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第百四十五話 宝物宮

 貸し工房を出たところでセラフィナさんが来てくれて、そこで合流した――彼女が装備しているのは引き続き『鏡甲の大盾』だ。『震える塔の盾+3』は彼女に返しているが、今は彼女の倉庫にしまってあるらしい。


 『トラップキューブ』を使って『宝物宮』に転移する場合、ギルドでは専用の部屋を使うことが推奨されているとセラフィナさんが教えてくれた。


 その部屋に行くために『緑の館』近くの転移所に向かう途中、俺たちは『フォーシーズンズ』の四人を見かけた――距離があるのですぐ見失ってしまったが、迷宮に向かう途中のようだ。


「セラフィナさん、あの先には何があるかご存知ですか?」

「はい、『原色の台地』の入り口があります。七番区では出現する魔物に癖があるほうの迷宮ですが、第一層でしたら安定して狩りができると思います」

「なるほど……そういうことなら心配はなさそうですね」

「リョーコさんたちなら無茶はしないと思うけど、心配なら一緒に行ってみる?」

「予定を変えてついていったりしたら、逆に遠慮されちゃったりしません?」


 五十嵐さんの意見も、ミサキの意見も尤もだ――それ以上に、あまり過剰に心配するのは彼女たちに失礼だろう。彼女たちも実績を積み上げてきた探索者なのだから。


「リョーコたちも頑張ってる……私たちも、頑張らなきゃ」

「ああ、そうだな。気を抜かずに行こう」


 エリーティアの言葉に応えて、俺たちは歩き出す。移動する間に、俺はメリッサの技能について話しておくことにした。


「メリッサ、今のうちに新しい技能を検討しておきたいんだが……」

「……わかった。いつでもいいから、気にせず言って」


 メリッサはエプロンのポケットに入っていたライセンスを取り出し、操作して俺に見せてくれる。


 ◆習得した技能◆


 兜割り 切り落とし 猫撫で声 待ち伏せ

 包丁捌き 解体技術1 料理1 目利き1

 魔道具作成2


 ◆取得可能な技能◆


 スキルレベル2

 ・千枚通し:対象の防御力を無視して攻撃する。使用武器限定

 ・ムーンサルト:空中の敵に対して命中しやすい攻撃を繰り出す。

 ・鱗剥ぎ:対象を攻撃したとき、敵の防御力を低下させることがある。必要技能:切り落とし

 ・吊るし切り:対象を吊るし上げて攻撃する。部位破壊が発生しやすい。必要技能:解体技術1

 ・乱れひっかき:格闘攻撃を最大8回連続で行い、『出血』を付与する。必要技能:ひっかき

 ・骨砕き:武器を問わず、打撃属性を付加して攻撃する。通常攻撃より被害が大きい。

 ・ラウドボイス:相手を威嚇する声を出して牽制し、魔力に被害を与える。

 ・解体技術2:解体技術が向上し、得られる素材の種類が増える。


 スキルレベル1

 ・サイレントミュー:対象の自分に対する敵対度を下げる。

 ・とげ抜き:地形に発生した『棘』を破壊する。

 ・猫言語理解:猫、猫系の魔物の言語が理解できるようになる。

 ・ひっかき:格闘攻撃を2回連続で行い、『出血』を付与する。

 ・回転着地:高所から飛び降りても怪我をしない。

 ・毛づくろい:身体に付着する系統の状態異常を回復する。

 ・キャットウォーク:極度に狭い足場でも渡ることができる。

 ・爪研ぎ:爪による攻撃力を上昇させる。高揚系の状態異常が回復する。


 残りスキルポイント 5


 メリッサは『解体屋』という職業由来と、『ワーキャット』という種族由来の技能を覚えるからか、選択肢が幅広い。


