第百四十六話 弱点
車輪を駆る霊体の背後、上空から、俺は『潮水石』を装填した魔法銃を構える。
「――っ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が魔法銃に『タイドバレット』を装填
・『アリヒト』の攻撃
・『?意志を持つ車輪』に命中 →『?意志を持つ車輪』が弱体化 錆状態
反動と共に弾丸が放たれる――魔石から引き出された力が車座に立つ霊体に着弾すると、一瞬にして水の球が膨れ上がり、弾けて降りかかる。
『これは……この空間には無いはずのもの……塩が溶けた、水……』
普通なら、ただ塩水をかけただけで一瞬で植物が枯れることはない。しかし塩害は多くの植物の害となり、やがて枯らす。
――物質の風化が早いこの空間なら、塩水による影響は外の世界よりも早く生じる。
「――アトベ殿っ!」
『茨の冠に……仇なすものは……罰を、受ける……』
◆現在の状況◆
・『?意志を持つ車輪』が『ローズジャベリン』を発動
・『アリヒト』が『バックスタンド』を発動 →対象:『セラフィナ』 魔力不足
・『★修道士のアンク』の効果が発動 →体力を魔力に変換
動きを鈍らせながらも、茨を槍状に変化させながら反撃してくる――俺は視界に映ったセラフィナさんを『前にいる』と認識し、彼女の後ろに転移して回避する。
「――がはっ……!」
「アトベ殿……貴方という人は、後衛でありながら、あれほどの無茶を……」
「いだたっ……はぁ、やっと離してもらえた……ちょっと冗談になってないですよ、女の子の血を吸うとか……っ」
「アリヒトさん、ありがとうございます……っ」
茨に足を絡め取られていた仲間たちが解放される――ライセンスに目を走らせると、
◆現在の状況◆
・『セラフィナ』『スズナ』『ミサキ』『メリッサ』の『足拘束』『吸血』状態が解除
・『?意志を持つ車輪』の錆状態が進行 攻撃力低下 速度低下 物理吸収解除 雷弱点に変化
「アリヒト、今なら攻められる……っ!」
「――いや、待つんだ……っ!」
◆現在の状況◆
・『?意志を持つ車輪』が『アイアンメイデン』を発動 →『吸血』による形態変化 錆状態解除
茨に捕まった四人は、『吸血』を受けていた――その血が、茨を赤く染め上げていく。
『――乙女の血を捧げ、茨の冠は輝きを取り戻す』
赤色に変化した茨が動力となり、車輪を回す――回り始めた車輪は淡い光に覆われ、錆が剥がれ落ちるようにして消えていく。普通の車輪なら錆を剥がしても元通りにはならないはずだが、完全に修復されているように見えた。
(あの車輪が『パーツ』だとしたら、意志を持って生きている……回復することも可能ということか……)
「あ、あの色って……もしかして、私たちの……?」
ミサキの言葉に、エリーティアの表情が陰る――今の茨を剣で斬れば、返り血を浴びる可能性がある。
「……私の仲間の血を浴びて正気を失うなんて、もう、絶対に……私は……っ」
「エリーティア……」
人殺しなんかじゃない、というエリーティアの言葉を思い出す。過去に起きた出来事を、今もエリーティアは完全に乗り越えられてはいない。
「返り血を浴びなければいいだけ……でも、もし浴びてしまったら……」
「私がエリーティアさんを繋ぎ止めます。何としてでも」
「……スズナ」
エリーティアとスズナが視線を交わす。リスクはあるが、それでもエリーティアには攻撃役を担ってもらわなくてはならない。
『やがて車輪は回り始める。茨の道を走る試練に、人々はのたうち回り――焦がれる』
「――来るぞっ!」
◆現在の状況◆
・『?意志を持つ車輪』が『オーラスパイク』を発動 →物理攻撃力上昇 攻撃範囲拡大
