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第百六十話 決断/再会

 二階層を通るときに『スロウサラマンダー』2頭を外に連れ出す。そこからは『帰還の巻き物』を使い、迷宮の外に脱出した。


 シロネはギルドセイバー本部に連行されていく。クーゼルカさんは俺たちに向けて敬礼をすると、ホスロウさんとともに立ち去った。


「お兄さんっ、皆さん……無事で良かったです……っ!」


 待っていてくれたのか、マドカがこちらに駆け寄ってくる。涙ぐんでいる彼女に近づくと、五十嵐さんは柔らかく微笑みかけた。


「これで一段落ね……というわけにもいかないんだけど。ひとまず今は、パーティみんなで一休みしたいわね」

「はい、お食事はどうされますか? 私、すぐに手配しますっ」


 そろそろ夕暮れ時ということもあり、近くの家では夕飯の準備が始まっていた。『原色の台地』に入ってから体感で数時間だが、急に空腹を意識する――それは皆も同じようだ。


「今日は宿舎でケータリングを頼むっていうのはどうかな。行ってみたい店もあるが、明日は宿舎を変わることになるかもしれない」

「懐かしい響きね、ケータリング……マドカちゃん、宿舎に食事のデリバリーを頼むことはできる?」

「はい、予約しておけば『運び屋』さんが届けてくれます。それでは、三種類くらいのお料理の店にお願いしてみますね」

「あ、じゃあ前に行って美味しかったから『涼天楼食堂』さんと、『ルーヴェンの風』さんと、あとパスタとかピザとかが食べたいなー」


 ミサキはいつの間に調達したのか、手帳に今まで行った店の名前を書き込んでいた。みんな異存はないようだが、メリッサが手を上げる。


「……店屋物だけじゃよくないから、パスタとピザは私が作る。お父さんに作り方を教えてもらった」

「私もそういう料理なら手伝えそうね。メリッサさんに指示してもらうとすごく捗るし、今日も助手をするわね」

「私もお手伝いさせてください、今回は外で待機でしたから」

「スズちゃん、それを言ったら私の方がなんにもできてないんだけど……スズちゃんだけどうして士気がいっぱい溜まってたの?」


 確かにそれは気になるが、エリーティアとスズナの結びつきがそれだけ強いということだろう――と、なぜかスズナが俺をじっと見ている。


「スズナ、どうした?」

「っ……い、いえ。すみません、私、アリヒトさんは必要なことだからしただけなのに……」

「おやおやぁ? スズちゃん、もしかしてお兄ちゃんと仲良くなったから、やる気が出やすくなっちゃったとかもがっ」

「ミ、ミサキちゃん、その話は向こうでっ……すみませんアリヒトさんっ」


 スズナは大胆にもミサキの口を手で塞いで連行していってしまった。俺とスズナの信頼度が士気の上昇に関わるということもあるのか――いや、他のメンバーと比べて誰の信頼度が突出しているということも無いと思うのだが。


「私とテレジアさんの士気もよく上がってた気がするけど……」

「…………」

「……私は士気が上がりにくい。もっとやる気を出さないとだめかもしれない」

「そ、そうなんでしょうか……お兄さん、その、私の士気はどうですか? 上がりやすいんでしょうかっ」


 マドカは士気解放『エフェクトアイテム』を発動させたことがあるが、メリッサは士気が最大になったときも発動させていなかった。迷宮から出ると士気が徐々に低下していくので、次に使えるようになったらぜひ効果を見せてもらいたい。


「あ……え、ええと。テレジアさんが照れてるから、士気の上がり方の話はまた今度ゆっくりしましょうか」

「はーい。私はたぶん、キョウカさんよりは上がりにくいですね。お兄ちゃんの信頼度を上げるために、お料理のお手伝い頑張っちゃうぞー」


 料理で信頼度が上がるのなら、迷宮国の料理人たちは大変な信頼を集めているはずだ。


 俺の場合支援するたびに信頼度が上がるわけで、謎の職業になってしまったものの、やはり『後衛』を選んで良かったと思う。パーティの信頼が深まることで、何度も窮地を切り抜けてきたからだ。


