んでいる時間もないので、ポーションを使って魔物を避けて行くか――そう考えたとき。


 名前のごとく、案山子のように棒立ちだったシュバルツが動き始める。彼は俺達の方を振り返り、先導してくれているようだった。


「安全な道を教えてくれてるのかしら……?」

「分かりませんが、ついていってみましょう。彼のことは信頼できると思います」


 リーネさんの庵がある林沿いに進み、湖の向こう側まで回る――テレジアの警戒範囲ぎりぎりに魔物が入ることはあったようだが、交戦することなく進むことができた。


 シュバルツは二階層の入り口らしい、巨大な樹木の(うろ)のところまで俺たちを案内してくれた。


 ここで戦闘が行われていたことは間違いない。木の幹に矢が突き刺さり、辺りの地面には血痕が残されている。


「案内してくれてありがとう。リーネさんにも宜しく伝えてください」


 シュバルツは無言で振り向き、こくりと頷くと、再び踵を返して歩き去る――髑髏の仮面も見ていると慣れてきて、あまり威圧感は感じなくなった。


「…………」


 テレジアが何かを見つける――それは、草むらに落ちている装備品だった。


 小型の盾のようだが、矢が貫通している。他には漁に使う銛のようなものが落ちている――見たところ異常はないように見えるが、手放されたことには何か理由があるように思える。


「マドカ、鑑定の巻物はあるか?」

「はい、中級鑑定の巻物を使ってみます。『鑑定術1』では詳しく分からないと思いますので」

「よし、それで鑑定してみよう。できるだけ触らないように気をつけて」


 何か、見た目だけでは分からない異常があるかもしれない――念には念をと考えたのだが、それは杞憂だったようだ。


 ◆ネルゼクス・ハープーン+3◆

 ・命中率が上昇する。

 ・『特攻:水中の魔物』該当する魔物に対して与える打撃が増加し、敵からの被害は軽減される。

 ・『渇水石』が装着されている。


「……何かの理由で落としてしまったようですね。この迷宮向けの魔石が装着されているようですし、手放したのは故意ではないと考えられます」

「セラフィナの言う通りだと思うわ。この武器は持ち主に返してあげるのがいいと思う」

「それなら私が持っておきましょうか。いつでも渡せるようにした方がいいでしょう」


 五十嵐さんが申し出て、(ハープーン)を背中に背負う。いつも槍を使っているからか、銛の取り回しも慣れたものだった。


「あっ……お、お兄さん、盾に貫通している矢は毒が塗られているみたいです」

「毒矢か……」


 五番区の魔物が使う毒――まず喰らわないことを考えたいが、狙われるメンバーによっては致命的な事態になりかねない。


 盾を貫通した(やじり)に付着している血は、盾の持ち主に傷を負わせたことを示唆している。


「後部くんがアドバイスしてくれた通りだったわね。『弾除け1』を覚えれば、急に撃たれた時にも回避できるかもしれないわ」

「バウッ」

「シオンちゃんもこの迷宮の魔物は手強いから、本当に危ないときにしかかばう技能は使っちゃだめよ。分かった?」

「……クゥン」


 シオンの『カバーリング』で助けられた局面は今までに何度もあったが、確かに五十嵐さんの言う通りだ。


 テレジアの『アンチボディ』は毒を無効化する技能だが、スキルポイントが残っていないし、一定確率で発動するため確実な防御手段ではない。五十嵐さんには『ブリンクステップ』もあるので、咄嗟の回避も可能だろう。


「…………」

「……どうした、テレジア?」


 壊れた盾を見ていたテレジアが、かすかに震えているように見える――しかし彼女は、俺が声をかけると、何でもないというように首を振った。


「テレジアさんは少し下がった位置が良さそうね。セラフィナさん、私とシオンちゃんが前に出ましょうか」

「キョウカさん、すみません、いつも守ってもらってばかりで……」

「いいのよ、私はそういうことに向いてるから『戦乙女』になれたんだから……ミサキちゃん、そこで笑ったら台無しじゃない」

「違うんです、私ってどうして『ギャンブラー』なんて書いたのかなって今更恥ずかしくなってきちゃって……」

「それを言うなら俺も……と、雑談はここまでにしよう」

「では、私が先行します」


 セラフィナさんが先導して、俺たちは次の階層に向かう。


 シオンですら通り抜けられるくらいの大きな樹洞を抜けると――一階層に引き続き、湿った空気が流れている場所に出る。


 少し先に水場があり、その手前の岸辺に物が散らばっている。バックパックを食い破って開けているのは、水色の肌をした、巨大な二足歩行の爬虫類だった。


「……っ」


 テレジアが足を止める。俺はようやく、彼女が怯えているように見えたわけを理解する。


 ◆遭遇した魔物◆

 ・★水蛇の崇拝者 レベル12 水属性無効 雷倍撃 飢餓 ドロップ:???


(星つきの魔物……他のパーティが追い詰められたのは、それが理由か……!)