二つの車輪が光に覆われる――ただの強化ではない、光は針のような形状となり、物理的な力を持って、車輪と車座を浮き上がらせる。
回避か、それともセラフィナさんに受けてもらうか――しかし車輪が回り始める瞬間に、俺はその攻撃を受けてはならないものだと感じた。
「――セラフィナさん、回避してください!」
「っ……!?」
◆現在の状況◆
・『?意志を持つ車輪』が『無軌道の蹂躙』を発動
それは瞬きの間のことだった――部屋の壁に埋め込まれていた茨が急激に伸縮し、部屋の中心にいた車輪を引き寄せる。
「くっ……!」
「うぉぉっ……!」
攻撃の軌道上にいたのは、俺とセラフィナさんの二人――両者ともが横に身を投げ出すように回避する。車輪は空中を滑るようにして進み、そのまま壁を昇って走り続ける。
『茨の冠は、試練を受ける者たちを見下ろす』
「――ミサキ、スズナッ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援防御1』を発動
・『?意志を持つ車輪』が地形を破壊
・『瓦礫の雨』が『ミサキ』『スズナ』に命中 →ノーダメージ
「きゃぁぁっ……!」
「ミサキちゃんっ、スズナちゃんっ!」
「っ……大丈夫です、それより……っ!」
車輪を覆う光の棘が石の天井に突き刺さり、車座に立つ霊体が俺たちを見下ろす――赤い茨が伸びて、部屋中に伝った茨の一つと結び合わさろうとする。
(車輪の回転だけじゃない……高速移動を可能にするのはあの茨だ……!)
「――スズナッ! あの赤い茨を狙ってくれ!」
「――はい! 『当たって』……っ!」
精密に赤い茨を射抜き、天井に縫い止めるには、スズナの『皆中』が威力を発揮する――その一撃もまた、『支援連携』の初撃として組み入れることができる。
「堕ちろ……っ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援連携1』『支援攻撃1』
・『エリーティア』が『ソニックレイド』を発動
・『スズナ』が『皆中』を発動 →2本連続で必中
・『スズナ』が『ストームアロー』を発動 →『?意志を持つ車輪』に命中 速度低下 行動を妨害 連携一段目
・『エリーティア』が『ライジングザッパー』を発動 →『?意志を持つ車輪』に命中
・『エリーティア』の追加攻撃が発動 → 『?意志を持つ車輪』に命中
スズナの矢が赤い茨に突き立ち、巻き起こる風が車輪の動きを阻害する――そこにエリーティアが飛び上がりながら繰り出した斬撃が重ねられる。
「――私も……!」
そして、まだ終わりではない――メリッサが『ブッチャーズナイフ』を構えて走り込み、さらに連携技を繋げる。
天井からぶら下がっている敵に対して、普通にジャンプして攻撃しても浅くしか入らない。しかし取得せずにいたメリッサの技能の中には、空中に対して威力を発揮するものがある――そう、『ムーンサルト』だ。
◆現在の状況◆
・『メリッサ』が『ムーンサルト』を発動 →『?意志を持つ車輪』に命中 防御力低下
・連携技『ストーム・ライジング・ムーン』 →支援ダメージ56 連携加算ダメージ18 速度低下累積
『支援攻撃1』を使ったのは、ムラクモの時と同じように、金属質でできた車輪に打撃を通すため――その試みは想像以上に上手く行った。
『車輪の行く先を……外からの力と、嵐が、阻む』
「ひぁぁっ……お、落ちてくるんですけどっ……!」
「――はぁぁぁぁっ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援防御1』を発動 →対象:『セラフィナ』
・『セラフィナ』が『防御態勢』を発動
・『セラフィナ』が『ディフェンスフォース』を発動
・『セラフィナ』の防御範囲が拡張 →防御中の移動速度が上昇
