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第百六十九話 フォレストダイナー

「……脅して邪魔をするとか、そんなつもりはねえよ。俺らが『猿侯』を甘く見てたってことも否定はしねえ。ただ、あんたらが大きな失敗もせずここまで来たなら、悪いことは言わねえ。『猿侯』に手を出すのは止めとけ」


 呪いの武器を手にしてまで戦力を強化しようとする『白夜旅団』。その一員である彼――ソウガが、そこまでのことを言う。


 エリーティアも『猿侯』の恐ろしさを知っている――そして彼女は芯から心優しい性格だ。だからこそ、ここまで来て心に迷いが出ている。


 しかし、安全策に徹して『猿侯』の姿を見もせずに終わることはできない。


「ここで話を聞けて、少し安心しました。俺は『旅団』のほとんどが、必要があれば仲間を切り捨てることで意見が一致していると思っていた。そこまでして何かを求めようとする集団とは、いつかぶつかることになるんじゃないかと……七番区でも、競い合うようなことはありましたから」

「簡単に絆されてんじゃねえよ。俺たちには俺たちの目的があって、必要があれば自分が切り捨てられてもいいと思ってここにいる。『あいつ』のことも忘れちゃいねえが、エリーティアを見なければもうすぐ忘れるところだった。その程度のもんだ」

「ソウガ、感情的になりすぎているわよ。ごめんなさい、彼に代わって謝ります。聞くのが遅れてしまったけれど、あなたの名前は……」

「俺はアトベです。アリヒト=アトベ」

「アリヒト=アトベ……私は『白夜旅団』の副団長、アニエス=フィーエよ。私たちは近いうちに次の区に移るけれど、その前に一度、エリーティアと……」


 エリーティアと話をしたい。そう言いかけたように見えたが、アニエスさんは仲間たちの様子をうかがい、それを言葉にはしなかった。


「彼女のことは、俺たちが守ります。今まで、俺たちの方が守られたことが多かったですが。パーティは、持ちつ持たれつですから」

「お兄ちゃーんっ、そろそろ来ないとはぐれちゃいますよーっ」


 ミサキが戻ってきて呼んでくれる。俺は手を上げて応じ、歩き出そうとする。


「……『炎天の紅楼』に入るのであれば、事前に十分な情報を集めた方がいいわ。これは、私たちが探索したところまでの地図……受け取ってくれる?」

「お、おいっ、アニエスさん、なんでそこまで……」

「これくらいのことはしたいの。許してほしいとは言わない……私は……」


 旅団にも色々な人がいる。アニエスさんがライセンスを取り出し、俺のライセンスに地図の情報を送る――その地図は、二階層の途中までで途切れていた。


「ありがとうございます。それともう一つ言っておくことがあります……俺たちは、シロネに会いました。彼女はカルマの上がる行為をしたため、七番区で牢に入れられています」

「っ……シロネが……あの子が、エリーティアに何か……」

「まだ、彼女の考えていたことは聞けていません。俺を勧誘するようなことも言っていましたが……もし『旅団』のことで彼女が思い詰めていたのなら。いつか、あなたたちの団長と直接話がしたい。そう思っています」


 まだ俺のレベルは低く、そんなことを言っても旅団のメンバーに侮られるだけかと思ったが――彼らの表情は変わらなかった。ソウガは何を言えばいいのかという、困惑した顔をしているが。


「……適当に集めた有象無象ってのは、俺の見当違いだったみてえだから謝っとく。だがよ、結果を出せなければ話にならねえ。やりたいことをやるには、それなりの力が必要だ」

「それは、その通りだと思います。強さは必要で、エリーティアの剣の力にも俺たちは助けられてきた。もっと強くならなければと常に思っています」

「そうかよ……チッ。エリーティアの奴、当たりを引いたな」


 ソウガは「骨のある野郎じゃねえか」と小さく言ったようだったが――それを聞いて、若い女性のメンバーがソウガの背中を叩いた。


「でっ……何しやがる!」

「捨て台詞とかダサダサじゃん、さっきから聞いてたら。アニエスお姉さまの手前黙っててあげたけど、あたしたちの代表みたいな顔するのやめてよね」

「うっせ。最近団長もピリピリしてるし、たまには好きに喋らせろっての」


 旅団の二パーティのうち、何人かは俺に会釈をして歩き去った。一人一人が精鋭揃いなのだろうが、彼らもあくまで『探索者』で、自分たちのルールにのみ従う無法者ではないと分かった。


