第百四十一話 夜の探検
――何か、声が聞こえてくる。
天国にでも来たのかなんてことはなく、聞き覚えのある声で、どうやら生きているらしいと安堵が湧く。
「……兄さん、アリヒト兄さん!」
「お兄ちゃん、しっかりしてください! お兄ちゃんがいなくなったら、私だってついていっちゃいますからね!」
「アリヒトさんっ、アリヒトさんっ……お願い、目を覚まして……あ……!」
目を薄く開ける――すると、すぐ傍にいたスズナが俺の上に覆いかぶさってきた。
「良かった……良かった、アリヒトさん……」
「すまない……ちょっと見込みを誤って、潜水から浮上する前に息が切れて……」
辛うじて声を出すと、周囲にいる皆が安堵する気配が伝わってくる――水中では何が起こるか分からない。潜水にも慣れが必要ということで、最初から深く潜りすぎたようだ。
「……良かった……もう、どうなっちゃうことかと……」
「本当に……アリヒト、あんまり心配させないで」
五十嵐さんとエリーティアの声が聞こえる。スズナはしばらくすると落ち着いて、顔を上げてくれた――涙を拭きつつ、赤らんだ目を恥ずかしそうにしながら微笑む。
「ん……テレジアはどこに……?」
「え? 私たちがここに来た時にはお兄ちゃんしかいなかったですよ。お兄ちゃんがそこに寝かされてて、怪我もしてなくて寝てるみたいなので、心配で……」
ということは、やはり意識が遠のいたくらいで、呼吸はしっかりしていたということか。
「……あっ、テレジアさん……っ、良かった、無事だったのね」
「テレジア、助けを呼びに行こうとしてくれてたの?」
「…………」
テレジアは近くにいたようで、木陰から姿を現す――しかし俺が見やると、慌てて引っ込んでしまう。
「……? どうしたのかしら、テレジアさん」
「アリヒト、それより身体は大丈夫? 私たちの名前はわかる?」
「ああ、問題ない。すまない、心配かけたな……」
「本当に……心配しました。アトベさん、迷宮国の『潜水』は、少しずつ慣らしていかないといけないんです」
リョーコさんとルイーザさんがやってくる――起き上がろうとしたのだが、なぜか二人にもう一度寝かされてしまった。
「え、ええと……普通の潜水とは違うっていうことですか?」
「はい。ですからアトベさんが無茶をしてしまったわけではなくて、潜水の指導をするインストラクター……私の技能が必要ということです」
「潜水には適性があって、テレジアさんにはそれが備わっているみたいです。私たちがどれくらい潜水に慣れているかは、ライセンスなどでは表示されません。『潜水』という技能があれば、その技能で可能な範囲なら溺れないそうですが」
リョーコさんとルイーザさんが俺の両隣から話しかけてくる――まるで教師が生徒をたしなめているかのような口調で、少し照れてしまう。
つまりいきなり深く潜ると、息が続くかに関わらず溺れることがあると、そういうことだろうか――危ないところだった。そしてテレジアには潜水の適性があって良かった。
ここにいるメンバーは、メリッサ、シオン、セラフィナさんとアデリーヌさん以外の全員だ。手分けして俺たちを探してくれていたらしい――後で他のメンバーとも合流しなければ。
「お兄ちゃん、この泉で泳いでたんですよね。何か見つかったりしました?」
「ああ、そうだ……泉の底に何かある。テレジアはそれを見つけて、俺に知らせてくれたんだ。だけど、見つかったものが何なのか調べようにも、一度の潜水じゃ調べきれない」
何かあるとしても、それが危険なものだとしたら触れるべきではないが――テレジアの『罠感知1』に引っかからないということは、罠ではないように思う。
(深入りしないでおくべきか……せっかくテレジアが見つけてくれたのに、何も分からないままというのも残念だな……)
――そう考えたところで、あるアイデアが浮かぶ。スズナも同時に気がついたようだった。
「アリヒトさん、この泉に何かあるのなら……」
「ああ、そうだ。スズナの『士気解放』で、何か分かるかもしれない」
「ということは……お兄ちゃん、私の力も必要ということですね……?」
「思わせぶりに言わなくていいの、確かに必要だと思うけど」
エリーティアに釘を刺され、ミサキはぺろっと舌を出す。
『曙の野原』の三層で、隠し階層に通じる転移床を見つけ出した『フォーチュンロール』から『月読』に繋げる連携。それがここでも役に立つのではないだろうか。
