第百九十話 光明
リーネさんは俺の反応を楽しんでいたようだったが、ようやく満足したようで、俺の質問に答えてくれた。
「表示されたそのままの内容だよ。『熱情』というのは情緒に寄った表現だけれど……分かりやすく表現するなら『発情』『色欲』といった意味になるね」
「っ……そ、それは……」
確かに、言葉の意味からしてそういう方向なのかもしれないと思ってはいた。だが、実際にそうだと言われると反応に困ってしまう。
「『アルターガスト』の霊符を使わずに治療する方法もある。パーティメンバーとの関係性にもよるけれどね」
「……一週間『チャーム』を身につけて抑制する方法が良さそうですね」
「ふふ……若い子が照れているところを見るのは楽しいものだね」
セレスさんが115歳と言っていたので、そのセレスさんを『あの子』と呼ぶリーネさんも俺のことは相当年下として見ているだろうが、何とも落ち着かないものがある。
「……ひとまず、キョウカの状態については抑制できている。そろそろ本題に移ろうか。君たちの目的は、その亜人の子に関係があることなんだろう?」
「すでにお察しでしたか。俺たちはセレスさんに紹介してもらって、あなたを探していたんです」
俺はスーツの内ポケットに入れてあったセレスさんの手紙を取り出し、リーネさんに渡した。
彼女はそれを受け取るが、封を開けて文面を確認することはせず、テーブルの上に置いた。
「『スケアクロウ』が君たちと戦ったのは、彼が『案内人』だからだ。パーティの中に『呪印』を持つ者がいるとき、小手調べをするように言ってある。ある程度の実力がなければ、私のところに来てもらっても何もできないからね」
「……『スケアクロウ』は、リーネさんが従えている魔物なんですか? それとも……」
「彼は『リビングドール』という技能で動いている人形……名前の通り『案山子』だよ。とはいっても、この区の序列上位と変わらない強さを持っている。名前はシュバルツと言うんだ」
「シュバルツ……」
迷宮国というよりは、地球における人名のように思える。由来が気になったが、出会ってすぐに尋ねることでもないだろうか。
「レベル11の剣士というと、五番区では高い方だといえる。けれどこのシュバルツの強さはレベル13相当だ。よく勇気を持って立ち向かったものだと思う」
「……こちらは全力で戦うしかなかった。でも、私自身の攻撃は全く有効じゃなかった……『乱舞剣戟』で防がれていたわ。立ち向かっただけじゃ、意味がない」
エリーティアはリーネさんの称賛を、そのまま受け入れることはしなかった。リーネさんはふぅ、と息をつき、エリーティアの腰に帯びている剣に視線を向ける。
「……あの子が考えていることは何となくわかった。セレスは気に入った人には尽くすほうだからね。あまり特定の探索者に思い入れを持たないようにと言っておいたのに、忘れてしまったのかな」
「セレスさんとは、俺たちのパーティ専属の職人として契約しています。彼女が八番区からこの区に来ているのは、そういった理由もあります」
「っ……」
リーネさんは僅かに目を見開く――俺の言葉のどの部分が彼女に驚きを与えたのか、すぐには判断できない。
「……あの子が八番区に移動していたというのも、何か理由があってのことだろうけど。今となっては希少職となった『ルーンメーカー』が特定のパーティの専属になるというのを、よくギルドが許したものだ」
「それは……迷宮国の民であるはずの『翡翠の民』を見かけることが少ないことと、関係があるんですか?」
「勘がいいね、アリヒト君は。けれどセレスから何も聞いていないなら、私が話すのも違うように思う。今はそれよりも、君たちの目的を聞くことの方が先だ。彼女が受けた呪いを、見せてもらってもいいかい?」
「……テレジア、いいか?」
「…………」
テレジアが頷きを返すと、リーネさんはテレジアを椅子に座らせ、後ろに回った。
後ろ髪を分けると、首の後ろの呪印の色が一部変わっている。黒い模様が、赤く変わり始めている――『赫灼』という言葉から連想する、炎のような赤に。
「この呪詛は、『赫灼たる猿侯』から受けたものだね。あの魔物は討伐されるたびに生存期間を伸ばしている……現個体の生存期間は、今までで最長だろう」
「再出現するたびに強くなる……ということですか。特性が異なるというのは聞いたことがありますが」
「『名前つき』は、前の個体の記憶を引き継いでいる場合がある。その場合は探索者が予想外の苦戦を強いられることが多い。前の個体の弱点を補う立ち回りを知っているし、技能として顕在化していることもあるからね」
「……『猿侯』が呪詛を使うようになったのは、前からそうだったんでしょうか」
「わからない。討伐した探索者が、全ての情報をギルドに提供するわけじゃない……それはそうだ、他の探索者は競争相手だからね」
セラフィナさんを見やると、リーネさんの言う通りというように頷いている。俺も今まで戦った相手のことを全て情報提供できるかといえば、難しいところだ――特に『パーツ』たちと戦った件については、パーティにとっての機密といえる。
