第十四話 希少素材
しばらくすると五十嵐さんが起きてきたので、俺は居室から出ないようにして、寝室が彼女の更衣室となった。
「後部くん、そっちで寝てて身体痛くなかった?」
「え? あ、ああ、大丈夫ですよ。会社の椅子で寝るよりは天国でした」
着替えながら声を掛けてくるとは思わず、少し動揺してしまった。同居はこれからも続くのだから、早く慣れなくてはと思うのだが、この課長と一夜を過ごしてから出勤するような空気がどうも落ち着かない。足が地に着かないような気分だ。
「ご、ごめんなさい……後部くんにはまだまだ、謝らないといけないことが多いわね。ゆうべだって、私が変なこと言ったから……」
「いえ、気にしないでください。いきなり他の人と一緒に寝るっていうのも、なかなか緊張すると思いますし」
就寝時に支援回復が効いているのか、そうだとしたら、俺が発動させたい時だけ技能を発動させることはできるのか。対策さえ打てれば、そこまで深刻な問題ではない。
信頼度が上がりすぎたとしても、五十嵐さんが夜中に俺のベッドに入ってくるとか、そこまでのことはないだろう。それじゃ、五十嵐さんを何かの魔法にかけてるようなものだ。
着替えを済ませた五十嵐さんが、少し緊張した面持ちで出てくる。向こうの服装を見慣れていたから、何か新鮮だ――彼女がファンタジー世界に溶け込んでいく。
「…………」
「……あっ。似合ってますよ。あまりに自然なんで感心してました」
「べ、別に催促したわけじゃないんだけど。似合うなら、それに越したことはないわね。町娘って感じで、探索者っぽくないのが、私的には気になるんだけど」
「その上に装甲っぽいのをつけると、一気にらしくなると思いますよ。俺も胸当てとか、鎧の類は買えれば買いたいと思ってます」
「え、えっと……お金、もう銅貨3枚しか残ってなくて。防具のお金が……」
「大丈夫ですよ、出しますから。俺達はチームじゃないですか。会社のプロジェクトチームと違って、儲けは山分けですけどね」
彼女は家が厳しかったから、金銭の貸し借りに対しても、基本的にはしてはいけないことだと思っているのだろう。そういう人だからこそ、信用して貸せるわけなのだが。
「……その、借りておいていうのもなんだけど、あまり甘やかさないでね。私も一人の自立した探索者として、後部くんとのパートナーシップに基いてやっていきたいっていうか……おんぶにだっこなのは良くないと思うから」
「ええ、分かってますよ。でもリーダーって、頼ってもらうのも仕事じゃないですか」
「だ、だから、『無駄遣いするな』とか怒っていいから。その方が気が楽だから」
甘やかすと逆に落ち着かなくなるので、適度に厳しくしてほしい。そう言われても俺は、なかなか人に厳しくすることができないのだった。
「でも、着替えは無駄遣いじゃないですから。そんなことじゃ、怒らないですよ」
「……後部くんって、お兄ちゃんみたいって言われたことない?」
施設では年下どころか、年上からもお兄ちゃん扱いされていたのだが、それがなぜなのかが今になって何となく分かった気がした。
◆◇◆
朝食を取ってから、俺はギルドでルイーザさんに今日の行動予定を伝えたあと、まず傭兵斡旋所を訪れた。
「おはようございます、レイラさん」
「ふふ、時間よりも早いな。約束を守るのは、良い探索者のたしなみだ」
彼女は昨日と同じように全身革鎧で、眼帯姿には迫力があるのだが、友好的に接してくれる。人は見かけによらないとはこのことだ。
「今日から後部くんと探索させていただきます、キョウカと申します。よろしくお願いします」
「む、昨日見かけた新入りか。一人でずんずんと迷宮に向かっていくものだから、心配していた。良い仲間を見つけられてよかったな」
「はい、彼の足手まといにならないように頑張ります」
名刺でも持っていたら交換を始めそうなほど、五十嵐さんの挨拶はてきぱきとしていた。
レイラさんも好意的に見ているようだ。
「見たところ、キョウカは前衛ではないようだが……やはりテレジアではなく、前衛向けのリザードマンを選ぶか?」
「いえ、テレジアにお願いします。色々と模索してみるべきなんでしょうが、昨日の時点で連携が上手くいっていたので」
「そうか、ではテレジアを連れてこよう」
銅の傭兵チケットをこれで一枚使う。さっき追加で七枚買ったので、ルイーザさんに貰った分を合わせると、制限の十枚に達した。