(『名前つき』がこの島に現れなくなった理由に、泉の底にあるものが関係している……という可能性もあるか)
『潜水』技能を持つ人がここに来たことはあると思うが、水底の砂で隠されていて、そこにあるものにまでは気づかなかったとしたら――この島には、まだ発見されていない秘密がある。
「後部くん、メリッサさんが職員の人と一緒に食事の準備をしてくれてるから、ひとまず戻りましょうか」
「そうですね……じゃあみんな、一旦引き上げよう」
みんなが連れ立って森の道を戻っていく中、テレジアはまだ隠れていて出てこない――隠れている木を回り込んで覗き込むと、テレジアは恐る恐るという様子で俺を見る。
「心配かけてごめん、テレジア。潜水は少しずつ慣れれば大丈夫みたいだ」
「…………」
「大丈夫、この通り元気だから……テレジア?」
そのとき、テレジアの唇が何かを言うように動いた――だが、音としては聞こえない。
読唇術ができれば、もしかして話せなくても言葉が分かるようになるだろうか。そう思うが、唇が少し震えているだけでは、言葉として解釈するのは難しそうだ。
「…………」
「ん……ど、どうした? 何か赤くなってきてるぞ」
「っ……」
テレジアはぺたぺたと走って行ってしまった――元気なのはいいが、少し様子がおかしいようにも思うので、心配ではある。
ひとまず、置いてある服を回収し、俺も砂浜に戻ることにする。そして歩き始めて気づいた――頬と胸のあたりが濡れている。
まるで一旦拭いたあと、誰かが濡れた手で触れるか、雫を滴らせでもしたかのように。
◆◇◆
砂浜といえばバーベキューというのは迷宮国でも変わらないようで、新鮮な魚介類と肉を魔道具のコンロで思い思いに焼き、大いに楽しんだ。
昼食の時間が少し遅かったからか、食後の片付けをして少し休憩したところで、すでに空が夕焼けの色に染まり始めた――水平線に沈んでいくのは太陽なのだろうか。それとも、太陽と同じような役割を果たす異世界の恒星なのか。
「森の中にそのようなものが……それは興味深いですね」
「アトベさんのパーティはやっぱり、何か持っていますよね。長い間利用されてきたギルドの保養所で、新しい発見をするなんて」
セラフィナさんとアデリーヌさんにも事情を話し、泉の調査をするか検討していることを伝えた。
「水中ということなら、私は盾を持って潜ることができませんので……」
「なるほど、そうですね……リョーコさんの『レクチャー』の技能を使えば誰でも潜水できるそうですが、重量のある装備では難しいですね」
「そういうことなら、私も先輩と一緒に留守番してますね。先輩が行けないのに私が行くのは抜け駆けしてるみたいですから」
「そ、そんなふうには思わないが……戦闘になる可能性は低いとしても、万一のことは考えておく必要がある。アトベ殿、編成と装備は入念に準備をなさってください」
「ありがとうございます、セラフィナさん」
セラフィナさんたちは部屋に帰っていく。彼女たちは二人部屋を使っているので、俺が使っている部屋の隣だ。
水着で潜らなければいけないというのはリスクはあるが、スリングは錆びないので持ち込みはできるだろう。パーティメンバーの装備も防具はほとんど使えない――『スティール』製のものは錆びる可能性があるため、ミサキの武器がサイコロのみになったりと、制限が色々とある。
「お兄ちゃん、バーベキューの間まで元気づけてくれるんですもん……もうやる気十分になっちゃったじゃないですかー」
「ありがとうございます、アリヒトさん。私たちのほうは準備ができました」
ミサキとスズナだけでなく、全員の士気を最大にして準備は万端だ。マドカとルイーザさんには、セラフィナさんたち二人と一緒に待機していてもらうことにした――彼女がここにいれば、ライセンスで連絡できるというのもある。
◆現在のパーティ◆
1:アリヒト ×★○※ レベル6
2:テレジア ローグ レベル6
3:キョウカ ヴァルキリー レベル5
4:エリーティア カースブレード レベル10
5:ミサキ ギャンブラー レベル5
6:スズナ 巫女 レベル5
7:シオン シルバーハウンド レベル6
8:メリッサ 解体屋 レベル6
待機メンバー1:マドカ 商人 レベル4
待機メンバー2:ルイーザ ギルド職員 レベル4
◆共闘中のパーティ◆
パーティ名:フォーシーズンズ
1:カエデ レベル5 剣道家
2:イブキ レベル5 空手家
3:アンナ レベル5 テニス選手
4:リョーコ レベル5 水泳インストラクター
