第百六十一話 装飾品/夜間外出
セラフィナさんは自分の胸に手を当てる――改めて加入する際の挨拶ということだろう。
「セラフィナ・エーデルベルト中尉、渾身の力を持って初撃を受け止める覚悟であります」
「はい、よろしくお願いします。俺たちはセラフィナさんよりレベルが低いメンバーが多いですが、足は引っ張らないように頑張ります」
「もう何度も組んでるのにその謙虚ぶりには、本当に感心しますよね……あ、感心するっていうと上から目線な感じですか?」
「……アデリーヌ、大事なところで茶化すのはいたずらに評価を下げるぞ」
「あはは、隊長が照れてる。長い付き合いですけど、こんな顔してくれるようになったのはアトベさんたちと会ってからですよ」
アデリーヌさんはそこまではおどけていたが、急に神妙な顔をすると、俺の肩に手を置いてきた。何事か、と場の空気が緊張するが――。
「隊長のこと、よろしくお願いします。アトベさんなら任せられると思うので」
「な、何を……そんな言い方をしては、アトベ殿に迷惑が……っ」
「なーんて、たまに真剣になると効果てきめんなんですよね。そう思わないですか、ミサキさん」
「ふぇっ、えっと、確かにそうだなっていうか、お兄ちゃんには効果的というか……」
「今日はですね、うちの隊長がお世話になる人たちに挨拶をしておきたくてですね。同時にこのアデリーヌのことをお見知り置きいただきたいなと。事後承諾ですがいいですよね、隊長」
有無を言わせぬという勢い――だが、みんな分かっていた。
アデリーヌさんはセラフィナさんとしばらく会えなくなると分かっているのだ。それで、名残りを惜しむつもりではないか――と思ったのだが。
「アトベ殿、私たちの部隊もまた後方支援ではありますが、五番区に向かいますので……アデリーヌに気を遣う必要はありません」
「もうちょっと引っ張ってくださいよー、こういう時だから話してくれる本音とか、そういうのを楽しみにしてきたのに」
「……お兄ちゃん、私今気がついたんだけど、アデリーヌさんと気が合いそうです」
ミサキが深刻そうに深刻でもない発言をするが、誰もが納得した様子だった。アデリーヌさんはまんざらでもないようだ――こんなふうに友情が芽生えることもあると、無難に落としておくことにする。
◆◇◆
涼天楼食堂の限定メニューである薬膳スープは、僧侶が塀を飛び越えて飲みにくると言われるほどの味わいだった。材料が七番区の各迷宮に生息する、出現率の低い希少な魔物から取れるため、一ヶ月に一度食べられるかどうかだという。
「あんなものを食べさせられたら、どんな聖人でも火照ってしまうじゃろうな」
『ご主人様、一杯だけじゃ物足りないなんてはしたないことを言ってたもんね』
今は居間にセレスさんとシュタイナーさんがいて、皆は人数が多いからということで、近くの浴場に向かった。探索者の疲れを取るためのスパということで、俺も後から行くことになっている。
「あまりに旨いのじゃから仕方あるまい。次の機会を気長に待つとしようぞ……それでアリヒト、装備品の加工などはどうする? 明日の朝出発するのであれば、加工できる数は限られるがの」
『魔石やルーンの付替えならすぐにできるよ。素材を加工して装備を作るなら、二つか三つくらいかな』
「じゃあ……スズナの『牧神の角笛』には何がつけられますか?」
「魔石が一つと、ルーンがつけられるのう。角笛を実戦で使ってみて手応えがあったのなら、『響』のルーンを装着しておくのが良さそうじゃな」
ルーンだけでなく魔石がつけられるのなら、スズナの角笛に『停滞石』をつけてもらうことにする。音による範囲攻撃に『停滞』の力が加わると、強力な効果を発揮できそうだ。氷結石が一つ余っているが、魔法銃に装填する使い方もあるので保留としておく。
これで残っているルーンは、魔力の半分を最大体力に付加するという『転』のルーンと『無慈悲なる葬送者』がドロップした『闘』のルーンだ。
『転』のルーンは効果上、セラフィナさんに使ってもらいたいと思っているのだが――ルーンスロットのある装備が他に見つかれば、また検討の余地が出てくる。
