第百四十二話 吹雪
「クェッ、クェッ」
「な、なんか言ってるように見えへん……?」
「おそらく『よくここまで来たな、勇敢な人間と犬よ』と言っています」
「そ、そうなのか……?」
アンナは冷静に魔物を観察している――そんな彼女の言うことなので、案外的を射ていたりするかもしれない。
「バウッ、バウッ!」
「『島の主よ、私の主人に逆らうと痛い目を見るぞ』と言っています」
「そ、それは言いそうやけど、それって喧嘩売ってるふうに取られへんかな……?」
巨大ペンギンと大犬――どちらも鳴き声を翻訳すると芝居がかった口調ということは無いのだろうが、だいたい言っていることは合っているような気がする。
その証拠に、シオンとペンギン――ライセンスの表示に倣えば宝翼か――は一触即発の状態になっている。どうやら戦いは避けられないようだ。
「――みんな、来るぞ!」
「クェェェェッ……!!」
◆現在の状況◆
・『★雪原に舞う宝翼』が『銀世界』を発動 →地形効果が『凍土』に変化
巨大ペンギンが小さく飛び上がって着地し、勢いよく翼を水平に広げる。
「に、兄さんっ……ペンギンの足元から、凍っていってる……っ!」
この島の環境から、温暖な気候を好む魔物だと思っていた――しかしその予想は完全に裏切られた。
『コーラルピーゴ』の『名前つき』である『雪原に舞う宝翼』の体を覆う羽毛は、能力を発動させたときの環境変化に対応するためのものだったのだ。
「バウッ、バウッ!」
シオンは寒冷地にも強いようだが、ペンギンから放たれる冷気は周囲の気温を低下させ始め、皆の息が白くなり始めている――このままでは体温を奪われ、身体の動きが鈍くなってしまう。
「どうやら、短時間で決着をつけるしかないようですね……」
「もしくは、みんなが来るまで粘るかだ。相手の方がレベルが高い上に『名前つき』だ……一撃受けるだけで命取りになる」
「あの見た目でも、嘴は尖ってるから、まともに当たらへんように立ち回らなあかんな……兄さん、うちはどんな敵でも先手を取れる自信はあるから、いつでも言ってな」
カエデとアンナの戦闘スタイルについてはある程度把握している――問題は、接近しようにも周囲の地面が『凍土』に変化しているため、走り込めば足を取られる可能性がある。
「クェッ、クェッ……」
挑発するように低く鳴く『宝翼』――このフィールドを形成してしまえば、こちらのものだと言わんばかりだ。
「――ガルルッ……!」
◆現在の状況◆
・『シオン』が『ヒートクロー』を発動
シオンが自分の判断で『虫除けのアンクレット』につけられた『火柘榴石』の力を発動させる――すると、シオンの足元の凍結した地面が溶け、蒸気が立ち上る。
(――いけるか、シオン……!)
目配せだけでもシオンは俺の意図を察していた――まだ相手が余裕を見せているうちに先手を入れる。難しければ退却も考えるが、やれることはやっておきたい。
「――カエデ、シオンに乗ってくれ!」
「っ……りょ、了解っ……ひゃぁっ!」
シオンが凍土でも滑ることなく駆けていき、カエデを背中に乗せて、そのまま『宝翼』に突っ込んでいく――そのスピードを予測していなかった敵の反応が遅れ、カエデはその間に態勢を整えて木刀を握る。
俺はスリングを構え、新たな魔石を試す――装着したばかりの『操作石』を。
「――やぁぁぁぁぁっ! うちの取っておき、喰らいやっ!」
「『支援連携』……『前衛』!」
◆現在の状況◆
・『シオン』が『戦いの遠吠え』『ハウンドギャロップ』を発動 →前衛の攻撃力上昇 『シオン』の速度が上昇
・『カエデ』が『掛け声』を発動 →『★雪原に舞う宝翼』が威圧
・『アリヒト』が『支援連携1』『支援攻撃2:フォースシュート・ドールズ』を発動
・『シオン』が『ヒートクロー』を発動 →『★雪原に舞う宝翼』に命中 連携技一段目
・『カエデ』が『疾雷刀』を発動 →『★雪原に舞う宝翼』がスタン 連携技二段目