パーティ名:ギルドセイバー第五十三部隊
1:セラフィナ 機動歩兵 レベル11
2:アデリーヌ 狩人 レベル8
『フォーシーズンズ』の面々も同行したいということで、一緒に来てもらうことになった。リョーコさんの技能『レクチャー』を使ってもらえば、一定時間は『潜水1』の技能を持っているのと同じ状態になるため、溺れるリスクはなくなる。
「しかし、もう暗くなってきたな……」
「でも、日が沈んでも明るいわね。月明かりだけで十分なんじゃないかしら……それとも、森の中は暗いのかしらね」
「この小島において、夜も暗闇になるということはないそうです。昼も夜も関係なく活動できるようになっているので、保養所として人気があると職員の方がおっしゃっていました」
セラフィナさんの言う通り、この視界なら特に足元が危険ということはない。むしろ、夜になってこの島の幻想的な風景が際立っているようだ――森の植物の一部が淡く発光して、ホタルのような光がふわふわと揺れている。
「皆さん、気をつけて行ってきてください」
「私たちはお話しながらお待ちしています。お昼に休んで、元気も残っていますので」
「なるべく早く帰ります。じゃあ二人とも、行ってきます」
出発の挨拶をして、俺たちは森に向かう。森の中でも明るく、目的の泉まで辿りつくことは難しくなかった。
――しかしその泉が、昼とはまた違って見える。月明かりが泉に当たり、水底の白い砂が発光しているのだ。
「綺麗……夜になると、こんな風景になるなんて……」
五十嵐さんが見とれている――彼女は水着とサンダルにレンタルした銛という、なかなかギャップのある装備をしているが、みんな今回ばかりは選択の余地がないので似たようなものだ。
「それでは、潜水の準備をしますね。息が続く時間は長くなりますが、無理はしないでください」
◆現在の状況◆
・『リョーコ』が『レクチャー:潜水1』を発動 →対象:『アリヒトのパーティ』『フォーシーズンズ』
・『アリヒト』が『アザーアシスト』を発動 →対象:『リョーコ』
・『アリヒト』が『アシストチャージ』を発動 →『リョーコ』の魔力が回復
「あ、ありがとうございます……アトベさん。凄い、魔力を沢山使ったのに、一気に回復しています」
「いえ、気にしないでください。リョーコさんの技能のおかげで潜れるんですから」
そして『アシストチャージ』を使ったあと、紐をつけて首にぶらさげている『修道士のアンク』が発光して、俺の魔力も少し回復した。これは助かる――リョーコさんに供給した魔力の三分の一くらいが返ってきた。
念のためにマナポーションを一口飲んで魔力を最大まで回復しておく。そして全員で水の中に入る――泉全体が発光しているので、みんなさほど躊躇せず入ることができた。
「何だか夜のレクリエーションっていう感じで楽しいですね、肝試しっていう怖い感じもしませんし」
「この泉は清らかな気配で満ちています。魔物がいたりはしないみたいですが……」
そうなると『名前つき』の発見に繋がることは無いかもしれないが、ひとまず泉の秘密を解いてみたい。
「この辺りから潜っていくんだが、みんな無理はしないようにな」
まずリョーコさんとテレジアに先導してもらい、その後に続く――一度目に潜った時は長く感じたが、二度目は『潜水1』の技能が効いているのか、特に息切れもせずに目的の場所に辿りついた。
まずミサキを見ると、彼女は親指と人差し指で輪を作って返事をする。スズナもいつでもいいと言うように頷く――そして。
◆現在の状況◆
・ミサキが『フォーチュンロール』を発動 →次の行動が確実に成功
・スズナが『月読』を発動 →成功
「……っ!?」
スズナの身体が青白い光に包まれる――泉に降り注ぐ月の光を集めているかのように、神々しい姿だ。
そして彼女は、今は砂に埋れてしまって何も見えない水底に手をかざす――すると、スズナに呼応するように水底の五ヶ所が輝いた。
俺たちは手分けをして、その部分を掘ってみる――すると出てきたのは、何者かの手で埋め込まれたかのような、丸い大理石のような石だった。
(これをどうすれば……触ってみるだけでは何も起こらない。この位置関係に何かあるのか、今の俺たちでは条件を満たしてないのか……ん?)
考えているうちに、肩を叩かれる――五十嵐さんだ。彼女が示す先では、スズナが水底の石に向けて、手をかざし続けている。
(スズナ……どうすればいいのか分かるのか。『月読』の力はそこまでできるのか……?)