「『毛づくろい』を取るっていう話をしてたから、それはまず取ろうか」

「わかった。それと、私は『解体屋』だから、『解体技術2』は必要」


 メリッサの希望はそれ以外には無いとのことなので、残りスキルポイントは2――『千枚通し』は鋭利な尖った武器が必要らしいので、今は取っても使えない。


 『猫言語理解』は場合によっては絶大な効果を発揮しそうだが、『ムーンサルト』『サイレントミュー』『とげ抜き』、そして攻撃系の技能も役立つ場面がありそうだ。


 ◆メリッサの新規技能◆


 ・解体技術2

 ・毛づくろい


「この二つを取得しておいて、あとは必要な時に取ることにしよう。戦闘系の技能は、どれも甲乙つけがたいからな」

「……全部取れたらいいけど、取っておいて使わなかったら困るから、それがいいと思う」


 土壇場で判断して技能を取得するのは簡単なことではないが、窮地での選択肢を与えてくれる。しかし事前に取っておくことで有利になることもあるので、難しいところだ。


 技能の検討を終えたところで転移所に着き、セラフィナさんが扉の行き先を操作してくれる。そして俺たちは、箱を開ける時に使う部屋と同じような、明かりがないのに明るい広い部屋に入った。


 トラップキューブを取り出して床に置き、みんなにそれを囲むようにして立って。そして俺は、トラップキューブを発動させる――ただ念じるだけで、立方体の金属の枠に入れられた水晶球が輝き始め、いつも転移する時の感覚と似たものが訪れる。


(……いや、違う……何だ、この感じは……)


 いつも転移するときは、『一つの方向に流される』ような感覚があった。それが、今は方向が定まらない奇妙な浮遊感がある。


『――転移先が変動している。因果律干渉……契約者に対する加護に反応し……』

『マスター、これから向かう先は通常とは異なっている。来るべきときには私の力を使うがいい』


 アリアドネとムラクモが語りかけてくる――仲間はまだ気がついていない。『トラップキューブ』の向かう先が、通常の宝物宮ではなく、俺たちがアリアドネと契約していることに反応し、別の場所に『書き換えられた』ことに。


 ◆◇◆

 

「……ここが、宝物宮……?」

「待って……本当にそうなの? だって、ここは……」


 アリアドネがいた、あの階層に似ている――自然にできた迷宮ではなく、何者かの手で作られたような、しかし人の手では決して作れそうにはない場所。


 壁や床などの構造物は似ているが、違っているのは、あの場所よりもずっと明るいということだった。見上げると、屋根がない――そこに見えている一面の青は、空なのだろうか。その風景にはどこか虚構じみたものを感じる。


「お、お兄ちゃん……すっごく錆びたお金もありますけど、これ……」


 どんな過程でここに辿り着いたのか。俺たちと同じように、『トラップキューブ』を使ったのか――俺たちがいる広い部屋の端には、完全に風化した白骨が残されていた。


 装備品などは見当たらない。今までそうだったように、この階層の主ともいえる存在が持つ『箱』に入っているのか――骸は一つではなく、過去に最低でも一つのパーティが全滅していることを示していた。


「この空間は……物が風化するのが、外よりも早いようですね」

「時間の流れる速さが違うのかしら……ここで長く過ごすほど外の時間が流れてしまうのか、それとも……」


 この空間で流れた時間と同じだけ外の時間が流れるという場合は、急いでここを出なければ、数時間過ごしただけで何日かが過ぎるということもありうる。そうでないことを祈りたいが、迷宮の中と外で時間の流れ方が違うというのは、元から分かっていたことだ。


