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第百七十二話 魔猿の砦/猿面

 赤い金属の列柱の間を走り抜けて、二階層に転移する。時刻が変化する――空は真っ暗で、けれど目の前は明るい。


「っ……こんな……前は、こんなじゃなかったのに……っ」


 猿侯の砦は、二階層の広い範囲を占めていた。けれど、二階層に入ってしばらく探索しなければ見つからなかったはずだった。


 その砦の外壁が、少しだけ歩いた先にもう見えている。赤く燃えるような森の中で、橙色の明かりに照らされている。


(あのパーティ……良かった、追いつけた……)


「おいっ……聞いてた通りだ、いたぞ、人間が……!」

「装備品は捕まった当時と変わってないか、それ以上か……何だよ、『猿侯』の下についた方が普通に探索者やってるより待遇がいいんじゃねえか?」

「魔物の相手してるよりよっぽど面白そうだ……しょうがねえよな、魔物に操られちまってんだから。正当防衛ってやつだ」


 聞くに耐えないようなことを言って、笑っている。こんな連中にルウリィが見つかったら――そんなこと、考えたくもない。


 気づかれないように木陰に隠れながら、私は四人連れのパーティの後を追う。


 迷宮の中に、川が流れている――橋を渡って、その先にまで『猿侯』の砦は築かれている。西側、東側に違う砦が分けて作れたようだった。


 『猿侯』は私たちを奇襲したように、とても狡猾な魔物だ。自分のいる場所を簡単に特定されないように、増やした戦力を新しい砦に振り分けている――そういうことも考えられる。


「この砦、話に聞いてたより大きくなってねえか?」

「これじゃ、まるで迷宮の中に国でも造ろうとしてるみてえだな……」

「だが、所詮は猿だ。見ろよ、砦の門を開けるための仕掛けがある。隠してるつもりだろうが、俺の目は誤魔化せねえよ」

「ここに入って行ったのは間違いない。さて、魔物に操られた奴らを助けてやるとしようか」


(隠している……本当にそうなの……?)


 門の仕掛けを動かして、男たちが砦の中に入っていく。辺りを警戒するような技能を使っているとは思うけれど、それでも嫌な予感は拭えない。


 こんなに簡単に入れるのは、何か理由がある。彼らが見た人影がルウリィだったのか、それとも別の誰かなのか――危険でも、私も行って確かめなくてはいけない。


「おい、そこにいるんだろ! 隠れてないで出てこいよ!」

「バカ、そんな大声出したら他の魔物まで気づくだろうが」


 砦の門がもう一度閉まり始める――男たちが砦の内部に関心を向けているうちに、滑り込むしかない。私は身を低くして、木の杭で作られた門の中に辛うじて入り込む。


 男たちは門を抜けた先の広場にいる。彼らが私の姿に気づかないうちに、広場に幾つか置かれた石像のようなものの陰に隠れる。


 ――そのとき、悲鳴のような声が上がった。


「っ……お、おいっ、何かおかしい……っ!」

「後ろの地面に、変な模様が……うわぁぁぁっ!」


 ◆現在の状況◆

 ・『★赫灼たる猿侯』が『煉獄の障壁』を発動 地形効果:脱出不可、高熱


 ――その、血のように赤く燃え盛る炎の色は。


 忘れるはずもない。何度も夢に見せられた、私にとっての悪魔の象徴。


 ◆遭遇した魔物◆

 ★赫灼たる猿侯 レベル12 炎耐性 ドロップ:???

 猿侯の眷属・格闘家 レベル11 ドロップ:???

 猿侯の眷属・踊り子 レベル11 ドロップ:???

 猿侯の眷属・地形士 レベル11 ドロップ:???