スズナの手から光が放たれ、水中を走り抜ける。一つの石に光を当て、その次の石に光を当て――彼女はそうやって、何かの図形を描いていく。
五芒星――それが完成した瞬間。星を囲うように、円状に光の軌跡が浮かび上がる。
『強制転移が始まろうとしている。信仰者よ、完全に分散することは避けた方が良い』
(っ……みんな、近くにいる人と手を繋ぐんだ!)
水中で聞こえたかは分からない――しかし俺はアリアドネの警告に従い、分断させられることを避けるために、近くにいた誰かの手を取った。
◆◇◆
眼前が光に覆われ、一瞬の浮遊感の後に――俺は、どこかの森の中に飛ばされていた。
「っ……ア、アリヒト兄さん。うちら、どうなったん……?」
「すみません、アリヒト……反射的にアリヒトの手を掴んでしまって……」
「バウッ」
カエデ、アンナ、シオン――そして俺。シオンは一番後ろから泳いできていたので、俺の近くにいたのだろう。
他の仲間の位置をライセンスで調べてみるが、『幻想の小島 1階層」としか表示されない。しかし地図を表示してみて、俺は目を疑った――さっきまで俺たちがいた島とは離れた場所、まだ未確認の領域に、俺たちがいることになっているのだ。
「……さっきのは、転移するための仕掛けだった。そしてここは、さっきまで俺たちがいたところとは違う島だ」
「違う島……そ、そんなんあったんですか?」
「つまり……この迷宮は、海の中に島が点在する形の、広大な迷宮だったということですね。きっと船などでも探索はしたでしょうから、転移しなければこの島には来られない……」
アンナの推論を俺も支持する――幸いなのは、環境が最初の島とはそう変わらず、森の中でも視界が確保されていることだ。
「そういうことなら、みんなもこの島のどこかに飛ばされてるってことかなぁ。大きい声出して呼ぶのは……もし魔物がおったら危ないかな」
「そうだな、慎重に周囲を探してみよう。みんなを見つけるのが難しそうなら……いや、何となくこっちにいそうだっていうのは分かるな」
「ほんとに? 兄さん、第六感とかすごいんやねえ、うちは全然分からへんわ」
「シオンも水中から上がったので、嗅覚が効かないようですが、すぐに効いてくるでしょう」
シオンは大きな声を出してはいけないというのを察してくれていて、吠えたりはせずブルブルと身体を振って水気を飛ばした。
カエデは背中に紐で括っていた木刀を抜き、水気を払う。アンナのラケットは防水加工が施されているようで、問題なく使えそうだ――俺のスリングも問題ないが、念のために水気を切っておく。
「兄さん、もし魔物が出てきたときは、パーティ組み直した方がええんかな?」
「そうしておこうか……みんな、できれば俺の前に居てくれるか。隊列を意識してもらえるとありがたい」
「では、アリヒトより前にいるようにします」
「うちはシオンちゃんと一緒に一番前におったらええかな」
前衛がシオンとカエデ、中衛にアンナ、後衛に俺という隊列で、森の中を進んでいく――何となく仲間が居ると感じられる方向は二つあるが、いずれも森の奥と思われる方角だ。
「星の位置で方角が分かったり……はせえへんよね」
「太陽が東から上っているのかも分かりませんし……いずれにせよ転移したので、方角は分からないですね」
「いや、ライセンスの表示通りなら、今は北西に進んでるな」
「わ、そんな便利な機能がついてたんや。コンパスいらずやね」
「改めて思いますが、このライセンスはギルドの技術の粋を集めたものなのでは……」
アンナが言いかけたところで、先行していたシオンが少し早足になり、こちらを振り返る。何かを見つけたということらしい。
シオンに追いつくと、足元に何か大きな窪みがある――3つに枝分かれした巨大な溝だ。
「これは……もしかして、足跡か?」
「め、めっちゃでっかいやん……これ、最近つけられたんかな?」
「『コーラルピーゴ』の足跡と、形がよく似ています。でも、何倍も大きい……これに比例した体長を持つ個体がいるとしたら、それは……」
『名前つき』がこの島のどこかにいる――俺は武器と一緒に携行してきていた『フクロウのスコープ』を覗き、見える範囲を確認してみることにした。
「……この先に、少し開けた場所があるな。水場もその近くにあるみたいだ」
「それって……水飲み場として、魔物が使ってるってこともあらへん?」
