第百六十四話 強敵/災禍
先行しているテレジアが、前方の建物の角を曲がるところで何かに反応する。『索敵拡張1』を発動している彼女が、俺たちの中で誰より早く敵に気づいている。
「……!!」
「――テレジアッ!」
先行すれば『ポイズンブラスター』の標的になる。それでもテレジアが止まらないのは――戦闘による家屋の崩壊に巻き込まれ、逃げられずにいる人を見つけていたからだった。中年の男性が娘をかばうようにして倒れ込んでいる。
『鷹の眼』で簡単に脱出できないと視認するが、俺の位置からでは敵がまだ見えない。遮蔽物である建物の奥、左方向――テレジアが見ているのは地上ではなく、上だ。サソリは壁の高い位置に貼り付いているのだ。
(射線が確保できないこの状況で、何ができる……テレジアに引きつけてもらうか。いや、あの親子を庇おうとすれば技能でも回避ができなくなるかもしれない。だが、あるはずだ……何か……っ!)
「――スズナ、角笛を吹いてくれ! 魔石の力を使うんだ!」
「はいっ!」
スズナはよく通る声で返事をすると、取り出した横笛を吹く――そして。
◆現在の状況◆
・『スズナ』が『揺蕩う時の音』を発動 →対象:中範囲 『デスストーカーL』に命中 低速化
・『テレジア』が『アクセルダッシュ』を発動
・『エリーティア』が『ソニックレイド』を発動
・『デスストーカーL』が『ポイズンブラスター』を発動 →『テレジア』が回避
・『シオン』が『緊急搬出』を発動 →対象:『カート』『フラン』
「こっちを向きなさい、大蠍っ……!」
「……っ!!」
「バウッ、バウッ!」
テレジアとエリーティアが敵の攻撃を引きつけるために前に出て、その間にシオンが親子を救出して移動させる――その後に放たれた『ポイズンブラスター』は『停滞石』の効果で回避しやすくなり、回避技能無しでテレジアが避けきる。
だが『停滞石』による特殊攻撃はあまりに強力すぎる。相応のリスクがあるのではないかという予想は、はからずも当たってしまった。
「っ……あ……」
「――スズちゃんっ!」
ミサキが倒れかけたスズナを支える。魔力の消耗が著しい――この窮地を突破はできたが、魔力の最大値が上がらない限り一度しか使えないと理解する。
◆現在の状況◆
・『デスストーカーL』の『低速化』が解除
・『デスストーカーL』が『三角飛び』を発動 →対象:『テレジア』
低速化の効果も、音色が途絶えれば続かない――速度が元に戻ったサソリは、攻撃を回避しきったあとのテレジアに続けて襲い掛かる。
特殊な行動も何もない。ただ『速い』というだけ。
テレジアは盾を構えることさえできていない。セラフィナさんでも介入できない――ならば、ここで切り札を切ってしまうとしても。
「――アリアドネッ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援防御1』を発動 →対象:『テレジア』
・『アリヒト』が『機神アリアドネ』に一時支援要請 →対象:『テレジア』
・『機神アリアドネ』が『ガードアーム』を発動
・『デスストーカーL』が『シザークライム』を発動 →対象:『テレジア』
・『テレジア』に命中 → ダメージ軽減 装備破壊阻止 拘束状態
「っ……!!」
『ガードアーム』は確かに、サソリの鋏を止めた――だが、二つの腕が出現しても、止められたのは片側の鋏だけだった。
「っ……ぅ……っ……!!」
――これが、五番区。レベル11の魔物。
圧倒的な力でねじ伏せられる。理不尽な暴力を前にしたあの時――レッドフェイスを前に絶望を味わった感情が蘇る。
「――お兄ちゃん、しっかり!」
「っ……!」
ミサキの声で我に返る。『ガードアーム』は絶対の防御ではない、それは分かっていたはずだ――一瞬でも速くテレジアを救う、そのためには。
スタンで敵の動きを止める。鋏の拘束を外すことができれば、テレジアを救い出せる。
「テレジアを……離せ、化け物っ……!」
「――やぁぁぁぁっ!」
「テレジア殿っ……今すぐに……っ!」
エリーティア、五十嵐さん、セラフィナさんが同時に仕掛ける。連携はできない、攻撃範囲が広くなればテレジアを巻き込んでしまう。連撃でスタンを入れる、その一択だ。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『フォースシュート・スタン』
・『エリーティア』が『アーマーブレイク』を発動 →『デスストーカーL』に命中 防御力低下 スタン
・『エリーティア』の追加攻撃が発動 →『デスストーカーL』に命中 硬直延長
・『キョウカ』が『ダブルアタック』を発動 →『デスストーカーL』に2段命中 硬直延長
・『セラフィナ』が『シールドスラム』を発動 →『デスストーカーL』に命中 硬直延長
「――ギィィィッ……!」
◆現在の状況◆
・『デスストーカーL』が『魔蠍の構え』に変化 スタンを解除 正面に対する防御力が上昇 後方に対する防御力が低下
・『デスストーカーL』が『テレジア』の拘束を継続 テレジアにダメージ
「っ……ぁ……!!」
――心臓の鼓動が、極端に遅くなるような感覚。
