第百八十八話 巡礼者
これまでの傾向から、相手も霊体系の魔物である可能性が高い。エリーティアもそう判断し、スズナに声をかけた。
「スズナ、私の剣に『言霊』をお願い」
「はい、分かりました」
スズナは念のために『言霊』を発動し、エリーティアの剣に神聖属性を不可付加しようとする――しかし。
◆現在の状況◆
・『スズナ』が『言霊』を発動 →対象:『エリーティア』 呪われた武器に対して無効
『言霊』で浮かび上がる白い文字は『緋の帝剣』の刃には定着せず、薄れて消えてしまう。
「っ……すみませんエリーティアさん、もう一度……」
「いえ……これまでも、最善の選択をしてきたということね。この剣で霊体を攻撃するには、アリヒトに補助してもらうしかない」
「ああ、分かった。俺の『言霊』は継続しているし、サポートできるはずだ」
「アリヒト殿、私がまず攻撃を受け止め、様子を……」
◆現在の状況◆
・『?スケアクロウ』が『ロウアースタンス』を発動 →『?スケアクロウ』の回避力が上昇 クリティカル率上昇
「……どうやら、見たことのない剣技を使うようですね」
セラフィナさんが警戒を口にする。脱力したように剣を提げたその姿は、一見隙だらけのようにも見える――だがそれが技能である以上、必ず何かがある。
「あまり考えたくはないけど……こういう外見からは、どうしても連想するわね……」
エリーティアが緊張した面持ちで言う。『無慈悲なる断頭台』が使った、一撃で魂を奪う技――即死攻撃。髑髏の面から連想する『死神』という言葉が、否応なくそれを想起させる。
「じゃあ……お兄ちゃん、私が『ラッキーセブン』いきますっ! あれなら使っても損はしないと思うのでっ!」
ミサキがサイコロを二つ取り出し、両手の親指で一つずつ弾いて、落ちてきたところを挟むようにしてキャッチする――その間に、俺はテレジアに目配せをする。
『テレジア、一つ頼みたいことがある。エリーティアが攻撃しているうちに……』
『…………』
「勝利の数字は……っ!」
◆現在の状況◆
・『ミサキ』が『ダイストリック』を発動
・『ミサキ』が『ラッキーセブン』を発動 → 成功
・『?スケアクロウ』の状態異常耐性が低下
(入った……!)
「――みんな、俺から仕掛ける! 相手の間合いに警戒してくれ!」
「「はいっ!」」
「……っ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『フォースシュート・フリーズ』を発動 →『?スケアクロウ』に命中 凍結
・『?スケアクロウ』が『晴耕雨読』を発動 →凍結解除 状態異常耐性回復
一瞬だけ凍りついた『スケアクロウ』の体が、すぐに溶ける――この夕闇の中で、まるで日光を浴びているかのように、その体が不自然なまでに眩しく輝く。
(状態異常解除が当たり前になってきた……それを使わせない方法、状態異常の有効時間を維持する方法が足りない……!)
「――はぁぁぁぁっ!」
「セラフィナさん、『支援』します!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『フォースシュート・スタン』
・『セラフィナ』が『オーラシールド』『ディフェンスフォース』を発動
・『セラフィナ』が『シールドスラム』を発動 →対象:『?スケアクロウ』
・『?スケアクロウ』が『ウィローウィンド』を発動 →『シールドスラム』を受け流し
「なっ……!?」
セラフィナさんの盾を構えながらの突進の威力を、『スケアクロウ』は一本足で立ったまま、まるで柳の枝のように身体をしならせて後ろに逃がす。
「――あぁぁっ!」
即座に振り返ろうとするセラフィナさんだが、大盾の重量で振り向くまでにどうしても遅れが生じ、気合いの一声を発する。それでも『スケアクロウ』の行動までに間に合わない。
「――させないっ……!」
◆現在の状況◆
・『エリーティア』が『ソニックレイド』を発動
・『スケアクロウ』が攻撃をキャンセル
・『エリーティア』が『ブロッサムブレード』を発動 →対象:『?スケアクロウ』
・『?スケアクロウ』が『乱舞剣戟』を発動 →対象技能:『ブロッサムブレード』
「くっ……!」
エリーティアが加速し、瞬時に距離を詰めて放った一撃目――それを『スケアクロウ』はだらりと構えていた剣を、鞭をしならせるようにして振り抜いて弾き返す。セラフィナさんに放とうとした攻撃を、エリーティアに対する防御に切り替えたのだ。
「――はぁぁぁっ!」
◆現在の状況◆
・『エリーティア』が『ブロッサムブレード』を継続
・『?スケアクロウ』が『乱舞剣戟』を継続 →『ブロッサムブレード』を相殺
エリーティアが次々に斬撃を放つ――『スケアクロウ』は両手の剣で交互にエリーティアの剣を弾き返し続け、十二連の斬撃と『早業のガントレット』による追撃までを受け切ってしまう。
髑髏の仮面の瞳が、冷たい光を放つ。エリーティアの動きが止まる――剣技を放った後のわずかな隙を、彼女自身の意志ではどうすることもできない。
◆現在の状況◆
・『?スケアクロウ』が『ヴォーパルウェポン』を発動 →『★巡礼者の双剣』能力解放
(剣に仕掛けが……そんなものがあるのか……!)