・『支援攻撃2』が2回発生 →『★雪原に舞う宝翼』の操作値累積
・連携技『赤熱疾雷』 →『★雪原に舞う宝翼』に命中 燃焼 スタン継続
「クァァァァァッ……!!」
初手は見事に連携が入った――シオンが爪を繰り出しながら駆け抜けると同時に、騎乗したカエデが目にも止まらぬ速さで木刀を撃ち込む。
『操作石』はどうやら、一撃ではなく何度も当てることで効果を発揮するものらしい。そうなると『フォースシュート』の威力が追加されるのみで、その威力は『支援攻撃1』より低い――やはりムラクモの攻撃と比べるとスリングの威力は低く、決定力に欠けている。
「――アンナ、俺たちももう一度押し込むぞ!」
「はいっ……いきますっ!」
アンナがボールをトスして、『サンダーヘッド』の素材で改造されたラケットを振るう――特殊能力を発動させたのか、振るうときにラケットが稲光をまとうように見えた。
「『支援連携』・『後衛』!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援連携1』『支援攻撃2:フォースシュート・スタン』を発動
・『アンナ』が『サンダーショット』を発動 →『★雪原に舞う宝翼』に命中 弱点攻撃 感電 スタン継続
・『アリヒト』が『フォースシュート・スタン』を発動 →『★雪原に舞う宝翼』に命中 スタン継続
・連携技『フォース・サンダー』発動 →『★雪原に舞う宝翼』に命中 感電継続
「クェェェェッ……!!」
「っ……やった……!」
アンナが手応えを言葉にする。彼女のラケットによる特殊攻撃は雷属性の打撃だけでなく、感電の追加効果がある――安全に敵を倒す上では、非常に有用な攻撃手段だ。
「兄さんっ、このままもう一回……!」
「――待て、カエデ! 一旦距離を取るんだ!」
「っ……!」
『宝翼』の身体を覆う羽毛の一部が逆立ち、青く色が変化する――急激に追い詰められ、俺たちを油断すべきではない敵と認識したのだ。
青に変化した羽毛が、今度はところどころ白に変わり始める――大気中の水分が凍結して、『宝翼』の全身を鎧のように覆っていく。
「アリヒトッ……!」
「――クェェェッ!」
凶兆を覚えたとき、取れる判断は一つ――『できる限りの安全策を取る』しかない。
(間に合え……っ!)
◆現在の状況◆
・『★雪原に舞う宝翼』が『雪化粧』を発動 →『氷装』状態に変化 状態異常解除
・『シオン』が『バックステップ』を発動
・『アリヒト』が『バックスタンド』を発動 →対象:『シオン』
・『★雪原に舞う宝翼』が『フローズンペイン』を発動 →地形『凍土』から『氷棘』が発生
『宝翼』が高らかに鳴き、辺りの空気が張り詰めたように感じた――その直後、凍結させた地面から、次々に氷が飛び出してくる。
「っ……アリヒト兄さん、大丈夫!?」
「ああ、大丈夫だ……っ、敵は凍らせた地面を使って攻撃してきた……凍った部分で戦うのは、こっちが不利だ……!」
咄嗟に近くにいたアンナを抱き抱え、『バックスタンド』を使った――そして、敵の攻撃範囲外に出たシオンの後ろに回った。
一瞬遅れれば地面から突き出す氷の棘でただでは済まなかっただろう。串刺しにされるというほどではないが、もし足に怪我を負ってしまえば戦うことはできなくなる。
「ア、アリヒト……もう大丈夫です、後は自分で……っ」
「ああ、みんなは敵の攻撃範囲より外で待機していてくれ! 俺が奴の様子を見る!」
「――兄さんっ、あかん! 一人で離れたらっ……!」
「今見た通り、いざとなれば俺は緊急回避ができる……この足場じゃ、離れたところから狙っていくしかない!」
俺は走り始める――凍結していない部分を迂回し、氷の棘の向こうにいる『宝翼』の側面に回り込む。
(このまま戦い続けるよりは、逃げるべきか……いや、みんなの気配が近づいてる。それまでに、奴の手札を確かめる……!)
