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第十三話 「後衛」の定義

 服を買ったあと、八番区で中位の探索者たちが集まる宿町に向かう。俺に貸し出された物件は、宿町の坂を登った高台にあった。


 三階建てで一階ごとに八室ずつある、大きめの建物の三階。八番区ノルニルハイツ304号室、それが俺の部屋の住所だ。


 南向きの角部屋というわけにはいかなかったが、隣室がまだ空いているらしいのであまり気を使う必要はなさそうだ。そうは言っても深夜までミーティングを行うということはなく、今日は早めに寝ることになりそうだが。


 案内してくれた小母さんは恰幅のいい女性で、いつも宿舎に常駐し、何人かの従業員と共に清掃をしたり、施設の管理をしてくれているそうだ。頼めば時間通りに起こしてくれるというので、明日は八時に傭兵斡旋所に着けるよう、六時半に起こしてもらうことにした。


「部屋の鍵は一本しかありませんので、紛失にはお気をつけください。作り直しになりますと鍵ごと交換ですので、銀貨八枚で承っております」

「わかりました、無くさないように気をつけます」


 銀貨八枚は銅貨八十枚。決して安くはないと思うので、厳重に管理したい。


「すみません五十嵐さん、鍵は二本作れないみたいです」

「えっ……二人で住むときは、一人ずつの鍵を作るものなの?」

「ま、まあ、利便性を考えるとそうなるんじゃないですか。俺と五十嵐さんが、別々に部屋に帰ってくることもあるかもしれないし」


 俺も、マンションのスペアキーを誰かに渡したことなどないのだが。二本あった方が便利だというのも言ってみただけで、経験上の話ではない。


「……え、えっと。今は困らないからいいんじゃない? 別行動するなんて、喧嘩でもしないとありえないし」

「そ、そうですね……」


 まるで、絶対喧嘩などしないと言っているようだ。ちょっと前の彼女だったら、口を開く度に喧嘩しているような物腰だったので、正直信じがたい。


「喧嘩したいなら、いつでも受けて立つけど?」

「いや、滅相もないです。和気あいあいとやっていきましょう」

「ま、まあ……話してみると分かることもあるっていうか。意外と後部くんって、話しやすいわよね。和気あいあいとかは知らないけど」


(……な、なんか、ほんとに対応が柔らかいな……服屋で本音を話したから、打ち解けられたってやつなのか?)


 信頼度10とはいうが、貢献度が10上がっただけで、五十嵐さんがその数値だけ俺と仲良くなったとか、そういうことではない――はずなのだが。


「それより、荷物を置いたら食事を摂らないと。食堂は遅くまでやってるらしいけど、酔った高レベル探索者に絡まれると大変だって聞いたしね」

「『カルマ』が上がるから、犯罪には滅多に巻き込まれないみたいですよ。でも気をつけるに越したことはないですね」

「その『カルマ』っていうのも便利よね。警察に通報とかしなくても、勝手にギルドの守備隊が駆けつけてくれるし」


 おそらく、ライセンスが『カルマ』の上昇を感知すると、それがギルドに伝わる仕組みになっている。情報の全てがギルドにだだ漏れというわけでもないようだが、それは表向きの話かもしれないし、ゆくゆくはライセンスについて詳しく知りたいところだ。


 部屋のドアを開けると、まず驚くことに居間があった。居間から奥に続きの部屋があって、寝室には確かにベッドが二つあるようだ。


「わぁ……昔家族で行ったホテルより広い。後部くん、どうやってこんな部屋に泊まれるくらい序列を上げたの? あの赤いのをやっつけたから?」

「はい。五十嵐さんも戦いましたから、泊まる権利は当然ありますよ。だから、遠慮しないでください」

「そ、そう言われても……」


 五十嵐さんはどうしていいのか、というように、荷物の入った袋を持ったままで縮こまっている。


 こういう部屋にも慣れていて、俺と泊まることも割り切って、さばさばと振る舞うのかと思っていたのだが、この反応は予想外だ。


(……あっ。そうか、門限が厳しい家で、それを守ってきたんだから、五十嵐さんも……)


「……五十嵐さん?」

「ひゃぃっ!?」

「す、すみません急に声かけて。えーと、荷物入れが二つあるんで、こっちを五十嵐さんが使ってください。ベッドの割り振りは後で決めましょう」

「う、うん、分かった。こっちでいいのよね……きゃぁっ!」


 何もないところで転びそうになる五十嵐さん。さっきの恐ろしく可愛らしい悲鳴といい、この二十五歳女課長は間違いなく男性経験がない。


 そう断定する俺は魔法使い候補生だが、そんな俺でも分かる。自分より緊張している女性が相手ならばなぜか心に余裕ができる、それをまさに今実感している。


(……あれ、もしかして俺は、転生後の人生における山場を迎えているのか?)


