第百六十六話 回廊
「私の盾でよければ、何度でも使ってください。私はそのためにここにいるのですから」
俺は頷く。風景に溶け込んでいたテレジアが姿を現し、俺の傍らに現れる――彼女も、まだ戦うつもりだ。
「お兄ちゃん、私だけ逃げた方がいいなんて言わないですよね?」
「アリヒトさん、エリーさんは大丈夫です。私が傍についていますから」
エリーティアは何かを言える状態にはない――だが、その剣を仲間に向けるようなことはしない。
「よし……みんな、搭乗人数はオーバーしてるが、アルフェッカに乗り込んでくれ。俺とセラフィナさんはシオンに運んでもらって、その後を追いかける」
「っ……後部くん……」
「大丈夫です、五十嵐さん。もう時間がない……あの『名前つき』を倒して、このスタンピードを終わらせましょう」
『――我が秘神の名の元に、契約者を導く。我はアルフェッカ……銀の車輪の化身なり』
アルフェッカが姿を現し、仲間たちが乗り込んだあとに走り出す――『回廊』に向けて。
俺とセラフィナさんもまたシオンの背中に乗る。追ってくる『ザ・カラミティ』から皆を守るために後ろ向きに乗らなくてはならない――しかし、騎乗したあとすぐに不安定さを感じなくなり、ピッタリとバランスが取れるようになる。
◆現在の状況◆
・『セラフィナ』が『ライドオンウルフ』を発動
「『ライドオンウルフ』……護衛犬に騎乗したときに使えるようになる技能です。私が使っていれば、アトベ殿も安定して騎乗できるようですね」
「なるほど……シオン、ありがとう。これから全力で走ってくれるか」
「バウッ!」
「――お兄ちゃんっ、クーゼルカさんたちが追いついちゃいますよっ!」
「よし……みんな、行ってくれ!」
アルフェッカが走り出す――シオンも。俺の前にいるセラフィナさんは、『ザ・カラミティ』の脚を凍りつかせた氷が弾け飛ぶ瞬間、鋭く貫くような声を響かせた。
「『ザ・カラミティ』……こちらを見ろっ!」
◆現在の状況◆
・『★ザ・カラミティ』の凍結が解除
・『セラフィナ』が『プロヴォーク』を発動 →『★ザ・カラミティ』の『セラフィナ』に対する敵対度が上昇
「――コォォ……オォ……!」
『ザ・カラミティ』は槍のような腕を持ち上げ、こちらを猛然と追ってくる――その速度は全力疾走を始めたシオンに追いすがり、全く離れないほどのものだった。
◆現在の状況◆
・『★ザ・カラミティ』の攻撃 →『シオン』が回避
・『★ザ・カラミティ』の攻撃 →『シオン』が回避
振り上げた槍のような腕を振り下ろすたび、シオンが全力で地面を蹴って回避する。石床が砕け飛び、再び距離を詰められ、執拗な追撃を受ける。
「――シオンちゃんっ!」
五十嵐さんが叫ぶ――俺は振り返り、シオンの進行方向をうかがって気がつく。『回廊』が直角に折れ曲がっている。
その角を曲がろうとすれば、失速は避けられない。その瞬間を捉えられると読んだのか、『ザ・カラミティ』が攻撃の手を止める。
俺がダメージを受けていない状態では『士気解放』は使えない。『支援防御2』と盾を使って防ぐしかない――そう考えた瞬間だった。
『勇敢なる狼よ。我と共に、この戦場を駆け抜けようぞ……!』
◆現在の状況◆
・『アルフェッカ』が『バニシングバースト』を発動
・『シオン』が『群狼の追走』を発動 →『アルフェッカ』の速度に追随して加速
・『キョウカ』の『群狼の構え』が相互効果を発動 →『シオン』が加速
「アォォォーーーーンッ!」
シオンが高らかに吼える――グン、と体感できるほどの加速が生じて、『ザ・カラミティ』の槍を寸前のところでシオンは避けきり、直角に曲がってさらに加速する。
『ザ・カラミティ』の後方から追ってきている衝角車もまた、ほぼ直角のカーブを曲がり切って追ってくる――すでに挟撃の形になっているが、まだ先に進まなくてはならない。
「ま、また向こうが直角に曲がってますけど……これって、行き止まりになっちゃいませんか……っ!?」
「――大丈夫です! 追ってきている衝角車に、迎撃兵器を操作できる方が乗り込んでいます……っ!」
このまま逃げきることができれば――だが、その考えが甘いことも分かってはいた。
◆現在の状況◆
・『★ザ・カラミティ』の『スティングレイ』が再発射可能
『ザ・カラミティ』の九本の尾に、再び光が集まり始める。
「アトベ殿……っ」
「セラフィナさん、必ずあれを防ぎます。もう一度、あの盾を使わせてください」
セラフィナさんが振り返り、こちらを窺う。彼女は何も言わず、俺の手を引くと、自分の構えた盾の持ち手に添えさせた。
「あなたが守りたいものが、私の守りたいものでもある。あなたは、そう思わせてくれる……!」
「コォォォ……オォォォォ……!」
高く響く、蠍の女王が放つ音――しかし、女王ならこちらにもいる。具現化したアルフェッカの姿は、茨の冠を戴いた女王なのだから。
もう一度直角に角を曲がる――ミサキの言う通り、このままでは建物の壁に突き当たる。つまり、その場所に迎撃兵器が備えられている。
