第百八十一話 技能ミーティング・1
セラフィナさんのライセンスに表示された技能の一覧を見て、彼女がいかにスキルポイントの割り振りに悩んできたのかが伝わってきた。
◆習得した技能◆
スキルレベル3
オーラシールド 制圧進軍 ファナティック
スキルレベル2
シールドパリィ ディフェンスフォース 仁王立ち 不動の呼吸 プロヴォーク
スキルレベル1
シールドスラム カウンタータックル 防御態勢 ボディガード
トレーニングメソッド1 薬草の知識1 ストイック
◆取得可能な技能◆
スキルレベル3
オーラスマイト:盾を使って攻撃する。クリティカルになりやすい。盾の防御力に応じて攻撃力が上昇する。一時的に強化された防御力についても反映される。 必要技能:オーラシールド、シールドスラム
ブリーチングチャージ:盾を構えて体当たりを行い、壁などを打ち破る。敵の装甲より自分の盾が硬い場合は破壊することができる。 必要技能:シールドスラム
ガーディアンタスク:ガード成功時に軽減したダメージを『防壁のオーラ』に変換し、指定したパーティメンバーに付与する。自分にも付与することができる。連続発動はできない。 必要技能:仁王立ち
強行突破:盾を構え、敵を弾き飛ばして進むことができる。ごく短時間だけ一定範囲内の敵の攻撃を遅延させる。 必要技能:制圧進軍
スキルレベル2
ライオットガード:防御成功時に敵を大きくノックバックさせ、速度を低下させる。
迎撃準備:敵の攻撃を誘い、同時に反撃した人数が多いほど与える被害を大きくする。
マンツーマン1:指定したメンバーと町で訓練し、経験を積む。 必要技能:トレーニングメソッド1
トレーニングメソッド2:パーティで筋力に関係する行動をしたとき、経験量が増加する。 必要技能:トレーニングメソッド
サブミッション2:敵を『拘束』状態にしたあと、攻撃力を大きく低下させる。素手のときのみ発動できる。 必要技能:サブミッション1
グラウンドシーカー:伏せた姿勢での索敵能力が向上し、存在を察知されにくくなる。
薬草の知識2:薬草やハーブを調合したとき、効果が大きくなる。素材あたりの生成効率が上昇する。 必要技能:薬草の知識1
重装の心得2:重量のある防具を装備したとき、性能をさらに引き出すことができる。 必要技能:重装の心得1
サイドアーム:短剣などの補助武器を装備できるようになる。
スキルレベル1
サブミッション1:関節技によって敵を『拘束』状態にする。素手のときのみ発動できる。
アイアンヘッド:頭突きで攻撃し『スタン』を付与する。
ショックアブソーブ1:衝撃属性の攻撃を軽減する。
部隊引率:目的地に移動するまでパーティメンバーが自分のことを見失わなくなる。
遅滞後退:逃走時に囮となり、敵の追跡を遅延させる。
マインスイーパー1:地面に埋まっている種類の罠を看破できることがある。
重装の心得1:重量のある防具を装備したとき、さらに性能を少しだけ引き出すことができる。
パトリオット:車両に随伴して行動しているときに、車両を狙った攻撃を予測して反撃、あるいは防御に用いる技能を優先的に発動できる。
残りスキルポイント:8
最前線で敵の攻撃を受け止める役目を果たすため、多くの技能を取得している。しかし未取得の技能の中には、さらに彼女の防御力を高められそうなものが残っていた。
「この『重装の心得』は、やはりポイントを節約するために取っていないんでしょうか。セラフィナさんは重装備をされるので、かなり有効だと思うんですが」
「迷宮国に来て最初の頃……レベル2に上がって技能を選んだとき、『重装の心得』ではなく負傷して長く戦線を退くことがないようにと『薬草の知識』という技能を取ったのですが……ポーションが購入できるようになってからは、あまり使い所のない技能となってしまいました」
二者択一で一方を選んだあと、もう一方を取りそびれてしまうというのはよくある話だ。俺たちもメリットを感じていても、取得できていない技能はある。
「もう一つの理由は、技能に頼らずに守りを固めることができれば、それが理想的なのではないかと思っていて……」
「なるほど、確かに技能なしで守備力を上げられるなら、スキルポイントを節約できますね。基礎的な身体能力を上げて、さらにそこに技能を重ねるのもいいと思いますが……『薬草の知識』は、薬として使える植物が判別できたりするんですか?」
「はい、『薬草の知識1』では初歩的な薬草のみとなりますが、迷宮で薬草が見つかることはあります。しかしそれよりは、今回の任務を遂行するためにも、作戦に貢献できる技能を取得すべきかと……」