「とにかく、進んでみないと始まらないな……」

「ええ、そうね。注意して進んでみましょう」

「…………」


 何かあれば、テレジアの索敵と罠探知のいずれかに引っかかると思いたい――彼女は中衛にいるが、前衛のセラフィナさんよりも感知できる範囲は広いはずだ。


「お兄ちゃん、壁の向こうに見えてるのって……雲、ですか?」


 通路の側壁には広い間隔を空けてスリットのような隙間があり、外からの空気は入ってこないようだが、向こうの景色を見ることができる。


「雲……みたいだな。今さら常識と照らしあわせても仕方ないが……箱型の巨大な迷路が、空に浮かんでる。そんな場所なのか、向こうの景色は幻なのか……」

「でも……アリアドネさんがいた場所と、よく似ています。それにあの場所と同じように、さまよえる魂も……」

「っ……やっぱり、その場に残るものなのね」


 怖がりなところのある五十嵐さんが、スズナの話を聞いて身体を震わせる。俺も決して得意というわけではないが、ここで命を落とした探索者の無念を思うと、スズナと同じように手を合わせ、祈りたい気持ちになる。


 そのうちに、俺たちが転移した場所よりも、さらに広い部屋にたどり着く――無機質な風景が続いたあとで、その部屋は明らかに異質だった。


「これ……部屋中に、蔦が張ってるの……?」


 五十嵐さんが疑問に思ったのは、その『蔦』とおぼしきものの表面が乾ききって、石のように固くなっていたからだった。


 曲がりくねった蔦は、部屋の中心から広がって、床にも壁面にも伝っている――この部屋にだけは天井があり、蔦はそこまで伝って、絡み合って網のようになっている。壁のスリットも茨で塞がれて、漏れている光が部屋に幾筋も差し込んでいた。


「……あれは……歯車……いや、車輪……?」

「蔦がいっぱい絡みついて、石みたいになっちゃってますけど……」

「先に進むには、向こうの通路を塞いでいる蔦をなんとかしないと。アリヒトの力を借りて、斬ってみるしかないわね」

「エリーティア、少し待ってくれ。この部屋には何か……」


 俺が声をかけたとき――エリーティアの靴が、床の乾いた蔦を踏む。


「っ……!?」


 瞬間、息を飲むほどの光が視界を埋め尽くす。以前に見たものとは色こそ違っているが、この光は――。


 ――|これより、自己防衛機構を起動する《インテリジェンストラム・アウェイクニング》――


(――秘神の『パーツ』……そういうことだったのか……!) 


 転移する時に聞こえたアリアドネの警告。それは、俺たちが秘神と契約しているがゆえに、転移先が変えられたというような内容だった。


 ――秘神と契約している者が『トラップキューブ』を使用した時、招かれることのある場所。そこにあるものが秘神と関連していることは、想像に難くない。


「みんな、足元の蔦から離れるんだ! そいつは……っ!」


 蔦の乾いた表面が砕け散り、目のさめるような緑が姿を現す。


 そう――車輪に絡みついて広がっていたのではない。この蔦と車輪は、自分の意志を持って動く存在だったのだ。


 ◆遭遇した魔物◆


 ?意志を持つ車輪 戦闘中 レベル8 雷無効 ドロップ:???


 床一面に広がっていた蔦の一部が剥がれ、部屋の中心――車輪に向けて集まっていく。


 そして車輪の表面がひび割れ、その中から姿を表したのは――黒い車輪。二つの車輪を結ぶ車軸の上には、人が乗れるような部分がある。


 そこに姿を表したのは、ムラクモの意志を実体化させた存在にも似た、女性のような姿――茨の冠を頂いた女王が駆る、それはまさに戦車(チャリオット)だった。


『我は天駆ける星の車。我が前に立つ者に、試練を与える』


「――アトベ殿、来ますっ!」


 ◆現在の状況◆


 ・『?意志を持つ車輪』が『ロイヤルソーン』を発動 →『物理吸収』状態に変化


 茨の蔦が、敵の周囲を覆う――まるで防壁のように。その中で悠然と立っている霊体が、こちらを見て笑ったように見えた。


「――みんな、普通の攻撃では手を出すな! 今は雷以外の魔法しか通じない!」

「っ……しかし、それでは……!」


 ミサキのカードで爆風に巻き込むか、スズナの烈風か――いずれも物理と魔法の両方を兼ね備えていて、まともに命中させれば吸収されてしまう。


 おそらく魔法の威力が物理攻撃を上回っているので、少しずつ体力を削れる可能性はある。だが、それで倒しきれるほど甘くはないだろう――何とかして、あの蔦を無効化しなくてはならない。


