第百五十九話 打診/琥珀
「……クーゼルカさん、ホスロウさん」
黒い鎧を身に着けた、銀色の髪の女性。そして彼女を補佐する、眼帯をしている男性。この二人が、なぜこの場所に赴いたのか――。
「……参戦することができず、申し訳ありません。アトベ殿のパーティの二人が、後を追って迷宮に入ろうとしていたため、ここまで同行させていただきました」
「どうやら、想像以上に厄介な魔物とやり合ってたみたいだな。お前さんたちなら知ってるかもしれんが、『名前つき』にも幾つか種類がある。『黒星』と呼ばれる奴と、今回のような奴……『空星』ってやつだ」
「『空星』……?」
戦闘中はライセンスをじっくり見ることができなかった――改めて見直すと、『憐憫の幻翅蝶』の名前つきであることを示す星が『☆』になっている。
「『空星』の名前つきは、討伐すること自体が探索者に特殊な資格を与えると言われています。どういった影響が出るかはすぐに分からないかもしれませんが、悪いことではないはずです」
「そう……なんですか。俺たちは、単独でこの層まで降りたシロネという探索者を連れ戻すためにあの魔物を倒したんです」
「ああ……ギルドセイバーはカルマの上がった奴を取り調べるのが決まりだ。そのシロネって探索者の身柄は、預からせてもらうことになるが……」
シロネがフォーシーズンズに対してしたことは、償わなければならない。それについては俺も、仲間たちも意見は同じだった。
「シロネが目覚めたら、この武器を渡してもらってもいいですか。迷宮の途中で、彼女が落としたものを回収したんです」
「ああ、それは悪いがウチじゃ預かれねえ。現時点でシロネの身柄は、規定カルマを超えたことで強制拘束ってことになっている。今身につけてるものはこっちで預かるが、アトベ君のパーティが拾得したものについては、返還したい場合は直接交渉してもらいたい。あんまりな言い方かもしれねえが、拘束者の装備について返還義務の規定がないんだ」
カルマが上がった探索者の装備品は、持っていっても罪にならない――悪用されることもありそうな制度だが、他者のカルマを意図的に上げることは容易にはできないので、どちらかというとカルマの上がった人物から力を削ぐための規定だろう。
「……ホスロウ、アトベ殿がどうしてもというなら、預かること自体は問題ありません」
「いえ、そういうことなら俺たちが持っています。魔物に奪われていたものなので、そのままは使えませんし」
「うぉっ、粘液まみれになってるじゃねえか……二階層にいたアイツらか? それにしちゃ、俺たちにはなぜか仕掛けてこなかったな」
シロネの武器を見せると、ホスロウさんは面食らったような顔をする。『スロウサラマンダー』の粘液は、歴戦の強者といえるだろう彼でも苦手なようだ。
「……息はある。体力が落ちてるから、薬を飲ませた方がいいかもしれない」
メリッサはシロネの身体に巻き付いている糸に触れないようにしながら様子を見る。スズナが許可を求めるように見てきたので、俺は頷く――スズナがポーションを口元に垂らすと、初めは反応しなかったシロネはやがて唇を震わせ、口に入った液体を飲み込んだ。
「どのようないきさつがあったのかは、セラフィナ中尉から報告を受けています。アトベ殿は、シロネ殿とはいわば敵対する関係にあった。それでも、こういった選択をしたのですね」
「……はい。シロネは俺たちの親しいパーティを窮地に陥れました。それは許されることじゃないですが、自分から迷宮の奥に向かった彼女を見て、放っておくことはできなかった。甘いことを言っていると言われたら、否定はできません」
ホスロウさんは少し気まずそうに頬を掻く。彼には俺たちの行動がどう捉えられるだろうか――そんな心配は、杞憂に終わった。
「普通は見捨ててもおかしくないもんだぜ。いや、見捨てるって言い方も違うが……敵意を向けてきた奴の命を心配するなんざ、かなりの馬鹿でなきゃできねえよ」
「そうですね……自分でもそう思います。リーダーなら、仲間の安全を何より重視すべきなのに」
「でも、そういうリーダーだからついてきてるんだもの。シロネさんに対して思うことはあるけど、命の危険があること以外で償ってもらわないと」
五十嵐さんの言葉に、皆も頷く。その厚意に甘えすぎてはいけないと思うが、皆が笑ってくれることでいつも救われている。
「……この糸は素材になる。剥いでもいい? 『刃斬石』で『スティールナイフ』を強化したから、きれいに切り取れる」
「ああ、そいつは構わねえが……もし装備が壊れてるようなら、こいつでくるんどいてやってくれ」
「わー、おじさんの外套ってちょっといろいろ……あ、何でもないでーす」
「おっさん臭いって言いたいんだろうが、あいにく俺は綺麗好きなんだよ」
ミサキの軽口にも怒らないホスロウさんだが、『おじさん』と呼ばれるのはまだ早い年齢のようで苦笑いしていた。