『スケアクロウ』の両手に携えた剣、その形状が変化する――厚みのある長剣の刃に収納されたもう一つの刃が展開し、低い音を立てて刃全体が振動を始める。
――こんなものを一度でも、まともに受け止めるわけにはいかない。
その思いは、これまで気配を殺し、機会を待ち続けていたテレジアにも伝わっていた。
『……っ!』
◆現在の状況◆
・『テレジア』が『アサルトヒット』を発動 →『?スケアクロウ』に対して攻撃力2倍
・『テレジア』が『蝶の舞い』を発動 攻撃回数増加
・『テレジア』が『アズールスラッシュ』を発動→『?スケアクロウ』に1回命中 クリティカル スタン
「っ……!」
テレジアは『アクティブステルス』を使って確実に敵の背後を取り、必殺の一撃を繰り出したはずだった。
それでも『スケアクロウ』は反応し、テレジアが残像を残しながら放った高速の連撃を回避する。
しかし最後の一撃だけが、辛うじて『スケアクロウ』を捉えていた。
「…………」
『蒼炎石』の生み出した炎に包まれた斬撃は――『スケアクロウ』の仮面に傷をつけていた。
◆現在の状況◆
・『?スケアクロウ』が『ヴォーパルウェポン』を解除
・『?スケアクロウ』が戦闘態勢を解除
『スケアクロウ』に大きな打撃を与えられたようには見えない。しかし『スケアクロウ』は唸りを上げていた剣を元の状態に戻すと、鞘に収め、こちらを黙って見ている。
「……お、お兄ちゃん……敵の人、降参しちゃったとか……?」
「戦うのを止めた……だとしたら、何か理由があるのか。テレジアの攻撃が当たったからか……?」
先程まで明確に感じられた殺気が、すっかり消えている。
エリーティアは『緋の帝剣』を握ったまま『スケアクロウ』を睨みつけていたが、敵意が消えた相手を前にして、剣尖を下げる。
「……『ブロッサムブレード』を完全に……『レッドアイ』を使わないと、私の剣は……」
剣を収めたあと、エリーティアが小さな声で言う。
『スケアクロウ』はエリーティアの最大の技を受け止めた。合計で十五段にも及ぶ連撃を、二本の剣で防いでしまった。
五番区の魔物の中に、エリーティアの攻撃が通じない場合がある。俺たちのパーティで間違いなく最大の攻撃役である彼女が、その事実をどう感じているか――。
「エリーティア……」
声をかけると、エリーティアはこちらを向いて微笑む――思ったよりも、落ち込んでいる様子はない。
「考えるのは後にするわ。キョウカだって大変だものね……私はもっと強くならないといけない。分かっていたことを、再確認しただけよ」
「……そうか。やっぱり強いな、エリーティアは」
「……強くならないとって言ってるのに、褒めてどうするのよ。甘やかしても伸びないわよ」
話しているうちに、スズナがこちらにやってくる――どうやら『邪気払い』の効果はあったようだが、シオンの背中に乗っている五十嵐さんは意識がないようだった。
「アリヒトさん、『邪気払い』はキョウカさんの状態を少し落ち着けることはできましたが、完全にというわけにはいきませんでした」
「ありがとう、スズナ。状態異常の対策は多く持っていたほうがいいから、『邪気払い』が役に立つことはあるだろう」
「お兄さん、皆さんにお薬を配ったほうがいいですか?」
「ああ、少し待ってくれ……ん?」
◆現在の状況◆
・『マドカ』が5レベルにアップ
「あっ……は、はい、皆さんが戦っている間にあの凍っている魔物に『パーマネンス』のポーションというものをかけておいたんです。そうしたら、経験値がいっぱい増えて……」
「パーマネンス……そんなものがあったのか」
「す、すみません。何かのお役に立つかなと思って、お留守番をしているときに仕入れていたんです」
◆『パーマネンス』の劣悪なポーション◆
・技能『パーマネンス』の効果を発揮するポーション。
・対象の状態変化を、使用者のレベルに応じて延長する。一部の状態変化にのみ効果がある。
・相手の体力が減少するほど成功率が上昇する。通常の成功確率は低い。