「……何にやけてんの? な、なんか文句でもあるの?」

「な、無いです無いです。荷物は置きましたね、じゃあ行きましょう。俺が出すので、財布は持ってこなくていいですよ」

「……そつがなくて腹が立つわね。殴っていい?」

「殴らないでください、俺自身はまだ生身の人間と変わらないので」


 ここで彼女の扱いを間違えたら、訪れる春も遠のいてしまう。いや、いきなりそんな展開にはならないと分かっている――そう自分を律しなければ、顔を引き締めることが全くできそうになかった。


 ◆◇◆


 食事は宿の中でも摂れるが割高なので、坂を降りたところにある酒場で夕食を摂ることを勧められた。


 もうすぐ日が落ちる時間になり、店内は冒険を終えた探索者たちで賑わっている。


「何のお肉かよくわからないことを除けば、味はまあまあってところね」

「五十嵐さん、好き嫌いとかあるんですか?」

「そんなには無いけど、くさやとかブルーチーズは苦手だったわね。臭豆腐とか」


 香りがきついものが苦手ということか。それならドリアンとかもダメそうだ。俺も食べたことはないのだが。


「ここに来てる人たちって、後部くんと同じくらいの序列なのかしら」

「そうみたいですね。八番区でも最高位の人たちは、また宿舎が変わるみたいです」

「迷宮国を八つに区切って、さらにその一つ一つの中でも競わせてるのね。じゃあ、一番区はこことは全然違ってるとか?」

「序列が上がっていけば分かる日も来るでしょう。移動するだけなら、別の区に行けるのかもしれませんが」


 そのためにはパーティメンバーを揃え、レベルを上げ、強い武具を手に入れなければならない。


「そういえば、後部くんと一緒に居た、とかげみたいな格好の人は?」

「彼女はリザードマンのテレジアっていうんです。俺の職業が得体の知れないものだったんで、受付の人が心配して傭兵チケットっていうのをくれまして。それを使って雇いました。ゆくゆくは、正式にパーティに入ってもらおうと思ってます」

「そうなんだ。凄く強そうだったから、ずっと居てくれたら心強いわね。私も足を引っ張らないように、レベルを上げないと」

「俺が補助しますよ。明日探索に行ったら、そこで赤いやつを倒した方法についても説明します。探索者の技能についての情報は生命線なので、他言無用で頼みます」

「そんなに凄い方法なんだ……楽しみになってきたわね。あの赤いのが出てきたときは、もう迷宮なんて入りたくないと思ってたんだけど」


 それは、いきなりレッドフェイスが出てきたら誰でもトラウマになるだろう。


「あそこにいたバドウィックって探索者のパーティが、レッドフェイスの標的になってたみたいですね。五十嵐さんは、そこに偶然居合わせたと」

「ええ……っていうより、私がワタダマを一人で倒したところで声をかけられたの。守ってやるから儲けはよこせみたいなことを言われて、断ろうとしたところであいつが出たのよ」


 初級探索者に声をかけて恩を売る。その後、バドウィックたちが何をするのかなんて、考えるだけで胸が悪くなりそうだ。


「五十嵐さん、槍を使ってましたよね。ワタダマの動きはかなり速いと思うんですが、よく一人で倒せましたね」

「私、薙刀部に入ってたから。できるだけ形が近いものを選んだから、使いこなせたんだけど……赤いやつが硬くて折れちゃったから、違うものにしないと」

「明日、迷宮前の店で買いましょうか。服だけじゃなくて、その上に着ける防具も要りますし」

「あっ……そ、そうよね、防具……私、そこまで思い当たらなくて、服であんなにお金を使っちゃうなんて……武器も壊れてたのに」

「稼ぎが安定するように頑張りましょうか。明日も忙しくなりますよ」


 話がまとまったところで、夕食後のミーティングも終わりだ。帰って今日は休むとしよう――と考えたときだった。


「おい、聞いたか? 八番区に『死の剣デスソード』が来てるってよ」

「あいつ……『白夜旅団』を抜けて、こんなとこまで落ち延びてきたのか」

「ああ、今は新人を捕まえて、モノになるまで育てようとしてるらしい」


 最初は関係のない話かと思ったが、『新人』についてのくだりが耳に入ると、俺は今日出会った二人の少女を連想した。


(エリーティアと、スズナのことだとしたら……エリーティアが『死の剣デスソード』……?)