 そんな彼らですら、ルウリィを助けるという選択ができなかったのは何故なのか。『赫灼たる猿侯』が『魔王』と呼ばれるほどの魔物だからか――。


 旅団ほどの人数でも、『猿侯』を討伐して迷宮を攻略することはしなかった。俺たちのパーティだけで攻略しきれるのか――ルウリィを助ける、その目的だけを達成して脱出する。その可能性も模索しなくてはならない。


 もし、ルウリィが――それを考えることは、今はしない。彼女は生きている、全てそれを前提として考える。


 俺たちに必要なことは、五番区迷宮の手強さに向き合うこと。そして、それを跳ね返してみせることだ。


 ◆◇◆


 五番区にも上位、中位、下位のギルドがあり、俺たちが七番区から転移してきたときに訪れたのは中位ギルドの建物だった。


 医療所を出たあと、俺たちはルイーザさんと合流するために中位ギルドに戻った。中位ギルドは別名『フォレストダイナー』と呼ばれており、大食堂を兼ねている。『スタンピード』で建物に被害が出てしまったからか、街の料理人らしき人たちもやってきて、集まってきた人たちに料理を出していた。


 俺たちはスタンピード鎮圧における『最功労者』と認定されており、賑やかな食堂ホールではなく、ミーティングルームを兼ねた個室に案内された。


 建物の材質は七番区よりも強度が高いもののようだが、内装の雰囲気自体は変わらない。黒い大理石のようなものを削り出したテーブルが置かれていて、全員で席に着いて待っていると、料理人らしい服装の女性が入ってきた。


 彼女は俺たちと同じ転生者だろう――赤みがかった髪を結んでコック帽におさめているが、一房垂れている編み込んだ髪が、どこかエキゾチックな印象を与える。


「本日こちらのテーブルを担当いたします、『料理人』のマリア・ミラーズです。本日はスタンピードの鎮圧、本当にお疲れ様でした」


 淡々とした口調だが、彼女は深々と頭を下げると、廊下まで運んできていたワゴンを部屋の中に運び入れた。金属のドームのような蓋をされている料理――かなり大きいが、一体何を使った料理なのだろう。


「こ、これって……まさか、さっき倒したサソリさんだったり……?」


 ミサキが戦々恐々として言うと、五十嵐さんもビクッとする――俺は味こそ問題なければだいたい何でも食べる覚悟はあるが、サソリはやはりハードルが高い。


 マリアさんは何も言わず、金属の蓋を取ってみせる――するとそこには、さらに土のドームのようなものが入っていた。


「これは……岩塩蒸し、でしょうか?」

「さようでございます。五番区名産の素材をふんだんに詰め込んで蒸し上げました」


 ルイーザさんの予想は当たっていた。土ではなく、塩のドーム――それを道具を使って崩すと、中はさらに海藻のようなもので包んだものが入っている。それを広げずに皆の皿に取り分け、マリアさんは一礼する。どうやら食べていいということらしい。


「こ、これって……いいのかしら、物凄く高級な料理なんじゃ……」

「…………」

「あっ、テ、テレジアさん、そんな大胆な……!」


 テレジアが待ちきれないというようにナイフで海藻を切り開く――すると、中にはあわびのような貝と、肉や野菜が入っていた。


 貝の身に野菜を乗せ、テレジアが口に運ぶ――白い喉が動いて飲み込む瞬間、テレジアは驚いたように、目の前の皿を見た。マスクで目元は見えないが。


「……っ」


 テレジアがこちらを見る。これほどの反応は初めて見る――食べるということに関してはテレジアには一家言あると思うが、その彼女が絶賛するとは。


「そ、そんなに美味しいのか? じゃあみんな、食べてみようか……いただきます」

「んっ……んんっ……!?」

「ちょ、ちょっと駄目ですよ、このお肉……塩蒸しなのに塩加減が絶妙で、口の中でほぐれてとろっていっちゃいますよ……!」

「美味しい……それに、身体の中から温まるみたいです」


 スズナの言葉を聞いて、俺はふと思い当たる――ライセンスを見ると、スズナの魔力が回復する速度が早くなっている。


 マナポーションは飲みすぎると副作用が出るが、料理ならば問題ないということか。そして、スズナの状態に配慮して料理を作ってくれたということでもある。


「医療所から連絡をいただいて、回復の一助となる料理を作らせていただきました。本日はゆっくりとお楽しみください、次のお料理はお呼びいただけましたらお持ちいたします」