ライセンスに表示されるということは、一部の情報は登録されているということになるが、ムラクモやアルフェッカが唯一の個体であるのなら、彼女たちが俺たちの仲間であるうちは他のパーティにとって意味のない情報だといえる。ギルドに俺たちの動向全てが把握されているというようにも、ルイーザさんやクーゼルカさんたちと話している分には感じない。
「……この進行度では、今日を含めて5日から6日といったところだろう。侵蝕が終わってしまうと、彼女は『猿侯』の眷属になってしまう」
「リーネさん、俺たちは『猿侯』を倒すつもりです。しかし、呪詛を解いてからでないと、永久に解けなくなってしまうかもしれない……そうセレスさんに言われました」
「……あの子が、そこまで呪詛の知識を……」
考えてみれば、セレスさんが博識とはいえ、本来専門でもなさそうな彼女が呪詛の知識を持っているのはなぜか――それを疑問にも思っていなかった。
「……アリヒト君が今言った通り。しかし、『呪詛を解いてから』というのは少し違う。呪詛を解く武器……『呪詛喰らい』で呪詛の術者を倒す。私が提案できる方法の一つで、ほぼ唯一の方法と言ってもいい」
「ほぼ唯一……というのは?」
「もう一つの方法は、存在しないものとして考えさせてほしい。けれど『無い』と言えば嘘をついていることになるからね」
そういった物言いが、リーネさんの誠実さを示していると俺は思った。『もう一つ』は聞くだけで俺たちの士気に関わるような内容なのだろう。
「……『呪詛喰らい』は、どうすれば手に入るんですか?」
エリーティアの問いかけに、リーネさんは帽子の鍔を引いて顔を隠す。
「迷宮の中で探していても、偶然に手に入る可能性は低いだろう。まして、時間に制限もある状況では望みは薄い」
「それでも、手に入れないといけないの。偶然に期待するなんてしていられない……お願い、教えて。どうすれば手に入れられるの?」
「魔物の落とす箱などから『呪詛喰らい』を直接手に入れる以外の場合、元になる武器を用意しないといけない。『呪術具』として使用される武器で、『呪文を刻むことができる』という能力があるもの。それさえ用意できれば、あとは『ホーリーストーン』を見つけるだけでいい。加工は私が担当しよう」
『呪詛喰らい』の武器の基となる『呪術具』。まずそれを見つけなければならないが、店や迷宮で見つけられるものなのか。
「……もしかして……」
「エリーティア、何か心当たりがあるのか?」
「シロネは『呪符使い』に転職していた。もしその職業に『呪術医』に通じる部分があるとしたら……」
「……あの時見つかった、二本の剣。後部くん、あの武器を調べてみましょう!」
五十嵐さんが勢い良く簾を開けて言う――俺が横を向く速さは、その時確かに光の速さに達していたのではないかと思う。
「キョ、キョウカさん、その格好では……っ」
「え……きゃぁぁっ!」
「あはは、『話は聞かせてもらったわ!』って感じで出てきちゃったんですねー」
「しかし、キョウカ殿の言う通りです。アリヒト殿、『呪術具』として使えるかどうか、早速リーネ殿に見てもらいましょう」
「あの武器についていたねばねばはセレスさんたちが落としてくれていると思うので、作業が終わったら倉庫に入れてもらってあると思います。『倉庫の鍵』で取り出してみますね」
マドカが鍵を取り出す――迷宮内でも倉庫にあるものを取り出せるので、一度町に戻る必要はない。
「……ありました、もう作業が終わって綺麗にしてあるそうです。取り出しますね」
『ブラッドサッカー』と『ヘブンスティレット』。この二つのうち一つでも『呪術具』であってくれれば――祈る思いで、俺たちはマドカの周りに集まり、彼女のライセンスに表示された情報を見た。
◆★ブラッドサッカー+3◆
・敵の血を浴びると『体力』が回復する。
・暗くなるほどに『攻撃力』が上昇する。
・『ナイトビジョン』の技能が常時発動する。
・『持久力』が向上する。
・『敏捷性』が向上する。
・『会心石』が装着されている。
◆ヘブンスティレット+4◆
・『刺突』攻撃時にクリティカルが発生しやすくなる。
・両手に異なる武器を装備したときに『攻撃力』が上昇する。
・『攻撃速度』が向上する。
・『沈黙石』が装着されている。
・呪文を刻むことができる。
「……この『ヘブンスティレット』が、呪術具……『呪詛喰らい』の基にできる……!」
最後の最後にその記述を見つけたときは、思わずもう一度見直してしまった。
皆も感激して顔を見合わせている。五十嵐さんはテレジアの手を取って喜んでいた――これで、確実に一歩先に進んだ。
しかし、まだやらなければならないことが多くある。もう一つの材料である『ホーリーストーン』を見つけることだ。
そんな俺の内心を見通したように、リーネさんが口を開いた。
「ホーリーストーンが見つかったことのある場所は『震える山麓』。私も自力で見つけたことはないが、一階層で見つかることもあるというから、慎重に探してきてほしい」
「ありがとうございます、リーネさん」
次の目的地が決まった――しかしその前に、貢献度をもう少し稼いでからこの迷宮を出る必要がある。できれば倒すのが厄介な霊体系以外の魔物と戦い、一回の探索での貢献度3000を達成したいところだ。