 黒い装備と、奇妙な猿の面を身につけた探索者たち――そして、その奥に姿を現したのは。


「お、おいっ、やべえ、あいつは駄目だっ……!」

「くそっ、あの踊り子を囮にして俺たちを釣りやがったのか……っ」

「『帰還の巻物』が発動しねえ! ふ、ふざけるなっ、何でこんなっ……!」

「どんどん熱が上がっていく……このままじゃ蒸し焼きにされちまうぞ……っ」

「――あなたたち、前を見なさいっ……来るわよっ!」

「なっ……!?」


 ◆現在の状況◆

 ・『★赫灼たる猿侯』が『ウォードラム』を発動 →『猿侯の眷属』たちの攻撃力と速度が上昇

 ・『★赫灼たる猿侯』が『ホライズンロア』を発動 →『ガルフ』たちがスタン

 ・『エリーティア』が『ソニックレイド』を発動

 ・『猿侯の眷属・踊り子』が『妖艶舞踏』を発動 →『ガルフ』『カザン』が魅了 『ギド』『リーガン』が魅了に抵抗

 ・『猿侯の眷属・格闘家』が『猛虎双掌打』を発動 →『ギド』に命中 ノックバック大

 ・『猿侯の眷属・地形士』が『部分崩落』を発動 →『リーガン』が行動不能


「うぉぉぉぁぁぁっ……!!」


 リーダー格だった曲剣を持った男性が、打撃を受けて吹き飛ぶ――私は助けに入ることもできず、吹き飛ばされた彼の血を浴びてしまう。


 一瞬で四人は戦闘不能になる。ガルフとカザンという人はもはや戦意すらなく、倒された仲間たちに近づく――全員を仲間に引き込もうとしている。


 『猿侯』に近づく探索者がほとんどいない理由は明白だった。探索者にとって恐ろしいのは魔物だけじゃない――探索者同士で戦うことが、どれほどの危険を伴うか。


「……ここで終わらせる。終わらせないといけない」


 ◆現在の状況◆

 ・『エリーティア』が『ベルセルク』を発動

 ・『エリーティア』が『レッドアイ』を発動 →全能力上昇 魔力、体力減少開始

 ・『スカーレットダンス』の効果により攻撃力上昇 防御力低下


「――ずっとこの時を待っていた……あの日、おまえが全部奪った日から……!」


 この魔物がどれだけの人を苦しめてきたのか。この操られている人たちの仲間が、どんな思いでいるのか――私だって。


「グギャギャギャ……!」


 人の数倍もある大きな猿。私を小さなものとして見ている――自分で相手をするまでもないというように、眷属たちを前に出して盾にする。


 彼らと戦いたいわけじゃない。私が狙うのは、ただ『猿侯』だけ。


 それさえできれば、他に何もいらない。全部失ってもいいから――ルウリィだけは。


「グギャギャ……ッ」

「……笑うな」


 自分が馬鹿なことは、自分が一番良くわかってる。


 でも、そんな私のために、みんなはここまで一緒に歩いてくれた。私のことを、決して笑わないでいてくれた。


 ――だから。必ず、ルウリィと一緒に帰るから。


 叶うならもう一度、馬鹿な私を許してほしい。


「――うわぁぁぁぁぁっ……!!!」


 ◆現在の状況◆

 ・『エリーティア』が『ソニックレイド』を発動

 ・『スカーレットダンス』の効果が発動 →『エリーティア』に『紅影』が付加 さらに体力減少

 ・『猿侯の眷属・格闘家』が『疾風回し蹴り』を発動 →『エリーティア』の『紅影』に命中 ノーダメージ

 ・『猿侯の眷属・踊り子』が『円月投刃』を発動 →『エリーティア』の『紅影』に命中 ノーダメージ

 ・『猿侯の眷属・地形士』が『アフタースコール』を発動 地形効果:泥濘

 ・『エリーティア』が『エアレイド』を発動


 高速で放たれる攻撃の全てを、感覚だけで回避する。全て私の作り出した残影に吸い込まれていく――地面を泥濘ぬかるみに変えられても、私は止まらない。『エアレイド』の技能で、跳躍して最後の加速をする。


