第百八十二話 技能ミーティング・2
「ふぅ……ちょっと暑いわね。砂漠とかの迷宮が多い区は、何か影響を受けたりするのかしら」
五十嵐さんは胸元を引っ張ってパタパタとするが、その仕草は自然に出たもののようだった。俺に対して気を許してくれているとしたら光栄な話だが、今さら思うまでもなく谷間が深く、視線を惹きつけられかけた自分を猛省する。
「後部くん、どうしたの? 上を見たりして……やだ、天井に虫がいたりとか?」
「い、いや、そんなことはないです。すみません、何となく上を向きたかっただけで」
「そうなの? ミーティングをしてるうちに首が凝っちゃったとかなら、少し休憩してからにしましょうか」
「いえ、大丈夫です。ご心配おかけしました」
五十嵐さんは「それじゃ遠慮なく」と言いつつライセンスを見せてくれる。やはり彼女が前に身を屈めると危険なので、俺の方から手を伸ばして受け取った。
◆取得可能な技能◆
スキルレベル3
☆ウィンドミル:槍を素早く振るい、周囲の敵に打撃を与える。敵が少ない場合は一体あたりに対する攻撃回数が増加する。 必要技能:スピニングスピア
スキルレベル2
・スピニングスピア:攻撃時に槍を回転させた分だけ打撃が強化される。
・ブレイブリーソング 全員の攻撃力と士気を向上する。味方の恐怖状態を解除する。必要技能:ブレイブミスト
・槍兵の加護:発動時に敵の貫通攻撃を無効化する。
☆投擲2:槍を投げたときの飛距離、打撃、命中率が強化される。『貫通攻撃』の恩恵を受けることができる。必要技能:投擲1
☆アースパペット:大地の精霊の力を借り、自律行動する泥人形を生成する。攻撃能力を持たず、体力・防御力は使用者の能力に依存する。必要技能:囮人形
☆エインヘルヤル:行動不能となった敵に対して使用可能。対象の敵対度を低下させ、次回行動可能時に味方に加えることができる。人型の対象にのみ有効。成功確率は使用者と対象の能力差に依存する。
☆ポールダンス:長柄武器を装備しているときに発動できる。一定時間の間、敏捷性、回避率が上昇する。攻撃回避時に敵を魅了することがある。連続して発動できない。必要技能:戦乙女の艶舞1
スキルレベル1
・戦乙女の艶舞1:敵が異性であるとき、低確率で攻撃をキャンセルする。
・貫通攻撃1:槍を装備したとき、打撃の一部が敵の防御を無視する。
・フリーズソーン:敵の足を凍結させて動きを鈍らせる。
・弾除け1:敵の間接攻撃が少し当たりにくくなる。
・投擲1:槍を投げて攻撃する。通常の投擲よりも命中率が上昇する。
☆フリーズウェポン:対象の武器に氷属性を一時的に付与する。
☆清眞の構え:集中を乱す状態異常がある場合、それを一定確率で解除する。次の攻撃が一度だけ確実にクリティカルになる。
残りスキルポイント 3
ざっと見てその技能の多彩さに驚かされる――『戦乙女』の技能と、五十嵐さん本来の特性が由来する技能があるように思う。『清眞の構え』はおそらく薙刀の構えのことだろう。
この構えがスキルポイント1で取れるというのは破格だと言える。クリティカル時に特殊効果が発生する武器を装備したときに、その真価が発揮されることになるが――クリティカル時に一撃で敵を倒せることがある『フォビドゥーン・サイス』のような武器が槍系、あるいは戦乙女が得意としているらしい長柄武器に出てくると、この構えを取らない理由はなくなる。
問題はやはり、ポイントの配分だ。『清眞の構え』の取得ポイントは1だが、その1ポイントの割り振りすら慎重にしなくてはならない。
「あっ、スキルレベル3が出てきてる……強そうなことが書いてあるみたいだけど、これを取るとポイントが無くなっちゃうわね」
「かなり強力な攻撃技能ですね。『ウィンドミル』の攻撃回数が5回より多いなら、単独の魔物に対して使えばかなりの威力が見込めます」
「ウィンドミルって、風車のことかしら……なんだか派手な攻撃になりそう。必要条件として『スピニングスピア』を取らないといけないから、今回は見送りになりそうね。今のポイントで取れそうなものは……」
五十嵐さんは自覚がないのだろうが、胸が重いということなのか、手で支えつつ身を乗り出している――テレジアの視線が刺さるように感じるのはおそらく気のせいではない。
「……後部くん、もしかしてこれを見てるの? 『ポールダンス』とか。ダンス部と薙刀部には入ってたけど、こういう類のをやったことはないわよ」
「い、いえ、それを期待しているわけではなくてですね……」
「その言い方だと、全然私に期待してないみたい……なんてね。分かってるわよ、書いてあることは今回の敵には有効そうだものね。魅了が成功すれば、『猿侯の眷属』にさせられた人たちと戦わなくて済むかもしれないし」
