第十五話 武具の新調
『曙の野原』に続く階段の前には、今日もリヴァルさんたちのパーティが常駐している。
その近くに、男性パーティを送り出している女性の姿がある。あれは、スズナとバスに乗っていたギャルっぽい子だ。今日は着替えていて、パーカーのような服とスカートに着替えている。
「じゃあ頑張って行ってきてね~」
「おう! ミサキ、お前のために稼いでくるぜ!」
明るい色に染めた、パーマのかかったミドルヘア。雑誌の読者モデルでいてもおかしくないくらいの、幼めながらも可愛らしい容姿ではある。
「あの子、鵜飼いみたいなことしてるのかしら……男の人を手玉に取っちゃったとか?」
「だとしたら世渡り上手ですね。探索者としては、潜らないとレベルも貢献度も上がらないので、リスクは高そうですが」
ミサキと呼ばれた子がこちらに歩いてくる。俺達の姿を見つけるとこちらに歩いてきて、愛想よく笑った。
「良かったー、日本人の人がいて。やっぱり落ち着きますよねー、異世界に来ると色んな人がごっちゃになってて、魔物とかもいるしー」
語尾を伸ばすのが癖らしいが、俺はこういう話し方を聞くと眠くなってくる。嫌いというわけではないのだが、少々甘ったるい。
「あ、あの人たちのことなら、心配ないですよー。この世界のパーティってどういうものかと思って、入り込んでみたんですけど。見た目はいいけど、レベルは高い人でも2だったんですよねー。これ以上ついていくと期待されちゃうんで、私はここでドロンします」
「ドロン……あ、ああ。あのパーティを抜けるってことか」
「そうです。やっぱり女の子だけのパーティがいいですよね~」
「じゃあ、お友達と一緒に行動した方が良かったんじゃない?」
さすが五十嵐さん、目のつけどころが鋭い。ミサキは一瞬「あ」という顔をしたが、笑って誤魔化した。
「あははー、そうですねー。なんかノリでついていっちゃって。あんた危ないよっていつも言われてるんですけどねー。あ、スズちゃん! 待って、私も連れてってー!」
エリーティアとスズナ――彼女たちは、今日も曙の野原に潜るようだ。ミサキと何かやりとりをしていたが、三人で連れ立って迷宮に入っていった。
(おいおい……さっき別れたパーティが入っていったのに、そこについていくのか。本当にノリでしか動いてないな)
エリーティアたちとは話をしておきたかったが、タイミングが合わなかった。後で迷宮の中で会うかもしれないが。
そんなことを考えていると、五十嵐さんと、テレジアも俺をじっと見ている。
「あの子の職業次第では、仲間に誘ったりしてもいいかもしれない……とか、考えてない?」
「いや、そこまでは。何だかトラブルメーカーっていう感じがしましたから、少し心配になっただけです。取り越し苦労だといいんですが」
「ふーん……男の人って、みんな女子高生くらいの女の子が好きなんじゃないの?」
「ま、まあそういう人も多いのかもしれないですが、俺はそうでもないですね」
実際あまり考えたことがなかったので、思った通りを答える。大人になってから制服姿の学生を見ると、ふと昔を思い出して懐かしくなるというくらいだ。
「俺は自分でこういうメンバーが欲しいと決めて探すんじゃなくて、自然にこの人となら組みたいって流れになったとき、勧誘したいと思ってます」
「っ……そ、そう……それって、私の時も……」
「…………」
「おっと、待たせてごめん。五十嵐さん、テレジアが巻きで行きたいみたいなので、武具を買いに行きましょう」
「え、ええ、巻きでね。巻けるところは巻いていかないとね」
◆◇◆
俺達の姿が見えると、露店にいたマドカが手を振ってくれる。
「お兄さん、おはようございます! あ、昨日槍をお渡ししたお姉さんも……元気そうで良かったです、お怪我をされていたみたいだったので……」
「ええ、お陰様で。ごめんなさい、せっかく選んでもらったのに、槍が折れてしまって」
「えっ……一階の魔物でも通用しませんでしたか? す、すみませんっ、私、もしかしたら粗悪品を……」
「いや、『名前つき』が出たんだ。マドカが売ってる武器は、ちゃんとワタダマには通用するよ」
「な、名前つき……レベル1の人が遭遇したら、酷いことになるって言われているのに。お二人がご無事で、本当に良かったです……!」
それだけ心配されるのも無理はないが、マドカが涙ぐんでいるので、五十嵐さんも貰い泣きしてしまっている。
二人が落ち着くまで待つ。二人とも目を赤らめて照れ笑いし、改めて話ができる状態になった。
「心配してくれてありがとう、今後も気をつけて探索するよ。それで、武具の新調を頼みたいんだけど……」
「はい、私が所属しているお店は八番区の本店と支店が二つありますが、初級者用よりも一つ上のものも、こちらにご用意しています」
「スリングショットの上位版みたいなものは……ああ、無いのか。じゃあ、やっぱり強化を頼んでおいて良かったな」
「すみません、スリングの強いものは八番区では販売しておりません。職人さんに直接素材を渡せば、作ってもらえるものもありますが」
スリング自体の在庫が今は無いようで、俺が買ったもので最後だったようだ。新人の数に対して、武器の供給が十分でないのかもしれない。