『茨の冠に仇なす者は、その苦痛に悶え、踊り――枯れ果てる』 


「――させるか……っ!」


 ◆現在の状況◆


 ・『?意志を持つ車輪』が『ダンシングローズ』を発動

 ・『アリヒト』が『フォースシュート・フリーズ』を発動 →『?意志を持つ車輪』に命中 行動を妨害


 茨の防壁の合間を縫って、俺は敵の本体を狙う――『氷結石』を採用していたのは正解だった。もし持っていなければ、純粋な魔法攻撃は『フォースシュート』しか放つことができず、威力が不足していただろう。


「――だめ、まだっ……!」


 しかし俺は気づいていなかった――怯んだかに見えた敵が、放とうとしていた技を強引に再開させたことに。


「――みんな、避けてくれっ!」


 ◆現在の状況◆


 ・『?意志を持つ車輪』が『傲慢なる戴冠』の特性を発動 →技能中断を阻止

 ・『アリヒト』が『支援防御1』を発動 →対象:パーティ全員

 ・『?意志を持つ車輪』が『ダンシングローズ』を発動

 ・『キョウカ』が『ブリンクステップ』を発動

 ・『エリーティア』が『ソニックレイド』を発動

 ・『テレジア』が『アクセルダッシュ』を発動


 防壁に使った茨ではなく、床や壁に伝っていた残りの茨が生き物のように動く――そして、回避技能を持たないメンバーの足を瞬時に絡め取る。


「くぅっ……!!」

「きゃぁぁっ……」

「ちょ、ちょっ、足はやめて、足はっ……!」

「っ……!!」


 ◆現在の状況◆


 ・『セラフィナ』『スズナ』『ミサキ』『メリッサ』が『足拘束』『吸血』


(『支援防御1』では防げない、拘束攻撃……!)


 万能ではない――そう分かっていながら、俺は自分の技能を過信していた。


 ここで俺も捕まってしまえば、勝機は限りなく遠のく。アリアドネとムラクモの声が聞こえる――しかし、まず選択するべきは。


「――頼む……っ!」


 ◆現在の状況◆


 ・『アリヒト』が『八艘飛び』を発動


 遅い来る茨を飛んで避ける――それでも空中に俺を逃すまいと追いすがる茨に対して、本来なら為す術もないはずだった。


 しかし『般若の脛当て』が、その認識を覆す。『飛べる』という意識が生じて、俺はそれに従う――。


 脛当てが発光し、俺は空中で『もう一度飛ぶ』。まるで自分の身体ではないように、空中での姿勢を自在に制御することができる――『八艘飛び』の伝説の由来である、かの武者のように。


(――追いかけて来い……それだけ時間を稼げる……!)


「アリヒトッ、逃げて! そんな技能を使ったら、あなたの魔力が尽きてしまうわ!」


 エリーティアの警告通りに、『八艘飛び』は一度飛ぶごとに明確に魔力を削っていく。


 敵が物理攻撃を吸収する限り、『ダンシングローズ』の脅威を何度も受けることになる。『眼力石』での妨害を狙うべきか――しかしスタンさせても、強引に技能を完遂させるような能力を使われることに変わりないだろう。


 敵は植物と、車輪――金属部分の複合した魔物。その二つの弱点となるものを、俺たちは――。


(……あった……そうだ、『あの石』がある……!)


 俺はスーツの内ポケットに入れていた魔石を取り出す。『幻想の小島』で手に入れた魔石――『コーラルピーゴ』の生み出した『潮水石』を。

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