『機動歩兵』という職業の性質と、セラフィナさん自身の持つ適性。それが取得できる技能に反映されているということなら、『防御』以外に『訓練』に関わるものがあるのも頷ける。
(『マンツーマン』と『トレーニングメソッド』……セラフィナさんは指導教官のような資質も持っているのか)
リョーコさんも『水泳インストラクター』という職業だったので、指導役の資質は持っていそうだ。『フォーシーズンズ』の技能を紹介してもらう機会はなかったが、俺たちと同じように悩みながら技能を選んでいるのだろう。
「まず『重装の心得』は2まで取っておいた方がいいと思います。常に防御力が上昇しますし、これがデメリットになる場面はそうはないでしょう」
「了解しました。では、3ポイント使って『重装の心得2』までを取得します」
「『薬草の知識』もすごく有用だと思うので、2まで上げるかは難しいところですが……セラフィナさんのご意見通り、防御の切り札としての技能を優先してもらってもいいですか?」
「はい。『ご意見』という必要はありません、肩の力を抜いてください」
俺もなかなか切り替えが上手くできていない――フランクに接したいというのは俺としても光栄に思うので、何とか順応していかなくては。
「この『サブミッション』は、近接した敵を足止めするには良さそうですね。セラフィナさんには格闘技の心得があるということですか?」
「はい、転生する前に格闘術を習う機会がありましたので。訓練課程に含まれていましたし、実戦も何度か経験しています」
つまり、盾使いというだけでなく、彼女は武器を持たなくても強いということになる――軍人、あるいは護身の術が必須となる職業の強みだ。誰でも格闘技を習うことはできるので、中には一般人出身でも腕が立つ探索者がいるかもしれないが。
「盾を手放す場面は考えにくいので、この技能はそうそう必要にはならないと判断し、これまで取得しませんでした。この技能が『猿侯』に有効ということは考えられるでしょうか?」
「可能性はあります。関節技は、関節のある魔物ならどんなタイプでもある程度有効でしょう……ですが、通じなかったときのリスクがあります。盾を持たずに接近することが危険というのもありますが」
『強行突破』『サブミッション1』の組み合わせというのも考えられるが、『強行突破』のあとに素手の状態にならなくてはならない。例え他のメンバーで援護するとしても、敵の前で盾を背負ったり、捨てたりするのは現実的ではないだろう。
「『オーラスマイト』の攻撃力を『重装の心得1』で底上げするという組み合わせも、攻撃手段として有効かもしれません。しかしなるべくなら、攻撃役と防御役は役割が分かれていた方がいい」
「では『ガーディアンタスク』を取得するべきでしょうか。これを使うことで、エリーティア殿が敵の懐に入るときにリスクを減らすことができます。『防壁のオーラ』を場合によって自分に付与できる点も有用でしょう」
「『ブリーチングチャージ』なども使い所が想像できる良い技能なので、戦闘中に取る技能を選ぶことができれば……そう言っていられるほど、戦いの中では猶予もなさそうですが。本当に悩みますね」
盾を構えて体当りし、壁を破る技能――攻城戦には有効そうだが、壁を破壊することが戦術として有効かは現状で判断できない。『クイーンズテイル』を使っても同じことができる可能性もあるが、できるなら『猿侯』本体を攻撃するために使いたいところだ。
「では、技能の内容を把握しておき、任務中に判断して取得することにします」
「よろしくお願いします。俺の方から取得をお願いするかもしれません」
「了解しました。戦闘中の連携については、現状で何も問題を感じておりませんので、アリヒト殿の負荷を減らせるよう動ければと思っています」
セラフィナさんはそう言って右手を差し出す――改めてよろしくということだろうか。
握手をすると、やはり小手をつけていない彼女の手は想像したよりも華奢だ。しかし普通に腕相撲をしたら負けると分かる、そんな力強さを感じる。
「最後に、よければ聞かせてもらってもいいですか」
「はい、何なりと」
「この『ストイック』という技能は、どんな効果が……」
ずっと気になっていたが、脇道にそれる気がしたので聞くかどうか迷っていた。
セラフィナさんは――膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめ、顔がだんだん赤くなってくる。
「あっ……いや、少し気になっただけなので、すみません」
「……私も迷宮国に来たばかりのときは、色々と模索をしていて……その技能は、今も役に立っているとは思いたいのですが。神頼みのようで、未熟だった自分を省みる思いです」