色を失った視界の中、俺を振り返りながら、サソリの鋏から逃れられずにいるテレジアの口から、
赤い血が流れる。
一瞬の余地もない。テレジアを護る、そのために俺ができることを組み上げ、実行に移す。
『――マスター。あなたと共に、忠義の娘を救う』
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『バックスタンド』を発動 →対象:『テレジア』
・『ムラクモ』が『北天六星衝』を発動 →『デスストーカーL』に六段命中
「ギシャァァァッ……!!」
背中の刀を抜き、技を放ったのは俺ではない――具現化したムラクモ。
抜き放たれた刀は俺の魔力を吸い、彼女自身の魔力も合わせて目にも留まらぬ突きを繰り出す――まるで、夜空に星を穿つように。
だが正面からの攻撃に怯みもせず、サソリの尾針が視認できない速度で動く。
俺は叫ぶ。声は聞こえなくてもいい、『彼女』なら必ずやってくれるはずだ。
◆現在の状況◆
・『デスストーカーL』の『カウンター』 →対象:『アリヒト』
・『アリヒト』が『アリアドネ』に一時支援要請
・『アリヒト』が『バックスタンド』を発動 →対象:『デスストーカーL』
ムラクモの柄を手に取り、彼女と共にサソリの背後に回る。それだけでは、確実に攻撃を回避できる保証はない。サソリの動きは速く、瞬時に反応して針を後方に突き出すこともできるだろう。
だが――サソリの正面には、セラフィナさんがいる。彼女の技能『プロヴォーク』はサソリの敵意を惹きつけ、前方に釘付けにする。
「――はぁぁぁぁぁぁっ!!」
セラフィナさんの一声が響く――そして俺は、アリアドネに加護を願う。
『信仰者に加護を与える――星機神の装甲よ、すべてに抗う盾となれ』
◆現在の状況◆
・『セラフィナ』が『防御態勢』を発動
・『セラフィナ』が『オーラシールド』を発動
・『アリアドネ』が『ガードヴァリアント』を発動 →対象:『セラフィナ』
・『デスストーカーL』が『ハートブレイク』を発動 →『セラフィナ』に命中 物理攻撃反射
「――ギシャァァァァッ……!!」
耳をつんざくような衝突音――視認できない速さで動いたサソリの尻尾はセラフィナさんの盾に弾かれ、針が折れ飛んで回転しながら建物の壁に突き刺さった。
『マスター、今なら……!』
「――頼む、ムラクモ!」
サソリがセラフィナさんを攻撃している間に、ムラクモはわずかに俺の前に出ていた。パーティメンバーは八名まで、だが『俺の装備品』であるムラクモもまた、支援の対象となる。
「――行けぇぇぇっ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『フォースシュート・スタン』
・『ムラクモ』が『流星突き』を発動 →『デスストーカーL』に命中 スタン
・『デスストーカーL』が『テレジア』を解放
・『テレジア』が流血 防具破損
「っ……!!」
「――アォォォーーーーンッ!」
テレジアを拘束するサソリの鋏が緩んだ――直後、シオンが駆け込んでテレジアを救助する。
「――シオンちゃんっ!」
『――マスター、後退を!』
◆現在の状況◆
・『デスストーカーL』が『妄執の毒霧』を発動 →『シオン』『ムラクモ』に命中 毒に抵抗
「っ……!」
サソリが全身から毒霧を吹き出す――追い詰められてなおこちらに被害を与えようとする、執念じみたものを感じさせる。
「――バウッ!」
『私は毒に耐性がある。これより強い酸なら浴びたくないが、この程度なら蝕まれはしない』
シオンに毒耐性のチャームを持っていてもらったことが功を奏する――シオンは『カバーリング』でテレジアを庇った直後に『緊急搬出』でテレジアを安全圏まで運ぶ。その背中に向けて俺は『支援回復1』を発動させる。気休めであっても、テレジアの体力を少しでも回復させたかった。
「ギ……ギギ……ッ」
「――逃がさない」
「私たちも……っ、行くわよ、キョウカ!」
「ええっ!」
エリーティアと五十嵐さんが畳み掛ける前に、メリッサはこの機会を逃さずに『肉斬り包丁』を携えて駆け込み、巨大な刃を一閃する。
◆現在の状況◆
・『メリッサ』が『包丁捌き』を発動 → 部位破壊確率が上昇
・『メリッサ』が『切り落とし』を発動 →『デスストーカーL』が素材をドロップ
・『闘鬼の小手』の効果が発動 →『駄目押し』の追加打撃
・『エリーティア』が『スラッシュリッパー』を発動 →『デスストーカーL』に命中
・『エリーティア』の追加攻撃が発動 →『デスストーカーL』に命中
・『キョウカ』が『ダブルアタック』を発動 →『デスストーカーL』に2段命中
・『デスストーカーL』が『ニトロブラッド』を発動 →『デスストーカーL』の瀕死状態が解除 体力微回復
・『デスストーカーL』が『死力の遁走』を発動
甲殻の間にメリッサの刃が入り、サソリの尻尾が半ばから寸断される――そこにエリーティアと五十嵐さんが連撃を入れてもサソリは沈まず、その場から逃げ出そうとする。メリッサはすかさず切り取った尾を倉庫に転送し、追い打ちをかけようとするがサソリの逃げ足はあまりにも速かった。
(討伐された数が妙に少なかったのは、そういうことか……どこまでも厄介だ……!)