・『セラフィナ』が『怒涛の進撃』を発動 →防御中の移動速度が上昇
仲間が落下に巻き込まれることを防ぐために、セラフィナさんが盾の防御範囲を拡張しながら猛進し、落ちてくる敵に体当たりをする――そのまま彼女は進み続け、壁際にまで敵を押し込んだ。
「――セラフィナさん、下がって!」
「……っ!」
「五十嵐さん、テレジア……ミサキ、頼むっ!」
「ひぇぇっ……や、やりますよ、私だって……っ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援連携1』『支援攻撃1』を発動
・『キョウカ』が『ライトニングレイジ』を発動 →『?意志を持つ車輪』に命中 弱点攻撃 感電付与 連携技一段目
・『ライトニングレイジ』の追加攻撃 →『?意志を持つ車輪』に三段命中 弱点攻撃
・『テレジア』が『アズールスラッシュ』を発動 → 『?意志を持つ車輪』に命中 ノックバック小 魔力燃焼 連携技二段目
・『ミサキ』が『ブラストカード』を発動 →『?意志を持つ車輪』に命中
・連携技『ライトニング・アズール・ブラスト』 →支援ダメージ42 連携加算ダメージ14 感電継続
『支援攻撃1』は『ライトニングレイジ』で発生する雷の追撃にまでは効果がない――だが、三連携を連続で入れた手応えは確かにある。
「や、やりましたかっ……!?」
「――気を抜かないで、ミサキッ!」
エリーティアが警告を発する――爆風の向こうに隠れていた敵は、すでにこちらへと向き直っていた。
『……雷は、歯車を乱す……しかし、同時に……』
力の、源でもある。そう霊体が言うと同時に、車輪が稲光を纏う――そして、部屋中に張り巡らされた蔦にまで雷が走り抜ける。
「――皆、私の後ろにっ……!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援防御1』を発動 →対象:『セラフィナ』
・『セラフィナ』が『オーラシールド』を発動
・『鏡甲の大盾』の特殊効果が発動 →『セラフィナ』の魔法防御力が大きく上昇
・『セラフィナ』が『ディフェンスフォース』を発動
・『?意志を持つ車輪』が『雷鳴の晩餐』を発動 →対象:『セラフィナ』 蓄積した雷打撃によるカウンター 感電付与
・『?意志を持つ車輪』の速度低下解除 雷カウンターによる反動
「セラフィナさんっ……!」
「っ……大丈夫です……問題ありません……!」
セラフィナさんの盾がどれだけ魔法攻撃に強いのか、俺たちは目の当たりにする――彼女は茨を伝ってきた強力な電撃を完全に遮断し、彼女の後ろに飛び込んだ俺たちを守ってくれた。
「ごめんなさい、後部くん……弱点と思って私、思い切り……」
「いえ、俺もお願いするつもりでしたから……それに、見てください。さっきの反撃と同時に、本体にも反動があるみたいです」
「……あっちも最後の力を振り絞ってくる。この段階まで進まなければ、きっと倒せない……来るわよ……!」
◆現在の状況◆
・『?意志を持つ車輪』が『運命の輪』を発動 →『?意志を持つ車輪』が力を解放
『……茨の冠は役目を終えた。車輪は廻り、星を巡る』
◆現在の状況◆
・『?意志を持つ車輪』が『エンドレスループ』を発動 →『?意志を持つ車輪』の魔力消費が停止
・『?意志を持つ車輪』が『茨の轍』を発動
・『?意志を持つ車輪』が『終わりなき蹂躙』を発動 →『?意志を持つ車輪』が無差別攻撃を開始
茨は武器でもあり、加速するために必要としているように見えた――しかしそれは、俺たちが『試練』を受けるに値するかを見定めるための仮初のものだった。
『車輪』は俺たちが本来の力を見せるに足ると判断した。だがそれは、今から始まる敵の攻撃が、今までと比較にならないものだということを示していた。
