表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/251

第百四十八話 カエデの視点/誘惑


 『原色の台地』――七番区の迷宮の中では、うちら四人でも攻略できそうって、ギルドの人に紹介してもらった場所。


 どんな場所なのか、名前だけじゃ想像できへんかったけど、転生する前に見た風景の中では、オーストラリアの赤茶色の荒野とか、アンデスの高地みたいな雰囲気で、この場合の『原色』っていうのは自然の色ってことを意味してるんやと思った。


「――アンナちゃん、行くわよっ!」

「はいっ……!」


 ◆現在の状況◆

 ・『リョーコ』が『バブルスプレッド』を発動 →『マッドクロウラー』に三段命中 弱点攻撃 『泥の鎧』解除 雷耐性低下

 ・『アンナ』が『サンダーショット』を発動 →『マッドクロウラー』に命中 感電


 リョーコ姉が水たまりの水を利用して、大きな水の珠を何個も作り出して、泥で身体を覆った芋虫にぶつける。この芋虫が可愛らしい見た目のわりには、泥で身体を覆ってしまうと攻撃が効かへんから、水の攻撃ができへんパーティは苦手にしてるって聞いた。


 水をかけたあとは電気が通りやすくなって、芋虫が一瞬中の骨みたいなのが透けて見えるくらいに感電する。普通の芋虫は骨なんてあらへんと思うけど、頭の骨がすごくしっかりしてて、尻尾の毒針にも骨が通ってるのが見えた。


「――ピギィィィッ!」

「やぁぁぁっ!!」


 ◆現在の状況◆

 ・『カエデ』が『掛け声』を発動 →『マッドクロウラー』を威圧 行動をキャンセル

 ・『カエデ』が『気剣体』を発動

 ・『カエデ』が『燕飛』を発動 →『マッドクロウラー』に命中 クリティカル

 ・『イブキ』が『三日月蹴り』を発動 →『マッドクロウラー』に命中

 ・『マッドクロウラー』を1体討伐


 うちが打ち込んで駆け抜けていったあと、残心の間にイブキが最後の一撃を繰り出す。


「ピギィィッ……」


 相手に反撃させずに倒すのが基本やって、うちがまだ迷宮国に来たばかりのとき、パーティに入れてくれた人が言ってた。


 今、その人たちは八番区で立ち止まってしまってる。一度魔物に負けて逃げてしまうと、心が折れてしまう人もおるのは珍しくないって言われて、パーティの解散をうちも受け入れるしかなかった。


 まだ諦めたくなかったうちは、一人でワタダマと戦って、仲間が見つかるのを待ってた。


 それで出会えたのがイブキで――あまり間を置かずに、リョーコ姉とアンナにも会えた。


「ふぅ……一体倒すだけなら大丈夫だけど、この芋虫さんは、そんなに貢献度が多くないのよね」

「素材も安価に出回っていますし、やはり効率の良い魔物は優先的に狩られてしまっていますね」

「まあ、地道にやっていくしかないよ。『名前つき』は、先生たちと一緒にいたから、二体も討伐できたことになってるし……あと一体倒せたら、そっちの条件は揃うんだから」


 アリヒト兄さんたちと会ってから、うちらの状況はすごく大きく変わった。


 七番区に来てから『名前つき』が全然見つからへんかったし、効率がいいっていう『落陽の浜辺』も独占されてて、他にもいっぱい競争相手がいて、目の前で魔物を横取りされることもあったりした。


 七番区から上に上がれるとしたら一年後かもしれへんとか、そんなことを話してたこともあった。何より大事なのは、生き残ることなんやってうちも思ってた――危ない『名前つき』を見つけたら、ちょっとでもあかんと思ったら逃げればええって、それをうちらの方針にしてた。


「……カエデ?」

「カエデちゃん、今日はちょっと上の空だけど……探索はこれくらいにして、街に戻る?」

「あ、ちゃ、ちゃうねん……ごめん、ちょっと考え事してただけや。戦いになったら、気は抜かへんから」

「……アリヒトたちのことを考えていたのですか?」


 アンナはこういうとき、遠慮せずに言ってくれる。うちも言ってもらえた方が楽になれるけど、アンナに頼ってばかりも良くないと思う。この子は大人びてるけど、うちらの中で一番年下なんやから。