「クェッ……!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が魔法銃に『ダークネスバレット』を装填
・『アリヒト』の攻撃
・『★雪原に舞う宝翼』が『ウィングパリィ』を発動 →『ダークネスバレット』は無効化不可能
・『★雪原に舞う宝翼』に命中 弱点攻撃 『★雪原に舞う宝翼』が感電
「――クァァァァッ……!!」
翼を鋭く振り抜いた『宝翼』だが、その技で防げるのは物理攻撃に限られていたようだ。魔法銃の弾丸は物理攻撃ではなく、魔法攻撃だ――そのために無効化できなかったのか、感電して動きが鈍くなる。
俺とアンナで交互に感電状態を付与しつつ攻めれば、有利な状況を維持できる。五十嵐さんも合流してくれれば、『ライトニングレイジ』でも弱点を突くことができる。
(しかし……見込みと違った攻撃だからか、何か動揺してるように見えるな……いや、甘いことを考えてる場合じゃない……!)
敵は一面が氷の棘だらけでも、こちらを攻撃する手段はあるはずだ――腹が氷の鎧で覆われているので、ソリのようにして滑ってくるなどが考えられる。しかし想像通りの動きをしてこないのが、迷宮国の魔物の厄介なところだ。
「ヒュー……ヒュルリラララ……」
感電しているからか、嘴から漏れる息が笛のように鳴っている。しかしこちらには油断なく敵意を向けたまま――そして、嘴の音が高く透き通るように響いた瞬間だった。
◆現在の状況◆
・『★雪原に舞う宝翼』が『スノーパウダー』を発動 →『氷棘』を破壊 『粉雪』が発生
・『★雪原に舞う宝翼』が『氷の彫刻』を発動 →『氷像の鳥戦士』3体が召喚 『氷像の鳥射手』3体が召喚
「「「ピェェェェ!!!!」」」
「っ……!!」
氷の棘が一瞬にして砕け、粉雪に変わって視界を閉ざす。そして雪は『コーラルピーゴ』に似た形に変わり、『宝翼』の前で隊列を組んだ。
◆遭遇した魔物◆
・『氷像の鳥戦士』3体 レベル6 戦闘中 ドロップ:???
・『氷像の鳥射手』3体 レベル6 戦闘中 ドロップ:???
(前衛が三体、中列が三体……そして後列に『宝翼』。間違いない、陣形を組んでる……!)
『無慈悲なる断頭台』が使った『クリエイトゴーレム』と同質の技――取り巻きの魔物がいなくても、自分で作れる能力。それを使ったうえで、探索者たちと同じように陣形を組む――敵も陣形を組む有効性を理解しているのだ。
「あかん、兄さんっ……!」
「アリヒトッ……!!」
「――ワォォーンッ!」
◆現在の状況◆
・『シオン』が『カバーリング』を発動 →対象:『アリヒト』
・『氷像の鳥戦士』3体が『ジェットトボガン』を発動
・『シオン』が『テールカウンター』を発動 →『氷像の鳥兵』2体に命中 行動をキャンセル
・『アリヒト』が『支援防御1』を発動 →対象:『シオン』
・『氷像の鳥戦士C』の『ジェットトボガン』が『シオン』に命中
「キャゥンッ……!」
「――シオンッ!」
雪で作られた『ピーゴ』が地面に腹を付けて滑り、突っ込んでくる――タイミングのずれた最後の一体だけが、シオンのカウンターを掻い潜って衝突する。
「――グルルッ……!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃1』を発動
・『シオン』が『ヒートクロー』を発動 →『氷像の鳥戦士C』に命中 弱点特効 支援ダメージ10
・『氷像の鳥兵』を1体討伐
シオンは弾き飛ばされながらも着地し、即座に爪を赤熱させて飛びかかり、薙ぎ払う――氷像に対して効果は絶大で、溶けるようにして切り裂かれる。
「ガウッ……」
「大丈夫か、シオン……ッ」
「ワンッ」
シオンの身体には擦過傷ができているが、対峙する間に『支援回復1』が発動し、治癒していく――しかしまだ完全に回復とはいかない。
「「「ピェェッ!!」」」」
前衛の残り二体が態勢を崩している間に、中衛の三体が弓を構える――矢を魔法で発生させ、氷の矢が俺とシオンを狙う。
「――兄さんっ、うちらも……っ!」
「私も行きます……っ!」