『我が背中を、マスターに託す』
『さあ、もう一度……あの最強の盾を、我らが秘神とともに……!』
眩い光が『ザ・カラミティ』の九本の尾から放たれる。その瞬間、俺はあの迷宮の『聖域』で、祈るような少女の姿を見た。
「受けてみせる……!」
『ザ・カラミティ』が狙っているのは、アルフェッカでもセラフィナさんでもない。
紛れもなく、俺――俺を倒すべき敵と見なし、九本の尾が向かう殺気の全てを浴びる。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『殿軍の将』を発動 →パーティの人数分ステータスが上昇
・『★ザ・カラミティ』が『スティングレイ』を発動 →対象:全弾『アリヒト』
空に、中空に、横から回り込むように。九本の尾は逃れようもなく俺を狙う。
『――契約者よ。その無謀を諌め、私は……その勇気を、誇りに思う』
仲間たちが願ってくれているのがわかる。俺たちの無事を――その思いが、俺とセラフィナさんが作る『盾』を強くする。
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
◆現在の状況◆
・『アリアドネ』が『ガードヴァリアント』を発動 →対象:『アリヒト』
・『アリヒト』が『支援防御2』を発動 →支援内容:『ディフェンスフォース』『オーラシールド』
・『殿軍の将』による技能強化 『オーラシールド』→『オーラスクトゥム』
『殿軍の将』を発動した状態でセラフィナさんと共に盾を構え、彼女の技能の力を借りる。
そうして展開された『支援防御2』による不可視の防壁に、『ザ・カラミティ』の放った光弾が衝突する――そして。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』『セラフィナ』が『スティングレイ』を9段反射
・『オーラスクトゥム』による反射威力強化
九発の光弾は『支援防御2』によって作られた防壁を破ることはできずに弾き返され――猛進する『ザ・カラミティ』に撃ち込まれた。
「――ギォォォォッ……ォォ……!!」
堅牢な甲殻が、自らの放った光弾よりも威力を増した反射弾によって貫通される――『ザ・カラミティ』はそのとき初めて明確に速度を緩めた。
「――二人とも、衝撃に備えてくださいっ!」
クーゼルカさんの声とともに、巨馬の引く衝角車が『ザ・カラミティ』に激突する――巨馬の体当たりを受けてもまだ踏みとどまっていた『ザ・カラミティ』がさらに衝撃を受け、ズズ、と前のめりに進む――その瞬間だった。
「今ですっ……! クーゼルカ殿!」
「――ホスロウッ!」
「了解です、三等竜尉……っ!」
ホスロウさんが文字通り、クーゼルカさんを『投げた』――同時に跳躍したクーゼルカさんは目にも留まらぬ速度で、『ザ・カラミティ』の右側面の建物に飛びつき、三階ほどの高さの位置に設置されたレバーに手をかける。
「――落ちなさいっ!」
◆現在の状況◆
・『★ザ・カラミティ』が落とし穴に落下
俺たちが通った時は何事もなかった場所の床が『ザ・カラミティ』が乗ったところで一気に崩れ落ちる――そして。
「――放てっ!」
◆現在の状況◆
・『ナユタ』が『リリーストラップ』を発動 →『対魔獣縛鎖砲』を発射
・『★ザ・カラミティ』に6段命中 鎖による拘束 拘束成功まで未達
「コォォォ……オォォッ……!!」
「――駄目だ、あれじゃ足りてねえ! ナユタ君、もう一方の兵器を……!」
「っ……『リリーストラップ』は一人で連続使用することは……」
「できねえってのか……このままじゃ奴が動き出すぞ……!」
◆現在の状況◆
・『★ザ・カラミティ』が『ホーミングニードル』を発動 →対象:『クーゼルカ』
・『クーゼルカ』が『シャドウステップ』を発動
・『ホーミングニードル』を『クーゼルカ』が回避 『★ザ・カラミティ』が幻惑に抵抗
「くっ……!」
左の側壁にも兵器は備えられている――それを発射するために移動しようとしたクーゼルカさんを、落とし穴の中から『ザ・カラミティ』が牽制する。
(俺の仲間で、あの高さまで瞬時に移動できるのはエリーティアとシオン……いや、違う。必ずしも移動する必要は……)
ナユタさんとクーゼルカさんが使った技能を、俺はよく知っている。
――そう。両方とも、テレジアが使うことができる技能だ。レベルの高いギルドセイバー隊員でも、テレジアが現時点で習得する技能を有効に使っている。
そして俺が何も言わないうちに、テレジアはアルフェッカから降り、『ザ・カラミティ』の左側面の壁を見上げていた。傷ついた姿で、それでも自分の足で立って。
(いつでもそうだった。テレジアはどんな敵を前にしても逃げなかった……皆もそうだ。だから俺たちは、前に進めてるんだ……!)
ナユタさんが『リリーストラップ』を使ったことを、テレジアも理解していた。俺が何も言わなくても、ライセンスを見なくても。