「……こほん。後部くん、信頼度のことは深く考えちゃだめよ。今後部くんが真剣に考えると、みんなが大変だから」

「え……信頼度は大事だとは思ってますが、深く考えるというのは?」


 何気なく聞いてみたつもりが、五十嵐さんはあいまいに笑って、皆と一緒に先に帰っていってしまった。


 テレジアもさっきから茹で(だこ)のように赤くなっているので、なんとなく隣に並びづらい。帰り道も最後衛とは、筋金入りの職業病だ。


 ◆◇◆


 『緑の館』で仕事をしていたルイーザさんに声をかけ、報告をしようとすると、もう仕事上がりの時間のため、宿舎に戻ってからということになった。


 みんなに料理を任せて申し訳ないが、また今度手伝うと約束し、テラスハウスの居間でテーブルを挟んでルイーザさんと向かい合う。


「まずは、この度も無事に探索を終えられて何よりです。『原色の台地』では、他の探索者の救助もされたそうですね」

「色々と、訳ありなんですが……ルイーザさんもその辺りは聞いていますか」

「エリーティアさんと同じグループで活動していた、シロネ・クズノハという方が干渉してきていたそうですね。『フォーシーズンズ』の皆様に対しての行為は、重大な規定違反となります。シロネさんは刑罰を受けた後に、再教育が課せられるでしょう」


 グレイも再教育を受けると聞いたが、更生は上手くいくものなのだろうか。ホスロウさんは『真人間になる』と言っていたので、かなり厳しい指導を受けることになるようだ。


「まずその前に、『幻想の小島』でのことですが……あの迷宮は療養地とされていて、貢献度が加算されるような功績を上げる方はほとんどいらっしゃいません。ですがアトベ様のパーティは功績を残されていますので、算定させていただきます」


 ◆前回の探索による成果◆

 ・『幻想の小島』の未踏領域に侵入した 100ポイント

 ・『★雪原に舞う宝翼』を1体捕獲した 240ポイント

 ・パーティメンバーの信頼度が上がった 35ポイント

 ・『セラフィナ』の信頼度が上がった 10ポイント

 ・『アデリーヌ』の信頼度が上がった 10ポイント

 ・『リョーコ』の信頼度が上がった 10ポイント

 ・『カエデ』の信頼度が上がった 10ポイント

 ・『イブキ』の信頼度が上がった 10ポイント

 ・『アンナ』の信頼度が上がった 10ポイント

 ・合計15人で合同探索を行った 75ポイント

 探索者貢献度 ・・・ 510ポイント


 『宝翼』が召喚した『氷像』については、倒しても貢献度が加算されなかったようだ。貢献度自体が入ると思っていなかったので、このポイントでもありがたい。


 しかしルイーザさんは難しい顔をして俺のライセンスを見ている――片眼鏡(モノクル)で文字列を追っているその表情が、何か寂しそうだ。


「……ご一緒に同行された方がみなさん貢献度が上がっているのに、私だけ……」

「あっ……こ、これはですね、多分別の島に移動したとき、一緒に行動したことが影響してるんだと思います。俺の技能で疲労の回復もしましたし」

「疲労の回復……アトベ様はそのような技能を使うことができるのですね。私はギルド職員ですので、その技能を使ってもらう機会はありませんから、仕方がありませんね」


 にっこりとルイーザさんは笑うが、何か衝動的に謝りたい気分にさせられる。これは何か理由を作ってでも、ルイーザさんに『支援回復1』を体験してもらい、事務仕事による目・肩・腰の疲れを軽減してもらうべきだろうか。


「ルイーザさんはめっちゃ肩凝りそうですからね~、お世話になってるので、私でよかったらいつでもマッサージしてあげます」

「ミ、ミサキ様……大丈夫です、そんなに疲れては……」


 台所からエプロン姿で出てきたミサキは、ルイーザさんの後ろに回って肩揉みを始める。マッサージは結構得意らしく、なかなかいい手際をしている――料理の手伝いをしていたと思ったら、気が散るのも早い。