 『猿侯』の頭上。目を見開き、驚愕し、牙を剥く――私は、回転しながら剣を振り抜く。


「……はぁぁぁぁぁぁっ!」


 ◆現在の状況◆

 ・『エリーティア』が『ブロッサムブレード』を発動

 ・『スカーレットダンス』の効果により攻撃力上昇 防御力低下

 ・『★赫灼たる猿侯』に24段命中

 ・『エリーティア』の追加攻撃 『★赫灼たる猿侯』に8段命中


「ゲギャッ……ァァ……!!」

「――まだ終わりじゃない……私の全てを賭けてでも、おまえを倒す……!」


 アリヒトが後ろから力を貸してくれたら。この攻撃ももっと威力が出せた――でも、威力が足りないなら。


 『猿侯』が倒れるまで、繰り返す。全ての攻撃を避けて、ただ倒すべき敵だけを狙って――刃の花弁を散らし続ける。


「――堕ちろっ……!」


 『踊り子』が蹴りを繰り出すと共に、靴に仕込んだ刃が飛び出す――それも私には届かない。


 ◆現在の状況◆

 ・『猿侯の眷属・踊り子』が『ダンスシックル』を発動 →『エリーティア』の『紅影』に命中 ノーダメージ

 ・『スカーレットダンス』の効果により連撃発動

 ・『エリーティア』が『ブロッサムブレード』を発動

 ・『スカーレットダンス』の効果により攻撃力上昇 防御力低下

 ・『★赫灼たる猿侯』に24段命中

 ・『エリーティア』の追加攻撃 『★赫灼たる猿侯』に8段命中


「あぁあぁぁぁぁっ……!!」


 ◆現在の状況◆

 ・『猿侯の眷属・格闘家』が『猛虎双掌打』を発動 →『エリーティア』の『紅影』に命中 ノーダメージ

 ・『スカーレットダンス』の効果により連撃発動

 ・『エリーティア』が『ブロッサムブレード』を発動

 ・『スカーレットダンス』の効果により攻撃力上昇 防御力低下

 ・『★赫灼たる猿侯』に24段命中

 ・『エリーティア』の追加攻撃 『★赫灼たる猿侯』に8段命中


「グ……ガ……ッ」


 『猿侯』がバランスを崩す――地面に、膝を突く。


 あと一撃でいい。あと一度――でも。『ブロッサムブレード』を使おうと意識した途端に、目の前が暗くなる。


 このまま発動はできない、別の技に切り替える。それでも、倒しきれる。


 もう一撃なのに。


 ――そのはずだったのに。


 ◆現在の状況◆

 ・『★赫灼たる猿侯』の『影武者』が解除 →『★獄卒の魔猿』に変化


 目の前にいた魔物の姿が、変わる。赤い体毛を持つ猿侯から、黒い体毛を持つ魔物に――そして、身体も一回り小さくなる。


 何が起きたのか分からない。間違いなく『猿侯』と戦っていた――なのに。


 私が三度の『ブロッサムブレード』を浴びせた相手は、まるで役目を果たしたとでもいうかのように、口から血の泡を飛ばしながら笑っていた。


 そして、私は気がつく。それがとても遅いということを知りながら。


 広場を包み込んだ、炎の壁。それを背にして、新たに姿を見せた魔物と――その傍らに立っている、その人は。


 ◆現在の状況◆

 ・『ルウリィ』が『オープンウーンズ』を発動 →対象:『エリーティア』

 ・『エリーティア』が出血


「あ……ぁぁぁっ……!!」


 一度も傷を受けなかったはずだった。私が『ザ・カラミティ』の攻撃で受けた傷が痛む――傷が、開いている。


 この、攻撃は。気の優しいルウリィが、使うのをいつもためらっていた――『治癒師』の使える、唯一の攻撃方法。


 ◆現在の状況◆

 ・『ルウリィ』が『ヒールウィンド』を発動 →対象:『★獄卒の魔猿』


 『眷属』の攻撃を受けるわけにいかずに、私は後ろに飛ぶ。その間に、傷ついていた黒い猿の魔物が、回復していく。


 懐かしい。けれど、今は悲しいとしか思えない。