誰も声を発することができない。部屋中に張り巡らされた茨が、『車輪』が走るための道に変わる――壁も床も天井も関係なく、超高速で縦横無尽に走り回る。
「いけない……これはっ……!」
エリーティアの速度でも、スズナの『皆中』でも狙いがつけられない――動きを止めることができなければ、いずれは全員が攻撃を受けることになる。
「こ、こっちに来たら、ひとたまりもっ……!」
「――来なさい……っ!」
「五十嵐さんっ!」
◆現在の状況◆
・『キョウカ』が『デコイ』を発動 →対象:『キョウカ』
・『キョウカ』が『イベイドステップ』を発動
・『?意志を持つ車輪』の攻撃 →『キョウカ』が回避
・『キョウカ』の回避率が上昇
「くっ……まだ……っ」
五十嵐さんが『デコイ』を自分に使い、敵の攻撃を引き付ける――一度回避しても、続けざまに五十嵐さんに向けて『車輪』が走り、体当たりを仕掛ける。
◆現在の状況◆
・『?意志を持つ車輪』の攻撃 →『キョウカ』が回避
・『キョウカ』の回避率が上昇
・『?意志を持つ車輪』の攻撃 →『キョウカ』が回避
・『キョウカ』の回避率が上昇
(五十嵐さん……回避するごとに、どんどん動きが……これが『イベイドステップ』……!)
「――みんなは、傷つけさせない……っ!」
◆現在の状況◆
・『?意志を持つ車輪』の攻撃 →『キョウカ』が回避
・『キョウカ』の回避率が上昇
・『?意志を持つ車輪』の攻撃 →『キョウカ』が回避
・『キョウカ』の回避率が上昇
「キョウカ、だめっ! その技能は……っ!」
「大丈夫……まだ……っ!」
――回避を続けるほど、回避率が上昇する技能。しかしそれは『絶対の回避』を約束するものじゃない。
そして、回避するたびに五十嵐さんの魔力が減少している。次の一度は持たない――ならば。
「――『ブリンクステップ』を使ってください、五十嵐さん!」
「っ……!」
◆現在の状況◆
・『キョウカ』の魔力が低下 『イベイドステップ』が解除
・『アリヒト』が『アシストチャージ』を発動 →『キョウカ』の魔力が回復
・『?意志を持つ車輪』の攻撃
・『キョウカ』が『ブリンクステップ』を発動 →攻撃を回避
「五十嵐さん、もう一度だけ『ブリンクステップ』を使ってください!」
「アリヒト、何を……っ」
「――みんな、五十嵐さんが回避したら、俺の指示通りの場所を攻撃してくれ!」
◆現在の状況◆
・アリヒトの『鷹の眼』が発動 → 状況把握能力が向上
(集中しろ……もう何度も奴の軌道を見た。次に奴が五十嵐さんを狙うために通る道は……!)
『――マスター、私の力を使うがいい。今の車輪は、攻撃に徹するために防御を捨てている。私の斬撃が有効であるはず』
ムラクモの声が聞こえる――俺は唯一にして、一瞬しか訪れない好機に最大の打撃を叩き込むために、背中の刀を握った。
「お願い……もう一度だけ……っ!」
◆現在の状況◆
・『?意志を持つ車輪』の攻撃
・『キョウカ』が『ブリンクステップ』を発動 →攻撃を回避
「――ここだっ!」
「っ……『当たって』!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援統制1』を発動 →パーティメンバーの標的を誘導可能
・『アリヒト』が『支援連携1』『支援攻撃2:天地刃』を発動
・『スズナ』が『ストームアロー』を発動 →『?意志を持つ車輪』に命中 速度低下 連携技一段目
口火を切ったのは、スズナの『皆中』による二本目の矢――五十嵐さんのいた場所を通り過ぎ、壁を伝い、天井を走ってもう一度襲い来るその地点。
誰もいなかったはずの場所にスズナが放った矢が、見事に『車輪』を捉えていた。