「――行かせるわけにはいかない。みんなで、一体でも多く止める……!」
◆現在の状況◆
・『スズナ』が『皆中』を発動 →二本連続で必中
・『スズナ』が『ストームアロー』を発動 →『デスストーカーL』に命中
・『スズナ』の攻撃 →『デスストーカーL』に命中
スズナの『皆中』の特性――『必ず命中する』。それは、敵がどんな速さで逃げていても関係がなかった。
「っ……」
「スズちゃんっ……!」
『ストームアロー』の魔力消費は少なくはない。再び倒れかけたスズナをミサキが支える――だが、彼女の攻撃でサソリは足を止めた。属性攻撃を軽減できても、風圧を無視して動くことはできない。
◆現在の状況◆
・『デスストーカーL』が『ニトロブラッド』を発動 →発動不能
瀕死状態から体力を回復させる技能も、連続では使えないようだ。俺は前に出たエリーティアと五十嵐さんを支援するため、スリングを構える。
「――ギ……ギギィィッ……!!」
軋むような音を立てて、サソリが天に向けて鋏を振りかざす。
――同時に、辺りの空気が変わる。立ち並ぶ建物の屋根の向こうに、幾つもの光の柱が立ち、俺たちの戦っていた『デスストーカー』もまた光に包まれる。
◆現在の状況◆
・『デスストーカー』8体が『サクリファイス』を発動
・『デスストーカーL』が戦闘不能 『★ザ・カラミティ』を召喚
――空が、歪む。
虚空から這い出るように、鈍色の装甲に覆われた巨体が落ちてくる。
それは祈りを捧げるように天を見上げていた『デスストーカー』を押し潰し、圧倒的な重量を支えるために突き立った足が石畳を砕く。
◆現在の状況◆
・『★ザ・カラミティ』が『女王礼賛』を発動 →『デスストーカー』の魂を8つ吸収
・『★ザ・カラミティ』の全能力が強化 特殊技能発動可能
空に打ち上がった七つの光が、流星のように次々と落ちてきて巨大な蠍に吸収されていく。踏み潰された蠍も光の粒子に変わり、吸い込まれていく。
「魂を喰らって……力に、している……」
「あれが五番区の……名前つき……!」
鈍色の装甲が白く変化していく。『デスストーカー』の名前つき――それはまさに、重戦車のような威容と、貴人の風格を併せ持つ存在だった。
◆遭遇した魔物◆
★ザ・カラミティ レベル12 即死耐性 全属性耐性 ドロップ:???
「――コォォォ……ォォォ……!!」
高く透き通るような音――技能の名前が示す通り、あの魔物は蠍の『女王』なのだろう。
「ひぇっ……し、尻尾が増えるとかっ……!」
ミサキが悲鳴を上げる――一本でも脅威となっていた蠍の尾針が、九本に分裂する。その一本一本は細く、『デスストーカー』と似たような使い方をするようには見えない。
『契約者に警告する。眼前の魔物から可能な限り距離を取り、遮蔽物の陰に――』
いつも感情の色が希薄なアリアドネの声に、切迫したものが込められている。
体温が下がる感覚。白い蠍の身体が淡く光を帯び、その力が尾に集まっていく。
「――アトベ殿、ここはっ……」
「駄目だ、全員物陰に隠れるんだ! どこでもいい!」
セラフィナさんを制すると、攻撃を仕掛けようとしたエリーティアと五十嵐さんも反応する――仲間たち全員に声が届く。テレジアを背負ったシオンも、まだ間に合う。
光が、白い蠍の九本の尾の尖端に集まる。両の鋏を振り上げた蠍の女王は、その身体に集められた禍々しい力を解き放とうとする。
『――契約者よ。貴方だけでも、私の……』
アリアドネの意志が伝わる。この攻撃を撃たせれば、無事では済まない。
「――皆は逃げてください! 私が受け止める……!」
セラフィナさんが、逃げない。逃げようとしない――それは、白いサソリと彼女を結んだ直線上、はるか後ろに住民の気配があるから。
分かっていたはずだ、広範囲の攻撃でパーティ全員が巻き込まれるようなことがあれば、俺だけでは守り切れない時が来ると。
(いや、まだだ……後悔したくないなら考えろ。できることをやれ……!)
『ザ・カラミティ』の攻撃が直撃することを防ぎ、セラフィナさんを死なせない。そのために、俺は一つの可能性に賭けた。




