第百八十話 蠍と蝶の装備
「若い娘にはついていけぬのう……おお、無断で飲んではならぬな」
「遠慮せずどうぞ。セレスさん、これからミーティングをさせてもらってもいいですか?」
「うむ、良かろう……シュタイナー、お主も存外に犬が好きなのじゃな」
『それはもう。そばにいるだけで癒やされるよね』
寝そべって休んでいるシオンの隣で置物のように動かなかったシュタイナーさんだが、セレスさんに呼ばれるとちゃんと返事をする――鎧の中でどうなっているのか、本格的に不思議に思えてきた。
シュタイナーさんはガシャン、と音を立てて立ち上がり、ソファは重量がありすぎて座れないとのことで、床にあぐらをかいて座った。
『ごめんねはしたない格好で。話はちゃんと聞いてるから、始めていいよ』
「そろそろ寝るときだけ脱ぐのも面倒ではないのか……まあいいがの」
「じゃ、じゃあ始めさせてもらいます。これが新しく手に入った素材です」
◆加工に使用できる候補素材◆
・『憐憫の幻翅蝶』の魔物素材 1体分
・鱗粉がついた『憐憫の幻翅蝶』の触角×1
・『デスストーカー』の尻尾×1
・凍りついた『ザ・カラミティ』の魔物素材 1体分
・『ザ・カラミティ』の九尾×1
リストを見るとセレスさんはあごに手を当て、ふむ、と考え込む。
「『名前つき』の素材が二体分あるが、装備の加工に使えるのは一部となる。倒した時点で強度や機能を失ってしまう部位も多いのでな……しかし今回は、なかなか面白いことになっておるぞ」
『調べてみたら、あの大蠍には全属性の耐性があるんだよね。それをどうやって氷漬けにしたの?』
「ミサキがルーンを装着したカードで弱点を追加して、それで氷属性が有効になったんです」
「なるほど、『道化師の鬼札』か。わしがルーンを付与した『スティールカード』……役に立ったようで何よりじゃ。職人冥利に尽きる」
セレスさんはとても嬉しそうに微笑む。今までは戦闘でどの装備が役立ったということはあまり話してこなかったが、これから装備が役に立った局面などについてはこまめに報告したい。
「氷漬けにしたことで、尻尾から熱線を放つための動力部分が休眠状態になっただけで済んでおる。魔力を熱線に変換する『女王蠍の残光』じゃ。これは過去の記録では、『ザ・カラミティ』を倒したその場で解体した探索者が、機能を失う前に摘出しておる……今回の発見は、資料館に収蔵されるほどの貴重な情報じゃな。凍結すれば解体を急ぐ必要がなくなる」
「そ、そうなんですか……特殊な条件でないと手に入らない素材もあるんですね。その『女王蠍の残光』は、もう取り出されているんですか?」
『メリッサさんの「目利き」は魔物の素材で使える部位を判定することができるんだ。アトベ様の指示があるまでは解体は保留にしてあるよ。取り出してすぐ加工したほうが良さそうだしね』
そこまで配慮してくれていて、こちらとしては何も言うことがない。魔物素材に関して俺は素人なので、メリッサの知識と技能はとても頼りになる。
「『女王蠍の残光』を『九尾』と組み合わせ、『ザ・カラミティ』の能力を再現した武器を作ることができる……いや、これはもはや兵器というべきか。重量があるために個人の装備としては使用できぬが、運ぶことができれば類まれな威力を発揮する」
『この「九尾」は特殊な素材で、一本ずつに切り離せないんだ。装甲と、鋏が変化した槍の部分は装備品に使えると思うけど……やっぱり重量があるから、加工には少し時間がかかるかな』
重量がある兵器――俺たちのパーティで運用するとしたら、アルフェッカに運んでもらうという方法がある。
「『残光』と『九尾』を使った武器は、作るにはどれくらい期間がかかりますか?」
「三日は見てもらえるとありがたい。ここまで大掛かりなものじゃと、実際に使えるか試験する必要もあるしのう」
「分かりました、ではお願いします」
『アトベ様が良ければ他の素材も全部加工するよ。今持っている装備を強化する場合は預からないといけないから、その場合は代わりの装備品が必要になるね』
その辺りも配慮して、武具を強化する。五番区で購入できる装備品に良いものがあるという可能性もあるか――マドカにも来てもらって相談することにしよう。
◆◇◆
マドカに頼んで、五番区で流通している装備の情報を得る。商人組合に加入しているマドカなら、直接足を運ばなくても組合に属する店の商品リストをライセンスで受け取ることができる――良い装備はやはり需要が高く、職業に適合するものとなると限られてくるが、何点か購入したいものが見つかった。
◆注文した装備品◆
・『ネルゼクス・ガントレット』×2
・『ネルゼクス・グリーブ』×2
・『白羅布麻の巫装』×1
・『白羅布麻のツナギ』×1
五番区では『ネルゼク銀』という金属を使った装備品が時々出回るようで、ガントレットは金貨八百枚、グリーブは金貨千枚という値段だが、それぞれセラフィナさんと五十嵐さんに装備してもらった。