「操られた探索者との交戦を避けるということであれば……この『エインヘルヤル』は、条件こそ厳しいですが凄く有効そうですね。『人型の対象』に人間も入ると思いますし」
二足歩行の魔物というだけでは『人型』に該当はしないだろうし、『猿侯』やオークも入らなさそうだ――だが『人間』『亜人』なら確実に対象になる。
有効な場面が限られる技能を取ると、汎用性に欠ける。今回のケースであれば大きな効果が期待できるが、五十嵐さんには強力な技能が他にもあるので悩むところだ。
『猿侯』などの強力な魔物を倒すために、パーティ全体の瞬間的な最大攻撃力を上げるか、『猿侯の眷属』との交戦を避け、なおかつ救出することを最優先とするか。『猿侯』を倒せなければ意味がないので、両者の優先度は同等と言える。
『アースパペット』で敵の攻撃を引きつけるという手もあるし、現状では保留すべきか。それともどんな役割をお願いするかを決めてしまって、探索で練度を上げたのちに『猿侯』との戦いに臨むか。
(今決めたことが、決定的な差を生むかもしれない。一手も間違えられない以上、猶予があるうちは保留すべきなのか。五十嵐さんのレベルがさらに1つ上がる可能性もある)
必ず取っておくべきものはあるか。考えた末に、俺は一番下の技能を指し示した。
「この『清眞の構え』は『群狼の構え』と同じく、俺の士気解放の対象になる可能性があります」
「後部くんの士気解放……戦いが終わったあとにライセンスの記録を見てみたけど、みんなが個々人を強くする技能の効果を、全員に広げられるっていうものよね」
「そうです。俺の士気解放を発動する条件が、負傷した時にはなってしまうんですが。激しい戦いになれば、自ずとそういう機会はやってくると……」
話している途中で、五十嵐さんが顔を上げて俺をじっと見る。この目は――怒っているようでそうでない、咎めるような顔だ。
「後部くんが私たちの士気を上げてくれてるみたいに、私たちにもあなたの士気を上げる技能があるかもしれない。技能じゃなくても、他の方法でも……それを見つけたら、自分が怪我をするのをコラテラル・ダメージとは言わせないわよ」
「す、すみません……しかし、コラテラル・ダメージですか。映画の中で出てくるような言葉が、自分に適用されるとは思ってもみませんでした」
「もう……あなたは十分、映画の主人公みたいなピンチを切り抜けてるのよ。でも映画と違うのは、生き残れるかどうかを決めるのは私たちの行動だっていうことなの」
何よりは、自分たちが生きること――ルウリィを救出し、テレジアの呪詛を解くこと。
それでも簡単には割り切れない。エリーティアと同じように仲間を失い、前に進めなくなった探索者がいるのかもしれないと思うと、彼らを救うことができはしないかと考えずにはいられない。
「……私は全体の作戦も大事だけど、あなたを守る技能があったらそれを優先して取りたいと思ってる。みんなもそれは同じだと思うわ」
「五十嵐さん……ありがとうございます」
「……あっ、え、ええと、私情とかそういうことじゃなくて、あなたがパーティの中心だから、技能もあなたを中心に考えるべきだと思っていて……そう、リスクコントロールの観点から考えるとそれが最善なのよ」
照れ隠しのようなことを言う五十嵐さんだが、自分の顔が赤くなっていることに気づくと、こほんと咳払いをして身体を起こし、ソファの背もたれに身体を預けた。
「そ、それで……私はどの技能を取るべきなのかしら。選択肢が多いから、今は保留しておく?」
「よくよく見てみると、まだ取っていない技能に士気を上げるものがありますね。『ブレイブリーソング』」
「あっ……ごめんなさい、見落としちゃってたわね」
「ですが、士気を上げるのは俺の技能で担当できますから。士気解放は一度の探索で一度しか使えないので、スキルポイント2を使うのは考えどころですね」
「じゃあ、『エインヘルヤル』を取るかどうか検討しておきましょうか」
「はい。ですが、今の段階で『清眞の構え』か『弾除け1』は取っておきたいですね」
「えっ……」
『清眞の構え』はともかく、『弾除け1』のほうは五十嵐さんには意外に受け取られたようだった。
「五十嵐さんも、いざというときに無茶をするほうですから。防御のために有効な技能を取っておいて欲しいと思ったんです」
「っ……あ、あのこと、やっぱり怒ってたの……?」
強力な武器だが、攻撃すると自分も傷を負う『アンビバレンツ』。それを使った五十嵐さんの捨て身の攻撃はパーティを救ってくれたが、そのときに思わずにいられなかったことがある。