 水蛇(サーペント)が由来らしい名前ではあるが、その外見は俺の想像する『リザードマン』に近いものだった。


 大人の男の二倍はある巨躯で、右手に両刃の剣を持っている。頭部はワニのようだが、首の横にヒレのようなものがついていた。


「ガフッ、グフッ……グガッ……」


 牙で食い破ったバックパックから出てきた食料を丸呑みし、『水蛇の崇拝者』は俺たちの方向ではなく、違う方向を向く。


「――ゴァッ!」


 『水蛇の崇拝者』の頭部に何かが撃ち込まれ、巨体が大きくのけぞる――『鷹の眼』でも視認するのがやっとだったが、撃ち込まれたものは小さな弾のようなものだった。


「アリヒト殿、逃げたパーティが射撃を行ったようです……!」


 ライセンスに目を落とすと、誰かがもう一度『水蛇の崇拝者』に攻撃を仕掛けようとする――しかし。


 ◆現在の状況◆

 ・『ナターリャ』が『ワンショットキル』を発動 → 次回の攻撃が確実に命中、打撃倍加 即死付加

 ・『ナターリャ』が『ブレイクショット』を発動

 ・『視界外の魔物』が『シャタードアイ』を発動 『ブレイクショット』を無効化


(もう一体、視界に入ってない魔物がいる……投射攻撃を無効化した……?)


 『水蛇の崇拝者』は最初の一撃で仰け反りはしたが、深手ではない――大きな口の端を吊り上げ、舌なめずりをする余裕さえある。


「――ナターリャさん、自分が時間を稼ぎます!」

「っ……レナード、待ちなっ! あいつに近づくのは……っ!」


 ◆現在の状況◆

 ・『レナード』が『ビーストステップ』を発動


 レナードと呼ばれた人物が、自分の倍の巨体を持つ『水蛇の崇拝者』に向かっていく。格闘系の職業であるのか、鎧などは身につけておらず、要所を固める防具だけで果敢に敵に向かっていく。


 パーティで最速が出せるエリーティアからもまだ遠く、俺からも距離が開きすぎている――だが、このまま見ているわけにはいかない。


「――『右』に回ってくれっ!」


 『水蛇の崇拝者』の右側――その位置取りならば、俺にとって『前』になる。


「っ……せいやぁっ!」


 レナードが俺の指示に従い、敵の右側に回り込む。彼が攻撃を放つその瞬間に、俺は魔法銃に『闇雷石』を装填し、引き鉄(トリガー)を引いた。


 ◆現在の状況◆

 ・『アリヒト』が『アザーアシスト』を発動 →対象:『レナード』

 ・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『ダークネスバレット』

 ・『★水蛇の崇拝者』が『バブルスキン』を発動 → 自身に『泡の防壁』を付与

 ・『レナード』が『クレセントキック』を発動 → 『泡の防壁』により無効化

 ・支援攻撃『ダークネスバレット』の雷属性が『泡の防壁』を貫通


(なんだあの動きは……足技の格闘技……?)


 レナードは『水蛇の崇拝者』の前で前転するようにして、逆立ちしながら回し蹴りを放った――その軌道が美しい三日月を描く。


「グガァァァッ……!!」


 『水蛇の崇拝者』の身体が泡に包まれるが、黒い雷がその巨体を包み込む――打撃は無効化されたが、俺の支援攻撃は泡を貫通することができたようだ。


 レナードは蹴りを撃ち込んだあと、バック転で『水蛇の崇拝者』から距離を取る。雷撃に怯んだ『水蛇の崇拝者』の反撃が鈍り、レナードは素早く態勢を立て直した。


「あ、あなたがたは……っ」

「これより救援に入らせていただきますっ……はぁぁっ!」


 ◆現在の状況◆

 ・『アリヒト』が『支援攻撃1』を発動

 ・『セラフィナ』が『シールドスラム』を発動 →『★水蛇の崇拝者』に命中 支援ダメージ13


「ガッ……!」

「くっ……!」


 セラフィナさんが盾を構えたまま体当たりをする――しかしスタンは発生せず、『水蛇の崇拝者』は怯まない。


 即座に『水蛇の崇拝者』は口を大きく開き、反撃に移る。その速度は早く、支援を選択する余地が与えられない。


 ◆現在の状況◆

 ・『アリヒト』が『支援防御1』を発動 → 対象:『セラフィナ』

 ・『★水蛇の崇拝者』が『怒涛の激流』を発動

 ・『セラフィナ』が『オーラシールド』『ディフェンスフォース』を発動

 ・『怒涛の激流』が『セラフィナ』『レナード』『ナターリャ』に命中 装備耐久度低下 ノックバック大


 大きく開いた顎から凄まじい量の水流を吐き出しながら、『水蛇の崇拝者』が首を振る――至近距離のセラフィナさんだけではなく、距離を取っていたレナードたちまでが水流を浴びる。


「くっ……!」

「――アォォーンッ!」


 『不動の呼吸』を使っていないセラフィナさんはノックバックを無効化できず、大きく吹き飛ばされる――しかしシオンが彼女を受け止めてくれた。


※いつもお読みいただきありがとうございます、更新が大変遅くなり申し訳ありません!

 ブックマーク、評価、ご感想などありがとうございます、大変励みになっております。

 今回は一話が長くなってしまいましたので、二回に分けて投稿いたします。

 次回の更新は明日になります。

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