改造のためにスリングを預けてきたが、考えてみると強い武器をベースに改造した方が良かったのでは――という心配があった。素材を惜しみすぎても仕方ないが、可能な限り効率よく強化するに越したことはない。
「じゃあ、まず五十嵐さんの武器を選びましょうか」
「ええ……昨日は、ウッドスピアっていうのを買ったのよね」
「マドカ、それより強い槍はあるかな? 長物の武器なら、槍じゃなくてもいいんだが」
「そうですね……こちらのブロンズで作られたランス、スピア、ジャベリンなどいかがでしょうか。変わり種ですが、トライデントというのもあります。元は、水中の魔物を攻撃するためのものなんですが、陸上でももちろん使えます」
五十嵐さんは一つ一つじっくり見ていたが、最終的に選んだのはランスだった。盾とセットで売っているから、ということらしい。
「ランスは盾を構えながら攻撃する槍です。皆さん前衛をされる時に使われますね」
「じゃあ、今のところはランスを使った方が良さそうね。後部くん、それでいい?」
「は、はい。男の俺がずっと後ろっていうのも、気は引けるんですが……俺は後衛で実力を発揮する職なので」
「それならランスに決まりね。もしもっと前衛に向いている人が仲間になってくれたら、他の武器に切り替えるわ」
「中衛か後衛では、スピアや投げ槍を使われる方が多いです。必要になりましたらご用命ください」
テレジアのショートソードについてはより強いものが無いのと、傭兵斡旋所の装備を改造してしまったので、返却用のバックラーだけを買う。
そして、五十嵐さんの今の筋力で装備できる、重すぎない装甲――ブロンズブレストという胸装備を買う。サイズの合う在庫があったので、他にもヴァルキリーらしく見えるよう、革の具足などを買った。五十嵐さんの装備がしめて銅貨250枚、テレジアのバックラーが50枚。そして俺は何でも装備できるだけに迷ってしまうが、レベル1の筋力に応じて、バンデッドアーマーとレザーの小手、具足を買っておいた。
「ふふっ……後部くん、なんだか勇ましくなったわね。私はどう?」
「いや、いいですよ。ゆくゆくはヴァルキリーらしく、レオタードの上に装甲を着ける感じで行きましょう」
「ばっ……あ、あのね。バカじゃないのって言いそうになったわよ。確かにヴァルキリーにもいろいろあるんだろうけど、後部くんが言ってるのはいかがわしいやつでしょ」
いかがわしいヴァルキリーと言われても、御社のビジョンを具体的に説明してもらわないとわからない――と、ビジネスライクにしても殴られそうだ。
今の段階でもブロンズブレストが、胸の大きさを強調してしまっている。女性用の鎧を作るのがとても大変なのだというのは、その芸術的な湾曲を見れば分かることだ。
「テレジアさんは、とかげの装備から変えられないのね……これって、吸い付いちゃってるのかしら」
「解除するのは、今の俺達じゃ難しいみたいです」
彼女は一度迷宮で命を落としており、亜人として蘇生した。亜人化を解くのは、レイラさんの話からすると、星1つの探索者には難しいように思える。
「お兄さん、お姉さん、よくお似合いです。探索のご無事をお祈りしています。私も、できるだけ良い品物を手に入れられるように頑張ってみます!」
「ありがとう。素材を渡して作ってもらうこともできるのか?」
「はい、職人さんへの依頼は、私たちの商店でも代行しています。迷宮で鉱石などを見つけましたら、よろしければ持ち込んでください」
魔物素材、鉱石――迷宮で手に入れたいものは多い。
今の革袋では容量が小さいので、大きなものを手に入れておきたいと考えたが、その問題はライカートン氏の店に戻ったところで解決した。
スリングを改造した『ブレイズショット』、『レッドバックラー』、『レッドスカーフ』。それらを受け取るとき、メリッサが一緒に大きなナップザックを持ってきた。
「やあ、いい素材を扱わせていただきまして、メリッサも上機嫌です。これは私どもからのせめてもの気持ちです。沢山魔物を狩って、また『名前つき』を倒したときは、うちの店をご贔屓にお願いしますよ」
「あ、ありがとうございます……! ちょうど、バッグの類が欲しいと思ってたんです」
ライカートン氏は俺の革袋を見て、容量の小ささが気になっていたとのことだった。このナップザックなら、革袋の2倍以上の容量があるだろう。
この短時間で仕上げてくれるなら、これからもここに狩った魔物を持ち込ませてもらいたい。他の解体所も近くにあるようだから、一度は他を見に行くこともあるだろうが。
「……なかなか良かった。また来て」
メリッサはそれだけ言って、奥に入っていく。解体が楽しかったのか、珍しい魔物を扱ったことが嬉しいのか――どちらにせよ、笑顔は初めて見た。
「娘も久しぶりに迷宮に行きたいと言っていましたよ。『曙の野原』二階層の名前つきが、まだ出現してから倒されていなくて、賞金をかけられているという話でね。メリッサも持ち込まれるのを楽しみに待っているんですが」
名前つきは最初に襲ったパーティを狙い続ける。横から倒すには、色々と条件が揃わなければ難しい――基本は横取りになるからだ。
今日中に二階層まで足を伸ばせるなら、あるいは――そのことを念頭に置きつつ、俺は改造されたスリングショットを手に取り、具合を確かめた。