「ミサキちゃん、メリッサさんがピザのトッピングをお願いしたいって……」

「あっ、はーい! チーズの載せ加減なら私の右に出る人はいないから!」

「あまり載せ過ぎないようにね、他のメニューもいっぱいあるから」

「キョウカお姉さん、心配しなくても大丈夫ですよ~。私たち、朝から夜までいーっぱい運動してるじゃないですか」

「よ、夜のことは……ミサキ、危なっかしいからもう少しテンションを抑えて」


 エリーティアがミサキに優しくチョップをする。ぺろっと舌を出しておどけているミサキだが、夜も運動しているとは、俺の知らないところで枕投げでもしているのだろうか。


「……ミ、ミサキ様はいつも明るくて、パーティのムードメーカーでいらっしゃいますね」

「たまに悪ノリが過ぎることもありますが、あの明るさは確かに必要不可欠だと思います」

「ふぁっ、お兄ちゃん今私のこと褒めませんでした!? 気のせいですか!?」

「ミサキ、集中できないなら私が代わりにトッピングするわよ」

「あっ、そんなところに謎のお肉で出来たサラミを……!」

「……謎じゃない。『アングリーボア』の肉が材料だから」


 前にも『ワイルドボア』のベーコンを使ったサンドウィッチを食べたことがあるので、『ボア』系の魔物の肉は迷宮国においては豚肉と似た扱いらしい。


「えーと……賑やかですみませんが。『原色の台地』の探索についても、報告させてもらってもいいでしょうか」

「ふふっ……ギルドで報告を行うよりも、リラックスできるのは利点かもしれませんね」


 ◆前回の探索による成果◆

 ・『原色の台地』3Fまで侵入した 30ポイント

 ・『スロウサラマンダー』を2体捕獲した 240ポイント

 ・『★三面の呪われし泥巨人』を1体討伐した 3600ポイント

 ・『☆憐憫の幻翅蝶』を1体討伐した 3200ポイント

 ・パーティメンバーの信頼度が上がった 25ポイント

 ・『リョーコ』を救助した 100ポイント

 ・『カエデ』を救助した 100ポイント

 ・『イブキ』を救助した 100ポイント

 ・『アンナ』を救助した 100ポイント

 ・『リョーコ』のパーティと共闘した 10ポイント

 ・『シロネ』を救助した 100ポイント

 ・『シロネ』をギルドセイバーに引き渡した 500ポイント

 ・『アリヒト』のレベルが7になった 70ポイント

 ・『テレジア』のレベルが7になった 70ポイント

 ・『キョウカ』のレベルが6になった 60ポイント

 ・『メリッサ』のレベルが7になった 70ポイント 

 探索者貢献度 ・・・ 8375ポイント

 七番区歴代貢献度ランキング 1

 六番区貢献度ランキング 1176



 『青い蝶』を倒した分は貢献度が加算されないようだが、それでも8000ポイントを超えている――続けて二体の『名前つき』を倒したことが大きかった。


「こ、これは……アトベ様、『フォーシーズンズ』の皆さんとシロネという方を救助する際にも『名前つき』を討伐されたのですか?」

「はい、二階層と三階層で一体ずつ……『フォーシーズンズ』の皆は魔物に捕まってしまっていましたし、シロネも魔物を倒さないと解放できない状況だったんです」

「ああ……本当に、アトベ様の報告を受けるときは心の準備をいつもこれでもかとしているのに。また意識が飛んでしまいそうになりました。本当に無茶を……いえ、アトベ様方には、これはもう無茶ではないのでしょうね」


 ルイーザさんは片眼鏡を外す。そして上気した頬を恥ずかしそうに押さえてから、少し目を潤ませて微笑んでくれた。


「おめでとうございます、アトベ様。七番区にいる段階で貢献度を稼いでも、六番区の探索者ランキングには参考記録としてしか反映されませんが……それでも、六番区にいる8000人の中で1180位ということは、やはり初めから上位ギルドを利用できることになります」


 六番区に行っても、初期の序列は低くはない。しかし、五番区に上がろうとしている探索者の数によっては、競争率は高くなる――やはり、五番区に今の段階で行けるというのは破格の近道だ。