「さて……三等竜尉殿、そろそろ本題に入られた方が」
「はい。アトベ殿、大変な戦闘を終えた後で申し訳ありませんが。あなた方に、私から直接打診させていただきたいことがあって来ました」
「あのでかい蝶との戦いには助太刀できなかったが、アトベ君のパーティの実力については十分に見させてもらった。七番区では序列一位で、六番区に行ってもそうそう停滞することはないだろう」
――ここで、来るのか。話の流れで、何を言われようとしているのかは察することができた。
『奨励探索者』の称号を与えられたことで、俺たちはギルドセイバーに協力を要請されることもある立場となった。
その要請に応じて行く先は、現在いる区より二つ上まで――それは、エリーティアが元いた区までを範囲に含んでいる。
「現在、五番区の迷宮でスタンピードの脅威度が高まっています。ある種の魔物が、ギルドの想定を超えて個体数を増やしたことが原因です」
「まだ町まで出てきちゃいねえが、明日にはバリケードを越えてくる。より上位の区からは人手は借りられねえ……七番区では抜きん出て強い君らにも助力を頼みたい。もちろん断ることもできるから、一晩考えてみちゃくれねえか」
六番区に上がろうというところで、五番区に行くことができる――だが、それは魔物も大きく強さを増すことを意味している。
リスクはある。しかしエリーティアの友人を一日でも早く助けるためには、この要請は俺たちにとって逃せない機会だ。
「私達は明日の早朝、五番区に向かいます。要請に応じていただけるのであれば、前回お会いしたギルドセイバー本部に来てください」
「分かりました。仲間たちと相談して、どうするかを決めます」
「それがいい。五番区で成果を出せば、六番区を地道に攻略する必要がなくなる場合もあるが……たとえレベル以上の敵を打倒する実力があっても、それは『安全』というわけじゃない。相手にする魔物の強さは徐々に上げていくのが長生きの秘訣だ」
「ホスロウ、彼らにそのようなことを助言するのは失礼というものでしょう。彼らは迷宮国の初級区を、歴代最速で抜けているのですよ」
歴代最速――実感はないが、振り返れば密度の高い毎日を過ごしてはいる。
「だからこそ、温存すべきと思いもする。しかし温室育ちで強くなれるほど甘くもないのが、迷宮国ってやつだ」
「……俺も、それは分かっているつもりです。『全員で』先に進むこと、それを何より大事にしたい」
クーゼルカさんは何も言わず、ただ頷きを返す。そして糸を外し終えて、外套を被せられたシロネを、ホスロウさんは軽々と担いで運んでいった。
「『運び屋』を手配して、『幻翅蝶』を運ばせる。触角はなんとか貯蔵庫に送れる」
「ああ、頼む……メリッサ、すまないな」
「マドカがいないときは、私が代わりをする。あの子は外で頑張ってるから、私も頑張る」
いつも淡々として見えるメリッサだが、少しずつ友情に厚いところや、内に秘めた熱が見えてきている。
エリーティアはクーゼルカさんの打診を聞いたときからずっと、俯いたままでいる。スズナが声をかけて、ようやく彼女は顔を上げた。
「エリーティア、今後のことは宿舎に戻ってから考えよう」
「……ええ。ごめんなさい、私、自分のことばかりで……」
「そんなことはありません。エリーさんが、一番考えているのは……」
もう少しで手が届く。しかし本当は、六番区から順に上がっていき、強くならなければならない――エリーティアの仲間を捕らえているのは五番区の『名前つき』なのだから。
しかし、今スタンピードに備えて俺たちに招集がかけられているように、俺たちの実力は五番区の魔物に対しても通用しうると認められている。
全員の意志を確認し、そして五番区に行くかどうかを決める。全てはそれからだ。
スノーの作り出した極低温が引いたあと、青い蝶は再び飛び始めた。しかし『幻翅蝶』を倒した今は、それらは魔物と判定すらされなかった。
テレジアは空中に手を差し伸べる。すると一羽の蝶が飛んできて、テレジアの周りで遊ぶように舞い始める。
『憐憫の幻翅蝶』は、何を憐れんでいたのか。なぜ白い糸で探索者を捕らえ、別の空間に閉じ込めていたのか。
あれが『幻翅蝶』の声だとしたら、罪を背負った探索者を生まれ変わらせようとしていた。もし、テレジアもそうやって亜人になったのだとしたら――。
「…………」
「ん……これは……」
テレジアが持ってきたものは、『青い蝶』が透明な石の中に閉じ込められたようなもの――化石入りの琥珀のようなものだった。
「……よく見つけたな。綺麗な石だ」
「…………」
テレジアはこくりと頷く。『幻翅蝶』の素材やドロップ品などの大きな収穫もあるが、テレジアが見つけたこの石もまた、俺は貴重な収穫だと思った。
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