五十嵐さんはパーティのために、自分を犠牲にすることができる。そうさせてしまうような状況になったとき、常に無事で切り抜けられるとは限らない。
「怒っているなんて、そんなおこがましいことは言えないです。ただ、五十嵐さんが俺を心配してくれるのと同じように、俺もそうだと言いたかっただけで」
「……ごめんなさい……い、いえ、ありがとうって言うところ?」
そのどちらでもなく、俺の方が感謝をしたいところなのだが――彼女はまだ、俺の上司だった頃のことを申し訳なく思ってくれているようで、未だに遠慮しているところがある。
だからこそ、さっきのタイミングで呼び方を変えられていたらと思うのだが、改めて切り出すのもどうなのだろう。
「『アンビバレンツ』は切り札として、五番区でも通用する武器だと思います。ただ、使うときのリスク対策は万全にしておくべきです」
「ええ、そうね……切り札を使ったときに、できるだけ大きな威力を出すこと。使うときに集中を乱されないようにすること。両方ができる『清眞の構え』はきっと役に立つわね。でも『弾除け』は大丈夫よ、回避の技能は他にあるから」
五十嵐さんはそう言って『清眞の構え』を取得してくれる。そして俺とテレジアに微笑みかけると、壁に掛けてあるクロススピアを手に取る。
刃を布にくるんで保護してある状態で、五十嵐さんはスピアを構えた――身体を半身にして、左手を槍に添え、右手を高く上げている。槍の刃は下を向いているが、見るからに隙が無く、それでいて綺麗な立ち姿だ。
「『清眞の構え』はこの形なんだけど……技能を取ってからだと、やっぱり不思議な力が湧いてくるように感じるわね」
「いや、見事です。十字槍の取り回しは、薙刀にも近いものがあるんですね」
五十嵐さんは恥ずかしそうに頬を赤らめつつ、槍を元に戻す。じっと見入っていたテレジアがすっと立ち上がったので、何をするのかと思って見ていると、何も持たない状態で五十嵐さんの構え方を真似してみせた。
「テレジアさん、よく見ていてくれたのね。ありがとう」
「…………」
テレジアは無言で頷くと、もう一度ソファに座る。もう立ったままで俺を見守っているということもなく、座ってミーティングに立ち会うことが定着してくれたようだ。
◆◇◆
次にやってきたのはミサキとスズナだ――待っているうちに眠くなってしまうだろうかと心配していたが、二人ともまだまだ元気そうだ。
「はぁ~、お兄ちゃんってどうしてそこまで我慢強いんです? お風呂上がりのキョウカお姉さんと向かい合って話してたら、普通辛抱できなくなくないですか?」
「えーと、それだと辛抱できるんじゃないか?」
「あ、分かっちゃいました? お兄ちゃんったら落ち着き払っちゃって、相変わらずいけずですねえ」
「す、すみません、ミサキちゃん待ってるうちもずっと元気で……」
スズナも大変そうだが、ミサキのテンションが高い理由は何となく察することができていた。
「エリーティアもミサキを見てたら元気が出るかもしれないな。いや、出ずにはいられないというか……どうなんだろう」
「え、そこは疑問形じゃなく間違いなく元気が出て欲しいですよ? でもそれではしゃいでるわけじゃなくて、私はいつもこんな感じなので」
「ははは……それは確かにそうだな」
「あー、そんなふうに笑って。今日のお兄ちゃんはちょっと意地悪じゃないですか?」
勿論そんなつもりはなく、ミサキのそういうところを代えがたい美点だと思っている。
そして同年代のミサキとエリーティアにとって、後ろから一歩引いて見守るような立場のスズナは、文字通りの精神的支柱になっている――大人の俺が進んで言うべきことではないが、彼女の落ち着きには俺も支えられている。
「アリヒトさん、私たちも自分なりに新しい技能を見て、どれを選ぶべきかを考えていました」
「ありがとう、意見は最大限に取り入れさせてもらうよ」
「じゃあ、スズちゃんから決めていくということで。私は意見を求められるまで、二人を見守るカメラマンの気分で見てますね」
「できれば普通に見ていてもらいたいな。カメラを向けられるのは慣れてないんだ」
「はぁん、その落ち着いた返しがだんだん心地よくなってきてます」
スズナはミサキの冗談にも柔らかく微笑みつつ、俺にライセンスを見せてくれた。
◆取得可能な技能◆
スキルレベル2
・お祓い2:不死系の魔物に対して有効な効果を発揮する。必要技能:お祓い1
・巫女舞:舞いによって相手の注意を引きつける。回避率が上昇する。
☆招魂:指定した人物の魂を引き寄せる。魂が身体を離れている時にのみ使える。
☆依り代:パーティ内の指定した人物の精神を、他の人物に宿す。必要技能:霊媒
☆祝詞:パーティ全員に、不死系の魔物による攻撃を軽減する結界を付加する。