「……ルイーザさん、後で話したいことがあります」

「はい、ギルドセイバー本部から通達は受けています。五番区からの救援要請があったのですね」


 二つも上の区で、スタンピードの危険がある――俺たちは街の防衛の一助を担うだけとはいえ、戦う相手は七番区と比べれば急激に強さを増すだろう。


 それでもルイーザさんは、落ち着いてその知らせを聞いてくれた。俺たちが『奨励探索者』となったときから、一時的に上位の区に行く可能性があるとは分かっていたのだろう。


「一歩ずつ進んでいく方が、危険は少ないのかもしれません。でもアトベ様たちが、五番区に少しでも早く行きたいという気持ちも、八番区の頃から伝わっておりましたから」

「……ルイーザさん」

「私も一緒に五番区まで行きます。戦闘に参加することはできませんが、アトベ様たちの専属として、五番区でのご活躍を拝見させてください」


 俺たちの力が五番区の魔物に通用するのか。通用するのなら、手は届く――エリーティアの親友を救うチャンスが、想像していたよりずっと早く訪れる。


「五番区に行くかどうか、これから話し合って決めるつもりです」

「もう、お気持ちは皆さん同じなのではないですか。七番区の『名前つき』を続けて倒すことができるアトベ様方であれば、五番区の通常の魔物にもお力は通用するでしょう」


 ルイーザさんの激励は、台所にいる皆にも届いていた。改めて確かめるまでもなく、全員の気持ちは同じだ。


「ここまで来たら、チャンスを活かすしかないわね……一日でも早く、エリーティアさんの友達を助けないと」

「……まだ、ほんの少し前のことなのに。エリーティアさんと出会った初めのときは、五番区に行けるのはもっとずっと先だと思っていました」

「私なんて、全然戦いの役には立たないけど、お兄ちゃんたちと一緒に行くならどこでも怖くないんだよね。あ、悪い意味じゃないから安心してね、お兄ちゃん」


 このメンバーならどんな無謀も恐れない――なんてことじゃない。俺たちはいつでも、魔物と戦うときは緊張感を持ち続けている。


「……ありがとう、みんな」


 しかし、実際に経験したエリーティアは俺たちよりも理解している――六番区に上がろうというパーティが、五番区で戦うことの危険性を。


「クーゼルカさんは、招集は明日と言ってたわね。私たちも今日は、しっかり食事をしてゆっくり休みましょう」


 五十嵐さんが言ったところで、テラスハウスのドアベルが鳴った。マドカが対応に出て、『涼天楼食堂』と『ルーヴェンの風』の料理を『運び屋』の人が居間に運び入れる。


 同時に、貸し工房にいたセレスさんとシュタイナーさん、そして――医療所での治療を終えた『フォーシーズンズ』、セラフィナさんとアデリーヌさんもやってくる。


「全く、ここのパーティはいつ来ても賑やかじゃのう」

『そんなこと言って、ご主人様もずっと心配してたんだよ。それでこの家の前に来たら、みんな集まってたから……』


 シュタイナーさんの肩の上に乗ったセレスさんは照れ隠しに口を尖らせる。


「……彼女たちが、ぜひアトベ殿たちをお見送りしたいと」

「幸い、『泥巨人』との戦いでの怪我はほとんどなかったので……明日まで待つより、今日のうちにアトベさんや皆さんの顔が見たいということだったので、一緒に来ちゃいました。セラフィナ隊長は騒がしくしてはいけない、なんて言ってたんですけどね」


 『フォーシーズンズ』の四人は、家に入ってきてもしばらく何も言わずにいた。俺はソファから席を立って、彼女たちを迎える――俺も何を言うべきかと考える。


 お互いに無事で良かった。俺たちは先に行くが、皆も元気で――それでもいいのだろうが、一番しっくりと来る言葉ではない。そんなことを考えているうちに。


「……アトベさんっ……」

「先生っ……!」

「兄さんっ……!」

「アリヒト……ッ」


 四人が一斉に駆け寄ってくる――抱きつかれそうな勢いだったが、みんな一歩手前で止まって、顔を見合わせて照れ笑いをする。


「あはは……あかんね、うちらこんなときも息がぴったりなんやから」

「あ、あたしは別に、先生にお礼が言いたかっただけだから。カエデと違って」

「……アリヒトが助けに来てくれたときのことを考えても、ハグくらいはしても仕方がないと思うのですが」

「それはそうだけど、アトベさんを取っちゃうようなことはしちゃいけないわね。そうですよね、キョウカさん、ルイーザさん」

「あら、私のことは気にしなくてもいいのよ。後部くんだって、みんなに好かれて悪い気はしないでしょうし」

「キョウカ様がそう言うのであれば、私も同意見ということにしておきます。またお会いできて嬉しいです、皆様方」


 ルイーザさんが席を立ち、『フォーシーズンズ』の四人と握手をする。料理の準備を終えた皆も出てきて、一気に和気藹々とする。


 セラフィナさんがこちらにやってきて、会釈をしてくれる。アデリーヌさんは後ろでなぜかぐっと拳を握っているが、それはセラフィナさんを激励しているのだろうか。


「アトベ殿、五番区に行かれる際は私も同行させていただきます。クーゼルカ三等竜尉からの特命が出ておりますので……私がお役に立てる局面がありましたら、ぜひ同行させていただければと」

「ありがとうございます、それは助かります。五番区の敵と戦う時には、初回の攻撃(ファーストコンタクト)をどう凌ぐかが問題だと思っていましたから」


 セラフィナさんは胸に手を当てる――ギルドセイバーの軍服姿だが、鎧を身に着けていないときは普段から着ているのだろう。アデリーヌさんはラフな服装なので、非番のときの服装は自由ということらしい。

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