「警戒しつつ進んでみましょう。いずれにせよ、元の島に戻るためにも、この島の中は探索してみる必要があります」
「いざとなれば『帰還の巻物』があるから、無理せず行こうか」
『巻物』は水に濡れても使える――昔は水没すると駄目になったそうだが、今普及しているものはそういった事故が起こらないように対策されている。
「兄さん、色々持ってきてはるなぁ。うちなんて木刀しか持ってへんわ……」
「私たちの準備は、少し気が緩みすぎていますね……」
「石橋を叩いて渡りたいほうなんだ……というには、この状況は冒険しすぎてるか」
ただ休暇を楽しんでこの迷宮を後にすることもできたが、そうしなかったのは、もはや職業病と言うほかはない――『探索者』が休みの日も抜けないようだ。
俺はシオンがいる位置に立ち、携行してきた『フクロウのスコープ』を覗く――防水性があることは確かめているが、問題なくそのまま使うことができた。
「……ん?」
何か、大きなものが視界を横切ったような気がした。しかしスコープを動かしてみても、何も映らない。
「アリヒト兄さん、何か見えた……?」
「ああ……やっぱりこの先に何かいるな」
「……秘境探索で、未知の『名前つき』に出会う。少し怖いですが、楽しみにも思ってしまいます……不謹慎でしょうか」
アンナは遠慮がちに言う――いつも年齢にはそぐわないほど抑制された話し方をするが、年齢相応に好奇心もあるということだ。
「不謹慎なんかじゃない。そういうことを恐れるよりは、楽しんだ方が確かに良いんだと思うよ……一生懸命戦ってる時は、余裕がないことも多いけどな」
「ふふっ……せやな。うちも兄さんについてきて良かったって思ってる。ビーチバレーもええけど、知らへんとこに飛ばされたり、みんなで探検するのも楽しいやんか」
「……無事に帰れれば、楽しい思い出になります。ここからは気を引き締めます」
アンナはラケットを握りしめる――ボールは紐でラケットに結んであったが、使う時のためにボールを外す。
「ボールは一つで大丈夫なのか?」
「はい、何度かは技能を発動させて打っても壊れません」
「アンナのボールは手元に戻ってくるから、一個でも大丈夫やねん。ほんと魔法みたいなテニスなんや」
俺も一度見ているので、今も戦力として期待している――戦闘になるとしても仲間と合流してからが理想だが、そのためには少し先の広場を抜けなければならない。
「シオン、敵が出てきたらまずは様子見だ。突っ込むのは危険だからな」
シオンは尻尾を振って返事に代えると、俺たちを先導して進んでくれる。巨大な足跡の溝で歩きにくい――足元に注意しないと蹴躓きそうだ。
やがて森が途切れ、川のほとりにある草地に出た。仲間もこっちに来てくれれば、簡単に見つけられるのだが。
「なんや、狩りのゲームに出てきそうな場所やんなぁ……見るからに怪しいやんか」
「たぶん、みんなはあの小道を行った先にいると思うんだが……ここを抜けるしかないな」
「ワフッ」
鳴かずに返事をしようとしたのか、シオンがくしゃみをしたような音を出す。本当に頭がいい――感心すると同時に、思わず笑みがこぼれてしまったが。
しかしここからは、アンナも言う通り気を引き締める。俺たちはそろそろと草地に出る――そして進んでいく途中で。
「……な、なんや……あそこ、影ができてへん?」
「ん……?」
草地の中に、ぽっかりと影ができている。さっきまでは無かったはずだ――ゾクリと背筋に悪寒が走る。
「――クエエエエエエエエッ!!!」
耳をつんざくような、鳥類らしき鳴き声と共に、何かが落下してくる――空にいる間、自分の影が地上に映らないような能力を使っていたのだ。それが俺たちを標的と認めて、姿を見せて落ちてきた。
「シオン、下がれっ!」
「ガルルルッ……!」
「「きゃぁっ……!!」」
巨体が地面にズシン、と着陸する――地面が震え、カエデとアンナが悲鳴を上げる。
◆遭遇した魔物◆
・★雪原に舞う宝翼 レベル8 警戒 氷無効 ドロップ:???
「……こいつが足跡の主……なの、か……?」
今まで出てきた『名前つき』は、ワタダマのものですら見るからに凶悪だった。
しかし俺たちの目の前に落ちてきた魔物は、体長三メートルほどはあるが、『コーラルピーゴ』の愛らしさをそのまま残していた。