 おそらくは、本物の『猿侯』。私達にとって仇であるはずの魔物と一緒にいて、魔物のためにその力を使っているのは――紛れもなく。


 ルウリィがどんな顔をしているのかも分からない。猿の面に、黒い皮の外套のようなものを羽織って――けれど、その手に持っているのは。私が知っている、ルウリィがいつも使っていた治癒師の装備、ワンドだった。


「姿を見せもしないで、偽者と戦わせて……ルウリィを操って……っ」


 ルウリィが私にワンドを向ける。もう一度『オープンウーンズ』を使われたら、私は――。


 親友の攻撃を、恐れている。そんな私に、まるで憐れみでも向けるかのように。


 『赫灼たる猿侯』は、口の端をつり上げて――笑いながら、ルウリィを制した。


 それは私に、『猿侯』がルウリィを支配していることを、見せつける行為でしかなかった。


「許さない……許さない許さない許さない……絶対に許さないっ……!!」


 『猿侯』の偽物ですら、私は一人で倒しきれなかった。傷が完全に治りきらなくても、動けるようになった猿は、眷属三人と一緒にこちらにやってくる。


 ◆現在の状況◆

 ・『エリーティア』の体力、魔力の残りが減少

 ・『エリーティア』の『ベルセルク』『レッドアイ』が解除


 赤く染まっていた視界が、戻る。


 身体に満ちていた暴力的な力と、同じだけの喪失感も、感じられなくなる。残ったのは、鉛のように重くて動かない身体と、酷く重く感じる『緋の帝剣』だけ。


 意識が遠くなる。ルウリィの力で開いた傷の痛みが激しさを増す。


 最後に、私の中を満たした感情は。


 仲間たちに、言わなければいけない。助けられなかったルウリィにも。


「……ごめんなさい。私……何も……」


 もし『猿侯』が私を従わせようとするなら――最後に、しなければいけないことがある。


 剣の柄を握る手に力を込める。この剣に選ばれてからずっと、私は迷い続けてばかりだった。


 けれど、最後くらいは。決してアリヒトたちに剣を向けないために――自分で。


 それなのに、手は動かなかった。


 『猿侯』の手下の大きな猿と、眷属たちが足を止めている。


 ――後ろで、大きな音がした。失っていた感覚が、戻ってくる。


 そして最初に聞こえたのは――いつも後ろから私たちに力をくれた、彼の声。



※いつもお読みいただきありがとうございます!

 ブックマーク、評価、ご感想などありがとうございます、大変励みになっております。


※この場をお借りして告知のほう失礼させていただきます。

 明後日10日に書籍版第6巻が発売となります!

 加筆、書き下ろしの追加などを行い、風花風花先生の魅力的なイラストで

 アリヒトたちの躍動がよりお伝えしやすくなっているかと思います。

 今回は特典が二つの店舗様で付属しますので、活動報告にて内容のほう

 紹介させていただきます。WEB版・原作をあわせて何卒よろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
まぁキャラの行動に違和感は無いかな。ただ2、3発殴らせて欲しい。
[一言] まだ14歳、兄に見捨てられた上に親友がネームドに囚われたまま。僅かな可能性という名の現実逃避に縋って下位の区まで降りていき……そして怨敵の座すダンジョンを見据えるところまで戻ってきた。戻って…
[一言] 今までの話何だったのって感じですね。結局独りで突撃するなら仲間に対して信用無いみたいで不愉快。 そもそもこれで奪還成功するならとっくにやってるだろうと思います。
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