マドカにポーションの瓶を渡してもらって見てみる――『劣悪』と書いてあるが、効果自体は発動に成功すればかなり有効だ。
「ジャンク品なので、勝手に使ってしまったんですが……」
「いや、まさにこういう効果が欲しいと思ってたところだ。技能の効果があるポーションか……どうやって作るのかは分かるか?」
「は、はい。どんな技能でもポーションで発動できるわけではなくて、一部の魔法の類の技能がポーションに宿せることがあるそうです。『薬剤師』や『錬金術師』の人で、『魔法薬作成』の技能を持っている人に作ってもらう必要があります」
「なるほど……特殊な薬で、ジャンク品として出回ってたっていうことか」
あと一度くらいは使えると思うが、こういったものを探索中に使うとマドカに経験が入るということなら、彼女が使える薬や道具を意識して揃えておくと良さそうだ。
「これからもこういうものがあったら、可能な限り購入しておいてくれ……と俺が言う前にマドカはやってくれてるから、本当に助かってるけどな」
「ありがとうございます、頑張ります……あっ、お、お兄さんっ……」
『スケアクロウ』がこちらを――いや、違う。俺たちの後ろにあるものを指差している。
「『アルターガスト』……?」
『アルターガスト』の氷像。それを指差して、『スケアクロウ』はこちらを見ている。
「あれがどうかしたのか? それが、戦いを止めた理由なのか……?」
『スケアクロウ』からの返答は――驚くべきことに、首肯だった。
だが首を縦に振ったあと、今度は首を横に振る。混乱しそうになるが、そのまま解釈を試みるなら、「合っているが違う部分もある』ということだ。
「あの氷像が欲しいっていうこと……? 何に使うつもり?」
「……俺たちにこれ以上敵対するつもりがないなら、交渉に応じよう。あれを渡せばいいのか?」
『スケアクロウ』が頷く。凍結した『アルターガスト』を持ち帰ったなら、素材として使えないかセレスさんに相談しようかと考えていたが、もし『スケアクロウ』から何かこの迷宮の情報を得られるのなら、その価値は未知数だが――少なからず、関心はある。
「……みんな、承諾してみてもいいか? 凍結した魔物を渡すのを」
「私はいいと思うけど……本当に、どう転ぶか分からないわね」
「現状では、敵意のようなものは感じなくなっています。騙されたりということもないと……すみません、確証はありませんが……」
皆も少し迷っていたが、氷像を渡すことに合意してくれる。『スケアクロウ』は氷像に近づくと、見た目よりも重量がないようで、それを軽々と担ぎ上げてしまった。
そして『スケアクロウ』は俺たちを一瞥したあと、背を向けて、湖から離れる東方向へと歩いていく。
「アリヒト殿、どうなさいますか? ついてくるように促しているようですが……」
「……罠ということもないと思いたいですが。セラフィナさん、少し待ってください」
俺は少し離れたところにいるシオンに近づき、意識を取り戻した五十嵐さんの状態を見る。さっきは近づかないようにと言われたが、まだ本調子ではないながらも、五十嵐さんは少し身体を起こして笑ってくれた。
「私なら大丈夫……スズナちゃんの力で、少し落ち着いたわ。ごめんなさい、戦闘の足を引っ張ってしまって……」
「いえ、五十嵐さんが無事で何よりです。五番区の魔物は手強いですが、何とか戦えるとも分かりましたし」
「そうね……みんな、凄かったわ。私も次は、ちゃんと参戦するわね……」
五十嵐さんの状態異常は『?霊障』のままになっている。これを完全に解くことができなければ、『猿侯』との戦いに彼女が参加できなくなるかもしれない。
(……リスクは分かっていたはずだ、五番区の迷宮に潜る以上は。一つずつ解決していくしかない)
テレジアとエリーティアが『アイスレムナント』の落とした魔石を拾い、マドカに預ける。俺たちは周囲を警戒しながら、東方向の林に向かって歩いていく『スケアクロウ』の後を追った。