ルイーザさんとさっき話した時に、銅のチケットを短期間で入手する方法についても聞いてきたのだが、一定の貢献度を稼ぐと購入制限がなくなるらしい。
累計貢献度が1000になると、星2つの探索者となる。そうなると、銅の傭兵チケットの購入制限が無くなる。チケット一つにつき銀貨三枚なので、百枚買うには金貨三十枚が必要だ。
つまり、テレジアを雇うために必要な条件は貢献度を稼ぐこと、そして金貨を三十枚用意することだ。昨日の稼ぎを残しておくよりは、パーティを強化し、稼ぎの効率を上げる方が得策だろう。
「こう言うのもなんだけど、リザードマンの格好って、映画のCGみたいね」
「迫力は凄いですが、彼女は信頼できるし、優秀ですよ。今日もよろしく、テレジア」
テレジアはこくりと頷く。昨日より反応が早い――亜人も、一度会った人のことは覚えているのだ。
「テレジアも呼ばれるのを待ち望んでいたようだ。おまえたちにも都合はあると思うが、一度の探索で、できるだけ長く潜ってやってほしい」
「はい、昨日より長くなると思います」
「後部くん、お昼になったらどうするの? 迷宮の中でお昼になるんだったら、お弁当を持っていかないと」
「食料なら迷宮前の露店でも売っている。野外で料理をする技能を持っている者がいなければ、購入しておくといい」
「教えてくれてありがとうございます、レイラさん」
「礼には及ばない。それでは、気をつけてな」
レイラさんと別れ、次は魔物解体屋に向かう。今日もテレジアは後ろからしずしずとついてくる――ショートソードは手入れされて、魔物を受け止めたバックラーも修復されていた。
「レイラさんも、元は探索者だったの? 凄く強そうに見えるわよね」
「聞いてはないですが、たぶんそうだと思います。探索者を引退した人が、支援者に回ることは多いみたいですよ」
「ふうん……でも、いつでも探索には出られるのよね。私たちもどこかの段階で、引退することになるのかしら。それとも……」
「やれるところまでやりましょう。命を賭けるとまではいかないですが、リスクを最小にして序列を上がっていけば、見えるものもあります。暮らしも快適になるでしょうし」
「ええ、分かったわ」
できるだけ早く引退したい、そんな探索者もいるだろう。けれど五十嵐さんは、昨日あんなことがあっても、心が折れたりはしていなかった。
(……テレジアは迷宮で命を落として、亜人になった。それでも傭兵として迷宮に潜り続けているのは、少し酷なのかな……)
いつかはテレジアを人間に戻し、戦いから引退させて、穏やかな暮らしを送ってもらう。そのためには、今の序列に留まっているわけにはいかない。
◆◇◆
魔物解体屋に行くと、若い金髪の男性が、魔物の革をなめしているところだった。
「あの、すみません。魔物の解体をお願いしたいんですが……」
「いらっしゃいませ、ライカートン魔物解体所にようこそ。私は店主のライカートン、向こうで大物を解体してますのが、娘のメリッサです」
メリッサという少女はツナギのような服を着て、大きな包丁を使って無心に魔物を解体している。その眼光は鋭く、まさに職人という顔つきだ。
「すごい数の魔物がつるしてありますね」
「ええ、解体済みで搬出待ちの毛皮などですがね。付近住民から苦情が出ないよう、解体所内の素材は、七日は腐らないように対処しております」
つまり、この革袋と同じような技術ということか。この石造りの中世都市のような迷宮国において、オーバーテクノロジーだと感じるものにちょくちょく遭遇するが、魔法が存在するのだから、そこまで不思議に思うこともないのだろうか。
五十嵐さんは店内の異様な雰囲気に圧倒されていたが、次第に落ち着いてきたらしく、吊るされている毛皮を見ていた。ミンクのファーのようなものもあり、加工すれば良質な服ができそうだ。そして大量のワタダマの毛皮は、箱に詰められて置かれている。
「お客様、お名前をお伺いしても?」
「俺はアリヒトと言います。こちらはキョウカさんと言いまして……」
「ああ、これはこれは。奥様と共にパーティを組まれるなど、大変睦まじくて何よりです。僕も若い頃は、妻と共に迷宮に潜り、魔物の血と肉にまみれて酒池肉林の……おっと、娘に聞かれてしまいますね」
「い、いや、まず、奥様ではなくてですね……」
「べ、別に否定しなくていいから。そういうのって、社交辞令みたいなものでしょう。過剰に反応するほうが恥ずかしいわよ」
五十嵐さんが大人の意見を言ってくる。このまま俺の奥さんということが広まったら、それこそ説明が大変になるというのに。