「チャンスだと思わねえか? 上位探索者が、お荷物を連れてんだからよ。上手くやれば……」

「おい、あまりおおっぴらに話すな。その話は後にしろ」


 パーティのリーダーなのか、頬に傷のある男が言うと、話していた男たちが話題を変える。


「後部くん、どうしたの? 怖い顔して」

「いえ、少し。同時に転生した子が、彼らの話に出てたようなので……今のところは大丈夫です。また明日、話をさせてください」

「え、ええ……分かったわ。後部くんがそう言うなら」


 ◆◇◆


 ノルニルハイツの浴場は男用と女用に分かれていた。下級探索者だと町にある共同浴場を使用することになるので、宿舎内で風呂に入れるというのは便利だ。


 俺が先に風呂に入りに来たのだが、部屋に戻ってきたのは俺の方が五十嵐さんより早かった。先程の酒場でのことを考えつつ、ベッドに寝転がっていると、だんだん目蓋が重くなってくる。


(泥のように疲れてるが、心地良い眠気だ……もう少し起きていたい気もするが……)


 目を閉じて、睡魔に身を委ねる。しばらくして意識が落ちかけたとき、ドアが開く音がした。


「後部くん、この宿のお風呂って凄いわね! 異世界だから無いかと思ったんだけど、ちゃんとシャンプーとリンスみたいなのが……あっ……ね、寝てたの? ごめんなさい、静かにするわね……」


(……良かったですね、五十嵐さん)


 思いはするが眠すぎて声が出なかった。俺もシャンプーとリンスの恩恵を受けて感激したので、それを共有したくはあったが――もう限界だ。


「また明日ね、後部くん」


 優しい声に後押しされて、眠りに就く。寝る時に誰かが同じ部屋にいるというのは、とても久しぶりのことだった。




 ――明かりが落とされた寝室で、俺は眠り続けている。


 意識が少し浮上したが、目を覚ますというわけでもなく、再び眠りに落ちようとする。


「ね、ねえ……後部くん、ちょっと……」

「……ん……あ、五十嵐さん、おはようございます」


 控えめに揺すられて目を覚ますと、寝間着姿の五十嵐さんがいた。すっぴんでも美人度がさほど変わらないというのは凄い。


 彼女は何か言いたげにしつつ、薄暗がりの中でベッドサイドに立ち、俺を見ている。


 縦セーターの時も目のやり場に困るくらいだったが、寝間着でも胸に目が止まってしまう。カルマは上がらないだろうが、それでも目を逸らすように心がける――見たい、でも見てはいけない。


「……寝られないんですか? いつもの枕じゃないとダメだったりとか」

「そ、そうじゃなくて……何ていうか……気を悪くしないでほしいんだけど、私に背を向けて寝て欲しいっていうか……」

「背を向ける……あ、ああ。俺、寝返り打っちゃってましたか。そっちを向いて寝たわけじゃなかったんですが」

「そ、それは仕方ないから、後部くんは悪くないの。後部くんがこっちを向いて寝てると……気になるっていうか……自分でも変だと思うんだけど……」


 よくわからないが、彼女の方を向いて寝ると気になるというなら、後ろを向いて寝るべきだろうか。そうしても多分、俺はまた寝返りを打つだろう。


(……待てよ。俺が後ろから見てると気になる……別のベッドに寝てるとはいえ、位置的には『前衛』『後衛』ってことか……?)


 ありえない、そんなことは――そう思うが、だとしたら彼女の言っていること、そして恥じらっているような仕草の説明がつかない。

 

(『後衛』の『支援回復1』って、通常時……寝てる間でも、ずっと効いてるんじゃ……?)


 信頼度が上昇したというライセンスの表示が頭をよぎる。このまま後ろで寝ているだけで、『支援回復1』が30秒ごとに発動し続けたら――次に起こされた時は、おそらく。


「わ、分かりました。絶対そっちは向きませんので、安心してください」

「……う、うん。ほんとに、お願いね。ごめんなさい、こんなことで起こしたりして」


 しおらしく謝ると、五十嵐さんは自分のベッドに戻る。俺は彼女が寝息を立て始めるまで待って、そろそろとベッドを抜け出した。


(普通に寝てたら、絶対寝返りを打つからな……ソファで寝ればさすがに、後衛判定は入らないと思いたい。いや、まだ『支援回復』のせいだという確証はないが……)


 別の部屋にベッドを移動してもらうなりして、明日からは安眠できるようにしよう。といっても十分にベッドで寝られたし、ソファも思ったより寝苦しくはないので、そのまま寝てしまうことにした。

 

 ◆◇◆


 ――そして、朝方。宿舎の小母さんが起こしに来る前に、俺は目を覚ます。


「……ん?」


 寒くはなかったので何もかけずに寝ていた俺だが、いつの間にか毛布がかけられている。


 誰がしてくれたのか――五十嵐さんが起きてきたのか。


 テーブルの上を見ると、日本語の書き置きが残されていた。『こんなところで寝ると風邪引くわよ』と書いてある。


 後ろにいるだけで信頼度が上がってしまうのか。信頼度が上がりすぎるとどうなるのか――迷宮の外に出ると行動記録が残らないので、検証しようがない。


 今日はまた、普通にベッドで寝てみよう。それでも五十嵐さんが夜中に起こしてきたら、その時は別室にベッドを運んでもらおうと思った。


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i666494/
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― 新着の感想 ―
[一言] ひらめいた
[一言] これ、ヤンデレ属性がある相手に掛け続けたら大変なことになりそう……
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