第百五十三話 水精/山椒魚
ずりずりと這いずりながら、『サラマンダー』がこちらに向けて口を開く――低速化攻撃ではなく、周囲の水溜まりから水の球が浮き上がる。
「――させるかっ!」
「……クァッ……!」
◆現在の状況◆
・『スロウサラマンダーE』が『アクアエレメンタル』を発動 →『アクアエレメンタルA』が自動攻撃を開始
・『アリヒト』が『フォースシュート・フリーズ』を発動 →『スロウサラマンダーE』に命中 弱点攻撃 凍結
「っ……!」
「――クォォッ……!!」
『サラマンダー』の技が、俺の攻撃が着弾する前に発動を終える――浮かび上がった水の球は、ドクン、ドクンと脈動しているように見える。
『名前つき』でもない、通常でも生息している魔物がこれほど多彩な攻撃を持っているとは――泣き言を言っても仕方がない、今まともに動けるのは俺とテレジアだけだ。
テレジアが盾を構える――そして一瞬後ろにいる俺をうかがう。たったそれだけでも、彼女が何をしようとしているのかが伝わる。
「頼む、テレジアッ!」
「――ッ!!」
テレジアは『アクアエレメンタル』に向けて突進する。水の球は大きく脈動し、テレジアに向けて猛烈な速度でジェットのように水を噴き出す――しかし。
◆現在の状況◆
・『アクアエレメンタル』が『水の戯れ』を発動
・『テレジア』が『蜃気楼』『シャドウステップ』を発動
・『テレジア』が『水の戯れ』を回避 六段回避
空気に溶けるように揺らいだテレジアの姿が、幾つにも分身して見える――『アクアエレメンタル』の放ったジェット水流は、当たったように見えて残像を貫通するだけだ。
(テレジア……回避してるだけじゃない。俺に流れ弾が当たらないようにまで……!)
◆現在の状況◆
・『アリヒト』『テレジア』の信頼度ボーナス → 『回避連動』が発動
テレジアは敵の攻撃を誘導する位置に動き、後方にいる俺を避けるように水流が放たれる――この猛攻のさなかだというのに、全く危険を感じない。
このチャンスを逃すわけにはいかない。俺はテレジアと連携し、一気に勝負を終わらせにかかる。
「――凍れっ!」
「……っ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『フォースシュート・フリーズ』を発動 →『アクアエレメンタルA』に命中 弱点攻撃 凍結
・『テレジア』が『アズールスラッシュ』を発動 →『アクアエレメンタルA』に命中 凍結状態に特攻 一撃死
『氷結石』の力で敵が凍結したあと、テレジアが青い炎をまとう『エルミネイト・レイザーソード』を一閃する。両断された『アクアエレメンタル』は、一瞬で蒸発して消滅した。
「――クァ……ッ!」
凍結状態が解除された『スロウサラマンダー』のうち一体が、こちらに迫ってくる――『止水の呼吸』を発動してくれば、今の位置関係ではテレジアに庇ってもらうことはできず、俺も『低速化』して戦力外になってしまう。
(水に棲む魔物なら、おそらく通じる……一か八か、やってみるか……!)
「――テレジア、『峰打ち』で頼む!」
「……!!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『バインシュート』
・『テレジア』が『スロウサラマンダーD』を攻撃
・『スロウサラマンダーD』が『蔓草』によって拘束
・『スロウサラマンダーE』の『凍結』が解除
テレジアが武器を当てた瞬間、発生した蔓草が『サラマンダー』に絡みついて自由を奪う。
もう一体が攻撃に移る前に、テレジアはその後ろにまで回り込んでいる――勝負は決した。
「っ……!!