『白羅布麻』は通常の麻と比べて肌触りが良く、強度も高い。スズナとメリッサが装備できる衣服として出回っていたので、巫装は金貨八百枚、ツナギは千枚で購入した。
しめて金貨五千四百枚になるが、『ザ・カラミティ』の賞金でほぼ相殺できている。まとまった資金の用途が出てきたので、今後は収支も多少意識して資金を蓄えた方がいいだろう。
まず『ザ・カラミティ』の素材については、加工と強化の内容は以下のようになった。
◆ザ・カラミティの素材◆
・『残光』と『九尾』を材料にして『★クイーンズテイル』を作成
・『キョウカ』の『★アンビバレンツ』 →『腕槍』を使用して『貫通攻撃強化2』を付加 『+1』に強化
・『エリーティア』の『ハイミスリル・ナイトメイル+7』 →『甲殻』を使用して『全属性軽減1』を付加 『+8』に強化 強化限界
・『セラフィナ』の『★鏡甲の大盾』 →『甲殻』を使用して『全属性軽減1』を付加 『+1』に強化
金属防具との相性がいい甲殻は前衛二人の装備強化に使うことにした。エリーティアの鎧については夜のうちに仕上げてくれるということだ――加工を担当してくれるシュタイナーさんには頭が上がらない。
腕槍は2本あり、槍系武器、あるいは長物との相性がいいのだが、五十嵐さんの『エルミネイト・クロススピア』は強度の問題が出てきたため、『アンビバレンツ』の強化に使った。1本は今は用途がないので残しておいてある。
メリッサはライカートンさんを既に呼んでいて、二人で『ザ・カラミティ』の解体に取り掛かっている――終わったらまたメリッサは入浴して休むと言っていたが、明日の午前中は資料館に行くことにしているので、その時間を使ってメリッサには休養してもらうのがいいかもしれない。
次に『幻翅蝶』の素材だが、主にメンバーの防具強化に使うことができた。
『幻翅蝶』の触角はスズナの弓の弦として使うことができて、彼女の弓は名称が変化した。ルーン装着以外でも装備の名称が変わることもあるようだ。
◆憐憫の幻翅蝶の素材◆
・『スズナ』の『トネリコの弓+2』 →『触角』を使用して改造 『★幻蝕の弓+2』に変化
・『テレジア』の『エルミネイト・レイザーソード』 →『触腕』を使用して『不可視の斬撃』を習得 『+5』に強化
・『テレジアの『カメレオンのブーツ』 →『前翅』を使用して『炎属性軽減2』を付加 『+1』に強化
・『ミサキ』の『バットレザー・マント』 →『前翅』を使用して『炎属性軽減2』を付加 『+1』に強化
・『セラフィナ』の『ネルゼクス・グリーブ』 →『後翅』を使用して『炎属性軽減2』を付加 『+1』に強化
・『シオン』の『ハウンド・レザーベスト+3』 →『後翅』を使用して『炎属性軽減2』を付加 『+4』に強化
・『エリーティア』の『早業のガントレット+1』 →『鱗粉』を使用して『フレアディビジョン』の技能を追加 『+2』に強化
この全ての加工を一晩でというわけにはいかないので、明日の午後から取り掛かってもらうことになっている。
『憐憫の幻翅蝶』の素材が炎属性対策に使えると分かったので、できるだけ多くのメンバーに『炎属性軽減2』をつけてもらった。五十嵐さんとスズナ、エリーティアは装飾品で『炎属性軽減1』がついているため、メリッサも含めて他の方法で何とか炎対策を補強したいところだ――『赫灼たる猿侯』のまだ見ていない行動の中に、炎を使う強力な攻撃が含まれていることは想像に難くない。
最後に『デスストーカー』の素材だが、加工先は以下のようになった。
◆デスストーカーの素材◆
・『セラフィナ』の『エルミネイト・バトルロッド』 →『尻尾』を使用して『毒攻撃2』の技能を追加 『+2』に強化
・『シオン』の『★ビースティクロウ+2』 →『鋏』を使用して『拘束攻撃1』の技能を追加 『+3』に強化
・『キョウカ』の『ネルゼクス・グリーブ』 →『甲殻』を使用して『毒耐性2』を付加
セラフィナさんは武器を使う場面が少ないが、『警棒』を武器としている。彼女は敵に近づくことが必然的に多くなるので、その機会に状態異常を付与できると効果的だろう。
『鋏』については、テレジアを捕らえられたという苦い記憶がある――しかし『拘束攻撃1』は対象の動きを止める効果があるため、『猿侯』に操られた探索者の動きを止めるために役立つかもしれない。
これらの加工についても明日以降ということで、当面の予定が決まった。使っていないルーンが二つあるが、これについては一つ方針を考えている。
「『転』のルーンは、パーティの盾役……大盾使いのセラフィナが使うと有効じゃろうな。このルーンは鎧のみに装着できる。ルーンスロットのある鎧で、セラフィナに合うものが見つかると理想的じゃな」
シオンも『カバーリング』で仲間を守ってくれるが、敵の最大の攻撃を受ける役割にはやはり盾が必要となる。セラフィナさんにも来てもらって、意見を聞かせてもらっていた。