そして『闘』のルーンだが、鑑定したところこのような能力になっている。
◆闘のルーン◆
・パーティメンバーが戦闘不能になった人数に応じて近接戦闘能力が上昇する『孤軍奮闘』を発動できる。
「『闘』のルーンは……リスクを考えると使い所が難しいのう。仲間が戦闘不能になるということは、生命の危機に瀕するということになる。このルーンが仲間を救う力になる可能性もあるがの」
「そうですね……少し、考えてみます」
装着するとすれば、レベルの高いエリーティアか、体力の高いシオン、セラフィナさんということになるが――ルーンスロットのある武具はエリーティアもシオンも持っていない。セラフィナさんについては改めて聞いてみる必要がある。
「そして、加工に使えそうな素材は……なんと、能力値が上がる果実を複数持っておるのか」
「こういう貴重なものは、使い所が難しいですね。何かの素材に使えるんでしょうか?」
「レベルの高い探索者の間でも、こういったものはできるだけ効果が高くなるように工夫して使うことが推奨されておる。レベルの高い『調薬師』などを見つけたら、持ち込んでみると良いかもしれぬな。果実を材料にして、より効果の高い薬を作ってくれる」
「なるほど……それなら、今のところは温存しておきます」
『他に手に入れた素材は、アクセサリーに使うのが良さそうだね』
◆加工に使用できる候補素材◆
・スノードロップ×1
・雪水晶×1
・水精晶×1
・青蝶の琥珀×1
「そういうことなら、みんなに何に使いたいかを聞いた方が良さそうですね」
「うむ。こういったものは、みんな一つずつ欲しいじゃろうからな……今回は数が足りぬから、また見つかったらプレゼントするのが良かろう」
「ああ、そうか……女性は綺麗なものが好きですからね。装備品としてのことだけ考えるのはデリカシーが足りませんでした」
『さすがご主人様、そういう人間関係の機微に関しては年の功がものを……あいたっ』
「年などわしらの種族であれば、さして関係ないわ。そうさの、アリヒト」
「は、はい……」
風呂場でセレスさんたちと会ったとき、湯気でよく見えなかったが、今の少女のような姿より随分と成長して見えた。しかしあれがなんだったのか、俺は未だに聞けずにいる。
「では、風呂にいる皆と合流して、希望を聞いておくとしよう」
◆魔石・ルーンの装備変更◆
・『★牧神の角笛』に『響のルーン』『停滞石』を装着 →『★牧神の響声+1』に変化
◆装備加工◆
・『キョウカ』が『スノードロップのイヤリング』を入手
・『スズナ』が『雪水晶のペンダント』を入手
・『エリーティア』が『水精晶のペンダント』を入手
・『テレジア』が『バタフライリング』を入手
◆◇◆
俺もみんなの後からスパに行き、風呂上がりには酒場になっているロビーに全員が集まっていたので、そこで技能について相談させてもらった。
◆アリヒトの取得可能な新規技能◆
スキルレベル2
・アシストドール:前にいる味方の作ったゴーレムなどを強化できる。
・バックドア:撤退時に敵の情報を常時取得できるようになる。必要技能:バックスタンド
・エスケープアンカー:『殿軍の将』発動時に行動速度が大きく上がる。必要技能:『殿軍の将』
スキルレベル1
・支援前線1:前にいる味方が攻撃を受けたとき、敵をノックバックさせる。
残りスキルポイント 3 未取得
◆キョウカの新規技能◆
スキルレベル2
○フロストアーマー:氷属性で打撃を反射する。探索者が作り出した人形、ゴーレムなどにも効果が付与される。必要技能:エーテルアイス
・ブレイブリーソング 全員の攻撃力と士気を向上する。味方の恐怖状態を解除する。必要技能:ブレイブミスト
スキルレベル1
○エーテルアイス:氷属性のエーテルを設置する。
残りスキルポイント 3→0
◆テレジアの取得可能な新規技能◆
スキルレベル2
・罠感知2:罠を見抜く特殊な視界を手に入れる。必要技能:罠感知1