そう言ってセラフィナさんは、少し迷ってからライセンスを操作し、俺に見せてくれた。
◆セラフィナの技能詳細◆
ストイック:禁欲的な生活を続けることで能力値が全般的に上昇し、一部の状態異常を受ける確率が低くなる。
「こんなスキルが……セラフィナさん、お酒を飲まないのはそういった理由だったんですね」
「何が禁欲的な行動であるのか、詳細はわかっていません。しかし現状で、状態異常にかかりにくいことは確かですし、体調が良好であるのは確かです」
禁欲というとお酒などの嗜好品を絶つ以外にも色々とあると思うが、そこは深く聞こうとするべきではないだろう。
「…………」
テレジアは何も言わないが、微妙に赤くなってきている――やはりそういった方向のことを、彼女も連想したりするのだろうか。何か俺の方が猛烈に恥ずかしくなってきた。
「……私は、この技能はアリヒト殿にこそふさわしいと思います」
「え……?」
「い、いえ……では、次の方を呼んでまいりますので、しばらくお待ちを」
セラフィナさんは席を立って居間を後にする。『ストイック』を発動させるために娯楽を断っているとしたら、本来セラフィナさんはお酒を飲んだりするのは好きなのだろうか――こうして考えると、戦闘などで一緒になることはあっても、普段の彼女について知らないことばかりだ。
迷宮国には歓楽街があったりするが、他のパーティはそういった欲求についてどのように対策をしているのだろう。俺は女性とパーティを組んでいるからには信頼を失墜させるわけにいかないので、酒はたまに飲むにしても一人で夜遊びなどは原則できそうにない。
「……こんばんは」
「お疲れ様です、五十嵐さん。早速ミーティングを……」
ソファから立ち上がって五十嵐さんを迎えるが、彼女は俺の対面に座ってからも何か落ち着かなさそうにしている。
「こ、こほん。後部くん、セラフィナさんが後部くんのことを、今までと違う呼び方してるみたいだけど……?」
「正式にパーティメンバーになったので、肩の力を抜いて欲しいと言われまして」
「そ、そうなの……肩の力って、後部くんってそんなに肩をいからせてたりしないでしょ」
「ええと……これは俺の受け取りですが、フランクな関係性の方がやりやすいということじゃないかと思います」
「そ、そう、分かってるわよ、そういう意味なのはね。フランクというか、フレンドリーって言うのかしら。その方がいいと思うわ」
五十嵐さんは腕を組みつつ、全くこちらを見ずに話している。テレジアを見やると、彼女も不思議に思ったのか首をかしげていた。
「……パーティなんだから、みんな仲良くしていくべきというか……公平に? というかね、だから、私がね、今さらそういうこと言うのも変でしょうけど……」
ちらちらと俺を見ながら、彼女は小さな声で言う。何か牽制されているような、弱めに威嚇されているような、何だろうこれは。
「…………」
テレジアに助けを求めてばかりでもいけない――と考えたところで。
俺はようやく、五十嵐さんが何を言わんとしているかに気がついた。我ながら遅すぎるというか、デリカシーのかけらも無いというか――だが自分から切り出せるはずがない。
俺たちも、そろそろパーティを組んで長いので、フランクに名前で呼び合いませんか――などと。
今でも俺は、気を抜くと彼女を『課長』と呼んでしまいそうになる。俺にとって彼女を上司として敬うことは、転生しても残り続ける習性なのだ。
なんて冗談は、さすがに俺も五十嵐さんとの関係性を壊してしまうと分かっている。『公平に』とつぶやいた五十嵐さんが、下の名前を呼ばれて怒ることはないだろう。ないと思いたい。
「え、ええと。鏡……」
「……あっ。ご、ごめんなさい、テレジアさんもいるのに……技能を選ぶ大事なミーティングなんだから、集中しないとね」
思い切りタイミングを外された――覚悟が決まったところでこれだ。
「……? どうしたの、後部くん。今、何か言おうとした?」
「いえ、大丈夫です。今日も改めてお疲れ様でした、五十嵐さん」
「後部くんこそ。私たちは大きなお風呂屋さんに行ってきたけど、泡風呂や電気風呂、薬草風呂なんていうものもあったのよ。七番区にも砂風呂があったんだけど、それぞれの区で特色があるみたいね」
「それは俺も一度入ってみたいですね」
猿侯を倒したあと、テレジアも今度は皆と一緒に浴場に行けるといい。
準備期間にレベルが上がることもありうるが、それは絶対ではない。現時点で持っているスキルポイントを最大限に活かさなくてはならない――それは五十嵐さんも同じようで、彼女は珍しく髪を後ろに結び、久しぶりに打ち合わせに臨む『五十嵐課長』の顔に変わった。