◆現在の状況◆
・『テレジア』が『アサルトヒット』を発動 →『スロウサラマンダーE』に対して攻撃力2倍
・『テレジア』が『スロウサラマンダーE』を弱攻撃
・『スロウサラマンダーD』が『蔓草』によって拘束
「「……クァッ……」」
凍結していた敵の死角から攻撃したことで、テレジアの攻撃力が倍増している――それでは致命打になると判断したのか、テレジアはあえて攻撃をまともに当てず、柄の部分で叩いた。すると『蔓草』が発動し、狙い通りに倒さずに拘束することに成功する。
全長二メートルの山椒魚のような魔物が、蔓草に絡め取られて持ち上げられ、足をわたわたと動かしてもがいている。凶悪な能力を持つ魔物も、こうなってしまうと無力だ。
◆現在の状況◆
・『アルフェッカ』『メリッサ』『エリーティア』『キョウカ』『シオン』の『低速化』が解除
「っ……はぁ、やっと普通に戻った……ありがとう、後部くん、テレジアさん」
「……急に普通になると、物凄く自分が速く動いてる気がする」
「本当にね……速度を重視した職業にとっては、一番戦いたくない魔物だわ」
アルフェッカに乗ったメリッサとエリーティア、シオンに乗った五十嵐さんが追いついてくる。
『……マスターの判断は絶対であるが、私見としては討伐を支持する』
「俺も途中まではそう思ってたんだが、この能力はどこかで役に立つかもしれない。倒さなくても、持ってるものは調べればわかるしな」
「そ、そうよね。こんなぬいぐるみみたいな魔物を解体するのは……」
「尻尾が美味しいから、ときどき七番区で出回ることがある。皮を防具にすると『水属性耐性』がつくし、頭の部分を格闘用の武器にしたりもする」
人間とはかくもたくましいものか――と、魔物素材の恩恵を受けてきた俺が今更思うことでもないのだが。
「……あら? 後部くん、魔物の様子が……テレジアさんを気にしてるみたい」
「え……?」
『スロウサラマンダー』の動きをよく見てみると、捕まってからは小さく震えているように見える。その小さな目が捉えているのはテレジアだった。
「テレジアは『リザードマン』……この魔物は『サラマンダー』。もしかして、『リザード』を警戒してるとか……」
「「……クァ」」
エリーティアの推測が当たっているかのように、サラマンダーが揃って鳴く。テレジアは静かにサラマンダーを見ているだけで――いや、ぺろ、と唇を舐めているので、もしかしたら美味しそうだと思っているのか。
成功するかどうかは分からないが、そういうことなら『交渉』の余地はある。
「心配しなくても、食べたりはしない。安全な住処を提供するから、後で俺たちと一緒に来てくれるか?」
「「…………」」
◆現在の状況◆
・『スロウサラマンダーD』『スロウサラマンダーE』の敵対度が消失 使役成功
返事はなかったが、どうやら同意は得られたようだ。『蔓草弾』を解除して『サラマンダー』たちを解放すると、逃げたりはせず、静かにこちらを見ている。
(ん? これは……)
テレジアが『アクアエレメンタル』を倒したときに、小さな水色の結晶のようなものが落ちていた。拾い上げてみると、魔石よりも小さいが、何かに使えそうではある。
「あ……後部くん、この子たちの尻尾になにかくっついてる。魔石かしら」
「それと、シロネの武器も……どちらも破損はしてないわね、ねばねばしたものがついているけど」
「サラマンダーの皮膚を粘液が覆ってたみたいだからな……メリッサ、毒はなさそうか?」
「ない。料理をするときには塩でぬめりを落とす」
料理という言葉に反応したのか、テレジアのお腹が小さく鳴る。メリッサがツナギのポケットから干し肉を出して渡すと、テレジアはもくもくと口に運んでいた。
「シロネを見つけたら、帰って美味しいものでも食べようか」
「…………」
テレジアはこくりと頷く。『スロウサラマンダー』を使役したからなのか、水たまりから姿を見せて敵対してくる個体はいなくなった――倒さないという選択が功を奏したようだ。
◆現在の状況◆
・『停滞石』を1つ取得
・『水精晶』を1つ取得
・『粘ついたヘブンスティレット+4』を1つ取得
・『粘ついた★ブラッドサッカー+3』を1つ取得