☆邪気払い:行動の制御を失う状態異常を軽減、あるいは事前に発動しておくことで妨害する。必要技能:お祓い1、お清め
スキルレベル1
・曲撃ち:矢を上方に撃ち、放物線軌道で敵に命中させる。
・破魔矢:弓を使用したとき、矢に神聖属性を付加する。
・禊ぎ:一緒に水に浸かった者に神聖属性を付加する。
・祈願:パーティ全体の行動成功率が少し上昇する。
☆託宣:パーティが神の加護を得ているとき、神託を得られる。神託の内容は神によって異なる。連続して発動できない。
残りスキルポイント:3
スズナはテレジアを見やり、少し申し訳なさそうにする。
「私の職業なら、テレジアさんの呪いを解くような技能が習得できるかもしれないと思っていたんですが……今のレベルでは覚えられないのか、それとも私の職業では呪詛を解くのは無理なんでしょうか」
「呪詛を解く技能を持っている、専門職があるんだと思う。セレスさんもそう言っていたし……スズナには、スズナだけが果たせる役割がある。そこは前向きに考えていこう」
「はい……ありがとうございます、アリヒトさん」
自分の技能で呪詛を解くことができないかとスズナが期待していたこと、それだけでも感謝してやまない。
「スズちゃんの技能ってずるいですよね、効果が全部格好良くて。でも『不死系の魔物』とはあまり遭いたくないって思っちゃいますよねー、いかにもゾンビ映画に出てきそうな感じですし」
「前にスズナには『言霊』を取ってもらって、それで『無慈悲なる断頭台』を倒すことができたからな。技能の取り方によっては不死系の魔物に対するエキスパートにもなれると思うけど、他にも特有の優れた技能があるから、バランスを取っていきたいな」
スズナのスキルレベル3はどのような技能なのかが気になる――もう1レベル欲しいと、今回のミーティングでは特に強く思ってしまう。
「『託宣』は取っておいてもいいですか? アリアドネ様は私たちの守り神ですから、『巫女』として神託を受ける準備を整えておきたいんです」
「これってアリアドネさんと普通に話すのとは違うんですか?」
おそらく『霊媒』を使った場合とも違う、『託宣』を使った場合のみ得られる効果がありそうだとは思うが、例のごとく使ってみなければ分からない。
『霊媒』でアリアドネ自身に聞いてみる手もある――と考えたところで、スズナはなぜか頬を赤らめていた。
「あれ、どうしたのスズちゃん、暑いの? 耳まで赤くなってるけど」
「こ、これは、そうじゃなくて……アリヒトさん、2ポイントは残しておいて、必要なときに技能を取ることにしますね。私、少し外の風に当たってきます」
「あ、ああ。お疲れ様、スズナ」
ミサキが不思議そうな顔をしている中で、スズナは席を立って出ていく――怒っているというわけではなく、ミサキに笑いかけていたので大丈夫そうだ。寝室のベランダに出るだけのようなので、夜間外出を心配することもない。
「ミーティングに熱が入っちゃったんですね、お兄ちゃんの情熱にあてられて」
「そういうわけでもないんじゃないか? ああ、でも……前に頼んだことを思い出したのかもな」
「な、何ですか? お兄ちゃんがスズちゃんに、内緒で頼み事……そ、それって……」
ミサキの想像力がとんでもない方向に展開してしまっているのが何となく分かる。しかしやましいことはないので、説明しても問題はないだろう。
「アリアドネの力を借りるためには、アリアドネの『信仰値』を上げる必要があるんだ。それでスズナには、アリアドネと対話するための仲介をしてもらった……と言っても、これまでに一度だけだけどな。ど、どうした?」
「スズちゃんったら、お兄ちゃんとそんなこと……ううん、いいんですけどね。私は友達の幸せを心から願えるのでっ」
「いや、背中を向けてもらって技能を使っただけなんだけどな」
「きゃー、背中からとか何言ってるんですか! お兄ちゃんは背中フェチだったんですね! 私は背中がどうなってるのかよく見えないので自信ないですよ!」
「…………」
静かに見ていたテレジアが、自分の背中に手を回す――彼女も気になったのだろうか。俺が見た範囲では、リザードマンの鱗で覆われている部分もなく、綺麗な白い背中だった。
「テレジア、心配しなくても大丈夫。ミサキもあまり茶化さないように」
「…………」
「はーい。今の言い方っていいですね、お兄ちゃんが先生になった感じで。アリヒト先生、私の技能は今こんなふうになってます。どうしたらいいかアドバイスお願いします!」
イブキも『先生』と言っていたが、スーツ姿から連想されるのだろうか。そんなことを考えつつ、ようやく本題に入る気になったミサキの気を散らさないよう、彼女のライセンスに目を落とした。