・アンチボディ:毒などの状態異常を一定確率で無効化し、一定時間攻撃力と速度が上昇する。
・ウェポンバイト:敵の武器攻撃を受け止め、成功すると武器を奪い取る。
スキルレベル1
○受け流し:特定の盾を装備しているときに回避能力が上昇する。
残りスキルポイント:3→2
◆メリッサの取得可能な技能◆
スキルレベル2
・活け造り:体力が一定以上減少した魚系の魔物を、一定確率で一撃死させる。
○キャットステップ:回避率が上昇する。回避成功時に相手に『魅了』を付与することがある。必要技能:キャットウォーク
スキルレベル1
・毒味:食べたものに毒があるかを判別する。毒の影響は軽減される。
残りスキルポイント 3→1
レベルが上がって新しく取れるようになった技能の他にも、スキルポイントが足りずに取得できていない技能が沢山ある。それが必要になったときに取ることを考えると、これは確実に有用だとわかるもの以外は保留しなくてはならない。
テレジアの『罠感知2』はぜひ取りたいが、『アンチボディ』もスキルポイントが2必要になるため、今はどちらも取らなかった。『ウェポンバイト』は武器を持つ魔物が出てこないとメリットがないが、『受け流し』の方は円盾を使うテレジアには合っている技能で、ポイントの消費が1ということで取っておくことにした。
今夜は『フォーシーズンズ』がぜひ泊まっていきたいということで、ベッドが足りないという問題が生じたわけだが――なんと『フォーシーズンズ』は以前使っていたという寝袋を持ち込んできて、二階の寝室は家キャンプの様相を呈している。
みんなのかしましい声が聞こえる中で、俺はソファでまどろんでいたが、いつの間にか深く寝入っていた。再び目を開けたときはまだ深夜で、暗い部屋に目が慣れてくると、毛布もかけずにソファに座り、眠っているテレジアの姿が目に入る。
俺はテレジアをソファに寝かせ直すと、毛布をかける。起こしてしまうかと思ったが、今日は深く眠っているようだった――その手には、『青蝶の琥珀』をあしらった指輪をつけたままだ。
「……すぅ……」
寝息が小さく聞こえ、かなり長い間隔だが、かすかに胸が上下している。一見すると息をしていないように見えるほど小さな動きなので、しばらく心配で見守ってしまった。
(……真っ暗な部屋で寝顔を見てるのは良くないか)
俺は音を立てないように居間を出て、一息つこうかと考える――すると玄関に出たところで、寝間着姿の五十嵐さんに会った。
「五十嵐さん、こんな時間にどうしました?」
「後部くん、良かった……よく寝てるみたいだったから、起こさないでおこうと思ったんだけど。エリーさんとスズナちゃんが、家の外に出てるみたいなのよ」
「エリーティアとスズナが……分かりました、少し俺が近くを見てきます」
「ええ、お願いね。私も行きたいけど、こんな格好だから」
五十嵐さんは寝間着にカーディガンを羽織っている状態で、少し肌寒そうだ。日中は夏の陽気なのだが、夜になると少し冷えるというのが、このところの七番区の気候だ。
「……その服だけだと少し寒いでしょう。これ、羽織っていく?」
「あ……五十嵐さんも寒いでしょうから、俺は大丈夫……」
遠慮しようとしたのだが、五十嵐さんのカーディガンを羽織らされてしまった。すごくいい香りがするのだが、そんなことはとても口に出せない。
「後部くん、結構肩幅が広いのね……でも大きめのサイズにしておいて良かった」
「あ、ありがとうございます。それじゃ俺、行ってきますね」
「ええ、気をつけて行ってきてね」
五十嵐さんに見送られ、テラスハウスの外に出る。ライセンスを使えば、二人の居る場所はすぐに分かる――歩いて五分ほどの場所にある、住宅街の中の公園だ。
迷宮国の街では、樹木がある場所は限られている。その公園は、石造りの街の中で緑を少しでも見ることができるようにと、後から植樹されて作られたようだった。
魔道具の街灯は周囲を淡く照らすだけだが、公園に設置されたモニュメントの前で座っている二人を見つけるには十分だった。