氷の棘が破砕されたことで、カエデが攻め込むことができるようになる――そこにアンナも呼吸を合わせ、ボールをトスする。
「カエデ、アンナ、『支援する』!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援連携1』『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『フォースシュート・バウンス』
・『カエデ』が『掛け声』を発動 →『氷像の鳥射手』3体が威圧
・『カエデ』が『一ノ太刀』を発動 →『氷像の鳥射手A』に命中
・『アンナ』が『サンダーショット』を発動 →『氷像の鳥射手B』に命中
・連携技『ファスト・サンダー』 →『氷像の鳥射手』3体に命中 行動をキャンセル
・『支援攻撃2』が2回発生 →『氷像の鳥射手』3体、『★雪原に舞う宝翼』に命中
「な、なんやのっ……!?」
「アリヒトの力……私たちの攻撃に合わせて、追撃が……!」
カエデとアンナのおかげで、『鳥射手』たちによる矢の発射は妨害できた――だが『ヒートクロー』でなければ決定打を与えられず、切り込んだカエデに『宝翼』が反撃を繰り出そうとする。
「クェェェェッ!」
「きゃぁぁっ……!!」
「――アリアドネッ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『機神アリアドネ』に一時支援要請 →対象:カエデ
・『機神アリアドネ』が『ガードアーム』を発動
・『★雪原に舞う宝翼』が『フリッパーエッジ』を発動
カエデの正面に出現した機械の腕が、『宝翼』の繰り出した鋭利な翼――フリッパーによる一撃を受け止め、せめぎ合う。
「クェ……クェェェッ……!!」
「な、なんやの、これ……うちのこと、ロボットみたいな腕が守ってくれてる……」
「これも、アリヒトが……?」
「ああ、俺たちの味方だ……っ!」
アリアドネの力で、仕切り直しのチャンスを得る――カエデは一度退き、『宝翼』は『ガードアーム』を押し退けるが、追撃できずに肩で息をつく。
「な、なんや、疲れてるような……このまま押し切れるんかな……?」
「――クェェッ!」
カエデの言葉を否定するかのように、『宝翼』が鳴く――そして、五体の氷像が『宝翼』の前に並ぶ。
◆現在の状況◆
・『★雪原に舞う宝翼』が『陣形:デッドリーウィング』を発動 →全体の攻撃力上昇、防御力低下
「――いけない……っ、あれは……!」
◆現在の状況◆
・『アンナ』が『戦局眼』を発動 →『★雪原に舞う宝翼』の次回行動予測:非常に危険
アンナの警告と共に、俺も感じ取った――『宝翼』は俺たちを確実に仕留めるために、防御を捨てて何かの攻撃を繰り出そうとしている。
外見や仕草が他の魔物と違い、人間味のようなものを感じさせても、魔物は魔物だ。探索者を倒すためには手段を選ばない。
(だとしても……何なんだ、この感じは……)
本当に倒してしまってもいいのか。シオンが傷を受け、今も未知の攻撃を前にしながら、迷いが生じる。
飼育場で見た『コーラルピーゴ』。目撃されなくなり、この島で見つかった『名前つき』
――同族の姿はこの島には見られず、雪を媒介にして仲間を召喚した。
本来なら、『コーラルピーゴ』と共に暮らしていたのではなかったか。それが何かの事情で同族たちと分断され、この島にいたのだとしたら。
「――仲間のところに行けないのか!? 俺たちなら、連れていってやれる!」
「……クェッ……」
すでに覚悟を決めたかのような小さな声で『宝翼』が鳴く。五体の氷像と共に自らも氷に覆われ――巨大な鳥の姿に変わっていく。
「兄さん、あかん! あのまま突っ込んでこられたら、うちらみんなやられるっ……!」
カエデが叫ぶ――『後衛』が突っ込んでいくのは得策じゃないが、あの攻撃を止めるにはこうするしかない。『バックスタンド』で後ろに回る――しかしそれでキャンセルできなければ、超広範囲を巻き込む氷鳥の突撃を許すことになる。
やはり皆がいてくれてこその『後衛』だということを痛感する。もう少しだけでも時間を稼げれば――だが、代わりの戦術を立てている時間は残されていなかった。