「……うちら、兄さんたちと会うまでみたいにやってて、追いつけるんかなって。みんな自分なりに頑張って、上の区に行く人はおるけど……」

「それは……仕方ないよ。先生たちに、あたしたちにペースを合わせてもらうなんてできないし……あたしたちなりに頑張って、追いつけばいいよ」

「……『名前つき』に会えるかは、運次第になる。条件が見つかっている『名前つき』は、探索者みんなの狩りの対象になっているもの」


 うちらに順番が回ってくるかは、分からない。『名前つき』は一度倒されても、またもう一度出てくる。その間隔は一週間のこともあるし、一ヶ月のこともある。


 運が悪かったら、うちらはずっと三体目の『名前つき』を狩れないままで、死ぬ気でやらんかったら一ヶ月に貢献度二万なんて、とてもやないけど届かへん。


 貢献度二万の方は、頑張るしかない。こうやって魔物を狩れてるんなら、一日に700の貢献度を稼げたらええんやから。


 本当はそれだって、飽きるくらい魔物を倒さないかんって分かってる。それくらい強くならないと、六番区に上がる資格はあらへん。


 ギルドはみんなを六番区に上げたくないと思ってるんやって、どうしても考えてしまう。向き合ったら、目眩がしてしまいそうやった。


 でも、そんなこと兄さんと一緒におるうちは、全然考えへんかった。


 いつもワクワクしてて、兄さんたちと一緒なら、化け物みたいな魔物と戦ってても頑張れた。


「ねえ……何か、行き詰まってるの?」

「っ……あ、こ、こんにちは……いえ、さっきまでここで魔物と戦ってたんです」


 普段街でもあまり見ることのないサングラス。それに白いマントを羽織った綺麗な女の子が、いつの間にかうちらのことを見てた。


(この人……前に、アリヒト兄さんが気をつけろって言ってた……)


 銀色よりも白い髪をしてて、持ってる武器から防具まで白いものが多くて、白い色にこだわりがあるんかなと思った。見るからに、七番区では手に入らへんような凄い装備――そんな人が、こんなところに一人で何してるんやろうって、不思議な感じやった。


「ちょうど止めを刺すところを見てたけど、水と雷で攻めて、残りの二人がアタッカー役できっちり詰めてたね。それなら、もう六番区に上がっても通用するんじゃない?」


 ――信じられへんくらい簡単に、当たり前のことみたいに、その人は言った。


 うちは全然駄目で、もっともっと頑張らなあかんって思ってたのに。


 でも――本当は、思ってた。


 兄さんがいてくれたら、うちらはちゃんと貢献できてた。うちらにも、兄さんたちと一緒に、六番区に上がる資格があるんやないかって。


 あの子らに嫉妬してるわけやない。ただ、上の区でもう一度会おうって約束しても、その約束を守れへんかもしれへんって、不安になってた。


「六番区に上がるのは、条件が難しいですし……私たちは、まだ……」

「『名前つき』さえ狩れれば、条件は満たしやすくなるよね。レベル5の『マッドクロウラー』を普通に倒せるなら、貢献度条件は頑張れば満たせる。人気がない魔物は貢献度の調整がかかってなくて、一体につき、どれだけ狩っても貢献度は50だから」


 一週間先でも、一ヶ月先でも――もっと先になってしまっても。


 兄さんたちに追いつくのが遅れてしまうほど、うちらの存在は過去になっていく。


 兄さんたちは他のパーティとも仲良くなれて、どんどん大きくなっていって、うちらは昔一緒に戦ったことがあるパーティっていうだけになって――。


 忘れられるなんてこと、絶対ないって分かってる。だけど、追いつけへんかったら、忘れられてるのと変わらへん。


「……あ、あの。名前つきが出る条件とか、そういうこと……ご存知だったりは……」

「イブキ、駄目です、そんなことを聞くのは……大事な情報ですから、失礼にあたります」


 イブキがうちの思ってたようなことを、白い女の人に聞く。アンナはそれを駄目やって言う――うちには両方の気持ちがわかる。


 兄さんが気をつけろって言ったのに、みんなこの人に期待してしまってる。うちらの力になってくれるんやないかって。


 リョーコ姉が入ってくれてから、いつもリョーコ姉がうちらの方針を決めてくれた。


 そのリョーコ姉が、何も言えずにいる。すがるような目で、白い女の人を見てる。


 今だけは、うちは、リョーコ姉の代わりに言うべきやと思った。大人だから言えへんことだって、あると思ったから。


「……もし、うちらに資格があると思ってくれてはるんやったら……どうしたら『名前つき』に会えるか知ってたら、お願いします。教えてもらえませんか」

「……カエデちゃん」


 リョーコ姉の声には、咎めるような力は感じへんかった。


 白い女の人は、その言葉を待ってたっていうみたいに、すごく無邪気な顔で笑った。


「もう一度言うけど、私はみんなが六番区に行く資格があると思う。だから、アドバイスをしてあげる」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
※新作の連載を始めました!※ 「幽閉された王女ですが、生きのびるために努力していたら強くなりすぎてました ~レベリング好きゲーマーの異世界転生~」
力蔵先生によるコミカライズ版最新第9巻が2月に発売されます!
コミカライズ版は以下のサイトで連載中です。
ComicWalker
ニコニコ静画
カドカワBOOKSから令和3年11月10日より第8巻が発売中です。
イラスト担当は「風花風花」先生です!
i666494/
書籍版も応援のほど、何卒よろしくお願いいたします!
cont_access.php?citi_cont_id=946145490&s
― 新着の感想 ―
[一言] フォーシーズンズの皆にとって、揺るぎなき後衛の加護は甘美過ぎた。だから、忠告されていたのにうかうかとシロネの甘言に乗ってしまったのも仕方ないことなのかもしれない……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