「貴重な素材を私の装備に使っていただき、ありがとうございます。ルーンについても、方針は了解しました。ルーンスロットというものは、やはり迷宮で見つかる武具についていることが多いのでしょうか?」
「そうじゃ。新たに作る武具にルーンスロットを設けるには、特殊な素材が必要となるからの。他にはスロットのある装備を合成することで、スロットを付加することもできる。そこで問題になるのは、合成に必要となる『真銀の砂』じゃの。上位の区になるほど入手機会も増えるようじゃが、需要が大きいために出回らぬ」
「今日の昼間に市場に出ていましたが、すぐに売り切れています。入札式にすると一部の人たちが独占してしまうので、市場に出る場合は金貨千枚で固定のお値段みたいです」
まだあどけなさのあるマドカだが、『商人』としてあまりにも頼りになるので毎回舌を巻いてしまう。俺が聞きたいと思っている以上のことを説明しつつ、ニコニコと笑っている彼女を見ながら感嘆する他はない。
『真銀の砂』の希少性は分かっていたし、ずっと市場に出るのを待ち構えていてもらうわけにもいかない。現実的な入手手段はやはり『金属塊』の精錬だろう。
「『真銀の砂』が採掘しやすい迷宮……次に探索する場所を決めるとしたら、それも選択肢の一つかのう」
「黒い箱が一つ見つかっているので、それを開けてみてから考えたいと思います」
「なんと……と、都度驚いておる場合でもないかの。ファルマもこの頻度で呼ばれて驚くじゃろうな。ライカートンにも会ったが、五番区に来られて喜んでおったぞ」
「ライカートンさんが?」
『ライカートンさんの奥さんは、今まさにこの五番区にいるみたいだよ。六番区から五番区に上がって、もう半年以上経つって』
ライカートンさんの奥さんは、メリッサを身ごもっている間に亜人となった――人間に戻るために、彼女も探索者として活動を続けているというのは聞いていた。
「メリッサからはまだ何も聞いていないですが、お母さんに会う機会を設けたいですね」
「お主というやつは……いや、もう褒め殺しのようじゃから何も言わぬ。アリヒト、ライカートンの奥方を見ても驚いてはならぬぞ。お主なら大丈夫だとは思うがの」
メリッサのお母さんは『ワーキャット』だということだが、どんな姿をしているにせよ、メリッサに活躍してもらっていること、その感謝を伝えたい。
「……アリヒト殿」
「は、はい、セラフィナさん。どうしました?」
急に下の名前で呼ばれたので、不意を突かれて動揺してしまう。セラフィナさんも思うところがあって呼び方を変えたのだろうが、顔を赤らめていた。
「い、いえ……正式にパーティに入ったあとですので、他人行儀すぎてもいけないと思ったもので。失礼でしたでしょうか……?」
「大丈夫です、むしろ俺としては嬉しいくらいですよ。俺の方はエーデルベルト中尉ではなく、名前で呼ばせてもらっていましたし」
「……では、今後はこの形で。アリヒト殿、すでに夜分遅いですが、まだ皆は元気だということです。スキルの選定を続けて行われますか?」
「そうですね、早速セラフィナさんから相談させてください。次はテレジアの技能を決めるから、こっちにおいで」
「…………」
座るように言ってもずっと立ったままでいたテレジアだが、ようやく応じてくれる――そして俺の隣に座ろうとして、少し間を空けて座った。
「……一緒に風呂に入るのは問題なく、隣に座るのは恥ずかしいというのは、最近の若い娘は複雑じゃのう」
『我輩にはちょっと分かる気がするなぁ……さてご主人様、さっそく工房に行かないと』
「うむ。アリヒト、『闘のルーン』についても使うかどうか考えておくと良い。あれの持つ力を考えると、誰が装備するかを決めるのは難しいじゃろうが……必要になる局面が来るならば、必ず希望を繋ぐ力となろう」
セレスさんとシュタイナーさんが部屋を出ていく。セラフィナさんは俺の向かいに座る――改めて見ると、就寝前の姿が結構ラフだ。タンクトップのような薄手の服とショートパンツというのは、いつもの鎧姿からするとギャップが大きい。
「…………」
「っ……テ、テレジア?」
テレジアがじっと俺を見ている――考えていることを悟られてしまったのだろうか。今はギャップとかそういうことを考えている場合ではない、それは確かにそうだ。いや、テレジアがそれを牽制して見ているのかは分からないが、胸がチクチクとする。
「アリヒト殿……?」
「す、すみません。えーと……」
「ギルドセイバーのライセンスとはいえ、そんなに緊張されなくても良いのですよ。私の新たに習得した技能はこちらになります」
確かにギルドセイバーである彼女のライセンスは、形状が探索者と異なっている。俺は気持ちを入れ替え、セラフィナさんの持っている技能の一覧を見せてもらった。