「ありがとうございます、本当に美味しいです。他の料理も楽しみです」

「それは何よりです。食前酒としてお酒をお持ちしましたが、他の飲み物もございますのでお申し付けください」


 まさにいたれり尽くせりという状態で、ギルドの中に高級料理店があるような感覚に陥る。いや、まさにそうなのだろうが。


「さ、最功労者ってすごいですね……八番区のときは、こういうのはなかったですけど」

「料理人の人も、それぞれの区で人数が限られているから……マリアさんのお料理は本当に凄いわね」

「……できれば、教わってみたい」


 メリッサも調理スキルを持っているので、この料理法には興味を惹かれたようだ。家での食事も落ち着くが、たまにはこういった贅沢もいいだろう――と、迷宮国では身体が資本ということで、基本的にはその時食べたいものを優先しているが。


 席に着いてからも、ずっとエリーティアは浮かない顔をしていたが、隣に座っているスズナが心配していると気づくと、料理を口に運んだ。


「……すごく美味しい。迷宮国には、まだ私の知らない料理がたくさんあるのね」

「エリーティアさん……」

「大丈夫……少し、考えてしまって。私自身も、焦ってはいけないと分かってるの」


 エリーティアは笑顔を見せるが、やはりそれは俺たちに心配させないためのものだと分かってしまう。


 『ザ・カラミティ』と戦っている間から、彼女のことが儚く見える。それでも安易な励ましを口にはできない。


「ルイーザさん、俺たちは五番区の迷宮に入ることはできるんでしょうか?」

「今回の件で『特別貢献度』が加算されますから、その値とスタンピード鎮圧における貢献度を足し合わせて……それでも、まだ即時で5つ星迷宮の探索許可は得られません。アトベ様方でしたら現時点でも申請は可能ですが、許可が確実に降りる保証は……」


 俺たちはギルドの制度に助けられてもいるが、同時に縛られてもいる。高難易度の迷宮に入るために資格が必要なのは、脱落する探索者を減らすための方策だろう。


「4つ星の許可を取れていない段階で5つ星は、難しいかもしれませんが……申請をお願いすることはできますか」

「はい、勿論そのつもりです。エリーティアさん……そして皆さんがこの区に来るために、どれだけ頑張っていたか。私もそれを見てきましたから。ですが、一つ懸念があります」

「懸念……?」


 ルイーザさんはお酒の入ったグラスに視線を落とす。言いにくいことを言おうとしているというのは、その表情を見ればわかった。


「五番区のギルドセイバー部隊は、今回の鎮圧に際して七番区常駐部隊のクーゼルカさん、ホスロウさんと、アトベ様がたの貢献が大きかったことを由々しきこととして見ています」

「えっ……な、なんでそんなことになっちゃうんです? せっかく呼ばれて、みんなで頑張ったのに……っ」

「五番区より、七番区の部隊が優秀と見られるから……ということですか」


 俺なりに推察すると、ルイーザさんは頷く。セラフィナさんは何も言わないが、その表情は厳しいものだった。


「アトベ様方には『奨励探索者』の一つ上の称号を授与することが検討されています。五番区ギルドセイバー部隊本部は現在の体制から何らかの変更が行われると思いますが……これについては、クーゼルカ三等竜尉から、決定次第連絡があると思います」

「分かりました。俺たちとしては、少しでも貢献できたなら十分と思っています」


 メンツやプライドというものが誰しもあると思うが、なるべくそういった争いには首を突っ込みたくはない――貢献度を競っている状況で言うことでもないが。


「少しお時間を頂きますが、5つ星迷宮の探索許可については、一時的にでも許可が降りるよう要請を行います」

「よろしくお願いします。難しいということなら、条件を達成できるように動きます」

「これでお話は一段落ね……続きはまた、宿舎に戻ったあとにしましょう。せっかくのお料理だから、味わって食べないとね」


 五十嵐さんが言うとみんなも同意していた――エリーティアも少し笑顔を見せているし、食べて元気を出すことも重要だろう。


 岩塩蒸しのあとにマリアさんが持ってきたのは、パイ皮で白身魚を包んで焼いたものにスープやサラダ、果物と、どれも申し分のないものだった。テレジアは少し怪我をした腕を庇っていたので、隣に座っている俺が食事の補助をする――この怪我も、できるだけ早く治るといい。

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i666494/
書籍版も応援のほど、何卒よろしくお願いいたします!
cont_access.php?citi_cont_id=946145490&s
― 新着の感想 ―
テレジアがこちらを見る。これほどの反応は初めて見る――食べるということに関してはテレジアには一家言あると思うが、その彼女が絶賛するとは。 テレジアさん、マスクの下の目はキラッキラ輝いてそう 美味し…
[良い点] 料理で回復! 確かによくあるけど、今までなかったですね。 メンツがあるのはわかるけどメンツ大事にしすぎると小物感ありますよねぇ〜 次回更新が楽しみです。
[一言] 面白いです。毎回楽しみです。書籍版も買ってます。応援してます。
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