そしてこのライカートン氏だが、魔物を日々解体してるだけあって――というのも失礼ではあるが、ちょっと普通ではない感じがする。常に笑っているのに目が笑っていないというか。まあ、職人として腕が良ければ上手く付き合っていきたいものだ。
「……解体、終わった」
「ありがとうメリッサ。次は、このお客様の素材だ。それが終わったら休憩としよう」
「分かった」
ライカートン氏とは違い、銀色に近い髪色をした女の子――十代半ばくらいだろうか。返り血まみれになってしまっているが、その容姿は際立って整っている――表情の少なさもあいまって、まるでビスクドールのようだ。
「すみません、口数の少ない子でして。解体の腕は私にも引けを取りませんので、ご心配なさらず」
「まだ若いのに、そこまでの技術を持ってるんですね」
彼らの事情も気になったが、今は要件を済ませたい。俺は革袋からワタダマ一体、そしてレッドフェイス一体を出す。五十嵐さんの革袋にも、ワタダマが一体入っていた。
ライカートン氏はレッドフェイスを見るなり、眼鏡の位置を直す。そして、隣で見ていたメリッサもわずかに目を見開いた。
「……『名前つき』は希少素材が取れる。加工は父がしてもいいし、武具屋に素材を持ち込んでもいい」
「できれば僕に扱わせていただきたいところですが、お客様のご判断にお任せいたします。まず、ワタダマ二体を銀貨二枚で引き取ります。レッドフェイスについては解体して素材だけお戻しするか、金貨八枚で買い取らせていただきます。解体のみの場合は、銅貨十枚で申し受けます」
『名前つき』の素材が高額で換金できる――ギルドが賞金をかけていればその報酬も大きい。今後も探索中に遭遇したら、強敵でも手段を講じて倒すべきだろう。
「後部くん、どうするの?」
「そうですね……」
レッドフェイスの素材を加工してもらうか、換金するか。可能なら、強敵を倒せるようにできるだけパーティの戦力を強化したい――ならば、加工だ。
「レッドフェイスの素材からは、どんなものが作れますか?」
「レッドフェイスは、死に瀕すると身体中から炎を発し、無差別に飛び回る『ブレイズダイブ』という技を使います。加工すれば、任意でこの炎の力を引き出せるようになります」
(瀕死になると、そんな危険な技を使うのか……支援ダメージ10のおかげで、瀕死になる前に止めを刺せたんだな)
「レッドフェイスの体毛と、体内にある『燃焼石』を取りまして、それを武器に組み込みます。すると、魔力を消費して発動する『ブレイズ』系の技が使えるようになります」
「なるほど。無属性と、炎属性の切り替えができるわけですか」
「お察しの通りです。一体のレッドフェイスから、運が良ければブレイズ武器を3つ以上作成することも可能です。解体と加工をセットでご依頼いただけましたら、余った素材を精算して解体・加工料に充当させていただき、それでも余るようでしたら、現金をお支払いします」
「余った素材で防具を作るとどうなります?」
「盾に体毛を貼ることで、炎に対する耐久性が上昇します。あとはスカーフなどの小物でしたら作れます。小物といっても防御力の上昇が見込めますが、肉以外の素材は使い切ります」
ワタダマよりかなり大きいおかげで、複数の装備を作れるのは幸いだった。これで、全員の武具を強化することができる。
テレジアのバックラーを耐炎仕様に加工し、五十嵐さんにはスカーフ。そして、俺のスリングショットを改造する。
「後部くん、どうするか決まった?」
「はい。五十嵐さん、スカーフって巻きます?」
「時々巻いてたけど……もしかして、作ってくれるの?」
「本当はもっと広い範囲をカバーする防具の方がいいんですが、武具屋にもこれから行きますから。炎耐性は、前衛中衛の人にはぜひ持っていてもらいたいので」
今日の探索で炎を使う魔物に会うかは分からないが、耐性は取っておいて損はないだろう。あらゆる耐性に対して防御できるよう、備えをしておきたい。
「では、こちらライカートン解体所ならびに、工房にご依頼いただきました。少々お時間をいただきますので、その間に所用を済ませられることをお勧めいたします」
ライカートン氏が書類を作成しているうちに、メリッサがレッドフェイスを持って奥に入っていく――希少素材だからなのか、最初と比べると目が生き生きとしている。
次は武具屋だ。迷宮前の露店にいるだろう、商人のマドカに会いに行ってみよう。




